第二十二話 怪しい旅人・前編(ラビエス、マール、リッサ、パラの冒険記)
俺――ラビエス・ラ・ブド――が、女性三人に押し切られる形で魔王討伐を決心した、その翌日。
日曜日なので、今日はダンジョン探索に赴くのではなく、教会で朝の礼拝に参加する日だ。
冒険に向かう場合と同じく、噴水前で待ち合わせて、四人揃って教会へ。そう、これも今回からは、リッサを加えて四人になったのだ。
だからといって特筆するべき事件も起こらず、いつも通りの礼拝だったが……。
ちなみに一応記しておくと、今朝のテーマは、風の神と水の神だったようだ。
礼拝の後。
日曜の恒例として、昼飯は『赤レンガ館』の食堂で食べる。
「おお! なんだか雰囲気の良さそうなところだな」
「ラゴスバット城の料理とは比べ物にならないでしょうから、リッサの口に合うかどうか……」
ここを利用するのが初めてのリッサに対して、パラが気遣うが、
「いや、確かに城とは違うが、これはこれで悪くない。ネクス村の宿屋や、女子寮の食堂と同じ味だな。なるほど、だいたい理解した。これこそ、冒険者が毎日、口にする味なのだな」
運ばれてきた料理に口をつけたリッサは、それなりに満足してくれたらしい。
うん、そういう反応ならば、こちらとしてもありがたい。
リッサは、別に味音痴ではなく違いは理解するものの、高級な味でなくても満足できるタイプのようだ。
ある意味、俺と似ているかもしれない。
俺は昔から、他人が「美味しい」という食べ物に対して「とても美味しい」と感じて、他人の「まあまあ普通」に対しては「美味しい」、他人の「まずい」に「まあまあ普通」と思ってきた。友人からは「お手軽な舌だな」と言われることもあったが……。
確かに、こうして他人目線で見ると、俺もリッサを少し「お手軽」と思ってしまうかもしれない。
食事の席での話題は、自然と、昨日の続きとなった。
つまり、四大魔王討伐に関する相談だ。
「まず、どこから手をつけるべきか……」
一番乗り気なリッサが問題提起すると、
「やっぱり、風の魔王が最初の
パラが意見を述べ始めた。
「だって、私たちは、風の魔王軍の幹部を倒したわけですよね。ならば、そのボスを真っ先に倒さないと……」
「おお! パラもそう思うのか。さすがは我が親友。気が合うな!」
リッサは、パラに抱きつかんばかりの勢いだ。
俺はビール片手に、仲の良い二人を微笑ましく眺めながら、ふと思う。
食堂にいる他の冒険者たちから、今の俺たちはどう見えるのだろう、と。
四大魔王討伐など、誰も本気で信じていない話だ。それを公衆の面前で真剣に検討するというのは、少し恥ずかしい状況なのかもしれない。
しかし、日曜の『赤レンガ館』の食堂ならば……。
ちょうど俺のように、酒を飲みながら食べている冒険者も多い。これならば、酒の席での与太話くらいに聞こえるはず。そう考えれば、魔王討伐について話し合うには、絶好の機会ということになる。
「なあ、みんな。あの時『炎の精霊』が言ってたこと、覚えているか?」
俺も意見を出すことにした。
「言ってたこと? 色々あったけど……。ラビエスの言うのは、どれのことかしら?」
「ほら、あいつ、『天のいと高きところにおわす風の魔王様』とか口にしてたよな?」
「ああ、あれ……」
俺の返事を聞いて、マールが顔をしかめた。パラと陽気にじゃれあっていたリッサも同様。パラは、何か少し考え込んでいるような表情を見せてから、それを口にする。
「……つまり、風の魔王は高いところにいる、ってことですか。『なんとかと煙は高いところが好き』ってやつですかね」
いやいや、パラ。
その言い方では、賛美歌の中で神様を形容する「天のいと高きところにおわす」という表現に対して失礼な気が……。
だが、そんなことを考えたのは俺だけのようで、そこを追求する代わりにリッサが、
「高いところといえば……。このイスト村は、三方を山脈地帯に囲まれているのだろう? 案外と近くにいるかもしれないな、風の魔王というやつは」
おいおい。
それはさすがに……。
まるで俺の代弁をするかのように、マールがリッサの考えを否定する。
「それはありえないわ。私たちイスト村のみんなが、魔王のお膝元で平和に暮らすような、そんな愚かな人間に見える?」
マールに続いて、
「そうだぞ、リッサ。『炎の精霊』のダンジョンを思い出せよ。あいつがいる階に降り立った途端、恐ろしいほどの『魔』の気配を感じたじゃないか」
「そうですね。魔王の部下に過ぎない『炎の精霊』ですら、あれでしたから……。魔王なら、もっと凄いはず。きっと外まで広がって、近隣の住民は、毎日『魔』の気配に
三人がかりでリッサに反対するような形になってしまい、俺としては「まずかったかな?」とも感じたが、特にリッサは気にしていないようだ。素直に俺たちの意見を取り入れて、
「なるほど。つまり『魔』の気配が濃い山を探せば良い……ということか」
そうそう。
まあ『山』とは限らず、『塔』のような建築物かもしれないのだが。
どちらにせよ。
そんな『魔』の気配が濃い場所を探すとなれば……。
そうだ!
