第十話 旅立ち(ラビエス、パラの冒険記)

   

 一度は魔力を使い果たしたパラが、回復してから、ちょうど一週間後。

 朝、いつもより少し遅い時間に、俺――ラビエス・ラ・ブド――たち三人は、広場に集合する。

 マールもパラも、俺より先に広場へ来ていた。今日は噴水ではなく、中央の日時計の近く――馬車の停車位置――が集合場所となっている。

 俺の姿を一目見て、二人が少し不思議そうな顔をした。

「あら、ラビエスったら。ずいぶんと大荷物ね」

「何ですか、その四角い箱は?」

 二人が気になったのは、俺が肩から下げている白い木箱だろう。おおよそ、タテヨコが二十センチから三十センチくらいで、高さは四十センチくらい。まあマールが言うほど『大荷物』ではないが、俺は、一般的な旅行用革袋を背負った上で、さらに木箱を運んで来たのだ。冒険者の荷物としては、確かに普通ではない。

「ああ、これか。これは……。俺が知らない間に、今回のためにフィロ先生が用意してくれた、携帯用冷蔵庫だ」

「冷蔵庫?」

「冷蔵庫!」

 二人の反応は、同じようで微妙に違う。マールは、まだ不思議そうで、パラは驚きながらも、なんだか嬉しそうだ。

「じゃあ、新鮮な果物とか、冷やしたまま持っていけますね!」

 目を輝かせるパラだったが、

「待て待て。冷蔵庫といっても、家に置いておくようなやつとは違う。これは……」

 家庭用の冷蔵庫は、当然ながら、半永久的に――故障するまでは――冷却効果が続く。これは元の世界の家電製品である冷蔵庫も、この世界の魔法式冷蔵庫も同じこと。

 しかし、この携帯用冷蔵庫は、効果が長くは保たない。使い始めてから、せいぜい数日程度で、ただの箱になってしまうらしい。それでも専門の店に持ち込めば、また使えるようになるそうだが、そうした専門家は大陸中央のみで、イスト村近辺には存在しない。

 フィロ先生も「手に入れるのに苦労した」と言っていたくらいだ。この箱の場合、今朝が『使い始め』の状態なので、数日の冒険旅行ならば耐えられそうだった。

 パラだけに説明するならば『クーラーボックス』と言った方が早いだろうが、マールもいる前では、元の世界の用語は使いたくなかった。

 一通り説明した後、最後に俺は付け加える。

「……そんなわけで、携帯用冷蔵庫なんて名称は大げさで、むしろ保冷箱とでも言った方が正しいんじゃないかな。あと、治療師仕事に必要な道具を運ぶためなので、ほとんど余分なスペースはない。ごめんな」

「そうなんですか……」

 残念そうなパラ。しかしマールの言葉を聞いて、パラの顔は少し明るくなった。

「ああ、あれね。ラビエスが考案した、病気の診断器具を持ってくのね」

「病気の診断……? ラビエスさんが発明したんですか? それは凄いですね!」

「そうよ。ラビエスは凄いのよ」

 関心を示すパラに対して、マールは自慢げに言う。

 一見、パラは無邪気な、純粋な好奇心で言っているように思えるだろうが、俺の目には違う見え方となる。おそらくパラは「転生者が元の世界の知識を利用した」と疑っているのだろう。だから詳しく聞き出したいのだろう。

 まあ、実際その通りなわけだし、俺としては話すつもりはないが……。

「とりあえず、その話は後ね。まずは馬車に乗りましょう」

 今は話を切り上げてくれたものの、後でマールが色々と語りそうだ。たぶん「ラビエスは照れて話さないから、私が代わりに」などと考えているのだろう。


 以前に隣村のことを「西のネクス村」と言ったが、厳密には真西ではなく、西に進んでから少し北に上がった辺りに位置している。

 イスト村から大陸の中央地域へ向かう場合には、西へ出た後、南へ延々と旅することになるため、乗合馬車――大陸縦断馬車とも呼ばれる――のルートも当然そちらだ。だから乗合馬車はネクス村を通ることはなく、ネクス村へ行くには、自分で馬車を都合する必要があった。

 しかし、個人で馬車を借りようとしたら、大変な費用がかかる。俺たち三人には、とても無理な金額だった。この一週間、色々と旅の準備をした中で、馬車の手配に一番苦労したが……。結局、農夫の荷馬車――ネクス村へ農作物を運ぶ便――に同乗させてもらえることとなった。


