第三十二話 魔剣の能力と爆炎の威力・前編(ラビエス、パラの冒険記)

   

 すぐに女たち三人は眠りに落ちたようだが、俺――ラビエス・ラ・ブド――だけは、まだ眠れなかった。とてもじゃないが、心地よい眠り、なんて環境ではないからだ。

 前回の冒険旅行の最後には、俺は「女性と同室に泊まることにも慣れた」と思ったはずだった。特にラゴスバット城では、マールと二人きりで同じ部屋に寝泊まりしていたくらいだ。だから、今回の冒険旅行で女性と一緒に夜を過ごすのも、以前ほどの抵抗はないと考えていたのだが……。

 どうやら、見通しが甘かったらしい。ベッドのある寝室に泊まるのと、寝袋しかないテント宿泊とでは、話が全く違うようだ。

 俺は、なるべく「女性と一緒」とは意識しないように、彼女たち三人に背を向ける形で眠ろうとした。だが、たとえ意識していなくても、物理的に距離が近いのは間違いない事実だ。ちょっと寝返りを打つだけで、体と体が触れ合ってしまうだろう。

 もちろん直接ではなく、寝袋越しに触れ合うに過ぎない。伝わってくるのは、肉体そのものではなく寝袋の柔らかさのはずだ。それでも女性の体の感触を意識してしまうのは、転生前の俺が、女性慣れしていない男だったからなのか。

 ともかく、こうした『ちょっと寝返りを打つだけで』なんて事態は、離れたベッドで眠る場合には発生しなかった問題だ。恋人でもない女性と、ここまで密着して寝るなんて、生まれて初めてだ。ほら、今だって現に、マールが寝袋ごとゴロンと転がって、俺の背中に体を寄せてきて……。

「ラビエス、眠れないの?」

 ああ、厳密には『寝返り』ではなかったのか。マールも、まだ寝ていなかったのか。

 俺が起きているのを理解した上で話しかけてきたというのであれば、俺がマールに対して、背を向けたまま無視するのも失礼な話だろう。

 俺も体の向きを変える。

 マールと、見つめ合う形になった。

 笑っているのでもなく、怒っているのでもなく、マールが何を考えているのか、読みにくい表情だが……。

 とりあえず、マールの向こう側の二人――パラとリッサ――は、既に完全に眠っているようだ。

 ならば、小声でマールと会話するくらい、大丈夫だろう。

 そう思って、ひそひそ声で話そうと、俺がマールに顔を寄せた時。

「……なんだか、懐かしいわね」

 ぽつりと、マールが呟いた。

「懐かしい……?」

「ええ。小さい頃のお昼寝。よく、添い寝したわよね。こうやって、体が触れ合う感じで……」

 遠い目で、マールが語る。

 その言葉を聞いて、俺の心に、罪悪感が少し湧き上がった。

 なにしろ、マールの言う『小さい頃』は、俺ではなくオリジナルの『ラビエス』の話であり、彼とマールの二人の思い出なのだから。

 正直に言えなくて申し訳ないが、彼女の想う『ラビエス』は、俺ではない。俺の意識が『ラビエス』の身体からだに宿ったことで……。

 オリジナルの『ラビエス』の意識は、どこへ行ってしまったのだろう? 今、どこにあるのだろう?

 そんなことを考えていたら、マールが少し悲しそうな顔になった。

「もしかして……。覚えていない?」

 ああ、見抜かれている。別人だということまでは気づかれていなくても、思い出を共有できていないことだけは、筒抜けになっている。

「いや、一応『思い出して』いるんだが……」

 あくまでも、彼の記憶として。

 彼の人生を描いた、小説か何かを読むような感覚で。

 俺は、オリジナルの『ラビエス』の過去を『思い出して』いた。

「……断片的に『思い出した』せいか、自分のことだという実感が乏しくてな。なんだか他人の記憶を見ているような……」

 迂闊なことを言って真実が露見したら大変だが、あまり嘘ばかり口にするのも心苦しいので、こうして、問題ない程度の真実を混ぜておく。

 そう、まさに他人の記憶だ。いくら俺が『ラビエス』の過去を知ったからといって、俺の魂が『ラビエス』の意識と混ざるわけではない。俺の意識の中で、消えた『ラビエス』が蘇るわけではない。

