第二十一話 魔王討伐の依頼(ラビエス、リッサ、マール、パラの冒険記)
『四大魔王を討伐した者に、莫大な報酬を与える』
ああ、これは……。
俺――ラビエス・ラ・ブド――は、マールの方を向いて、
「リッサに説明しなかったのか?」
「説明しようとしたところで、ちょうど、あなたが来たのよ」
それなら仕方がない。責めるような言い方をして、悪かったと思う。
この世界が『神』を崇拝する世界である以上、その対極である魔王や悪魔といった『魔』に対するネガティブなイメージは、非常に強い。俺の元いた世界とは、比べものにならないレベルだ。
だから『魔王』という言葉自体、口に出すのも汚らわしいと感じる者だって、結構いるようだ。
しかし。
魔王の存在が伝承や伝説に記されている以上、神を信奉する教会組織としては、放っておくわけにもいかない。
教会としては「どうせ伝説であって、事実ではない」「口にもしたくない、関わりたくない」と思っていても、「神の対極である魔王は許せない」という態度をとらざるを得ない。
その結果。
こうして形だけでも、魔王討伐令を発布することになるわけだ。
だから、この依頼書は、普通の『依頼書』とは事情が異なる。
「仕事を引き受ける場合は……。依頼書を掲示板から外して、窓口まで持参、だったな?」
「そうですよ、リッサ」
リッサは依頼書を剥がそうとするし、パラも止めようとしないが……。
マールだけは、冷静な対応をしてくれた。
「違うから! それは手を触れてはダメなやつだから!」
「ん? 引き受けてはいけない依頼なのか?」
「そういう意味じゃなくて。他の依頼とは、少しシステムが違うのよ」
そう。
普通ならリッサの言う通り、仕事を受ける冒険者が、依頼書を窓口まで持っていく。それは、他の冒険者が同じ仕事を二重に引き受けることがないよう、定められたルールだ。
しかし魔王討伐の場合。
そもそも依頼主である教会側が、基本的に、本気で魔王の存在を信じているわけではない。当然、存在しないものを討伐できるなんて思っていない。ただ、そうした『魔王討伐』という姿勢を示したいだけだ。
だから『魔王討伐』の依頼書は、いつまでも皆の目につく場所に掲げておきたい。また、二重でも三重でも、重複して依頼を受けてもらって構わない。だから前金などもなく、成功報酬だけとなっているのだ。
依頼を受ける冒険者の側も、普通は、魔王なんているわけないと思っている。でも教会組織というお偉いさんが「魔王を倒して欲しい」と言っているので、「私が引き受けました!」という態度を示しておこう……。その程度の気持ちだ。
マールがこれらを説明すると、リッサは少し失望したように、
「なんだ。皆、本気ではないのか。つまらん」
そして一言、付け足した。
「……愚かだな。魔王は本当に存在するというのに」
彼女の言葉を聞いて、俺だけでなく、マールもパラも少し緊張したのがわかった。
リッサの言う通り、俺たちは知っている。
あの『炎の精霊』フランマ・スピリトゥとの戦いの中で、四大魔王は実在すると聞かされたのだ。
厳密には、俺たちが見たのは、魔王軍幹部を自称するモンスターだけで、魔王そのものを目にしたわけではない。
しかし、あの場におけるフランマ・スピリトゥの振る舞いを見ていれば……。まあ『四大魔王は実在する』と思って、まず間違いないだろう。
「では、マールさん。システム上、この依頼を実際に引き受けることは、出来ないのですか?」
「いいえ、もちろん『自分が引き受ける』と宣言することは出来るわ。その場合、冒険者は窓口で口頭で、その旨を告げるんだけど……」
「ならば話は決まりではないか! 私たちも引き受けよう! そして、私たちが魔王を抹殺して、存在を知らぬ愚か者たちに、真実を教えようではないか!」
女三人の話を聞いて、俺は思う。存在を示したいのに、それを倒してしまってどうする……。
いやいや、そんな呑気なことを考えている場合ではなかった。
俺は慌てて、
「ちょっと待て! リッサ、本気か?」
――――――――――――
私――リッサ・ラゴスバット――が、伊達や酔狂で言っている、とでも彼は思ったのだろうか。
ラビエスは、私に「本気か?」と聞いてきた。
……おいおい、ラビエス。私を失望させないでくれ。
ラビエスだって、共に『炎の精霊』を倒した仲間ではないか。
風の魔王軍の幹部であるモンスターを倒した以上、その
「もちろんだ」
私は、きっぱりと言い切った。
――――――――――――
私――マール・ブルグ――の前で、ラビエスとリッサが何やら少し、やり合っている。
「ちょっと待て! リッサ、本気か?」
「もちろんだ」
二人の会話を聞いて。
リッサの提案について、私も真剣に考慮することにした。
四大魔王の討伐。
実現したら、それは凄まじい偉業として、後々まで語られる伝説となるだろう。
伝説として
多かれ少なかれ、そうした名誉欲は、冒険者ならば誰でも持っていると思う。逆に、それがあるからこそ冒険者を目指して、冒険者になったのだと思う。
私にだって「偉業を成し遂げたい」という気持ちは、無いわけではない。
しかし私の場合、「ラビエスと一緒に、偉業を成し遂げたい」なのであって、「自分が偉業を成し遂げたい」わけではない。むしろ「ラビエスに偉業を成し遂げてもらいたい」ということだ。
