第十四話 コウモリ城の呪い・前編(ラビエス、パラ、リッサの冒険記)

   

 俺――ラビエス・ラ・ブド――の治療を受けて。

 少しではあるが手を動かしたり、片言カタコトではあるが言葉を口にしたり……。

 ようやく意思疎通が出来るようになった子供から、詳しく事情を聞き出すというのも、酷な話だろう。

 今は、鍛冶屋の親子は、そっとしておこう……。

 そう俺は考えたし、おそらくマールやパラやリッサも同意見だったと思う。だが、こちらから強制などしなくても、子供の方から、ぽつりぽつりと語り始めた。

「あ……りが……と……ござ……いま……。ぼ……くは……」

 経緯を説明することが、せめてもの礼だと、考えたのかもしれない。

 彼の話をまとめると……。

 子供が城に遊びに出かけたのは、まだ夜のうちだった。いつも約束している場所に友人がいないので、少し待ってから友人の部屋へ見に行った。友人もその家族も、ちょうど透明になっていくところだった。彼は驚いて、その場で気絶してしまったが、朝になる前に意識を取り戻した。早く帰らないと叱られると思って、慌てて家に戻ったが、既に両親は起きていた。しかも帰宅後に気分が悪くなって、彼自身も透明になってしまった……。

「なるほど」

 話を聞いて、俺は少し考える。

 この少年は、ちょうど透明化が起こっていくところ――ウイルスが蔓延する中で皆が『呪い』を受けている最中さいちゅう――に立ち会ったわけだ。いわば『呪い』に巻き込まれたようなものだろう。

 ただし、これは「一瞬で透明になる」という種類のものではなく、「じわじわと時間をかけて透明になっていく」という感じだった。少年はその最初の段階から立ち会ったわけではなく途中からだったからこそ――途中からしか『呪い』を受けていないからこそ――、ウイルスには感染しても『呪い』が弱い分、一人だけ遅れて透明化が発症した……。

 これならば、話の辻褄が合う。

 それに。

 実のところ、今まで俺は「既に皆が透明になった後で、時間が経過してから、少年が城を訪れた」というケースを危惧していた。その場合、既に透明になった者たちのところ――ラゴスバット城――へ出向いただけで、透明化ウイルスに感染して『呪い』も受けたことになる。それならば、俺たちが城に足を踏み入れたら、やはり俺たちも感染して発症するのではないか……。

 そんな心配をしていたのだが、それは杞憂だとわかった。

 これは、小さなようで大きな前進である。

「そうか。昨日聞いていた話とは違うのだな」

「すいません。まさか、この子がそんな早くに出かけたとは思わず……。てっきり明け方に家を抜け出したものかと……」

 リッサと母親の会話から判断するに、リッサが与えられた情報は微妙に間違っていたようだ。いや、それが正しかったら、それこそ俺の心配通りだったわけで、これ以上俺たちは首を突っ込めなかったかもしれない。

 とりあえず。

 ここで得られる情報は、これ以上なさそうだ。

「話してくれてありがとう。十分、役に立つ情報だった」

「いえいえ、こちらこそありがとうございました」

 まだ俺は、完治させたわけでもないのに……。

 何度も頭をさげる鍛冶屋の夫婦を背に、俺たちは宿屋に戻った。


 宿屋の食堂で昼食をとりながら、俺はリッサに確認する。

「城の者たちは、鍛冶屋の子供と同じ症状なんだよな?」

「そうだ。同じように透明で、ブルブルと体を震わせるだけで、動くことも話すことも出来ない。解析魔法で調べた診断結果も、まったく同じだ」

「そうか……。だったら、手順を一つ、省略してもいいか? もう『病原体も同じ』と判断して、これは宿屋に置いていきたいのだが……」

 そう言って、俺は保冷箱をぽんぽんと叩いた。

 どれくらいの人数なのか定かではないが、城の全員を検査するには、道具が足りないだろう。何より、この保冷箱を持って城まで歩くのは面倒だ。

 研究者ならば、調べもしないで『病原体も同じ』とみなすのは悪手だが、今の俺は、この世界の冒険者だ。これくらいの手抜きは許されるはず、いや、許してほしい。

 とりあえず「道具が足りない」という理由の方だけ伝えると、

「うーん……。まあ、いいだろう」

 少し考え込んだ後、リッサは承諾してくれた。

「私としては、別に全員ではなく、まず爺やだけでも治して欲しいのだがな」

「爺や……?」

「ああ、すまん。先に説明しておくべきだったが……」

 ここで、重要な情報が明かされた。

 寝室ではなく、書物庫で本を開いた状態のまま透明になった者がいること。彼は、いち早く事情を察して、何か調べようとしていたらしいこと。開かれたページには、『炎の精霊』が住む洞窟について書かれていたこと……。

