第十三話 呪いのウイルス(ラビエス、パラ、リッサの冒険記)
俺――ラビエス・ラ・ブド――たちは、朝食の後、リッサの案内で鍛冶屋へと向かった。
リッサは昨日も来ているので、鍛冶屋の夫婦とは面識があり、
「また新しい白魔法士を連れてきた」
「おお! ありがとうございます」
「いや、まだ礼を言うのは早い。この男が治せる保証はないからな」
いやいや。
それは全くその通りだが、俺が言うならまだしも、お前が言うべき台詞ではないだろう。
心の中でツッコミを入れてしまったが、考えてみれば、最初から過大評価されるよりは気がラクかもしれない。「駄目で元々」と思ってもらえるなら、こちらとしても、やりやすい。
俺がそんなことを考えている間にも、リッサは、鍛冶屋の奥さんと会話を続けていた。
「子供の具合は昨日と変わりないか?」
「それが、少し熱も出てきたようで……」
「ふむ。では、診てみよう」
リッサは奥のベッドへと向かっていくので、俺たちも続いた。
確かに、ベッドには子供が寝ているようだった。掛け布団の膨らみが、それを示している。しかし、布団から出ているはずの、頭の部分は……。
透明になっていた。
完全に見えないわけではなく、もやもやとした何かがあるのはわかる。
この世界の人間には通じないだろうが、見た瞬間、脳裏に浮かぶイメージがあった。
元の世界で見たSFドラマ。宇宙を舞台にした、古典的な名作。そこに出てくる『透明な宇宙船』の見え方が、まさにこんな感じだった。当時は「透明化の演出にしては、変な感じだな」と思ったものだが……。
あれで、間違っていなかったわけだ。
「ああ……。あれだな」
俺は小さく呟いて、無意識のうちに、ちらっとだけパラの方を見てしまった。
――――――――――――
かなり小声でしたが、私――パラ・ミクソ――にも、はっきりとラビエスさんの言葉は聞こえました。しかも、彼は目で、こちらに合図を送ってきました!
そう、同じ転生者である私ならば、理解できます。
透明になった子供を見て、ラビエスさんも、あちらの世界で見た映画を思い浮かべたのでしょう。姿の見えない怪物に、密林で襲われる……。そんなモンスター映画です。小さい頃に見た時は、夢に出てくるほどの恐ろしさでした。
あの怪物の見え方にそっくりです。もちろん、映画の中の怪物とは違って、この子供に恐怖を感じたりはしませんが。
今。
私とラビエスさんの頭の中には、全く同じ映画の、全く同じワンシーンが浮かんでいるに違いありません。
私は嬉しくなって、
「……そうですね」
小さく頷きながら、返答の意味で呟きました。
そんな私たち二人の様子を見て、マールさんが、少し訝しんでいます。
「あれって何?」
「いや、あれって言ったのは……」
誤魔化そうにも、上手い言葉が思いつかないのでしょう。少し困った感じのラビエスさんに、私は助け舟を出すことにしました。
「あれっていうのは、ほら、呪いですよ。やっぱり病気じゃなくて呪いなのか……っていう意味ですよね?」
さらに私は、畳み掛けるように、
「私は白魔法士ではありませんが、同じ魔法士ですから、見た瞬間にピンときました。これは呪いなので、魔法では難しそうです」
つまり「魔法士同士のアイコンタクトでした」ということにしたのです。
それ以上マールさんは追及してこないので、一応、納得してくれたみたいでした。
なんとか誤魔化せたようですが……。ラビエスさん、これは一つ貸しですよ。
――――――――――――
俺――ラビエス・ラ・ブド――としても、今のは危なかったと思う。だが、パラのおかげで助かった。ここは素直に、パラに感謝するべきだろう。ただし口に出しては言えないので、心の中だけで礼を言っておく。
「……やはり、お前たちも、これは呪いだと思うのか?」
今の会話を耳にして、リッサが声をかけてきた。
話の流れで『呪い』ということにしてしまったが……。いや、真面目に考えてみても、これが病気とは思えない。やはり魔法ではどうにもならない、呪いの
「ああ。ただ『少し熱も出てきた』というのは、呪いとは別だと思う。体が弱って、風邪を併発したんじゃないかな?」
言いながら、俺は患者を指差す。
「ほら、体が震えているだろう? これは、風邪による悪寒だと思う」
しかし、リッサは首を横に振って、
「いや、体が震えるのは、透明化現象に共通する症状だ。お前たちは他の透明人間を見ていないから、知らないのも無理はないが……」
「何だって? 他にもいるのか?」