それこそ、以前にフィロ先生から聞いた誇大図書館だ。
誇大図書館まで行けば、そうした伝承の記された書物もあるのではないか。
ただ、イスト村からでは、かなり遠いようなのだが……。
そこまで俺が考えた時。
「ちょうどいい。『魔』の気配が濃い山なら……。一つ知ってるぜ」
聞き覚えのない声が、後ろから聞こえてきた。
振り返ると。
そこに立っていたのは、短い銀髪の似合う
とりあえず名前を聞くまでは、心の中で『ブルー』と呼んでおこう。
「誰だ?」
真っ先に反応したリッサに対して、『ブルー』は、値踏みするかのような視線を送る。
続いてパラ、そしてマールを見て……。
最後に、俺の目を真っ直ぐ見据えながら、『ブルー』は名乗った。
「俺はモック。大陸中を回っている、しがない旅人さ。なあ、あんたがラビエスさんだろ? お噂は、かねがね……」
旅人。
自分は冒険者ではない、と言いたいのだろうか。
「ああ。俺がラビエス・ラ・ブドだ。『お噂はかねがね』ってことは……治療師に関連した評判か?」
「ははは……。違う、違う。いや、半分はそうかな。俺が聞いたのは……」
モックは笑顔を引っ込めて、
「……ラビエスって人に率いられた、凄い冒険者チームの噂さ」
――――――――――――
私――マール・ブルグ――の幼馴染が今、見知らぬ男に褒められた。
いや『凄い冒険者チーム』という表現だから、私たち四人全員を評価しているのかもしれないけど、最初に『ラビエスって人に率いられた』とある以上、中でもラビエスをリーダーとして別格で扱っているはずだ。
この発言を聞いた瞬間。
彼に対する、私の評価が反転した。
モックという男。
最初に見た時は、なぜか気に
正直、自分でも理由はわからない。いきなり会話に参加してきた失礼な奴、というだけでは説明できないレベルだ。おそらく、何か本能的な感覚だ。
でも。
ラビエスを『冒険者』として高く評価するのであれば……。
うん。
私は、私の心を押し殺そう。
ラビエスを『治療師』としてではなく『冒険者』として高く買ってくれるのであれば。
そんな人物は珍しい。本当に本当に、貴重な存在なのだから……。
「あんたたち四人組……。話に聞いた通りだったから、すぐにわかったぜ」
彼はラビエスに対して、どうやって私たちを見つけ出したのか、説明したいようだ。
「ラビエスさんの周りには、魅力的な女性が三人。特に……」
ニヤリと笑いながら、モックは言葉を続ける。
「背の高い美人さんと、胸の大きな小柄な女の子。目立つのが二人いるって、聞いたのさ」
その言葉を聞いて。
私は「ああ、ダメだ」と思った。彼に対する評価は再び反転して、元に戻った。
やはり、私の第一印象は正しかったのだ。
おそらく、あれは女性の本能的な直感だったのだ。
そう。
何があろうと私は、このモックという男を、どうしても好きになれないだろう。
――――――――――――
私――リッサ・ラゴスバット――は一瞬、自分の耳を疑った。
「背の高い美人さんと、胸の大きな小柄な女の子。目立つのが二人いるって、聞いたのさ」
モックという男が、あまりにも無神経な言葉を吐き出したからだ!