「私一人で問題の洞窟に出かけても、何もわからなかった。精霊もいなかった。だが、爺やと意思疎通できるようになれば、話は違ってくるはずだ」

「それは……。期待できそうな話ね」

「洞窟ダンジョンですか。こんな時に失礼かもしれませんが、少しわくわくします」

 マールとパラの言葉に、リッサは苦笑しながら、

「いや、構わんぞ。実は私も、これは冒険のチャンスだと思う気持ちがあったくらいだ」

 重要な話は終わり、女三人の他愛ないお喋りという雰囲気に変わったかもしれない。

 俺は一人で考えてみる。

 それにしても……。

 フィロ先生の「隣村で、全く新しい病気が流行り始めた」という話は、あながち間違っていなかったわけだ。最初は完全に『呪い』と思われていたが、実際にはウイルスも関与していたわけだし、ネクス村ではなくラゴスバット城だったが、確かに全員が罹患するほど流行っていたわけだし……。

 そうだ。

 あともう一つ、これだけは聞いておかねばならない。

「なあ、リッサ」

「なんだ、何か聞きたいことでも?」

 リッサは、マールやパラとの会話を中断し、俺の言葉に耳を傾ける。

「ああ、重要な話だ。城の全員が透明になった中、なぜリッサだけは免れた? 何か思い当たる理由はないのか?」

「それは……」

 リッサは、答えが思いつかないというより、思いつくけど答えたくないという感じにも見える。

「リッサの城での立場って何だ? ただの雇われ冒険者ではなく、先ほどの『爺や』とやらのように、城の賢者か何かをしているのか?」

 それにしては若すぎるから、自分で言っておきながら、俺も肯定されるとは思っていない。ただ、これで答えを引き出せればいいと考えただけなのだが、

「すまん。それは……今は言えない」

 リッサは人目を気にするように、軽く周囲を見回してから発言する。

 宿屋としての泊り客は俺たちだけでも、食堂は繁盛していた。今も、周りには飲み食いしている村人たちが結構いる。

 喧騒に紛れて、どうせ聞こえないとは思うのだが……。少なくとも、聞かれたくない秘密がリッサにはある、ということだけは確実となった。

「それについては、村を出てから話す」

 リッサは、この話をそう締めくくった。


 昼食後。

 俺たちは村を出て、北にある砂地を進んでいた。この砂地を真っすぐ北に行けば、ラゴスバット城に辿り着くらしい。

 砂地といっても、砂浜や砂漠とは違う。砂に足を取られることはなく、かなり歩きやすい。感触としては、固い土の地面の上に、表面だけ砂を撒いているような感じだった。

「ここって、もう村の外なのよね?」

 ふと、マールが呟く。

「ああ、もちろん」

「モンスターは出ないの?」

「出ない」

 簡潔に答えた後、それでは説明不足と思ったのだろう。リッサは簡単に補足した。

「この辺り一帯は、ラゴスバット城の敷地だ。少なくとも、モンスターにはそう認識されているらしい」

 なるほど。

 村エリア同様の『城エリア』ということか。モンスターの出没しない、安全地域だ。

 考えてみたら、鍛冶屋の子供が歩いて城まで行けるくらいだ。その話を聞いた時点で、安全地帯があると推測できて当然だった。

 安全な場所であるなら、遊ばせておくには勿体無い土地だとも思うが、砂地なので使いにくいのだろう。

 まあ、それはともかくとして。

 これだけ村から離れれば、もう十分だろう。

「なあ、リッサ。そろそろ、さっきの答えを……」

 しかし俺の質問を遮って、リッサは叫ぶ。

「見ろ! あれが我が城、ラゴスバット城だ!」


――――――――――――


 私――パラ・ミクソ――たちに対して、リッサさんは、右手の太い杖で前方を指し示しました。

 確かに、お城です。

 いや、距離があるので明言できませんが、少し『お城』としては小さいような……。

 ここで私は、宿屋の女将さんの言葉を思い出しました。「お城というのは、ラゴスバット伯爵様のお屋敷のことで」と言っていましたね。正確には『城』ではなく『屋敷』なのでしょう。

