第二十七話 冒険者の日常 ――パラとマールの場合――・後編(マール、パラの冒険記)

   

「さあ、あなたたち! この新しい武器の、試し斬りよ! 実験台になってもらうわ!」

 私――マール・ブルグ――が、叫びながら、勇んで剣を構える。青ウィスプなんて低級なモンスターに人間の言葉が理解できるとは思えないけど、別に通じなくても結構。こういうのは、気分の問題なのだから。

 私は、手にした剣に視線を落とす。

 炎魔剣フレイム・デモン・ソード

 あの『炎の精霊』フランマ・スピリトゥとの戦いの最中さなか、ラビエスが手に入れた貴重な武器だ。戦士である私のために、わざわざラビエスが拾ってくれた大切な剣だ。

 今までは少し「使うのがもったいない」という気持ちもあったけど、魔王討伐に出かけるならば、そうも言ってられない。いざ魔王と対決する際に初めて使うのでは、この武器の特性を活かしきれないだろう。

 そう。

 あの時のフランマ・スピリトゥの戦いぶりを見る限り、この炎魔剣フレイム・デモン・ソードには、普通の剣とは違う点が色々あるようなのだ。

 まず。

 刀身部分が、一般的な剣とは明らかに異なる。パッと見た感じ、普通に金属を素材としたやいばだが、フランマ・スピリトゥが扱う場合、それは炎を纏っていた。炎そのものがやいばになった、という雰囲気すら漂わせていた。

 でも。

 今、私の手の中で。

 炎魔剣フレイム・デモン・ソードは、ただの赤い剣だ。つかやいばも一様に赤く、特に炎に包まれているわけでも何でもない。これでは、一般的な軽片手剣ライトソードと切れ味もたいして変わらないのではないか、とまで思えるくらい。

 これは私だけの感覚ではなく、横で見ているパラも同じらしい。

「あの時とは……。少し違いますね」

「ええ、違うわ。何が足りないのかしら? これって、モンスターの専用武器で、やはり人間では力を発揮しきれないのかしら……」

 私は残念な可能性を口にしたが、パラは少し考え込んでいるようだ。そして、

「もしかしたら……」

 何か思いついたらしい。

「魔力を込めると、変わるのかもしれません」

 なるほど。

 これは、魔法士ならではの意見かもしれない。

 私にも一応、魔力はある。だから、ラビエスと一緒に魔法学院にも通った。残念ながら、習得した魔法は実用レベルには達しなかったが、それでも、発動自体は出来るのだから……。

「やってみるわ」

 呪文詠唱して普通に魔法を使うと、私の場合、魔力を大量消費して凄く疲れてしまう。だから、今も詠唱はしない。

 ただ、念じるだけだ。

 剣に魔力を込めるイメージで、剣を握る手に、ぎゅっと力を入れて……。

「おお!」

 私より先に、パラが感嘆の声を上げた。


――――――――――――


 私――パラ・ミクソ――が感激したのも、無理はないでしょう。

 マールさんが魔力を込めると……。

 炎魔剣フレイム・デモン・ソードの刀身が、灼熱の輝きを発し始めたのです。それは輝きを増して、ついには刀身全体が炎にくるまれた感じになりました。まさに『炎のやいば』と呼ぶに相応しい状態です。

 ちなみに。

 マールさんがこうして準備している間、青ウィスプは、ただ前方で、ぷかぷかと浮いているだけです。普通ならば、距離を詰めて、先制攻撃で襲ってきそうなものなのに……。

 おかしいですね?

 でも、私は、このダンジョンに来るのは今日が初めてです。もしかしたら、この洞窟に出現するモンスターの特徴なのかもしれません。

 まだ襲って来る気配もないので、少しマールさんと話す余裕もありそうです。

「マールさん、ここの青ウィスプって特殊ですか? 躊躇癖とかあったりします?」

「躊躇癖って……。そんなモンスター、聞いたこともないわ」

 マールさんは苦笑して、

「まあ、いいわ。待ってくれているなら、こちらとしても好都合。パラ、危なくなったら、援護してね」

「はい、もちろん!」

 私の返事と同時に、マールさんは斬りかかりました。

「えいっ!」

 右側の青ウィスプに向かって、振り下ろされる炎魔剣フレイム・デモン・ソード

 一瞬でした。

 真っ二つになったかと思ったら、そのまま地面に落ちるもなく、その一匹は消滅しました。

「凄い!」

 思わず、叫んでしまいます。物理攻撃が効きにくいと言われる青ウィスプに対して、この威力です。炎のやいばは、見た目だけではなく、実際に魔法の炎と同様なのでしょう。

 しかし、驚いてばかりではいけません。私は、単なる見物人ではないのですから。

 そう。

 剣を振り下ろしたばかりのマールさんには、一瞬の隙が出来るはずです。そこを残りの一匹に攻撃されないように、私が魔法で援護しないと……。

 と、思ったのですが。

「おやおや……?」

 なんと、残りの青ウィスプは、逃げ出してしまいました。

「モンスターの逃走なんて……。初めて見ました」

「私もよ」

 マールさんも唖然としています。それから我に返って、

「この剣に、恐れをなしたのかしら。なにしろ『炎の精霊』の武器だからねえ……」

 手にした炎魔剣フレイム・デモン・ソードを、しげしげと眺めていますが……。

 いや、違うと思います。

「マールさん。それだけレベルアップした、ということではないでしょうか?」

 これは以前にも述べたと思いますが、経験値にしろレベルにしろ、RPGゲームのように数値として認識しているわけではありません。「強くなった気がする」という感覚的なものです。

