第三十話 新たなる旅立ち・前編(ラビエス、パラの冒険記)

   

「気をつけてな。冒険者だから仕方ないとはいえ、危ない真似は、ほどほどにするのじゃぞ」

「はい。では、行ってきます」

 フィロ先生の言葉を背に受けて、俺――ラビエス・ラ・ブド――は、広場へと向かう。


「おはよう、みんな」

 マール、パラ、リッサの三人は先に来ており、

「おはよう、ラビエス」

「おはようございます」

「おお! 待っていたぞ、ラビエス!」

 中央の日時計の近くに、例の白い馬車も停車していた。長行馬ちょうこうばも、既に繋がれている。

「みなさん、揃いましたね」

 マールたち三人の傍らには、窓口のお姉さんも立っており、いつもの営業スマイルを見せていた。おそらく、馬車を倉庫から出すのに立ち会ったまま、すぐには窓口に戻らず、四人全員が揃うのを待っていたのだろう。あるいは、旅立ちを見送ってくれるつもりかもしれない。

 そして、見送りといえば。

 田舎村には相応しくない、豪華な馬車を目にして、野次馬たちも集まっていた。まだ朝なので、辺りを行き交う人々は少ないが、それでも露天商や冒険者などは、既に広場を利用していたからだ。特に露天商たちは、時間的に『行き交う人々は少ない』からこそ、客など来ないと判断して、店を放り出して馬車を見に来ているようだった。

「これ、この間の立派な馬車だよねえ?」

「ああ、間違いない。何度見ても凄い馬車だなあ」

 野次馬たちの一部は、俺たちがラゴスバット城からイスト村に戻った日の様子を覚えているらしい。

 また、俺たちが見知った露天商も、近くに来ていた。

「女先生! 若先生! どこかへ行っちまうんですかい?」

 数日前に俺たちが風邪を治した、あの土産みやげ売りだ。

「安心してくれ、冒険に行くだけだ。ちゃんとイスト村に戻ってくるぞ! 私は、このイスト村の冒険者だからな!」

「まあ、俺たちの本分は『治療師』ではなく『冒険者』ってことさ。少しの間、俺は治療院を留守にするが、フィロ先生がいるから大丈夫だ」

 リッサに続いて、俺も軽く挨拶しておいた。

 土産みやげ売りに対してリッサは、必ずここへ帰ってくると笑顔で応えていたが……。大丈夫だよな? これ、何かのフラグってわけじゃないよな?

 露天商の中には、他にも知り合いの顔があった。

「おやおや! 若先生だけじゃなく、あのお嬢ちゃんもいるじゃないか!」

 野菜売りのおばさんだ。土産みやげ売り同様、彼女も患者として治療院をおとずれたことがあった。しかし彼女は、治療の際に対応した俺ではなく、なぜか、パラに話しかけている。

「おかげさまで、ラビエスさんと、知り合いになりまして……。こうして今では、同じ冒険者パーティーです」

「へえ。私が話して聞かせたから、早速、治療院へ行ってみたのかい? じゃあ、私が二人を結びつけた、ってわけだ」

「そうですね。『二人を結びつけた』とまで言われると、ちょっと誤解を招く表現にも聞こえますが」

「そういやあ、以前の若先生は、相棒の娘さんと二人っきりだったねえ。それが、いつのまにか、こんなに賑やかで華やかなパーティーになって……。立派な馬車まで!」

「ああ、この馬車は……」

 二人の会話を耳にして、おおよその事情が俺にも理解できた。

 この野菜売りのおばさんこそが、パラに俺を『腕のいい白魔法士』として紹介した張本人だったのだろう。

 おばさんとパラを、そのまま何気なく見ていたら、マールが俺に近寄ってきた。

 一瞬「俺が彼女たちに特別な関心を持っている、とでも思われたのか?」と心配したが、それは自意識過剰というものだった。もっと俺は、普通にマールを信用するべきだ。あの『赤レンガ館』窓口での一件以来、マールに「嫉妬深い女」らしき兆候は何もないのだから、もう忘れてしまわないと、マールに対して失礼だろう。

「この間、二人で『ヒルデ山の洞窟』まで行った時に、途中でパラから聞いたんだけど……」

 穏やかな口調で、マールが俺に説明する。

「あの野菜売りの彼女が、あなたのことを色々と、パラに教えたみたいね。それこそ、治療師としての評判だけでなく、何日も寝込んだとか、記憶を失っていたとか、そんな話まで」