 中央部分だけ少し高い塔のような感じになっていて、その左右に、横に伸びた別棟がくっついているようです。ちょうど、大きく翼を広げた鳥のような印象を受けます。

 しかも、屋敷全体が黒っぽく塗られているのですから……。

 私は、思わず声に出してしまいました。

「まるでカラス……」

「失礼なことを言うな。あれはカラスではなく、コウモリのイメージだ。私は『コウモリ城』と呼んでいるくらいだぞ」

 リッサさんに怒られてしまいました。

 確かに、カラスは失礼だったかもしれません。私が元いた世界では、ゴミ捨て場を荒らす害鳥として、カラスには悪いイメージがありました。ただ、あちらの世界では、コウモリにも悪いイメージがあったはずですが……。

 こちらの世界では、事情が異なるのでしょうか。今まで、そうした話を誰ともする機会がなかったので、私にはわかりません。では、こちらの世界の書物ではどうだったか、などと考えていたら、

「まあ、世間一般では、コウモリにも良いイメージは持たれていないようだがな」

 リッサさんが自嘲気味に付け加えました。

「だが、コウモリは悪くないぞ。私などは、子供の頃に新種のコウモリを見つけて、ペットとして可愛がっていたくらいだ」

「リッサさん、本当にコウモリが好きなんですね」

「ああ。ただ残念ながら、そのコウモリは、結局ドラゴンの子供であったことがわかり、泣く泣く手放したのだが……」

 ええっと……。

 これって、話半分で聞いておいた方がいいのでしょうか。コウモリとドラゴンを間違える、というのは、ちょっと想像できません。

「そうだ! お前たち、旅の途中で、モコラというドラゴンに会ったことはないか?」

 おやおや?

 リッサさんは、何か勘違いしているようです。

 私たちにとって、今回が初めての冒険旅行です。世界各地を駆け回るような、アクティブな冒険者ではありません。

 しかし私が訂正するより早く、マールさんが言葉を挟みました。

「ごめんね。私たち、ドラゴンの個体識別なんて出来ないから、見かけてもわからないわ。ドラゴンとは意思疎通も出来ないしね。……それとも、あなたはドラゴンと会話できるのかしら?」

「ああ。モコラの言葉なら、なんとなく理解できるぞ」

「……じゃあ、自分で冒険の旅に出て、探すしかないな。だって、リッサは冒険者なんだろ?」

 ラビエスさんが、笑って言いました。

 すると、リッサさんは立ち止まって、

「すまん。今まで騙していて悪かった。私は、本当は冒険者ではない。私は……」

 今までよりも真面目な口調で、私たち三人に告げたのです。

「伯爵家の一人娘、リッサ・ラゴスバットだ」


――――――――――――


 俺――ラビエス・ラ・ブド――の心に、リッサの告白は、すうっと入ってきた。まるで、乾いた砂漠に水が染み込むかのように。

 普通ならば「そうだったのか!」と驚くべき場面なのかもしれないが……。リッサを一目見た時点で、金属製のアクセサリーに対して「冒険者ではなく高貴な身分の持ち物のようだ」と違和感があったくらいだ。だから伯爵家の令嬢と言われて、むしろ妙に納得してしまったのだ。

 ラゴスバット伯爵といえば、この地方の領主だ。地方領主のお姫様が、お忍びで城下町を訪れる……。

 元の世界で見た、時代劇でよくある定番パターンだろう。一番有名なドラマだと、お姫様ではなく年老いた偉い人であり、時には少し、手にした杖で自ら悪人とチャンバラもしていたような……。そう考えると、リッサが持つ杖も、最初は魔女の杖のイメージだったのが、別のイメージに見えてきた。

