第八話 西の大森林・後編(ラビエス、マール、パラの冒険記)
「うわぁ……」
いざ『西の大森林』を前にして、パラが感嘆の声を上げていた。
大森林に到着といっても、俺――ラビエス・ラ・ブド――たちの現在地は『西の大森林』の東端。つまり村に最も近い辺りだ。ここから眺めると、真ん中を割って通る街道以外、見渡す限りの緑の森となる。
まさに雄大な大自然だ。
だからパラの気持ちは、俺にも十分理解できた。軽く笑いながら、彼女に告げる。
「俺も……。ここに初めて立った時は、そんな心境だったな」
――――――――――――
私――マール・ブルグ――は、ラビエスの言葉を聞いて、ふと当時の光景を回想する。
あの頃、まだ私たちは駆け出しの冒険者だった。今のパラのように、初めてのダンジョン探索として『西の大森林』にやって来たのだ。
うん。
あの日のラビエスは、この大森林を目にしただけで、感激で足が止まっていた。私は早くダンジョンに突入したくて、うずうずしていたから、なんだか対照的な感じ。
そんなラビエスは、初々しくて可愛かった……。
そういえば。
例の事故の後、意識不明から回復して、ラビエスが冒険者生活に復帰した時も、最初は『西の大森林』だった。
それこそ、初めて来た時の記憶をまだ『思い出して』いなかったみたいで、やっぱり同じ場所で立ち止まっていた。
まるで最初から全てやり直すみたいで、私は、少し複雑な気分だったけれど……。
色々と『思い出して』くれた今なら、以前よりも、少しは軽い気持ちで話題に出来るかも。
「初めてどころか、あの転落事故の後で初めて来た時も、昔のことを忘れて、同じように立ちすくんでいたわね」
――――――――――――
おっと危ない。
俺――ラビエス・ラ・ブド――が今言った『初めて』は、あくまでも俺の『初めて』であって、オリジナルの『ラビエス』の『初めて』ではなかった。
マールの指摘でそれに気づいて、俺は「言わなくていいことを言ってしまった」と心の中で反省する。何しろ、これは、記憶喪失に関わる話題……つまり転生関連の話だ。パラの前では、この件は避けておきたいのだが、
「あ、聞きましたよ。ラビエスさん、大怪我して意識不明に陥って、目が覚めた時には色々と忘れていた……。そんな経験をしたんですって?」
案の定、パラが話に食いついてきた。
なるほど、パラは既に俺の『記憶喪失』のことを知っていたのか。もしかすると、パラは元々、その話をヒントにして俺を転生者だと察したのかもしれない。おそらく、パラも俺と同じように、意識不明のタイミングで中身が変わったのだろう。
「まあ、話を持ち出した私が言うのも変だけど……。その話は、なるべく控えてあげて。ラビエスにとっては、いや私にとっても、嫌な思い出だから。……それより、森に入りましょう」
さいわい、マールが話を切り上げてくれた。俺も、これに応じる。
「そうだな。さあ、行こう」
――――――――――――
私――パラ・ミクソ――たちは、ラビエスさんの言葉を合図に、北側の森に突入しました。
マールさんが前で、その後ろから、ラビエスさんと私が二人横並びで続きます。戦士が前衛で、魔法士二人が後衛という形なのでしょう。まるでRPGゲームのフォーメーションみたいで「冒険者としてダンジョン探索をしている」という実感が強くなりました。わくわくします。
魔法学院時代に、実習で何度か学院近くの小さな洞窟ダンジョンに行くことはありましたが、こんなに広大で本格的なダンジョンは、当然初めてです。
外から大森林を見た時には、中は暗く鬱蒼とした森なのかと想像しましたが、思ったよりも明るい感じです。あまり木々が密集していないため、比較的足元まで日光が届いているようです。
特にはっきりとした道はなく、木と木の間隔が広くて下草が少ないところを、通路として進んでいきます。以前に何度も冒険者が通ったところは、踏み固められて獣道のようになっていますが、曲がりくねっていて、分岐だらけです。しかも先頭のマールさんは、そうした獣道から平気で外れて、道なき道を進みます。ラビエスさんも、何も言わずに従っているので、私も文句は言えません。ただ、思わず呟いてしまいました。