 これだけは、マールに謝りたいくらいだった。

「実感がない、か……」

 考え込むように目を閉じて、マールは俺の言葉を繰り返した。

 少しの間、彼女は上を向いて黙ってしまう。

 無言の時間は長く感じるものだから、おそらく実際には、それほど経っていなかったのだろう。彼女は、再び目を開けて、俺を見つめながら言った。

「まあ、いいわ。とにかく、眠くなくても、頑張って寝ましょうね? 特に冒険旅行中は、夜しっかり休むのも、冒険者の仕事のうちよ」

 彼女の言葉で、ふと俺は気づいた。いつのまにか、先ほどまであった「女の子と一緒!」という緊張感は、嘘のように消えていたのだ。俺の寝袋とマールの寝袋は触れ合っているのに、逆に安らぎを感じるくらいだった。これならば、俺も気持ちよく眠れそうだ。

「ああ、そうだな。マール、おやすみ……」

 返事の『おやすみ』を待たずに、俺は目を閉じた。おそらく俺が寝るのを見届けるまで、マールは眠らないだろうな、と思いながら。


――――――――――――


 私――パラ・ミクソ――は、寝袋に入って目を閉じましたが、すぐには眠れませんでした。

 本格的な冒険旅行の一日目ということで、脳が興奮しているのでしょう。何事も『一日目』というものは、そういうものだと思います。

 それでも、黙って目をつぶっていれば自然に眠れるはず、と思っていたのですが……。

 隣から寝返りの音に続いて、

「ラビエス、眠れないの?」

 マールさんの話し声が聞こえてきました。

 小声ですが、夜の静寂の中では、はっきりと目立ちます。

「……なんだか、懐かしいわね」

 マールさんは、もう私もリッサも眠ってしまったと思ったらしく、ラビエスさん相手に、幼馴染同士の思い出話を始めました。

 これは二人の会話であり、私が聞いてはいけないたぐいの話かもしれないと思うのですが……。聞こえてくるのだから、仕方ありません。手で耳を塞ぎたくても、そんな仕草を見せたら、わざわざ「起きています」と伝えるようなものです。

 話の内容としては、隣同士で寝ている現在の状態を、子供時代のお昼寝と比べているようでした。ただ、それを懐かしがっているのはマールさんの方だけであり、ラビエスさんは、少し様子が違うようです。

「もしかして……。覚えていない?」

 ああ!

 マールさんが、痛いところを突きました。

 そうです。ラビエスさんは、私と同じく、あちらの世界からの転生者です。今のラビエスさんは、マールさんと一緒に幼少期を過ごした本物の『ラビエス』さんではありません。

 それを思うと、少し悲しくなるのですが……。

「いや、一応『思い出して』いるんだが……」

 ラビエスさんは、マールさんに対して「自分のことだという実感が乏しい」とか「他人の記憶を見ているみたい」とか説明しています。完全に真実を告白することは無理でも、彼は彼なりに、出来る限り誠実であろうとしているようです。だって「他人の記憶を見ているみたい」というのは、まぎれもない事実でしょうから。同じ転生者である私には、とても実感できる言葉です。

 ただし。

 いくら『他人の記憶』といっても、それは完全な他人ではありません。今現在、自分が使っている体の記憶ですから、ある意味、自分の記憶といっても過言ではないでしょう。

 私は以前に、あくまでも設定というオブラートに包んだ上で、マールさんに「前世の記憶を取り戻した後の私は、二人分の人格が融合した、新しい私」と説明したことがあります。元々の『パラ』の記憶の中にある、彼女の主観的な考え方や感じ方に、私は影響されていると思ったからです。

 当時は、主に十二病に関わる影響しか、具体例は思い浮かびませんでした。しかし、その後に気づいた「いつのまにか私は人付き合いを苦手としなくなっていた」というのも、元々の『パラ』の明るい性格に感化された部分があると思いますし、それこそ十二病の傾向だって、少しずつ強くなっている気がします。