「ああ、そうだ。だが、その話は後回し。まずは、この子供を診てやろうじゃないか」
確かに、リッサの言う通りだ。興味深い話ではあるが、後の楽しみにとっておこう。
「……だいたい、お前の言う通り風邪を併発してるのかどうか、それくらい解析魔法アナリシを使えば一発でわかるだろう?」
またもや、驚くべき発言だ。だが、そう思ったのは俺だけではなかったようで、俺が反応するより早く、パラが話に入ってきた。
「解析魔法アナリシ? 何ですか、それは?」
「ああ、お前は黒魔法士だから、知らんのか……」
失礼にも、リッサはパラに対して呆れたような態度を隠そうともせず、
「魔法で治療する際の基本はな。解析・解毒・回復の三段階に分かれており……」
「ちょっと待て!」
さすがに、これには黙っていられず、俺は割って入った。
「確かに、解毒・回復は治療の基本だ。絶対に順番を逆にしてはいけない、というくらいの基本だ。だが解析とは、いったい何だ?」
「はあ? お前は白魔法士なのだろう? それなのに知らんのか?」
「あのう……。私も今でこそ戦士だけど……」
リッサの言葉を遮って、おずおずと手を挙げながら、マールが発言する。
「……一応は魔法学院の卒業生だから言わせてもらうけど、解析魔法アナリシなんて初耳だわ」
ようやく、リッサは何かに気づいたらしい。軽く衝撃を受けたように、
「まさか、魔法学院ではアナリシを教えていないのか……。ならば当然、オネラリやデフェンシオンも……」
「ああ、俺たちは知らない。どんな魔法なのか、見当もつかないくらいだ」
「そうか……。ならば、先ほどは失礼なことを言った。許してほしい」
パラに向かって謝罪するリッサ。パラは恐縮したように、
「いえいえ、そんな……。それより、リッサさんは、魔法学院の出身ではないのですね」
「ああ。私はラゴスバット城で魔法を学んだ。今の今まで、魔法学院でも同じ魔法を教わるものだと思っていたが……。私の知る世界と、世間一般の常識は違うのだな。勉強になる」
「いや、勉強になるのは俺たちの方だ。まずは、その解析魔法アナリシとやらをやってみせてくれないか?」
「ああ、そうだな。よし!」
どうやら、ようやく話が先に進みそうだ。
いやはや。
患者を前にして、患者そっちのけで、この有様では……。俺も治療師失格かもしれない。
「レスピーチェ・インフィルミターテム!」
リッサは両手で杖を握りながら、俺の聞いたことない呪文を唱えた。
彼女は杖を使うタイプの魔法士なのだろう。
確かに、杖を使うとイメージを集中しやすくなるそうだが、冒険者は使わないのが普通だ。ダンジョン探索において、余計な装備は一つでも少ない方がいいので、だいたい魔法学院時代から、杖なしで普通に呪文詠唱できるように訓練していた。
特に今リッサが使っている杖は、いかにも『余計な装備』になりそうな杖だ。
軽くて細い杖ではない。いかにも重厚な感じの、太い灰色の杖だった。先端が丸く曲がって『?』のような形になっている。この世界では珍しいが、元の世界では、魔女の杖として頻繁に創作物に出てきた杖だ。
リッサの魔法は、上手く発動したのか、それとも失敗したのか。
「うむ。やはり、昨日と同じだな。病気であれ呪いであれ、その源は全身を駆け回っているぞ」
どうやら、診断結果は魔法を唱えた者にしか見えないシステムになっているようだ。だが『その源は全身を駆け回っている』という見え方になるならば……。
「なるほど。では併発説は間違いだな。風邪を併発したなら、喉とか鼻とか、少なくとも首から上に……。まあ肺炎だとしても、胸から上だから、少なくとも上半身に病原体が集中して、その分だけ濃くなるはずだよな?」
「ほう。凄いな。解析魔法は知らずとも、その解釈の仕方はわかるのか……」
リッサの言葉には、感心したような響きが含まれていた。
まあ、病原体云々の話ならば、俺の方が専門だからなあ。
俺は少し、いい気になって、
「では、リッサ。今度は俺が、リッサの知らないような、病原体の判定方法を見せてやろう」
大事に持ってきた保冷箱から、いつもの道具を取り出した。
「何だ、それは?」
興味津々といった顔で、リッサが俺の手元を覗き込もうとする。それをマールが遮って、
「まあ、黙って見ておきなさい。ラビエスの邪魔はしないで。説明なら、私がしてあげるから」
「解説のマールさん、お願いします。私も話に聞いていただけで、実際に見るのは初めてですから。治療院を訪れた時も、もう患者さんはいませんでしたし……」