「凄いですね。さすが、お二人は熟練の冒険者です」
「……何が?」
隣でラビエスさんが、少し不思議そうな顔をします。
「もう私は完全に迷ってしまいました。北も南も、わからないくらいです。でも、お二人は大丈夫なのでしょう?」
すると、前を行くマールさんが、歩きながら少しだけ振り向いて、
「私だって、今どの方角に向かっているか知らないわ」
「……えっ! そんなんで大丈夫なんですか?」
「心配することないさ。俺もマールも、ここに来る時は、これを持参している」
言いながらラビエスさんが、小さくて丸い道具を取り出しました。
「南の『さまよいの森』なら、
「帰りたくなった時点で、南へ向かって真っすぐ進むだけよ。そうすれば簡単に街道に出られるわ」
「途中で失くしたら大変だから、使うのは最後だけ。探索中は大切にしまっておくんだ。それに二人なら、万一片方が落としても、まだ一個残るから平気さ」
「空の太陽の動きを見ても、だいたいの方角はわかるはずだけど……。
二人が説明してくれました。やはりダンジョン探索には、それ相応の準備が必要なのですね。
しかし、話を聞いて、新たな疑問が頭に浮かびました。さっそく聞いてみます。
「……でも、それだと途中のルートは適当ってことですよね? それで宝箱の場所とか、大丈夫なんですか?」
「ああ、その心配もない。これも、この森の特性なのだが……」
ラビエスさんが詳しく説明してくれます。
この森では、中身を取られて
そしてラビエスさんの説明を、マールさんが引き継いで、
「だからね。こうやって、誰も通ったことない場所の方が……」
何かに気づいたような表情を見せた後、木々の間へと入っていきます。すると……。
「ほら! 宝箱が見つかりやすいの!」
マールさんは両手で宝箱を掲げながら、嬉しそうに叫びました。
宝箱の中身は、金銭ではなくアイテムでした。
青いポーションです。
これは体力を回復させる薬品で、疲れた時に飲むと元気になります。
ちなみに、体力にしろ魔力にしろ経験値にしろ、RPGゲームのように数値として自覚できるわけではありません。「疲れた」とか「元気になった」とか「強くなった気がする」といった感じで、あくまで感覚的なものです。
このシステムを初めて知った時には、数値化されていないのに『経験値』と呼ぶのは理不尽と思いましたが、すぐに慣れました。特に、魔法学院の実習で初めてモンスターを倒した時、不思議な充実感がありましたから「これが経験値獲得とか経験値アップの感覚なのだろう」と自分を納得させることが出来ました。
最初の宝箱の後、しばらく進むと、ラビエスさんとマールさんが同時に、体を右に向けました。二人とも身構えているので、明らかに宝箱発見とは違います。私も同じように右を向くと……。
青い人魂のような物体が三つ、人間の目線くらいの高さで、宙に浮いていました。
青ウィスプと呼ばれるモンスターです。
「青ウィスプなら、魔法攻撃の方がいいから……」
「いつもなら俺の担当だが、ここはパラのお手並み拝見だな」
マールさんとラビエスさんの言葉に、私は頷きました。
私の黒魔法士としての実力を披露する場面です。ならば、得意の炎攻撃が良いでしょう。ただし、青ウィスプ三匹程度なら、第三レベルは必要ありません。第二レベルの、強炎魔法カリディダで十分です。
「アルデント・イーニェ・フォルティテル!」
前に突き出した私の両手から炎が吹き出し、青ウィスプを三匹とも瞬時に燃やし尽くしました。
「さすがね。同じ第二レベルでも、黒魔法士の炎だから、白魔法士のラビエスとは攻撃力が違うわ」
「ああ。自分で『呪文詠唱が美しい分、魔法の威力も凄まじい』と言うだけあって、大したものだ」
からかうような口調のラビエスさんを見て、少しだけ恥ずかしくなりました。