 なるほど。

 それならば、俺の「城での立場は?」という質問に対して、村の中では答えにくかったのも理解できる。あの場で皆に平伏されたくなかったのだろう。

 先ほどのリッサの「我が城、ラゴスバット城」という言葉も、自分が仕えている城という意味ではなく、自分の一族が所有している城という意味だったわけだ。そう伝える意図があったならば、タイミング的に、ちょうど俺の質問に答えた形にもなるが、まあ意図したものではなく偶然だったに違いない。

「お城のお姫様!」

「では、リッサ姫とお呼びすべきかしら?」

 パラは素直に驚いており、マールは、少しからかい混じりの態度を――聞きようによっては慇懃無礼にも思える態度を――見せているが……。

 俺も、ぽつりと呟いてしまった。

「そうか。お姫様だったのか」


――――――――――――


「お城のお姫様!」

「では、リッサ姫とお呼びすべきかしら?」

 私――リッサ・ラゴスバット――の心配が的中した。

 ああ!

 こういう扱いになるから、私は正体を隠しておきたかったのだ。

 一番最初の朝食の場面こそ「勝手に同席する無礼な奴」と思ってしまったが、今では、私の知らぬ世界を知っている冒険者として、彼らに敬意を払っている。

 それに……。

 まだ、朝から昼までの短い時間だが、この者たちと過ごすのは新鮮で心地よいとも感じている。

 この三人からは『姫様』ではなく、同じ『冒険者』として扱ってもらえたからだろうか?

 あるいは、この三人個人の何らかの魅力に、私が心惹かれているのだろうか?

「そうか。お姫様だったのか」

 彼も、残念そうな口調に変わった。

 せっかく美しい冒険者と知り合えたのに、冒険者ではなく姫様だった……とでも思っているのだろうか。

 いや自分で「美しい冒険者」と言うのは、おこがましく聞こえるかもしれない。だが、姫様だからちやほやされてきたというのを差し引いても、客観的に見て自分は容姿端麗だと理解していた。

 ただし自由に恋愛など出来る庶民の娘とは違って、領主の一人娘ともなれば、美しいからといって素直には喜べない。私は将来、どこかの貴族と結婚させられるのだろうし、私の美貌が目立つようならば、むしろ外見だけで内面を見てもらえないのではないか……。そんな心配もしてしまう。

 そう、だからこそ。

「そうやって、私を遠くに感じないでくれ。私こそ残念だ」

 私は、三人に向かって告げる。

「頼む。今まで通り、同じ冒険者として扱ってくれないか? 少なくとも、お前たちは城の者でもなければ、領民でもないのだから」

 すると、女性二人が顔を見合わせてから、私に笑顔を向けて、

「わかったわ。私たちにとって、あなたはリッサ。リッサ姫ではなく、冒険者リッサよ。これからもよろしくね」

「そうですね。せっかく、お友だちになれたのですからね!」

 お友だち。

 なんでもない言葉なのに、なぜか甘美な響きに聞こえてしまう。

 思えば、城では立場の違いがあるから、本当の意味での友人など作れなかった気がする……。

「ありがとう。では、今だけでもパーティーの一員に加えてくれ」

「わかった。俺たちのパーティーにようこそ、リッサ」

 ラビエスが右手を差し出してきた。

 私は、その手を強く握り返す。

 冒険者仲間との握手。

 城ではありえない、対等な握手。

 その温もりを感じて……。

 私は彼らと――ラビエスとマールとパラの三人と――本当の仲間になれた気がした。


――――――――――――


 俺――ラビエス・ラ・ブド――は、リッサと握手しながら、考えてしまう。おそらく彼女は勘違いしているな、と。

 俺が「そうか。お姫様だったのか」と嘆いたのは、それでは「なぜリッサだけ透明化を免れたのか」の説明が出来ないからだ。

 城で一番魔法に優れているとか、城の責任者だとか、そうした立場であるならば、自分の魔力で呪いを跳ね返したり、城の代表として残されたりという理由も推測できる。だが姫という立場では……。

 確かにリッサは優秀な白魔法士だが、話を聞く限り、爺やというのが賢者的なポジションで、魔法関連のトップなのだろう。リッサが伯爵家の後継あとつぎだとしても、あくまでも後継あとつぎであって、現在はリッサの親が領主であり、伯爵家の代表のはずだ。