「おお、お前も初見なのか」
「はい。昨日の馬車の中で、少し話を聞いた程度で……」
女三人寄れば姦しい……とは、こういう有様を表すのだろう。
だが、これはこれで好都合。マールが解説してくれるなら、俺は作業に集中できる。一応、軽く耳だけは傾けておいて、もし間違いがあったら指摘しておこう……。
いや、違う。
俺は少し考え直した。
治療院とは違って、無菌箱など使えない環境だ。無菌作業が出来ないのであれば、なるべく雑菌が混入しないよう、速やかに作業しなければならない。そもそも、無菌箱やクリーンベンチを使う場合であっても、迅速な作業は無菌操作の基本の一つだった。
ならば。
マールやパラにも手伝ってもらおう。
「マール、説明なんてしてる暇はないぞ。悪いが、マールとパラにも手伝ってもらう」
「あら。私に出来ること、あるの?」
「私も……ですか?」
マールは少し嬉しそうだ。パラは……同じく、少し嬉しそうに見えるが、マールとは『嬉しい』の種類が微妙に違う感じだ。うん、女の子の気持ちは、俺には難しい。
「ああ。だがその前に……」
俺は鍛冶屋の奥さんに向かって、
「病原体について調べるために、血が一滴必要なのですが……。坊やの指先に少し傷つけても、構いませんか?」
「はあ。それが必要なのでしたら……」
よし、許可はもらった。
病原体が体中を回っているなら、サンプルとして相応しいのは血液だろう。注射器の存在しないこの世界では採血も簡単ではないが、今回の場合、指先からの採取で構わないはずだ。
「もしかして……私の出番?」
剣を抜こうとするマール。幼馴染だけあって、さすがに理解が早い。俺ではなく『ラビエス』の幼馴染なのだから、理屈としては少し変なのだが、これも『ラビエス』の肉体という器のおかげと思っておこう。
俺が頷くのを見て、早速、患者の手に剣を近づけるが……。
「あ、ちょっと待って。患者より、比較対象となる健康な人の方が先だ」
そう言って、俺は自分の手を差し出した。
少しややこしい話かもしれないが。
元の世界での研究において。
サンプルとして、ウイルス液と、
実験の種類によって例外はあるが、まあ原則として。
生理食塩水に入れたピペットを、ウイルス液に入れることは許されても。
ウイルス液に入れたピペットを、生理食塩水に入れることは許されない。
ピペット内に付着した程度の微量な生理食塩水がウイルス液に混ざっても問題はないが、ピペット内に付着した程度の微量でもウイルス液が生理食塩水の方に混入したら、もはや
それと似たような問題を一応、ここでも考慮したのだった。
「じゃあ、やるわよ?」
「ああ、頼む」
元の世界で、映画やドラマで血判状に押印するシーンを見る度に「結構ざっくり切るんだな、痛そうだな」と思っていた。
だから少し覚悟していたのだが、その点、マールは上手く器用にやってくれた。まるで針で刺すかのように、剣先で突くだけで、本当に一滴程度の血で済ませてくれた。
その血を、用意してきたガラス試験管に入れる。
ちなみに、治療院とは違って、あらかじめガラス試験管には使う分だけの培養液が入れてある。その状態で、保冷箱に入れて運んできたのだ。
「できれば、健康な人のサンプルがもう一人分、欲しいのだが……」
俺の呼びかけに応じて、マールとパラも血を提供してくれた。俺は「もう一人分」と言ったが、二人ならば、なお結構。最後に患者からも採取して、これで第一段階の準備完了。
続いて、
「パラ。お湯を沸かしてくれ。ただし人肌くらいの温度で」
「お湯……。ああ、炎魔法ですね」
鍛冶屋の奥さんから鍋を借りて、お湯も準備できた。俺も手を入れて、温度が大丈夫であることを確かめてから、四本のガラス試験管を浸して、
「フォルティテル・クラティーオ!」
これで結果が出る。
四本とも、同じくらい濁っていた。
濁り具合を確認する俺を見て、リッサが首を傾げながら尋ねてきた。
「これで終わりか? それで何がわかったのだ? 回復魔法をかけても差が見られないということは……」
少し考えてから、
「病原体はなかった……ということか? つまり、これは病気ではなく呪いだ、と結論づけたのか?」
「違うわ! マイナス型の病原体だ、ってわかったの!」
意気揚々と告げるマール。
ここで俺も口を挟もうと思ったが、女性同士の会話は、俺が割り込む隙を与えてくれなかった。
「マイナス型の病原体だと? それは何だ?」
「病原体の中には、回復魔法の影響を受けないものもあるのよ。それをラビエスはマイナス型って呼んでいるの」
