第二十話 リッサの新生活・後編(ラビエス、マール、パラの冒険記)
俺――ラビエス・ラ・ブド――たちが行き着いた、ダンジョンの最奥部。そこは、小さな空間だった。
中心には宝箱が六つ置かれており、その周りに、かろうじて冒険者が通れるくらいのスペースがある。
ただ、それだけの部屋だった。
「おお、宝箱! このダンジョンに来て、初めての宝箱だな!」
顔を輝かせるリッサに対して、どこか物悲しげな口調で、マールが言う。
「開けてごらんなさい、リッサ」
「いいのか? 私が開けて……」
「ええ、もちろん。六つとも全部。だって今日は、イスト村での、リッサの初めてのダンジョン探索でしょう? これは、私たちからのプレゼントだわ」
マールは俺たちの方を向き、軽く「いいわね?」と確認をとる。俺はマールの考えていることを想像しながら、また、おそらくパラは事情を理解していないまま、同じように頷いた。
「かたじけない!」
リッサは叫んで、宝箱に飛びついた。
わくわくした様子で、蓋を開けるが……。
「何もないではないか」
「ごめんな、リッサ。ダンジョンって、そういうものだ。いつも宝箱に中身が詰まっているとは限らないんだ」
リッサに対して、俺が代表して、一応の謝罪を述べておく。
まあ、これが、マールと俺が想像していた事態だった。
以前にも述べたように、冒険者が『ダンジョン』と定義している場所には、モンスターがおり、宝箱も転がっている。そして冒険者に倒されて消滅したモンスターも、一度は持っていかれた宝箱の中身も、しばらくすると復活する。それがこの世界のルールであり、誰も疑問を挟まない。これを「不思議!」と思うのは、俺やパラのような転生者くらいだろう。
だから。
他の冒険者に攻略されたばかりのダンジョンを訪れたところで、宝箱の中身もモンスターも、まだ復活していない。『ダンジョン』というより、何もない通路や空間になってしまう。
頻繁に色々な冒険者が利用するダンジョンほど、そうなる確率は高くなる。この『東の倉庫』は、そこまでの人気ダンジョンではないが……。
冒険者の間での噂によると、ここの宝箱は、中身が再び現れるまでの時間が長いらしい。一方、
リッサも『ダンジョン』の定義は理解しているはずだが、この『東の倉庫』の特性までは知らないはず。俺が軽く説明すると、
「そうか……。『光る洞窟』の隠し通路は、誰も足を踏み入れたことのないダンジョンだったからこそ、どれも宝箱は中身が入っていたのだな」
そうそう。理解が早くて助かる。
「……これが、一般的なダンジョンというものか。うん、また一つ、勉強になった」
あの『光る洞窟』の隠し通路では、宝箱に中身があったにもかかわらず、その内容に落胆していたリッサ。だが、正式に冒険者となった今では、気の持ちようも違うのかもしれない。失望するのではなく、むしろポジティブに受け止めてくれた。そうやって考えてもらえれば、連れてきた俺たちとしても、本当に助かる。
すると。
隣にいたパラが、俺の袖をくいくいっと引っ張り、リッサには聞こえないくらいの小声で、
「私の時は、まだ運が良かったんですね。初めてのダンジョンで、ちゃんと宝箱の中身があって……」
ああ、それは少し事情が違う。
そもそも『西の大森林』は、一つのパーティーで全部探索するのが無理なくらい広大なダンジョン。その上、宝箱の出現位置がランダムに変わるという独特のシステムだ。だから常に見落とされた宝箱が残っており、いつ誰が入っても、たいてい一つか二つくらいは、宝箱を発見できる。
その意味でも、あそこは初心者が楽しみやすいダンジョンだったわけだが……。
「本当なら、リッサにも……。『西の大森林』あたりが、手頃だったんだがなあ」
つい、俺は口に出してしまった。
そんな俺を見て、マールが苦笑している。
リッサは真面目な顔で、
「ああ、その話ならパラから聞いたぞ。森を焼き尽くしたのだろう? さすが我が親友パラだ。凄いな!」
「焼き尽くしたわけじゃありません! リッサだって、村に来る途中、馬車の中から見たでしょう? まだ『西の大森林』は、ちゃんと健在です!」
慌てて訂正するパラ。
うん、その通り。
確かに『ちゃんと健在』であり、まだ大部分は残っている。
しかし。
しばらくは近寄らない方がいいよなあ。
また俺たちが『西の大森林』に足を踏み入れたら、他の冒険者たちから、何を言われることやら……。
ダンジョンを出た俺たちは、広場へ戻り、冒険者組合『赤レンガ館』に入った。