 ちなみに。

 オリジナルの『ラビエス』の記憶によれば。

 ネクス村だけでなく、イスト村だって、ラゴスバット伯爵領の一部だったはず。

 そちらも勘違いしているようだな、このお姫様は……。


 しばらくして。

 城に入った俺たちは、まず書物庫に向かった。

 俺は『書物庫』という言葉から、狭い一室にぎっしり本が詰まったような光景を想像していたのだが、思った以上に広い部屋だ。もちろん、元の世界にある大学の図書館ほどではないが、それでもかなりの規模である。

 書物庫の一角には、座って本が読めるように机と椅子があり、そこに、確かに誰かが座っていた。

 鍛冶屋の子供と同じ、透明人間だ。症状も同じに見える。

「爺や、大丈夫か? 助けとなる者を連れて、戻ってきたぞ。私より優秀な白魔法士だ」

 駆け寄るリッサの声に反応して、ぶるぶると体を震わせているので、生きているのは間違いない。

 それに……。

 見ているうちに、ふと思いついた。

 この『体の震え』を利用して、意思疎通できたのではないだろうか。

 子供の頃に読んだジュブナイル小説――近年のライトノベルとは少し違う感じの物語――では、何らかの理由で会話が困難な場合、モールス信号で意思疎通する場面が何度も書かれていた気がする。この世界にモールス信号はないとしても、震えの回数で「はい」「いいえ」を示すことくらいは可能だろう。

 しかし、今さら言い出しても遅い話だ。万一、魔法で治療できなかった場合には、提案してみるか。

 それよりも、今は……。

「では、俺の出番だな」

「ああ、頼む」

 リッサが患者から離れて、俺に場所を譲った。


 イメージする。

 鍛冶屋の子供を治療した時の、成功した直後の「本当に成功した! そんな馬鹿な!」という驚きは、頭から拭い去り……。

 イメージした組換えウイルスが、本当に存在すると信じて。

 イメージした透明化促進タンパク質が、本当に存在すると信じて。

 絶対に成功すると信じて。

 しっかりと、イメージする。

 そして……。


「アヴァルテ・ヴェネヌム!」

 解毒魔法の次は、回復魔法だ。

「フォルティテル・クラティーオ!」

 その結果。

「おお!」

 リッサが驚きの声を上げるところまで、鍛冶屋の少年のケースと同じだった。『爺や』の姿が少しだけ見えやすくなり、彼は本から顔を上げて、何かを語り始めた。

「姫……様……。これ……は……炎の……精霊の……呪い……です」

 たどたどしい話し方だが、鍛冶屋の少年の時と比べれば、はるかに聞き取りやすい。

 かいつまんでまとめると。

 頭の中に精霊の声が届いて、目が覚めた。これから城の者たちに呪いをかけるという。呪いを解いて欲しければ、精霊の洞窟まで会いに来い。その場で要求を伝える。そのために、代表の者だけは残しておく……。

「つまり、リッサは代表として選ばれたわけか」

 だから透明化を免れた、という理由はわかったのだが……。

 それでも疑問は残る。リッサも同じことを思ったようで、

「だが、なぜだ? なぜ私が選ばれたのだ? そもそも、精霊様が何故なにゆえこのような仕打ちを……?」

 その疑問にも『爺や』は答えてくれた。

 まずは、第一の疑問について。

 精霊の声は、城で一番魔力が高い者に届いた。そして、精霊が呪いの対象外を設定した際、媒介に利用したのが『魔力の指輪』。つまり『魔力の指輪』を装備している人間だけは呪いを免れる、と設定したのだ。ラゴスバット伯爵家の秘宝『魔力の指輪』は、魔力増幅アイテムであり、精霊としては、自分の声を聞いている者こそ指輪の人物だと考えていたらしい……。

「なんと! これは魔力アップのアイテムだったのか!」

 目を丸くしながら、自分の右手の指輪を見つめるリッサ。そんなリッサに対して、まだ話しづらい状態ながらも『爺や』が告げる。

「姫様……それは……何度も……お教え……した……はず……」

 うん、そういう話は後にしてくれ。

 それよりも、第二の疑問について、だ。

「そも……そも……精霊……は……」

 一般的に『精霊』という言葉からは、例えば泉の精や森の妖精のような、人間に対して友好的な存在を想像するかもしれない。だが、少なくとも『炎の精霊』は、そのような存在ではない。魔精霊や邪霊などとも呼ばれる、邪悪な存在である……。