 ちなみに、この世界で馬車が高価な理由は、馬車を引く馬が非常に特殊で、貴重な生物だからだ。

 馬車用の馬は、長い行程も平気なくらいタフな馬なので、俗に『長行馬ちょうこうば』と呼ばれる。長行馬ちょうこうばは、匂いなのかフェロモンなのか定かではないが、とにかくモンスターが嫌がるモノを放出し続けるらしい。そのためモンスターが近寄らない馬であり、結果として、この馬が引く馬車はモンスターに襲われない。これが最大の特徴であり、最大の利点となるのだ。

 そもそも村や町といった言葉は、モンスターが徘徊しないエリアのことを示す。もちろん村の中でもダンジョンならモンスターが発生するが、それはあくまでも『ダンジョン』という例外。原則として村では、モンスターに怯えることもなく、平和に暮らすことが出来る。

 逆に言えば、村と村とを結ぶ街道や周囲の平野などは、モンスターに襲われる危険のある領域だ。だから徒歩で移動する際は、ダンジョン内を進むような感覚で、モンスターとの遭遇を覚悟しなければならない。それが嫌ならば、長行馬ちょうこうばに牽引された馬車を必要とするわけだ。

 なお、長行馬ちょうこうばは普通の馬とは色が違うので、見れば一目でわかる。長行馬ちょうこうばは全身黄色なのだ。それも黄褐色というレベルではなく、真っ黄色だ。

 初めて見た時は驚いたものだが、考えてみれば、ここは魔法やモンスターが存在するようなファンタジーの世界。黄色い馬くらい、今さら驚くべき存在でもないのだろう。


 今回俺たちが乗せてもらう荷馬車を引くのも、当然、この黄色い長行馬ちょうこうばである。

「よろしくな」

 馬に一言挨拶してから――もちろん馬に人間の言葉は通じないはずだが――、マールとパラに続いて、俺も荷台に乗り込んだ。

 二人は空きスペースを見つけて、並んで座り込んでいる。

 俺を見て、マールが左隣のパラに身を寄せた。自分の右側を空けて、その場所をぽんぽんと手で叩く。

「ほら、ここに座って」

 頷いて、そこに俺が腰を下ろすと、御者台の農夫が声をかけてきた。

「全員、座りましたね? では、出発しますよ」


――――――――――――


 私――パラ・ミクソ――たちが座ったのを確認して、御者台のおじさんが、手綱で合図をしたのでしょう。馬が歩き始めました。

 さあ、いよいよ冒険の旅に出発です!

 ……と、わくわくする私の心に水を差すかのように。

 走り出した荷馬車の乗り心地は、酷いものでした。イスト村に来る時に使った乗合馬車とは、比べ物になりません。考えてみれば、当然でした。馬車とはいえ、これは荷馬車です。私たちは荷物と一緒に、荷台の上に座っているのですから。

 最初は、中央広場から街道へと続く大通りを進むので、今通っている辺りは、石畳で舗装されています。しかし、あちらの世界のアスファルト舗装ほど平坦ではありません。かなり馬車は揺れて、その衝撃は、荷馬車に座る私のお尻にダイレクトに伝わってきます。

 これが半日以上続くのであれば、ネクス村に着く頃には、さぞかし私の体は痛くなっていることでしょう。特に村の外に出たら、舗装もされていない、石ころも転がっている街道を進むわけですから……。乗合馬車のキャビンは、ちゃんと衝撃を吸収する仕組みになっていたのだと、今さら実感しました。

「ああ……」

 気分転換に、外の様子を楽しもうと思っても、十日くらい前に見たばかりの景色です。乗り心地は違っていても、馬車から見える景色は、乗合馬車でも荷馬車でも大きくは異なりませんでした。

 何かないかと思って、私は、御者台に目を向けました。

 一度馬が走り出してしまえば、速度変更や方向転換くらいなので、おじさんの手綱さばきも、それほど派手ではありません。ですが物珍しいのは確かなので、少しだけ「寿司屋のカウンターで職人さんが寿司を握る様を眺めている」みたいな気分になります。

 あちらの世界にいた頃、寿司屋のカウンター席に座って、そうやって眺めるのが私は好きでした。もちろん寿司屋といっても回転寿司ですが、百円均一の安い回転寿司ではなく、ちゃんと注文して職人さんに握ってもらう方の――回転寿司としては高級な方の――お店が、私は好きでした。