なんとなく最初に見た時も思ったが、やはり、この男は最悪だ。
確か、私は、以前に冒険記の中で書き残したはず。
領主の一人娘である私は、美しいからといって素直には喜べない、と。
私が将来どこかの貴族と結婚させられる時、外見だけで内面を見てもらえないのではないかと心配だ、と。
そう。
そんな思想を持つ私だからこそ、美人とか巨乳とか、そういった外見的な特徴で女性を認識する男は、特に苦手なのだ。
ましてや、それを初対面で口に出すような男は、間違っても好きになれない。
どうやら、似たようなことをマールも考えたようで、
「それ、少し失礼な発言じゃないかしら?」
――――――――――――
私――パラ・ミクソ――は、ちょっと複雑な心境でした。
出会ったばかりの男の人から、『胸の大きな小柄な女の子』と言われてしまったからです。
マールさんは「少し失礼な発言」と言っていますが……。
正直、私としては、それほど悪い気もしません。一般的に胸が大きい女性というものは、男の人から見れば、それだけで魅力的なようですから。
ただし。
男の人が心の中でそう感じるのと、実際に口に出すのとでは、明らかに事情が異なります。あちらの世界で同じ状況ならば、きっと「セクハラ発言!」ということになるでしょう。私とモックさんは、この種の話題を堂々と口に出来るほど、まだ親しい間柄ではないからです。
ですが。
もともと人付き合いが苦手だった私には、人と人との距離感というものが、いまいちわかりません。どれくらいの親しさならば、こうした話が許されるのか……。
そもそも。
胸が大きいとか、小柄とか。
本来それは私ではなく、元々の『パラ』の特徴です。
今でこそ、私の魂は『パラ』の肉体という器に包まれています。でも最初に私の魂が宿っていた
ならば。
もしも本来の『パラ』であれば。
今のモックさんの言葉に対して、どのように反応するのでしょうか?
考えてみましょう。『パラ』は内心で「私は可愛くてスタイルも優れている」と自画自賛するような女の子でした。だから彼女ならば、今のモックさんの発言を聞いて、きっと素直に喜んでいたことでしょう。
ひょっとすると。
私が最初に「それほど悪い気もしません」などと感じたのも、その『パラ』の意識に引っ張られた影響なのかもしれません。
……こんなことを私が考えていると、
「あれ? 俺、何か悪いこと言ったっけ? すまん、すまん」
――――――――――――
俺――ラビエス・ラ・ブド――は、少し呆れてしまった。
モックは軽く頭を下げて、三人の女性に謝っているけれど、これが真剣な謝罪には見えないのだ。この男の口調のせいなのか、あるいは人柄のせいなのか、定かではないが。
続いて彼は、同じ男である俺に顔を向けて、
「でもさあ。美人とか、胸が大きいとか……。これって褒め言葉だよな? 貶し言葉じゃないよな?」
「いや、俺に同意を求めないでくれ」
きっぱりと俺は告げた。
頼むから、俺を巻き込まないで欲しい。
たとえ褒めているつもりであっても、知り合ったばかりの女性に対して使う言葉ではないだろう。かなり仲良くなってからであれば、笑い話になるかもしれないが。
そう。
それくらい、俺でもわかる。
見れば、マールとリッサは明らかに怒っている。「こいつは女の敵だ!」と言わんばかりの
パラは……よくわからない。うん、女性の気持ちは難しい。そう思っておこう。
ともかく。
俺は急いで話題を変えることにした。
「そんなことより……。『魔』の気配が濃い山を知っている、と言ったな?」
「ああ、知っている。だが、その話の前に……」
モックは、少しもったいぶった口ぶりで、
「……先に、こっちの話を聞いてくれないか? 実は、あんたたちに依頼したい仕事があるんだ」
これが他の人からの依頼ならば、喜んで話を聞く流れになったはず。だが残念ながら、女性陣の――特にリッサとマールの――モックに対する印象は、既に最悪なようで、
「却下だ。私たちは今、新しい仕事に取り掛かったばかりだ」
「『魔』の山の話だって、その件なのよ。だから無理ね」
リッサとマールが、あっさりと断ってしまった。
モックは少し困ったように、
「うーん……。そんなこと言わずに、せめて話だけでも聞いてくれないかな? その上で、もう一度、考慮してもらうということで……」
いやいや。
いくら事情説明されても、マールやリッサが考え直すとは思えないが。
「……まず先に俺の方の話を聞いてくれたら、その後で、『魔』の気配が濃い山についても話すからさ」
確かに、これならば、わざわざ誇大図書館まで出向かずとも情報が得られる。ある意味、おいしい話だ。
だが、この提案でも、マールあるいはリッサが反対しそうな雰囲気だ。
俺は慌てて口を挟んだ。
「依頼を受ける受けないは別として……。どうだろう、話を聞くだけなら、いいんじゃないかな?」
「……まあ、ラビエスがそこまで言うなら」
「わかった。『魔』の潜む山について、確かに情報は欲しいからな」
まずはマールが、続いてリッサが納得してくれた。
何を考えているのかわからないが、パラは最初から強く「反対!」という立場を示していなかったから、これで大丈夫だろう。
「……ということだ。さあ、モック。話を始めてくれ」
モックは、俺に対して一つ頷いてから、
「ありがとよ、ラビエスさん。では……」
そうして。
長い長い話が始まった。
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