もちろん、そんな冒険には危険も付きまとうだろう。
魔王討伐に伴う危険は、『炎の精霊』フランマ・スピリトゥとの戦い以上になるはずだ。
でも。
今の私たちには、リッサの転移魔法がある。
フランマ・スピリトゥと戦った時は、当初、転移魔法の存在を知らなかったけど……。
最初から知っていたならば、それこそ「危なくなった時点で逃げる」という選択肢もあったはず。
そう。
魔王と直面した時点で「これは戦っても勝てない」と判断したならば、逃げれば良いだけだ……。
いやいや。
冒険者が、そのような消極的な考え方でどうする。
そもそも。
あの『炎の精霊』との戦いを通して、少しは自信もついたではないか。
私もラビエスも、いくら強敵と戦おうとも、そう簡単には死なない、という予感にも似た自信……。
もしも戦いの中で命を落とすとしても、その時は二人一緒だ、という直感にも似た確信……。
そう、それならば怖くない。
魔王討伐という話。
形式的に引き受けるのではなく、本気で取り組んでもいいのかもしれない。
こうやって考えているうちに、つい私は頬が緩んでしまった。
だから。
その笑顔のまま、私は呟いた。
「……いいんじゃないかしら、その話」
――――――――――――
私――パラ・ミクソ――が口を挟むまでもなく、
「ちょっと待て! リッサ、本気か?」
「もちろんだ」
動揺するラビエスさんに対して、リッサは毅然とした態度を示しています。
リッサが真面目に魔王討伐の冒険に出かけたいというなら……。
ちょっと私も考えてみましょう。
私たちは四大魔王が存在することを『炎の精霊』から聞かされましたが、この世界の多くの人々は、しょせん伝説に過ぎないと考えているようです。そんな伝説の中の魔王に対して、真剣に討伐を試みるというのは、知らない人から見れば、それこそ十二病っぽく思えるかもしれません。
だから以前の私であれば「乗り気ではないけれど、十二病らしく見せる意味で、乗り気っぽく振る舞おう」なんて考えたでしょうね。
しかし、今の私は違います。
元の『パラ』の影響かもしれませんが……。かなり本気で、魔王討伐をやってみたく思っています。
そもそも、私たちが倒した『炎の精霊』は、風の魔王軍の幹部です。もしも何らかの手段で、ボスである風の魔王にそれを知られているならば……。私たちは「可愛い部下を倒した、
……いや、これこそ十二病の考え方でしょうか。
まあ怖くないと言ったら嘘になりますが、私一人ではありません。ラビエスさんやマールさん、それにリッサが一緒です。きっと大丈夫でしょう。
「……いいんじゃないかしら、その話」
ほら!
マールさんも賛成しています。
ならば。
私は微笑みながら、言いました。
「私も! 私も同じ意見です!」
――――――――――――
俺――ラビエス・ラ・ブド――は、驚いてしまった。
「……いいんじゃないかしら、その話」
「私も! 私も同じ意見です!」
マールとパラの二人が、笑顔でリッサの提案を肯定したからだ。
パラは無邪気に笑っているだけだが、マールに至っては、何か魂胆がありそうな、不気味な笑みを浮かべているのだ。
しかし。
転生して以来の、俺自身の経験から考えても。
元の『ラビエス』の記憶にある、マールの人物像から考えても。
活発な女性ではあるが、マールは、危険なことを企むような人間ではないはず。それも、自分の身を案ずる以上に、ラビエス――元の『ラビエス』であれ俺であれ――のことを心配するタイプだ。
そのマールが「いいんじゃないかしら」と言うのであれば……。
彼女なりに、危険なことにはならないというアテがあるのかもしれない。
そう考えて。
「わかった。皆がそう言うのであれば……。じゃあ俺は、今から窓口まで行って、魔王討伐の仕事を引き受けるって伝えてくる」
これ以上ここで会話を続けていたら、もっと俺を動揺させるような話が飛び出すかもしれない。そんなのは嫌なので、俺は、逃げるようにして女性三人から離れた。
「あら? あなた、また来たんですか?」
「はい、また来ました。実は……」
窓口のお姉さんに対して、俺は事情を説明し始めた。特に「リッサが言い出した」という部分を強調して。
魔法討伐を引き受けようとする冒険者なんて扱い慣れているだろうに、お姉さんは、少し困ったような顔で、
「普通の冒険者の方々が言うならまだしも……。あなたたちが言うと、少し重みが違いますねえ。『風の魔王軍の幹部』を倒したという、他ならぬラビエスさんたちが言うと……」
まあ、それはそうだろう。
魔王の存在を信じていない者にとっての『魔王討伐』と、俺たちにとってのそれは、意味が全く異なる。危険を承知で引き受けよう、という意思表示になるのだ。
「でも、姫様がお望みなら、仕方ないですね。はあ……」
お姉さんは、ため息を一つ、ついてから、
「でも絶対に、本当に絶対に、危険な真似はしないでくださいね! お願いしますから!」
彼女は窓口から腕を伸ばして、両手で俺の手をぎゅっと握りしめながら懇願する。
「姫様の身に何かあれば……。私のクビも飛びますからね!」
なるほど。
別に俺たちの身を案じているわけではなく、自分の行く末を心配しているわけか。
しかし「クビも飛びます」という言葉は、どっちの意味だろう?