 おやおや、あちらの世界の話になってしまいました。話を戻しましょう。

 今、御者台で馬を操っているおじさんは、イスト村の端で農業を営んで暮らしているそうです。十日ほど前――私が村に到着した日――、風邪をひいて治療院に行き、ラビエスさんに治療してもらった農夫さんです。その縁で今回、私たちは、ネクス村まで同乗させてもらえることになったわけです。これもラビエスさんに感謝ですね。


 しばらくすると、町を抜けて『西の大森林』に差し掛かりました。

 ああ、ここからでもわかります。街道に面した場所ではなく少し奥の辺りで、北側の森の一部が焼け野原となっていました。

 もちろん、馬車の荷台程度の高さからでは、手前の木々に遮られて、はっきりとは見えません。それでも、厚みのある深い森の一部分が、妙に薄く、浅い森に感じられるので「ああ、この奥がごっそり失くなったのだな」と認識できます。おそらく、木や草も完全に吹き飛んで、土の地面が剥き出しになっているのでしょう。

 そうした光景を、つい想像してしまいます。あれを私がやったのかと思うと、我ながらゾッとする話です。

 ぶるっと肩が震えました。その『震え』自体は馬車の揺れに紛れたでしょうが、私の視線――例の場所へと向けられた視線――は、あからさまだったようです。

 いつもよりも神妙な顔つきで、マールさんが声をかけてきました。

「ねえ、パラ。あの時、副次詠唱を唱えてから呪文詠唱したけど……」

 マールさんは、少し言いづらそうです。副次詠唱を勧めたのはマールさんなので、責任を感じているのでしょうか。

「……あれ、今後は禁止ってことにしましょうね」

「それがいい。あれは、俺たちレベルの冒険者が扱うには、危険すぎる魔法だ」

 畳み掛けるように、ラビエスさんも言います。彼は、さらに補足する感じで、

「ほら、パラなら副次詠唱なんて必要ないだろ。普通に魔法を詠唱するだけで、十分威力があるってことは、俺たちにも伝わったから」

「……はい、そうですね。今後、副次詠唱は『封印されし禁断の秘奥義』という扱いにします」

 おやおや。

 演技でも何でもなく、自然に口から出てしまいましたが……。『封印されし禁断の秘奥義』なんて言い回し、それこそ十二病っぽいですね。


 さらにしばらく進むと……。

 いつのまにか、イスト村も『西の大森林』も、すっかり見えなくなりました。やはり馬車は揺れ続けており、お尻は痛いのですが、それもだんだん慣れてきました。

 少しは余裕を持って、外の景色を楽しみましょう。

 これがあちらの世界であれば、村や町といった集落と隣の集落との間にも、ぽつぽつと家や施設があるのでしょうが、こちらの世界では事情が違います。村と村の間にはモンスターが出没するので、そんな場所に家を構えようとする物好きはいません。

 だから見渡す限りの一面が緑の草原です。青い空の下、緑色でないものは、私たちの馬車を除けば、私たちが進む街道の土の色だけです。

「フンフフフン、フン、フーン……」

 大自然を実感して、なんだか気分が良くなったからでしょう。つい、鼻歌が出てしまいました。

 自分でも意図せず飛び出したものなので、我ながら驚きです。

 しかし、懐かしいですね。なんといっても、この曲は……。

「あら、きれいなメロディね。聞いたことない歌だけど」

「ありがとうございます。なんとなく頭に浮かんだだけなので、私自身、どこで覚えた歌かわかりません」

 マールさんの言葉に、一応、そう返しておきましたが……。

 ごめんなさい。「どこで覚えた歌かわかりません」は、真っ赤な嘘です。これ、あちらの世界のRPGゲームで何度も聞いて、耳にこびりついていた曲です。でも、転生関連はマールさんには説明できないので、誤魔化すしかありません。

 あちらの世界では、超有名なゲームでした。村や町を出て、野外のフィールドを進む時のBGMです。ただし徒歩で進むのではなく、動物に乗って進む時の専用BGMです。

 そのゲームの中では、何かに乗って進めばモンスターとは遭遇エンカウントしない、というシステムでした。ちょうど馬車に乗って進む――モンスターには襲われない――今の私たちの姿とオーバーラップして、無意識のうちに思い出して、鼻歌になってしまったようです。