「そうなのか? 病原体は回復魔法で活発になるからこそ、解毒魔法で病原体を取り除いてから回復魔法をかけるように、と教わったのだが……」
ここでリッサは、訝しげな顔を俺に向けた。
ああ、ようやく俺も話に加われる。
「そうだ。病原体には二種類ある。まあ俺のやり方では、マイナス型かプラス型か、その大別しか出来ないんだが……」
「なるほど、わかった。二種類に大別できるのであれば、それだけでも意義はあるな。解毒魔法を唱える際に、少しはイメージしやすくなる……」
さすがにリッサは、俺たちが知らない魔法を扱えるほど、立派な白魔法士だ。魔法士にとってイメージが大事なのは心得ており、最後まで言わずとも、判別の意義まで理解してくれた。
ならば、これも言っておこう。
「もちろんリッサが言った通り、今回は『そもそも病原体が引き起こしたものではない』という可能性も、まだ残るんだがな。未知の毒物なのか、呪いなのか……」
だが呪いだとしたら、もはや白魔法士には何も出来ない。未知の毒物だとしたら、俺の得意分野ではなくなる。
しかし患者が発熱している以上、やはり体内では病原体が増殖しており、それを排除するために免疫機構が頑張っている状態だ……と考えたくなる。
マイナス型という判定結果が出ているのだから、つまり、
「まあ、ここは呪いではないと仮定して。治療を試みようか」
ここまでの過程はわからずとも、最後の部分――「治療を試みよう」――だけは理解できたらしい。横で見ていた、患者の母親の顔が、少し明るくなった。
仮定に仮定を重ねて。
この世界には、人間を透明にするようなウイルスが存在する……と想像してみよう。
ならば、それはどんなウイルスだろうか?
まず第一に。
とてもじゃないが、自然に突然変異で発生したウイルスだとは思えない。
そもそも突然変異で出来る新型ウイルスというものは、ランダムに発生する変異の中で、ウイルスの生育に有利な変異を重ねたものだけが、自然淘汰されて残るものだ。そうした変異でなければ、たとえ発生しても『新型ウイルス』と認識されるレベルまで大量に増えることはないだろう。
今回の場合、感染した者を透明にしてしまい、動けなくするという。宿主内での増殖を考えても、次の宿主への伝播を考えても、このような状態がウイルスにとって特別に利益になるとは思えない。
だいたい、ウイルスのどの遺伝子がランダムに変異したら、人間を透明にするなんて偉業を成し遂げられるようになるというのだ?
ならば。
問題のウイルスは、人工的に作られた組換えウイルスだ。元の世界で俺が「免疫系の遺伝子を組み込んだウイルス」を作ったように、この世界で何者かが「『人間を透明にする遺伝子』を組み込んだウイルス」を作り上げたのだ。
この世界には遺伝子工学なんてものはなく、PCRも制限酵素もない。だが、この世界には魔法が存在する。まあ「科学に疎い者にとっては科学も魔法に見える」なんて言葉も元の世界にはあったくらいだ。逆に魔法が発達した世界では、知らない者の目には超科学に見えてしまうような魔法があってもおかしくないのかもしれない。そんな魔法で、このウイルスを作り上げたのだろう。
よし、ここまでは想像できた。
では、次に。
人間を透明にするような遺伝子……。これについて考えてみよう。
ヒトに対して何かする遺伝子をウイルスに組み込むのであれば、それはヒト由来の遺伝子のはずだ。
人間の遺伝子の中には、まだまだ機能の不明な遺伝子はたくさんある。さすがに「その中に人間を透明にするような遺伝子がある」などとは、元の世界の常識では考えにくいが、ここは魔法やモンスターも存在するファンタジー世界。少なくともこの世界の人間には、そういう遺伝子もあるのだ、と仮定しよう。
だいたい体の中の機能というものは、それを促すものと抑えるものと両方あって、
ならば、透明化に関しても両方が存在している、と考えよう。健康な人間の場合は
おお。かなりイメージ出来てきたぞ。
ウイルスの基本構造をイメージしつつ。
感染した細胞内で増殖する組換えウイルスと、その際に作られてしまう、
ウイルスは感染した細胞から飛び出し、次の細胞に感染しようとしているが、
だから治療の際、ウイルスを殺すだけでなく、細胞の中で作られてしまった
これらが、たとえ突飛に見える想像であっても、自分だけはそれを『突飛』とは思わず、自信を持って、しっかりイメージすることが重要である。
魔法はイメージで大きく左右されるのだから。
頭の中で。