マールと二人だった時と同じく、マールを入り口近くの掲示板のところに残して、俺は窓口へダンジョン探索の報告へ行く。
今までならば、マール一人だったから少し寂しい思いもさせたかもしれないが、今日からはパラとリッサも一緒だ。掲示板に貼られた仕事の依頼や私的なメッセージを話のネタに、女三人で盛り上がることだろう。
「ああ、ラビエスさん。早速、四人でダンジョンへ行ったのですね?」
俺が報告するより早く、珍しく窓口のお姉さんの方から話しかけてきた。
……少し嫌な予感がする。
「そうです。今日は『東の洞窟』へ行ってきました。出現モンスターは、
「わかりました。いつも報告、ありがとうございます」
これは形式的な報告であり、わざわざ言いに来ない冒険者も多い。俺はルールを守る真面目な報告者ということで、今までと同じく、その意味での「ありがとうございます」だと思ったのだが……。
いつもならばこれで終わりのはずが、お姉さんは窓口から身を乗り出すようにして、
「ところで……。姫様は、ダンジョン探索を楽しんでおられましたか?」
「ああ、それは……。もちろんです」
なるほど。今回の「ありがとうございます」は「姫様が関わった冒険を報告していただき、ありがとうございます」という意味も含んでいたのか。
「……ん? 今、少し言いよどみましたね?」
「いやいや、まさか。ほら、あそこは初心者向けだから……。それなりに楽しんだようだけど、既に『炎の精霊』のダンジョンを攻略したリッサには、やはり物足りないのかと……」
俺は適当に誤魔化したつもりだったが、こういう場合、余計な一言を付け加えると、かえって墓穴を掘る可能性が高くなるらしい。
「『炎の精霊』ねえ……。まさか、そんな『風の魔王軍の幹部』なんて存在がいるとは信じられないし、ましてや、それをあなたたちが倒しただなんて……。でも伯爵様が言う以上、たとえ嘘でも本当だと信じませんとねえ……」
あの事件の詳細は、既にラゴスバット家から冒険者組合に伝わっているようだ。しかしこの口ぶりでは、あまり信じてはいない様子。
地方領主から聞かされた冒険者組合がこの有様では、俺やマールが他の冒険者に言ったところで、誰も本気にしないだろう。まあ薄々そう感じて、俺もマールも、まだフィロ先生以外には話していないわけだが。
「そうそう、伯爵様といえば……。あなたたちが伯爵様から頂いた馬車は、牽引していた
……ん? 伯爵様から頂いた馬車? いったい何の話だ?
「あらあら。そんな顔をして……」
彼女の説明によると。
俺たちがラゴスバット城からイスト村まで乗ってきた、あの無駄に豪華な馬車。あれは俺たちをイスト村まで届けた後、城には戻らず、この村に留まっているのだという。
しかし、馬車である以上、御者もいたはずだが……。彼も城には帰らず、イスト村に住むということか?
「そんなわけないでしょう。御者の
話を聞いて、少し考える。
ネクス村までは危険な道のりだろうが、ネクス村からラゴスバット城までの間は、モンスターも出現しない安全エリアだ。ならば『護衛』も、ネクス村までだろう。
ひょっとすると、雇われた冒険者は城まで警護するつもりで、あわよくば城で歓迎されることまで計算していたかもしれないが……。その場合、アテが外れて失望するだろうな。
それにしても。
御者が帰ってしまったということは。
「でも、その馬車……。俺たちが使う時は、誰に馬を操ってもらえばいいのでしょう? それも、こちらで言えば、用意してもらえますか?」
お姉さんは、軽く体を引いて、
「そんなわけないでしょう。そこまで面倒は見きれません。御者の手配は、あなたたち自身でお願いします。こちらとしては、馬車と馬の維持費をあなたたちから徴収せず、組合の負担とするだけで精一杯です」
「ああ、それは……。ありがとうございます、本当に」
俺は丁寧に頭を下げた。
そういう話になっているのであれば、少なくとも、俺たちに損はない。
この馬車の件、ラゴスバット伯爵としては、褒美のつもりなのだろう。城で面会した際は「リッサが褒美」という話になってしまったが、まあ伯爵自身も、あれが俺たちの本音ではなく、リッサ自身のわがままから出た話だというくらい、理解していたらしい。
いや、もしかすると。
褒美云々ではなく、冒険の旅に出たいリッサのために、不便にならないようにという親心から、俺たちに馬車を用意しただけかもしれない。そうだとしたら、いつまでもイスト村の中で初心者向けダンジョンを遊ぶだけでなく、リッサを連れて、また冒険旅行に出ないといけないのかなあ……?