 このゲーム、ラビエスさんも知っているでしょうか。

 ふと気になって、彼の様子を盗み見ると……。


――――――――――――


「あら、きれいなメロディね。聞いたことない歌だけど」

「ありがとうございます。なんとなく頭に浮かんだだけなので、私自身、どこで覚えた歌かわかりません」

 俺――ラビエス・ラ・ブド――は、二人の会話を耳にして、内心で「パラのやつ、またやりやがった」と少し呆れていた。

 どこで覚えた歌かわかりません、は大嘘だろう。

 俺の元いた世界では誰もが知っている、国民的RPGゲームの音楽だ。ちょうど、今の俺たちのように、村の外を移動する際に流れる音楽だから……。

 とても偶然とは考えられない。俺を転生者だと確かめるために、俺の反応を見ようとして、わざと持ち出してきたのだろう。

 そう思って、何気ない素振りを装いながら、パラに視線を向けると……。

 ほら、案の定。

 パラはマールと談笑しながら、ちらっと俺の方を覗き見ている。やはり、俺の態度を観察するつもりだ。

 ふん。

 以前「京都キョート」や「ラテン語」と言われた時は、ついつい反応してしまったが……。

 今回は、絶対にスルーしてみせるぞ。

 まったく。

 これがあるから、パラをパーティーに加えたり、冒険旅行に連れてきたり、したくなかったのだ。

「はあ……」

 思わず、小さなため息が俺の口から漏れた。


 モンスターに襲われることはないため、特に特筆すべき出来事も起こらないまま、ネクス村へ向かって馬車はひたすら進む。

 景色すら変わらないのは退屈であり、まるで永劫の時間であるかのようにも感じられたが、夕方には目的地に到着した。

「小さな村ですねえ……」

 パラが呟いたように。

 ネクス村は、小規模な集落のようだった。俺たちのイスト村だって、大陸中央から見れば「山奥の小さな村」という扱いになるはずだが、このネクス村と比べたら大都市に思えてしまう。

 あらかじめ「ネクス村には冒険者組合の支部はなく、ネクス村在住の冒険者も登録上は『冒険者組合イスト村支部』所属という形となる」と聞いていたから、かなり小さな村なのだろうと思っていたが……。思っていた以上だ。この分では、そもそもネクス村に住んでいる冒険者などいないのではないか。

 土地には困っていないようで、村の道は驚くほど広く、馬車は村の中まで、ぐいぐい進んでいく。

 村人の数は少ないものの、それでもかなりの数が、夕方の大通りを歩いていた。

「ねえ、ラビエス。この村で全く新しい病気が流行っている……って噂だったのよね?」

「ああ。フィロ先生からは、そう聞いたんだが……」

「とても、そうは見えませんね」

 パラも、マール同様、不思議がっている。

 確かに、深刻な病気が蔓延しているという雰囲気ではなかった。通りを歩く村人は健康そのものに見えるし、また「やむを得ず外出したけれど病気の感染が心配」という様子でもない。