やはり「解雇される」の意味だろうか。あるいは「斬首される」の意味だろうか。
いや、地方領主は時代劇の悪役お殿様ではないのだから、さすがに斬首はされないだろうが……。まあ「解雇される」の意味だとしても、ずっと『窓口のお姉さん』として暮らしてきた彼女にとっては、死活問題に違いない。
「大丈夫です。そんなに心配しないでください」
俺は彼女の手を振りほどきながら、一応、安心させるために告げた。
「魔王討伐なんて言っても、具体的な行動は、まだ特に思いつきませんから。冒険そのものは、これまでと、あまり変わらないと思います」
「でも……。それだと姫様は、満足なさらないのでは? やはり何かしら、はっきりと行動を起こさないと……」
おいおい。
あんたは俺たちを、魔王討伐に行かせたいのか、行かせたくないのか、どっちなんだ?
心の中で俺がツッコミを入れている間に、お姉さんは、何か思いついたらしい。
「そうだ! あなたたちは『風の魔王軍の幹部』と戦ったのでしょう? その場で、その幹部とやらから、風の魔王に関する情報を何か聞いているのでは……?」
ああ、言われてみれば。
あの『炎の精霊』フランマ・スピリトゥは、風の魔王について色々と語っていた。
他の三魔王から馬鹿にされているとか、配下の幹部が次々と去ってしまうとか……。
それらは情けない話というだけで、別に、魔王討伐のヒントにはならないだろう。ただし、一つだけ気になる言葉もあった。
フランマ・スピリトゥの「天のいと高きところにおわす、風の魔王様!」という発言だ。
あれが単なる枕詞や美辞麗句のような語句ではなく、意味のある言葉だとしたら……。風の魔王は、どこか高いところ――山や塔など――を
「何か思いついたような顔ですね……?」
「ええ、まあ。おかげさまで」
「それは良かった……と言いたいところですが。くれぐれも、危険な真似だけは駄目ですよ? もしも何かあれば……」
切実な表情で、再び俺の手をぎゅっと握る、窓口のお姉さん。
おいおい、そんなループは勘弁してくれ。
俺は彼女の手を振り払って、急いで窓口を後にした。
あ。
今、気づいたのだが。
掲示板のところに残してきた三人のうち、マールだけが、ちらちらと俺の方に視線を向けていた。
マールは、少しだけ機嫌が悪そう。なんだか、俺を睨みつけているようにも見える。
俺は元々、マールを「嫉妬深い女」とは全く感じていなかった。俺がパラやリッサと一緒にいても、そうした態度を示したことはないからだ。それが昨日、女子寮前で詰問されて、「ん?」と思い始めた。
そもそもマールは幼馴染であって、別に恋人というわけではない。
だが、昨日と今日、俺の窓口でのゴタゴタを見てマールが表に出した感情は……。
やはり『やきもち』の一種なのではないだろうか。恋愛感情の有無は別として、たとえ恋人関係ではない間柄でも『やきもち』は生じるのだろう。
俺の耳を引っ張ったり、俺の手をぎゅっと握ったり……。窓口のお姉さんの行動が、マールの心に引っ掛かったらしい。よくわからないが、「肉体的接触はダメ」ということだろうか?
ともかく。
マールに、こうした一面があるというのであれば。
今やパラとリッサが加わったことで、俺以外は女だらけというパーティー構成になったわけだから……。
俺も、少しは気をつけた方がいいのかもしれない。
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