 ここまでは身をもって私も体験してきたことですが、それとは別に、私が知識として知っている中に「レベルの差が激しい場合、弱いモンスターは逃げてしまう」という話があります。

 先日の『東の倉庫』ダンジョンでは、モンスターの逃走などありませんでしたが、あの時の猛毒硬貨ポイズン・コインは、あのダンジョン独特のモンスターだとラビエスさんが言っていました。

 猛毒硬貨ポイズン・コインには『逃げる』という能力がなかっただけで、本来ならば私たちは――特にラビエスさんとマールさんは――、普通の低級モンスターが逃げてしまうレベルなのかもしれません。

 なにしろ、私たち四人のパーティーは、『炎の精霊』フランマ・スピリトゥを撃破しているのです。フランマ・スピリトゥは一つのダンジョンのボス・モンスターでしたから、RPGゲーム的に考えれば、中ボスでしょう。普通、中ボス扱いのモンスターを倒せば、経験値をごっそり獲得できるはずです。

 そう考えると。

 いつのまにか私たちは、かなりレベルアップしている……。そんな気がしてきます。

 かつて魔法学院の実習で初めてモンスターを相手にした時には、経験値獲得らしき感覚があったのに対して、フランマ・スピリトゥを倒しても、それは得られなかったのですが……。もしかすると『経験値獲得らしき感覚』というのは私の勘違いであって、ただの充実感とか高揚感だったのかもしれません。あるいは、ゼロだった経験値がゼロではなくなったから自分でも意識できたという、例外的な感覚だったのかもしれません。

 どちらにせよ。

 レベルアップするくらい経験値を手に入れても、自分ではわからないのが当然、という可能性はあるわけです。

「ああ、確かに……。あの激闘をくぐり抜けたわけだからねえ」

 ゲーム云々という説明は出来ませんでしたが、それでもマールさんは、私の考え方に同意してくれたようでした。


 しばらく進むと、また青ウィスプが現れました。今度は三匹です。

「また、私が攻撃していいかしら。もう一つ、試してみたいことがあるの」

「もちろんです」

 私は、心からの笑顔で頷きました。やはりマールさんは炎魔剣フレイム・デモン・ソードを使うのでしょうが、今度は何をするつもりなのか、私までわくわくします。

 私が期待の眼差まなざしを向ける中、マールさんは剣を構えました。普通ならば、これで斬りかかっていくところですが……。

「はっ!」

 彼女は気合を入れて、その場で剣を振るいました。

 もちろん、常識で考えれば、攻撃が届く距離ではありません。

 しかし、そこは炎魔剣フレイム・デモン・ソードです。

「マールさん! この攻撃は、あの……!」

 そうです。

 振り下ろした炎魔剣フレイム・デモン・ソードの切っ先から、斬撃と炎が飛び出したのです。私たちが『炎の精霊』から食らった、あの遠距離攻撃です。

 青ウィスプは、あの時の私たちとは違って、回避も防御も出来ませんでした。真ん中の一匹に、見事命中です。ただし、ダメージは与えたものの、絶命させるまでには至りませんでした。

 浮いていられず崩れ落ちたモンスターを見ながら、マールさんが冷静に呟きます。

「直接攻撃と比べたら、威力は落ちるのね。少し残念」

「少なくとも、炎によるダメージは弱まりましたね。これがウィスプ系でなければ、遠くからの斬撃も十分効果的だったかもしれませんが」

 それでも、戦士であるマールさんが遠距離攻撃できるようになったことには、大きな意味があるでしょう。マールさん自身、それは理解しているようで、言葉とは裏腹に、満足そうな笑みを浮かべています。

「もう、実験は終了ですか?」

「ええ。あとは任せたわ」

 私がマールさんに確認をとっている間に、無傷の二匹は、既に逃走していました。残っているのは、弱った一匹のみです。

「アルデント・イーニェ・フォルティテル!」

 このとどめの一撃が、私にとって、本日最初の魔法でした。


 結局この洞窟ダンジョンの中で、モンスターとの遭遇は、この二回だけでした。三つある宝箱は、どれも中身が入っていませんでした。

「まあ、こんな日もあるけど……。気を落とさないでね」

「いえいえ、大丈夫です。それなりに楽しかったですから」

 社交辞令ではありません。炎魔剣フレイム・デモン・ソードのお披露目を見せてもらっただけで、ダンジョンまで来た甲斐がありました。幼馴染であるラビエスさんより先に、というのも、気分が良い原因かもしれません。