 ちなみに、これについても『爺や』は、リッサに何度も言い聞かせてきたが、一度「良い精霊」と思い込んでしまったリッサの考えを変えることは出来なかったらしい。今は呪いを受けて自分こそ嘆かわしい状態でありながらも、彼は「見目麗しく聡明な姫様なれど、思い込みの激しいところが玉に瑕」とリッサを嘆いていた。

「ありがとう、ラビエス。おかげで、事情も理解できたぞ。しかし……」

 リッサは俺に感謝しながらも、まだ腑に落ちない点があるらしい。

「問題の洞窟には、既に私も足を運んだのだ。そこには精霊などいなかったのだ」

 そうだ。確かにリッサは、そう言っていたではないか。

 しかし、これについても『爺や』が語ってくれた。

 書物には記されず、口伝されてきた伝承があるのだという。洞窟の祭壇には、左右三体ずつに石像があり、右奥の石像に触れることで、道が開けるという……。

 彼は呪いを受けた際、そうした情報が書物に詳しく書かれていないのは承知した上で、少なくとも『炎の精霊』が元凶であることだけでも示したくて、該当するページを開いたのだそうだ。

「爺や……。あの状況で、最後の力を振り絞って……。本当にありがとう」

 リッサは少し涙ぐんでいるようにも見えた。だが、それも一瞬。すぐにキリッとした顔つきに戻り、

「これで、次の行動が決まったな。洞窟へ行き『炎の精霊』と対面だ。……みんな、一緒に行ってくれるな?」

 リッサは俺たち三人の顔を見渡した。

 元々この呪いに関して調べようとしていた俺たちだ。異存のあるはずもなかった。

 まずは『炎の精霊』と会って、その要求を聞いてみるだけだ。悪い聖霊だからといって、いきなり戦闘になるわけでもないだろう。

「よし! では……」

 リッサは白ローブをばさりと脱いで、そっと『爺や』にかけた。

「あとは私たちに任せて、ゆっくり休んでくれ、爺や」

 そのオーバーな演技のような仕草にも、少し驚かされたが……。

 何よりも俺が驚いたのは、リッサが白ローブの下に隠していた装備だ。

 白いローブで覆っていたので今まで気づかなかったが、リッサは完全に武闘家の格好をしていたのだ。


 武闘家は一般的に、防御よりも動きやすさ優先の装備をしている。例えば、最近知り合ったセンという武闘家の皮鎧は、武闘家用ハーフタイプと呼ばれるもので、腕や脚を覆っておらず、胴体部しかカバーしていなかった。

 しかし、リッサが着ているものは、それとも違う。真っ赤な女性用ドレスタイプの武闘服だ。

 センの皮鎧と同じく、ノースリーブなので腕は剥き出し。首をガードするために首周りは詰襟状になっていて、下半身は膝下くらいまでカバーしているが、脚を動かすために、側面に腰まで続く深いスリットが入っている。すらりと伸びた生脚が、スリットの隙間からチラチラ見えるほどである。

 まあ、こうした描写よりも、元の世界にあったチャイナドレスをイメージしてもらったほうが早いかもしれない。

 そもそも『皮』鎧ではなく武闘『服』なので、素材は布製。一応は身を守るための防具なので、かなり体にフィットしており、これをリッサのようにスタイルの良い女性が着てしまうと、なんともはや……。

 ちなみに、腰には黒い鉤爪をぶら下げており、ちょうど今それを、リッサはジャキンと右手に装着していた。

「さあ、行こうか!」

「あ、ああ……」

 雄々しく叫んだリッサに続いて、俺たちも城を後にして、洞窟に向かう。

 マールもパラも、リッサの格好を見ても平然としていた。彼女が歩くたびにスリットから垣間見える健康的な太ももに対しても、何も感じないようだった。だから、これは、男である俺の独特の感性なのかもしれないが……。

 まさかリッサがローブの下に、このような――良く言えば動きやすい、悪く言えば扇情的な――服装を隠していたなんて!

   

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