 なるほど、その時点でパラは、俺を転生者だと疑い始めたのだろう。

 ならば、先ほどの『二人を結びつけた』という言葉にも一理ある。

 おばさんから俺のことを聞いたからこそ、パラは俺のところへ来たわけで。

 その結果、一緒に『西の大森林』へ赴き、あの火災が発生。俺たちはネクス村への冒険旅行を決めたわけで。

 そしてネクス村で、今度はリッサとも知り合ったわけで……。

 そう考えると、今の俺たち四人を結びつけてくれたのは、この野菜売りのおばさんと言えるかもしれない。人の縁というものは、つくづく面白いものだ。そもそも俺が彼女を治療しなければ、この一連の流れは、始まらなかったのだから。


 馬車を取り巻く野次馬の中には、露天商だけでなく、冒険者たちも混じっていた。

 朝早くから冒険者組合に用事のあった者たちか、あるいは、広場で仲間と待ち合わせていた者たちか。待ち合わせにしても、本来の約束の場所より、この豪華な馬車の周りの方が、目立つからわかりやすいのかもしれない。

 そうした冒険者の一人が、俺に声をかけてくる。

「よう! ネクス村の英雄!」

 モヒカン刈りの大男、武闘家のセンだった。彼は、俺たちの馬車をまぶしそうに眺めながら、

「また何か、どでかいことをしでかしに出かけるのかい?」

 半分冗談のような口調だったが、俺が対応するより早く、彼の言葉を聞きつけたリッサが、大声で宣言した。

「魔王討伐の旅に出かけるのだ!」

「それはそれは……」

 少し引き気味のセン。

 当然、センだけではなく、周りの者たちにも聞こえている。『魔王討伐』という言葉に対して、人々がどよめく。

 まあ、大言壮語を笑うような雰囲気も強いのだが、それはリッサにも伝わったらしい。憤慨した様子のリッサを、

「まあ、まあまあ……」

「気にしちゃ駄目よ、リッサ。言いたいやつには、言わせておきなさい」

 パラとマールが二人がかりで宥めている。

 うん、二人に任せよう。女同士で何とかしてくれ。

 俺はセンに近づいて、女性陣には聞こえないように、

「まあ、ここだけの話。魔王討伐なんて、俺も本気じゃないんだが……。とりあえず、女たちが乗り気でなあ。今回の旅だって、魔王がいるっていう噂の山まで、ちょっと見に行ってこよう、ってことになってね。ただ、それだけさ」

「へえ。女だらけのパーティーっていうのも、それはそれで、ご機嫌取りが大変そうだな。そこへいくと俺のところなんて、男だらけのむさ苦しいパーティーだが、気苦労なくて、ラクなもんさ」

 男同士の話ならば、少し話を盛るくらいで、実際以上に『女たちのせい』ということにしておくのも悪くない。そう俺は考えたのだが、

「こそこそ何を話しているのかしら?」

 苦笑しながら、マールが俺の方へ来た。会話の具体的な内容までは聞こえなくても、表情や態度から、何となく話の方向性は伝わったらしい。

「いや、別に。ただ、出発の挨拶を……」

「……まあ、そういうことにしておいてあげる。じゃあ、そろそろ行くわよ」

 この場に集まった知り合いに対して、それぞれ、挨拶も終わったようだ。マールの言う通り、もう旅立ちの時だろう。

 マールと共に、俺は馬車に乗り込んだ。


 ラゴスバット城からイスト村へ帰還した時と同様、俺はマールと並んで座り、その対面にパラという座席配置だ。ただ異なるのは、あの時はパラの隣だったリッサが、今は御者台にいるということだった。

 俺たち三人が腰を下ろしたのを確認して、

「さあ、出発だ! いざ、魔王の城を目指して!」

 雄々しく叫びながら、リッサが御者台で手綱を振るう。

 馬車が、ゆっくりと動き出した。そして、ゆるやかに加速していく。

「おおっ!」

 これだけで、パラは感動しているらしい。

 確かに、快適な滑り出しだった。村への帰還の際にも述べたが、元々この馬車のキャビン自体が、乗り心地に優れた構造のようだ。だからリッサのような素人が御者であっても、思った以上に素晴らしい乗り心地になったのかもしれないが……。