 それから二人で、たわいない話をしながら中央広場まで戻ってくると……。

「あら? もう治療院の方も終わったみたいね」

 私より先に、マールさんが気づきました。リッサが、広場の露店で商人と話し込んでいるのです。

 彼女も、こちらに気が付いて、

「おお、マールもパラも! ちょうど、戻ってきたところか」

「はい。宝箱は収穫ゼロでしたが、面白い土産話みやげばなしはありますよ」

 駆け寄りながら、私が告げると、

土産みやげといえば……。パラも何か買わないか? 私は今、これを買おうとしていたのだ」

 リッサは、おみやげ屋さんの露店で買い物をしていたようです。指し示しているのは、小さな髪留めのようですが……。

「こちらのお嬢さんも、女先生の知り合いかい? だったら、安くしとくぜ」

「聞いてくれ、リッサ。今日、治療院で……」

 おみやげ屋さんに『女先生』と呼ばれたリッサが、事情を説明してくれました。

 このおみやげ屋さんは、本日の治療院の、最初の患者さん。つまりリッサにとっては、このイスト村で診てあげた、初めての患者さんなのだそうです。おかげで健康を取り戻した彼が、早速いつものように広場で店を開いていたところ、帰宅途中のリッサが通りかかって、現在の状況になったようです。

「どうだ? 似合うだろう?」

 先ほどの髪留めを購入したリッサが、早くも髪につけています。

「あら。リッサらしいヘアピンね。相応しいわ」

「よく似合いますよ、リッサ。まさに、リッサのためのアクセサリーですね」

 私はもちろん、おそらくマールさんも、お世辞ではなく本心でしょう。

 小さな黒い金属板プレートの飾りがついた、銀色のヘアピンです。何よりもリッサに『相応しい』のは、その金属板プレートが、コウモリの形をしていることでした。

 考えてみれば。

 イスト村も、ラゴスバット伯爵家が――リッサの家族が――支配する領地の一部です。そしてリッサ自身『コウモリ城』と言っていたように、ラゴスバット伯爵家といえばコウモリです。だから、この地方の土産みやげとして、コウモリにちなんだ小物も売っていたようです。

 このおみやげさんも、コウモリ関連の小物を売った相手がそのコウモリ城のお姫様だなんて、夢にも思わないでしょうね。

「そうか。マールもパラも、そう思ってくれるのか。よかった、よかった」

 リッサは、とても満足そうです。

 でも。

 これまでリッサは、左右お揃いのヘアピンで、前髪を留めていました。今や、左側だけコウモリのヘアピンになったわけですが……。

「ヘアピン一個、余りましたね」

 口に出してしまってから、私は少し後悔しました。もしかしたら、リッサの上機嫌に水を差すことになるのではないか……。

「そうなんだ。これ、どうしたらいいと思う?」

 リッサは特に気分を害した様子もなく、今まで使っていたヘアピンを、私たちに見せています。

 飾りも何もない、銀色のシンプルなヘアピンです。金属製のアクセサリーというだけで、この世界では珍しいのですが、そもそもリッサはお姫様です。ひょっとした『銀色の金属製』ではなく『純銀製』なのかもしれません。

 どちらにせよ、遊ばせておくのは少しもったいないでしょう。シンプルなヘアピンですから、右側に二つともつけるというのも、悪くないかもしれません。

 しかし、私がそのアイデアを告げるより早く、マールさんが別の提案を口にしました。

「仲良しのパラにあげたら?」

 えっ、私に?

 驚いて何も言えない私とは対照的に、

「マール! それは素晴らしい提案だ!」

 リッサは大喜びで、はしゃいでいます。マールさんの手を握って、ぴょんぴょん跳び回らんばかりの勢いです。それが落ち着いてから、

「我が親友パラよ。使い古しで悪いのだが……。友情のあかしとして、もらってくれないか?」

「使い古しとか、そういうのは気になりませんが……。でも、こんな高そうなもの……」

 なまじ今さっき「純銀製かも」なんて考えてしまった以上、ますます簡単には受け取れなくなりました。

 でも。

「いや、遠慮しないでくれ。私とパラの仲じゃないか」

 そう言われたら、もう私も断れません。

 私が小さく頷いたのを見て、リッサが自ら、私の前髪に――リッサと同じく右側に――、ヘアピンをつけてくれました。

「ほら! これで私とお揃いだぞ、パラ」

 鏡がないので、見えませんが……。

 それでも、ヘアピンの感触だけで、十分わかりました。

 前髪のその部分だけ、リッサと同じになったということが。

「ありがとう、リッサ」

 感無量です。

 なんだか泣きたくなるくらいです。

 でも涙は見せずに、代わりに笑顔で、私は自分からリッサに抱きつきました。

 そして耳元で、もう一度、感謝を告げました。

「……大切にします。本当にありがとう、リッサ」

   

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