 そう。

 転生者は、元々の人格の影響を、大なり小なり受けるものなのです。肉体が本来持っていた人格に、少しずつ近づいていくものなのです。

 この私の考えが正しいのであれば。

 私の場合と同じく、ラビエスさんも、だんだん元の『ラビエス』さんと融合していくはずです。その時には、今のラビエスさんも、本当の意味でマールさんの幼馴染になれるのではないでしょうか。

「……夜しっかり休むのも、冒険者の仕事のうちよ」

「ああ、そうだな。マール、おやすみ……」

 マールさんとラビエスさんも、そろそろ会話を切り上げて眠るようです。

 今度こそ、私も眠りにつくとしましょう。

 二人の幸せを祈りながら……。


――――――――――――


「おはよう、ラビエス」

 俺――ラビエス・ラ・ブド――は、翌朝、マールの言葉で起こされた。

「ああ、マール。おはよう」

 寝袋から出て、テントの中を見回すと、パラとリッサの姿はない。

「二人は……?」

「リッサとパラなら、朝食の支度を始めているわ。私は、いつまでたっても起きてこないあなたの、目覚まし係よ」

「ああ、それは……。ありがとう、マール」

「さあ、あなたも着替えて。顔でも洗って来なさい。まだまだ、水はたっぷりあるから。その代わり、もし水不足になったら、魔法でよろしくね」

 前回の冒険旅行でもそうだったが、いつも女たちは、俺より先に目を覚ましている。『炎の精霊』フランマ・スピリトゥと戦った翌日だけは、パラとリッサが遅くまで眠っていたが、あれは魔力を使い果たした後だから、例外だろう。

 そう考えると……。俺って、そんなに寝坊なのだろうか?


 朝食の後、テントをたたんで、馬車の旅の二日目が始まった。

 昨日と同じような景色の中を、俺たちの馬車は西へ向かって、ひた走る。昨日と同じくらいの時間帯に昼食で、俺たちはその後、また馬車に揺られて過ごす。

 そして。

 まだ夕方には程遠い時間に……。

「今日は、これくらいにしておこう」

 キャビンの小窓を開けて、俺たち三人に告げながら、リッサは馬の速度を緩め始めた。ゆっくりと、馬車が停まる。

「いくら何でも、早すぎるんじゃないかしら?」

 隣で、俺にだけ聞こえるくらいの小声で、マールが呟く。

「まあ、御者はリッサだからな。どこまで一日に進むのか、それは彼女に任せようじゃないか」

 そう、馬車を走らせているのはリッサなのだ。それに、おそらく俺たち四人の中で、一番「モンスターと一戦交えたい」と、うずうずしているのもリッサだろう。

 ならば。

 昨日「明日は、もう少し早めにテントを設営しよう」と提案した時点で、こうなることは予想するべきだった。幸か不幸か、たった今ようやく、俺は気づいたわけだが。


 昨日の予定通り、まずはテントを組み立てる。今日は、覚えてもらうために、パラとリッサにも手を動かしてもらう。

 やはり、見るだけなのと実際にやってみるのとでは、少し勝手が違うらしい。二人は、かなり手こずっている。パラとリッサに対しては、俺とマールが丁寧に教えながらの、テント設営となった。

「終わったな! さあ、モンスター討伐に出かけよう!」

 今までの苦労を忘れたかのように、リッサの表情が明るくなった。真っ先に彼女は、西へ向かって、街道沿いに歩き出す。

 昨日は「街道に沿って歩く」としか決めていなかったが、俺たちが東から来た以上――ここより東側は長行馬ちょうこうばが通ったばかりである以上――、東より西の方がモンスターも現れやすいだろう。

「あ、待ってください!」

 パラが、慌ててリッサの後を追う。

 自然に、リッサとパラが前衛、俺とマールが後衛という形になってしまった。

「なし崩し的にこうなっちゃったけど……。まあ、これでいいかしら」

「そうだな。通路の決まったダンジョンじゃないもんな」

 そんな言葉を交わしながら、少し離れて、俺とマールも並んで歩く。

 ダンジョン内であるなら、モンスターは前から出現するか、あるいは逆にバックアタックを仕掛けてくるか、というのが普通だろう。特に「前から」が多いはずであり、その意味で、戦士や武闘家のような接近戦向けのジョブを前衛に配置することになる。そうしたジョブが二人以上いるパーティーで、バックアタックも警戒するのであれば、最前列と最後列に分けて配置するのもいいだろう。『東の倉庫』で俺たちがやろうとした、三列陣形のように。