「実は私、少し心配していたのです」

 パラが俺とマールに体を寄せながら、妙な告白をし始めた。

「リッサの乗馬技術は、どれほどのものでしょう、って。そもそも、お嬢様の乗馬と、馬車の操縦が同じなのかどうか、って……」

「あら。パラはリッサの親友なのでしょう? あなたは『親友』を信じられないの?」

「もちろん信じていますが、親友だからこそ、心配してしまうというか……」

 しどろもどろのパラ。たまには、俺もパラを助けてやるか。

「いや、パラの気持ちは俺にもわかる。リッサから『馬の扱いには自信がある』と聞いた時、俺の頭に真っ先に浮かんだのは『それ、思い込みじゃないよな?』という疑問だったからな」

「ラビエスもパラも……。二人とも、少し酷すぎじゃないかしら? せっかくリッサが御者を引き受けてくれて、しかも、こんな快適運転を披露してくれているのに」

 台詞だけ抜き出して書くと印象も変わるだろうが、マールの口調は、まあ冗談半分といった感じである。しかし、確かに『少し酷すぎ』とは俺も自覚する。パラも同様のようだった。

 パラは、帽子を手で押さえながら、窓から顔を出して、御者台のリッサに向かって声を飛ばす。

「リッサ! ありがとうございます! とっても気持ち良い乗り心地です!」

 ところがリッサは、振り向きもせず、それでも俺たちに聞こえるような大声で、

「すまない! しばらく私に声をかけないでくれ! 私も今は、馬を操るだけで手一杯だ!」

 ああ、こちらこそすまなかった。『御者』に集中して、頑張ってくれ、リッサ。


 広場から続く大通りを抜けて、『西の大森林』も越えて。

 馬車は、西へ伸びる街道をひた走る。

 街道以外は緑の平野という、右を見ても左を見ても同じ景色が続く。何が楽しいのか、パラは飽きもせず外を眺めているが、俺は、退屈で少し眠くなるくらいだった。おそらく、マールも同じだろう。

 そして。

 空の太陽が真上を通り過ぎて、さらに少し進んだところで。

 キャビン前方の小窓を開けて、御者台のリッサが話しかけてきた。

 前回この馬車に乗った時も、今回出発の際も気づかなかったが、御者台との間に、連絡用の小窓があったのだ。

「みんな、そろそろ昼食にしないか? ……まさか、三人だけでもう食べてしまった、なんてことはないよな?」

「まさかまさか。食事は四人一緒ですよ、リッサ」

 パラが笑って答える。

 走り出した頃は余裕がなかったリッサも、もう馬の扱いに慣れてきたらしい。後ろを向いて、俺たちと会話できるくらいにまでなっていた。この様子ならば、そのまま御者台で食べるのも可能だろうが、

「ずっと馬車に座っているのも何だし……。いったん馬車を停めて、外で食べるのはどうかしら?」

「ああ、それがいいですね!」

 マールの提案に、パラが飛びつくような勢いで賛同した。俺も頷いて同意を示し、リッサが早速、馬の速度を落とした。

 ゆっくりと停車する馬車。御者の彼女としても、一人で御者台で食べるより、好都合だったのだろう。 


――――――――――――


「ふう……。こうして三人と顔をあわせるのも、久しぶりな気がする」

「リッサ、ご苦労様です」

 私――パラ・ミクソ――は、親友に対して、いたわりの言葉をかけました。

「私からも、ありがとう。でも、ちょっと大袈裟ね。まだ旅は始まったばかりよ」

「マールの言う通りだな。何はともあれ、リッサも降りてきたことだし、食事にしようじゃないか」

 マールさんとラビエスさんは荷物を広げて、食事の支度に取り掛かっています。

 さあ、清々しい青空の下、昼食会です!

 一面が緑の大自然です。見える範囲には森もないため、木陰なんてありません。代わりに馬車を日除けにして、四人で原っぱに座ります。

「さあ、準備できたわ」

 簡単な調理器具も持ってきているので、それを使って野菜をカットして、マールさんがサラダを用意してくれました。もちろんサラダといっても、今回の旅行では保存のく野菜しか持参できなかったので、女子寮や『赤レンガ館』の食堂で食べるサラダより貧弱ですが……。まあ、贅沢は言えません。

 サラダの他に、昼食のメニューは、チーズ、干し肉、ライ麦パンです。

 ダンジョン探索の際にも、お昼のお弁当として使われる食材です。長期冒険旅行なので、中でも特に保存性の高いものを選んで持ってきています。そのため、味は二の次といった側面が、なきにしもあらずです。