やめてください。あれは、売り込み文句です。自分でも「それほどではない」とわかっています。
さらに進むと、今度は二匹のゴブリンに出くわしました。
「右側は俺たちでやるから、左側はパラに任せるぞ」
「……はい」
少し躊躇しながらも、私は返事しました。
私の内心の戸惑いには気づかぬまま、ラビエスさんは呪文を詠唱しました。
「ヴェントス・イクト・フォルティテル!」
強風魔法ヴェントダです。
魔法の風に煽られて、ゴブリンたちはダメージを受けるだけでなく、足止めされています。そのうちの一匹に、マールさんが斬りかかりました。
「えいっ!」
ばっさりと、一撃で仕留めました。
さあ、残りは私の担当です。すでにラビエスさんの魔法攻撃でいくらかダメージを負っているゴブリンなので、とどめを刺すだけです。ですが……。
「どうした?」
私の躊躇に、ラビエスさんも気づいたようです。
ためらいを振り払う意味で、私は軽く、首を横に振りました。
「何でもありません。大丈夫です」
ひとつ頷いてから、呪文を詠唱します。
「アルデント・イーニェ・フォルティテル!」
同じ呪文ですが、私の手から飛び出した魔法は、先ほどよりも弱い炎でした。
それでも、既にダメージを負ったゴブリンには十分です。私の魔法を受けて、ゴブリンは火達磨になり、倒れて絶命しました。
しばらく時間が経てば、モンスターの死体は消滅します。それが、この世界のルールです。このゴブリンも、いつのまにか塵となって消えるのでしょうが……。
モンスターとはいえ、ゴブリンは血肉のある生き物です。その肉の焼ける匂いが、今、私の鼻をつきます。気持ちの良いものではありません。それが、
「どうしたの?」
「大丈夫か? 今、魔法を放つ時も少しおかしかったが……」
マールさんもラビエスさんも心配しています。先ほどは「何でもありません」と言ってしまいましたが、説明した方が良さそうです。
「ごめんなさい。先に言っておくべきでした」
言葉を選びながら、私は続けました。
「二足歩行のヒト型とか、四つ足の動物型とか……。ちょっと苦手なのです」
それらを『苦手』と知ったのは、魔法学院時代の実習で、初めてゴブリンと
正直、自分でも意外でした。
あちらの世界でRPGゲームをやっていた頃は、喜んでモンスターを討伐していたからです。むしろ私は、無駄にたくさん倒して経験値稼ぎに励むタイプでした。
それが、こちらの世界では……。全く事情が異なりました。RPGゲームには現実感が伴わないからこそ楽しめたのだと、こちらの世界に来て初めて――もうRPGゲームなど出来ない状況になって初めて――思い知りました。
青ウィスプのような、いかにもモンスター然としたモンスターならば、私も普通に対処できます。問題は、二足歩行のヒト型とか、四つ足の動物型とかのモンスターです。
さすがに、二足歩行のヒト型とはいえ、ゴブリンが人間に見えるわけではありません。動物園で見た猿やゴリラのような感じです。四つ足の動物型は、牛や馬や、犬や猫みたいに思えてしまうのです。
あちらの世界で、猿やゴリラや、犬や猫を、平然と殺せる人間がどれほどいるのでしょうか。私の場合、あちらの世界では、牛や鶏といった食用の家畜をさばく経験もありませんでしたから……。
このような、一部のモンスターを殺すことへの抵抗も、いずれ慣れていけば消えるのだろうと私は期待しています。特に、私が少しずつ元々の『パラ』の意識の影響を受けるのであれば、この問題も時間が解決してくれるのでしょう。この世界の住人であった『パラ』には、私のような嫌悪感はないはずですから。
それにしても……。
私は異世界転生のタイミングが『パラ』の魔法学院入学直後だからまだ良かったのですが、他の転生者の方々は、この問題にどう対処しているのでしょうか。
特にラビエスさんのように、既に冒険者だった場合は大問題のはずです。それまで平然とモンスターを狩っていた冒険者が、突然、モンスターを狩るのを嫌がるのでは、あまりにも不自然です。これは苦手意識の問題なので、記憶喪失だけでは説明しにくいでしょう。性格そのものが変わってしまったと思われるでしょう。