そんなことを考えながら。
窓口のお姉さんとの話を切り上げて、俺は三人の元へ戻った。
案の定、三人は掲示板の前で、そこに貼られている何かを巡って、会話が盛り上がっていたらしい。
「あら、ラビエス。ようやく終わったのね」
マールは少しだけ――かろうじて俺が気づく程度に――『ようやく』という部分を強調してみせた。まあ、いつもなら一言か二言で終わるはずの報告だから、マールが怪しむのも無理はない。後で事情を説明しておこう。昨日のように、耳を引っ張られたりする前に。
俺の顔を見て反応したのは、マールだけではなかった。
「おお、ラビエス!」
リッサが妙に興奮した口調で、俺に声をかけてくる。
たった今まで、窓口のお姉さんとリッサ関係の話をしていただけに、俺も少し身構えてしまう。
するとリッサは、大掲示板を指し示して、
「見てくれ、この依頼を! 是非、これを引き受けようじゃないか! これこそ……私たちに相応しい冒険だ!」
――――――――――――
私――マール・ブルグ――は、いつものように、入り口の近くで幼馴染を待つ。
これが、ラビエスが窓口で報告している間の、私のルーチンだ。
ここには掲示板があるので、暇つぶしには、ちょうどいい。
ただし『いつものように』とはいえ、今日はパラとリッサもいるので、これまでとは少し事情が違う。
「パラ、これは何だ?」
「掲示板ですよ、リッサ。最初の登録手続きの際、話がありましたよね? 諸々の連絡などが貼ってあるので、時々は見ておいてください、って」
「そういえば聞いたような気が……」
「そうは言っても、こうしてちゃんと見るのは、私も今日が初めてなんですけどね。前回、私は戻ってきた時、意識ありませんでしたから」
そう。
パラは『西の大森林』の帰りは、魔力を使い果たして睡眠中だった。だからリッサだけでなくパラも、ここで私と一緒にラビエスを待つのは初めてとなる。
そんな二人は何も気づいていないみたいだけど……。
本来、この報告作業は、それほど時間がかかるものではない。たとえ窓口が混んでいたとしても。
二人の相手をしながら、それとなく視界の端でラビエスの様子をうかがうと、また窓口のお姉さんと話し込んでいる。ラビエスの方から長話を持ちかけるとは思えないので、やはり昨日のように、リッサ関連で何か吹き込まれているのだろう。
そうやって私が考えていると、
「……これは二種類あるのか?」
「そうです。仕事の依頼などの大掲示板と、連絡掲示板の二種類……。いや厳密には、連絡掲示板も、他支部からの連絡と、冒険者同士の私的なやりとりと、さらに二種類に分かれるみたいですね」
「よし、では分担して見ていこうじゃないか。まず私が、重要な大掲示板で……」
「ならば私は逆に、一番プライベートな、私信連絡板から見ていきますね」
二人は楽しそうに、掲示板をネタにして騒いでいる。
まあ初めて見るのであれば、物珍しさも手伝って、さぞや良いオモチャとなるはず。私だって、今までいつも、これで暇つぶしをしていたくらいだから。
しばらく二人は、それぞれ別々の掲示板を結構真剣に見ていたみたいだけど、
「なあ、マール。この依頼は、いったい、どういう意味だ?」
リッサが振り返って、私に説明を求め始めた。
彼女の指し示す先を見れば……。
「ああ、それね。それは、書いてある通り。もちろん、依頼主も本気で信じているわけじゃないんだけど……」
「ん? なんの話です?」
私たちの会話を聞きつけて、パラも話に加わってきた。私たち二人の視線の先に着目すると、
「あれ? これって……」
ラビエスが戻ってきたのは、ちょうどその時だ。
「あら、ラビエス。ようやく終わったのね」
私が「何を話していたの?」という含みを持たせた言い方で告げると、彼は私の意図に気づいたみたいで、あからさまに苦笑していた。
そんなラビエスに対して、