「いただきます!」

 それでも、食事は食事です。出来る限り、美味しくいただきましょう。

 まず、ライ麦パンです。食堂で食べるパンとは違って、固くて苦いライ麦パンです。これは、日持ちのために、わざと固く焼いているのでしょうか。それならそれで仕方ないですし、よく『苦い』と言われるこの味も、私は「独特の味!」として、むしろ好意的に受け入れています。

 続いて、干し肉です。これも、保存食なのでしょう。実は、あちらの世界にいた頃に食べたビーフジャーキーをイメージしていたのですが、全く違いました。良い意味で裏切られました。口に入れた瞬間は「ん?」と思ったのですが、噛むと口の中いっぱいに、濃縮された肉の旨みが広がる感じです。嬉しい驚きでした。いや、もしかすると単に私が、あちらの世界で『本当に美味しいビーフジャーキー』を食べてなかっただけかもしれませんが。

 そしてチーズも、あちらの世界で食べたチーズとは異なるものでした。こちらの世界で青チーズと呼ばれるチーズなのですが、その名前といい、中に青い模様が入った外観といい、おそらく『ブルーチーズ』なのでしょう。この青チーズも同じなのかどうか知りませんが、少なくとも元の世界の『ブルーチーズ』は「青カビが入っている」と聞かされていたので、何となく敬遠していた食べ物でした。

 いざ口にしてみると、この青チーズは、とても塩味の強いチーズです。少し舌にピリッとした刺激もあるのですが、これが青カビでしょうか。大丈夫なのでしょうか? 正直、私にとってのチーズは「まろやかでコクのある乳製品」というイメージなので、少し期待外れでした。ちょっとそのままでは食べにくいので、サラダと一緒に口にしてみます。ああ、これなら悪くありません。青チーズ独特の味が、良いアクセントになりました。


 こうして記すだけでもわかると思いますが、保存食ということもあって、味の濃いものばかりです。喉が乾きます。たっぷり水を飲むことになります。

 もちろん、飲料水は多めに持参しています。あちらの世界にいた頃、サバイバル生活では食料よりも飲み水の方が重大な問題になる、という話も聞いたことがありました。

 ですが、この世界では、少し事情が異なります。冒険旅行において、実は、そこまで飲み水は重要視されません。氷魔法の使える魔法士さえいれば、魔法で何とかなるからです。このパーティーならば、私とラビエスさんが、そんな魔法士に相当します。

 水系統の氷魔法フリグラは、本来は攻撃魔法です。一見、何もないところから氷を出現させて敵に投げつけているように思えますが、厳密には、空気中の水蒸気を固めて氷にする、という魔法です。だから非常に純粋ピュアな氷であり、溶かして水にすれば、飲料水にも使えるらしいです。もちろん『溶かす』際も、炎魔法を調節して行います。

 こうした攻撃魔法の転用は、私はほとんど経験ありませんでしたが――ネクス村でラビエスさんの治療を手伝った時に炎魔法でお湯を沸かしたくらいですが――、今回のような長期冒険旅行では、その機会も出てくるかもしれません。


 以上のように、それなりに――あくまでもそれなりに――満足した昼食でしたが……。

 今回の冒険旅行では、ガイキン山の麓の村まで、どこかの村に立ち寄る予定はありません。宿屋に泊まれないということであり、食堂を使えないということです。だから、しばらくは、こうした食事が続くということになります。

 今『それなりに満足』と書きましたが、私としては、新鮮な果物を食べられないのが最大の不満です。一応、用意した食材の中には、果物もありますが、早く食べないといたんでしまうことでしょう。

 そう、悪くなる前に食べてしまうべきです。

 というわけで。

「みなさん、食後のデザートとして、林檎はいかがですか?」

 私は提案してみました。

「おお、デザート付きの昼食か。いきなり贅沢な感じだな」

「ラビエス、私は賛成だわ。果物は味が落ちるから、早いうちに食べるのも悪くないでしょう。まあ林檎なら、それでも一週間くらいは大丈夫だと思うけど」

「良いではないか! 早速、食べよう!」

 三人も同意してくれたので。

 今日のお昼のデザートは、林檎になりました。

 林檎は、まだ村で食べるのと同じで、みずみずしくて、美味しかったです。

   

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