もしかすると……。
ラビエスさんは、あちらの世界にいた頃から、平気で犬や猫を殺せるような、冷酷無比な人だったのでしょうか。とてもそうは見えないのですが……。
――――――――――――
「二足歩行のヒト型とか、四つ足の動物型とか……。ちょっと苦手なのです」
俺――ラビエス・ラ・ブド――とマールに向かって、パラが説明する。
この説明で、マールは少し納得したらしい。彼女は立ち止まった状態で、話し始めた。
「……たまにいるわよね。ヒト型モンスターが苦手って人。でも動物型モンスターも……っていうのは、ちょっとね」
「いや、苦手とはいっても、それほどでは……」
「まあ、まだ冒険者になったばかりでしょう? そのうち、慣れていくわ」
「はい、私もそう思っています。そのためにも、数をこなしたいです」
村の外でもモンスターが出没しにくい、平和な地方の出身ならば、人型モンスターを見ても『怖いモンスター』ではなく『ヒト型の生き物』と意識してしまう者もいるらしい。そうなると、相手を殺しにくいのだろう。
ただ、この世界では、動物といえば
おそらく。
パラはまだ、この世界ではなく、元の世界の感覚を引きずっているのだ。元の世界では動物を殺す機会など少ないし、そこに忌避感があるのも不思議ではない。殺してはいけないものを初めて殺す時の感覚……。その問題だ。
もちろん、元の世界でも野生動物に襲われたら『怖いケモノ』として逃げるか応戦するかになるだろうが、この世界で冒険者としてダンジョン探索をする場合「襲われる!」という感覚すら薄いだろう。むしろ、こちらから積極的に、モンスターを狩り殺しに行くのだから。
特に、新人冒険者であるパラならば、感覚の違いに戸惑うのも無理はない。
その点、俺の場合、元の世界での『実験動物の扱い』という経験が役に立った。
そもそも。
俺が初めて実験動物を目にしたのは、まだ研究室に配属される前の、学生実習と呼ばれる授業だった。学部の色々な研究室を知る意味もあって、二週間ずつ、それぞれの研究室でやっている研究の真似事のような実験を行う……。そんな授業だった。
その半ばあたりで、薬理学の研究室が当番の時。マウスに薬を注射して、その効果を詳しく観察する……という実験があった。
初めて手にしたマウスは、白くて丸っこい、可愛らしい小動物だった。見た瞬間に、当時好きだった友人女性の――ぽっちゃりとした感じが愛らしい――姿が脳裏に浮かんだほどだった。
俺の手には、生きた温もりも伝わってくる。そんなマウスが、注射を嫌がってキーキー鳴くのだ。可哀想に思えて、手が震えて注射をミスして、かえって可哀想なことをしてしまった。
「注射程度でビビるなよ」
同じ班の友人にも、からかわれるくらいだった。
学生実習の終盤では、ラットを扱う機会もあった。マウスほど小さくなく、白くもなく、いかにもネズミといった感じで、可愛げもない。
薬物動態の実験で、体内の薬液の循環を調べるために、麻酔したラットの腹を割いて臓器に管を繋げて、定期的に薬を注入したり体液を採取したり……。そんな実験だった。
マウスほど可愛くないせいか、少しは実験動物に慣れたせいか。なんとか普通にこなしていたら、
「マウスに注射するだけで大騒ぎだったのになあ。成長したなあ」
同じ班の友人に、そう言われるくらいだった。
そして配属された研究室では、ウイルスそのものの基礎研究だったため、幸か不幸か、マウスにもラットにも触れる機会はなく……。
仕事で組換えウイルスを作るようになってから、本格的な動物実験をすることとなる。小さくて白くて丸っこい、可愛らしいマウスとの再会だ。