 しかし、ここは広い広い野外のフィールドだ。見晴らしも良く、三百六十度、どこからモンスターが現れるかわからない。パーティーを前衛と後衛の二つに分けるのであれば、それぞれに接近戦タイプを配置するのも悪くないと思う。

 そんなフォーメーションで、しばらく歩いていると……。

「来たわね」

「ああ。ようやく、だ」

 マールと俺は、北側から近づくモンスターの気配を察知した。冒険者特有のカンだ。これは感覚的なもののはずだが、既に肉体からだに染み付いているようで、記憶と同じくオリジナルの『ラビエス』から俺に受け継がれていた。

「二人とも、そこでストップ!」

 マールが大声で、パラとリッサに呼びかける。この二人には、まだ『冒険者特有のカン』は備わっていないようで、気配に気づかず、先に進もうとしていた。

「右から来るぞ! たぶんゴブリンだ!」

 二人に向かって俺も叫んだ。

 敵が横から来るのであれば、前衛と後衛に分かれていても意味はない。足を止めた二人のところまで俺とマールが歩いて、とりあえず四人で固まる。

「本当に来るのか? 私には、まだ何も見えないが……」

「ラビエスさんとマールさんも、見えているわけではないんですよね? モンスター独特の存在を感知する、みたいな……」

 困惑するリッサの横で、気配は感じられずとも理解だけはしているパラ。

 そうやって話しながら待っていると、ようやく姿も見えてきた。

「やっぱり、ゴブリンね」

「ああ。これなら、村の初心者向けダンジョンと変わらないな」

 俺とマールは、そう判断してしまったが……。

 どうやら気配を察知する能力が、むしろ先入観という意味で、裏目に出たようだ。

「ちょっと待ってください。いつものゴブリンとは何か違うような気が……」

「見ろ! 手にしている得物がおかしいぞ!」

 パラとリッサの二人が、俺たちより冷静に敵を観察していた。

 今までイスト村のダンジョンでは普通のゴブリンしか見かけないため、当たり前すぎて記述してこなかったが……。

 一般的に、ゴブリンが使う武器は、小型のナイフだ。サイズが小さいだけでなく、素材も脆い。マールの軽片手剣ライトソード程度の武器でもゴブリンともども斬り飛ばせるくらいの強度しかない。正直、あんなものは武器として役に立たない、ただの飾りだ。モンスターにはそれがわからないのだ、と俺は思ってきた。

 しかし。

 今、俺たちの前に出現したゴブリンは、槍を手にしていた。ゴブリンの身長の倍以上ある、長い槍だ。槍の穂先は鋭く、鈍い輝きを放っている。あれに刺されたら痛そうだ。

 狭い洞窟の中では扱いに苦労しそうな武器だが、広い野外のフィールドでは、有効な武器となるだろう。

 そう、いつものゴブリンとは、武器の攻撃範囲リーチだけでなく攻撃力パワーも違う。これは、もう名称からして『ゴブリン』ではない。『ランスゴブリン』と呼ばれる、別種族のモンスターだった。

 俺もマールも、知識だけはあったが、本物のランスゴブリンを見るのは初めてだ。もちろん槍を持つから『ランスゴブリン』と呼ばれるわけだが、それだけではなく、体の大きさも、普通の『ゴブリン』より一回り大きいはず……。

 実際、少し近づいてきたところで、

「武器が違うだけで……。いつものゴブリンとは迫力が違うな」

「なんだか、少し大きく見えますね。……あれ、もしかしたら、本当にサイズが異なるのでしょうか?」

 そんな言葉を、リッサとパラが交わしている。

 そうしたランスゴブリンが三匹、今、俺たちに迫ってきたのだった。

   

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