「宿屋で聞いてみたらいいんじゃないでしょうか」

「そうだな」

 ここは、素直にパラの提案に従うことにしよう。

 さらに馬車は進み、その宿屋らしき建物の前で停車した。

「ここでいいですかね?」

「はい、ありがとうございます」

 御者台の農夫の言葉に頷き、感謝の言葉を述べて、俺たちは荷台から降りる。

「大変お世話になりました。本当に、どうもありがとうございました」

 最後に降りたパラが、丁寧に深々とお辞儀をしていた。

 こういう姿だけ見れば、パラは、礼儀正しくて可愛らしい少女なのに……。つい、そんなことを考えてしまう。

「……おや?」

 俺が少し不思議に感じたのは、農夫も御者台から降りてきたからだ。

 てっきり「わざわざ俺たちのために宿屋の前で停まってくれたのか」と思っていたのだが、そうでもないらしい。

 農夫は野菜の入った木箱を担いで、宿屋へ入っていく。どうやら、宿屋で使う食材として、ここに納入する分もあったようだ。


 この村を訪れる旅人など、滅多にいないのだろう。

 宿屋は閑散としていた。

「ずいぶんと寂しい宿ですね。これで採算が取れるのでしょうか」

「大丈夫よ。こういうところは、宿そのものより、食堂や酒場として使う方がメインでしょうから」

 二階の客室へと宿屋の女将さんに案内されながら、階段の途中で、マールが一階の食堂ホールを指し示した。

 女将さん、俺、マール、パラの順で歩いており、一応二人は女将さんには聞こえないよう、小声で会話している。

 だが耳に入ったようで、女将さんは苦笑しながら、

「これでも、今日は繁盛してる方なんですよ。お客さんたち三人以外にも、女性冒険者が一人、宿泊していますから」

 いやいや。

 客が二組しかいない状態で『繁盛』とは……。

 まあ、この村の規模なら、それも仕方ないか。

「あいすいませんが、三人部屋は用意してなくてねえ。この部屋でいいですかい?」

 女将さんが案内してくれたのは、四人部屋だった。

 やや細長い部屋で、そのせいか、少し狭く感じる。向かい合わせに二つずつではなく、ベッドは四つ並んでいた。

「はい、もちろんです」

 一応そう返しておいたが……。

 俺の本音としては、一人部屋と二人部屋を借りられたら、それが一番良い。だが二部屋も借りるなんて贅沢は、宿代が余計にかかるから、まあ無理な話だと思う。なにしろ、いつまで宿泊するか、まだ決まっていないのだ。節約できるところは、きちんと節約しておいた方が良い。

 若い女性二人と一緒の部屋に泊まるというのは、俺にしてみれば重大イベントだが……。狭いテントで三人一緒に眠ることを思えば、まだマシなはず。これくらい平気にならないと、冒険旅行なんてやってられないだろう。少なくとも、宿屋の客室ならば、それぞれ別々のベッドが用意されているのだから。

「私、一番窓側でいいかしら」

「では、私はマールさんの隣に」

 マールとパラが、それぞれベッドに荷物を置く。

 これ幸いと、俺は反対端のベッドを確保。これで、女性二人との間に誰も使わぬベッドが一つ挟まったわけで、少しは「同じ部屋に宿泊」の緊張感も和らぐだろう。

 俺たちが「まずは部屋で一休み」という雰囲気に見えたのだろうか、女将さんが、

「では、私はこれで。夜は一階の食堂にいますから、何かあったら、気軽に声をかけてください」


――――――――――――


 私――パラ・ミクソ――は、女将さんの言葉を聞いて、少しだけ疑問に感じました。

 女将さんは立ち去ろうとしているのですが、ラビエスさんは、それで構わないのでしょうか。先ほど、病気の噂については宿屋で聞いてみようという話になったはずですが……。

 見れば、ラビエスさんは少し、心ここにあらずといった感じです。新しい流行病はやりやまいについて調べるのが、ネクス村まで来た理由の一つでしたが、ラビエスさんは今現在、何か他のことに気を取られているようです。

 ならば、代わりに私が聞き出しましょう。

「あ、ちょっと待ってください。一つ、聞きたいことがありまして……」

 女将さんを引き止めて、尋ねてみました。

「この村で、新しい病気が発生した……みたいな話、ありませんか?」

 続いて、ラビエスさんを指し示しながら、

「ここにいるラビエスさんは、こんな格好ですが、イスト村でも評判の治療師ですから。もし何かあるなら、お手伝いできると思います」

 今日のラビエスさんは、冒険者として皮鎧姿なので、つい「こんな格好」などと失礼なことを言ってしまいました。

 ですが「イスト村でも評判の治療師」と言ったのは、お世辞でも何でもありません。私は、心底そう思っています。

 馬車の中でも、ラビエスさんが編み出したという新しい診断法について、マールさんから少し聞かされたばかりでした。それがなくても、イスト村で最初の日に、果物屋さんから聞いた話もあるのですから。

 ほら、私の横では、マールさんも自慢げな顔をしています。なぜかラビエスさんは、顔をしかめていますが。

 私の言葉を聞いて、女将さんは笑いながら、

「そうですかい。お客さんたち、あの噂を聞きつけて、この村に来たんですね。なるほど、なるほど」

 ああ、やっぱり。

 女将さんの言葉からすると、病気の噂は本当だったようです。

 しかし、続いて彼女の口から飛び出したのは、

「……でもね。ありゃあ、病気じゃなくて呪いですよ」

 呪い。

 その言葉は、なにやら怪しげで、しかも不気味な響きに聞こえたのでした。

   

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