「おお、ラビエス!」
リッサが嬉しそうに、
「見てくれ、この依頼を! 是非、これを引き受けようじゃないか! これこそ……私たちに相応しい冒険だ!」
――――――――――――
「よし、では分担して見ていこうじゃないか。まず私が、重要な大掲示板で……」
「ならば私は逆に、一番プライベートな、私信連絡板から見ていきますね」
私――パラ・ミクソ――は、打ち合わせ通りに、『私信連絡板』と記された一角に目を向けました。
文字通り、他の支部の冒険者の方々の、個人的なメッセージが書かれているようです。
『黒魔法をトコトン極めよう! 同志求む』
『当方、究極の冷気を身に付けたいと思う魔法士。興味ある者は是非ご一報を』
『私は、歌うことが大好きな冒険者です。同じ趣味の人いたら、お手紙ください』
ああ、わかりました。これが、いわゆる文通相手募集ってやつですね。
あちらの世界でも、少し昔は、結構こうしたものが多かったそうです。両親や、年の離れた親戚のお兄さんお姉さんから、聞いたことがあります。私自身は、文通よりもメル友の世代なわけですが、もちろん引っ込み思案だったために、メル友なんて作ったことありませんでした。
こちらの世界でも、リッサやマールさんという友人がいる以上、今さら文通相手など欲しくはありません。それでも暇つぶしに、と思いながら目を走らせていくと……。
『私は異世界オーサカでの記憶を取り戻した。オーサカで共に学んだ友がいたら、ぜひ連絡を』
ああ、これは……。
私やラビエスさんと同じく、あちらの世界からの転生者ですね。しかも「十二病のファッションに合わせた設定で」とオブラートに包んでいる私とは違って、あからさまに「自分は転生者だ」と公言しています。
大丈夫なのでしょうか。
イスト村に来る前の私だったら、喜んで返事したかもしれませんが……。
今の私には、ラビエスさんという転生者仲間がいます。お互いに「転生者だ」と打ち明け合ってこそいませんが、言葉の端々や態度で、もう明白です。最近では、こっそり周りにバレないように目で合図を交わしたりするのが、むしろ楽しくなってきました。正直に腹を割って話し合うのもいいかもしれませんが、今の状態は、それはそれで緊張感がある感じです。
それに、こちらの世界の人々に対して、頑なに正体を隠すラビエスさんを見ていると……。今まで以上に私も「転生者を公言するのは危険な行為なのではないか」と思えてきました。
だから。
今の私は、この『オーサカさん』とは、知り合いにもなりたくないですね。
そんなことを考えていたら、ふと、リッサとマールさんの言葉が耳に入りました。
「なあ、マール。この依頼は、いったい、どういう意味だ?」
「ああ、それね。それは、書いてある通り。もちろん、依頼主も本気で信じているわけじゃないんだけど……」
私も気になって、
「ん? なんの話です?」
見れば、その内容は……。
「あれ? これって……」
おやおや。
このタイミングで、ラビエスさんが戻ってきました。
これは、四人で相談するべき案件かもしれません。
「あら、ラビエス。ようやく終わったのね」
「おお、ラビエス!」
幼馴染のマールさんに続いて、リッサが声をかけます。
リッサの声を聞いて、私は気が付きました。もうリッサは決めているんだな、と。
続いて彼女の口から出たのは、私の予想通りの言葉でした。
「見てくれ、この依頼を! 是非、これを引き受けようじゃないか! これこそ……私たちに相応しい冒険だ!」
意気揚々と、依頼を指で示すリッサ。
それは、個人ではなく、教会という組織からの依頼でした。
内容は、簡潔に、こう書かれていました。
『四大魔王を討伐した者に、莫大な報酬を与える』
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