こうしたイメージを思い浮かべながら……。
「アヴァルテ・ヴェネヌム!」
解毒魔法を唱えて、続いて回復魔法。
「フォルティテル・クラティーオ!」
すると。
気のせいかもしれないが……。いや、気のせいではない。確かに、患者の透明度が少し変わった。まだまだ
しかも。
彼は何かを伝えるかのように、右手――採血の後もベッドの外に出ていた――を少し挙げて見せたのだ。
「おお!」
リッサが驚きの声を上げている。
その声にかき消されそうだったが、俺は確かに聞いた。小さな小さな、患者の声を。
「お……か……あさん……」
「ああ! 神様ありがとうございます!」
母親が感謝の声を上げながら、子供に抱きついた。魔法は神様の力を借りるものだから、魔法治療した俺ではなく神様に感謝するのも、あながち間違っていない。
「凄いな! どうやったんだ?」
「普通のことをやったまでよ。ラビエスなら、これくらい当然だわ」
「いや本当に凄いですよ! 私も驚きです!」
リッサに対して、なぜか自慢げなマール。興奮するパラ。
そうした状況の中……。
いつもの俺ならば「過大評価されたくない」と思うところだろうが、今回に限っては、それどころではなかった。
俺自身が驚いて、言葉を失っていたのだ。
魔法を唱える際には、自分自身を納得させて、イメージもしてみたが……。
いやいや、さすがに。
これは無茶苦茶だ。出鱈目だ。荒唐無稽だ。
いくら魔法やモンスターの存在するファンタジー世界とはいえ。
透明化に関与するウイルスだなんて、さすがに
――――――――――――
「凄いな! どうやったんだ?」
私――リッサ・ラゴスバット――は、目の前の光景が信じられなかった。彼が唱えた魔法は、私が使った解毒魔法や回復魔法と同じなのだから。それなのに、彼は私が出来なかったことを――まだ完治させたわけではないとはいえ――やってのけたのだ。
「普通のことをやったまでよ。ラビエスなら、これくらい当然だわ」
彼の幼馴染は胸を張っている。まるで弟を自慢する姉や、息子を誇らしげに語る母親のように。
「いや本当に凄いですよ! 私も驚きです!」
黒魔法士の少女は興奮気味で、素直に驚いているが、これが正しい反応だろう。
それにしても……。
このラビエスという男。
最初は「許可も待たずに、勝手に食事に同席する、失礼な男」と思ったのだが……。
私が知らない、病原体のマイナス型とプラス型という概念。その判別法。
そして部分的ではあるが、透明化の症状を改善させてみせた……。
ああ!
私はすっかり、この男を見直してしまった!
やはり、世界は広い。世界は、まだまだ私が知らないもので溢れている。
この男ならば……。
いやいや。
まずは、原因をどの程度排除できたのか、調べてみよう。
私は歓喜の輪に割って入り、解析魔法を唱えた。
「レスピーチェ・インフィルミターテム!」
なんということだ。
病原体は、完全に消えている。
それなのに――病原体が消失しても――まだ完治しないのは、回復魔法が足りないのか……。
いや、そんな感じではない。おそらく、私の解析魔法でも探知できないもの……それこそ『呪い』が残っているのだ。
「どうした?」
自分でも気づかぬうちに、私の表情が少し曇っていたらしい。ラビエスが声をかけてきた。
私が状況を説明すると、
「そうか。ということは……マイナス型病原体と呪いの複合だったわけだな」
「つまり……ラビエスの魔法でも、これ以上はどうしようもないの?」
「ああ。ここで行き詰まりだな」
彼は幼馴染に対してそう言ったが、
「いや。まだ、これからだ」
私は、毅然とした態度で告げる。
「声が出せるようになるなら、事情を語れるだろう。この少年は知らずとも、色々と詳しく知る者が、透明人間の中に確実にいるはずだ」
ここで、ラビエスは思い出したらしい。
「そういえば、さっき言ってたな。他にもいる、って……」
「ああ、そうだ」
私は、姿勢を整えた。ラビエスの前に立ち、正面から彼の目を見据えながら、説明する。
「ラゴスバット城の者たちも、同じ症状に陥っている。無事なのは私だけであり、だから解決のヒントを求めて、私はネクス村まで来たのだ」
彼は真剣な目つきで、私の話を聞いてくれていた。この人物ならば、大丈夫だろう。
「頼む! 私と一緒に城まで来て欲しい。そして……城の皆を救ってくれ!」
私は、深々と頭を下げた。
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