ワクチンを接種すれば当然、生存率やら血液中の抗体価やらを調べることになる。生存率を調べるということは、ウイルス感染後の一定の観察期間を経て、無事に生き延びるマウスも出てくるということだ。だが、せっかく生き延びたマウスも、ウイルスやらワクチンやら接種された以上、もう他の実験には使えない。そんな実験動物の末路は、殺処分。その処分までが、俺の仕事だった。数をこなせば当然、マウスを殺すことにも慣れていく……。
抗体価や生存率だけではない。マウス体内のウイルス増殖部位で、目的の遺伝子の発現やウイルスの生産量や病理学的な変化なども調べる必要があった。俺が研究していたのは脳炎を引き起こすウイルスなので、サンプルとして必要な『マウス体内のウイルス増殖部位』は、脳そのものということになる。
色々な解析に使うため、またマウスの個体差も考慮するため、当然、たくさんのマウスの脳が必要となる。だから、何十何百という生きたマウスから、俺は黙々と脳を取り出した。
最初はマウスをつかむだけで、首を切り落とすだけで、頭蓋骨を開けるだけで、色々と思うところもあったのだが……。
繰り返すうちに、すっかり慣れてしまった。かつては『白くて丸っこい、可愛らしい小動物』だったマウスは、もはやガラス瓶の中の培養細胞と同じく、研究のために必要な道具に過ぎなかった。
……こうした経験があったからこそ、この世界で、俺は動物型モンスターにも平然と対処できるのだろうと思う。
もちろんそうした経験がなくても、実験動物の扱いに慣れていったように、モンスターを殺すことにも時間と共に慣れたはずだ。しかし、その場合、最初は大きく戸惑ったに違いない。既に何度もモンスターを狩ってきた冒険者としては不自然な態度を、マールに見せてしまったかもしれない。まるで別人のようだと、マールに怪しまれたかもしれない。
うん。
やはり、元の世界での『実験動物の扱い』は、俺を大いに助けてくれたと言えるだろう。
そう思って、ちらっとパラを見る。
いつのまにか、パラも俺の方に視線を向けていた。
おいおい。
ここで二人で見つめ合うのは、あまりにも不自然じゃないか。
「立ち話は切り上げて、さあ、先に進もうじゃないか」
「そうね。行きましょう」
マールが再び歩き出し、俺とパラも続いた。
まあ、動物実験の件は抜きにしても。
感覚の違いのような、異世界生活における戸惑いについて考えるならば。
そもそも俺の場合、海外在住という経験自体が、大きなプラスになっているのかもしれない。
もはや遠い話になるが……。
初めて異国に降り立った日から最初の一週間くらいは、日本と外国との違いに圧倒される日々の連続だった。
もちろん今にして思えば、その違いなんて、この世界と元の世界との差よりは小さかったはず。それでも俺にとっては、初めての「環境が大きく変わった」という経験だったのだ。
それがあったからこそ、異世界転生して「世界が変わった」となっても、ギャップに戸惑うことは少なかったのかもしれない。『変わった』ということを受け入れる上で、心が自然と「渡米した直後の感覚を思い出せ」と対応しているような気がする。
その意味では、パラの場合はどうなのか、少し俺も興味がある。とはいえ、パラと腹を割って話し合うつもりは毛頭ない。
彼女が感づいているとしても、いないとしても、俺が転生者であることは、けっして認めたくないものだから。
――――――――――――
「立ち話は切り上げて、さあ、先に進もうじゃないか」
私――マール・ブルグ――の印象では、今日のラビエスは、いつもより少し口数が多いみたい。
内心でそう感じながら、私はラビエスに同意を示す。
「そうね。行きましょう」
歩きながら、ふと考えてしまう。
最近のラビエスは少し積極的になったかもしれないが、それでも彼は、基本的には私に従うだけだった。
でも今日のように三人になったら、二人の時よりも、自分の意見をはっきり出すようになったみたい。もちろん、主導権を握るとまではいかないけど……。
面白い変化だ。
いつもより頼もしく見えると同時に、無理しているのかと思うと、やっぱり可愛い。
こんなラビエスを見ることが出来るだけでも、パラを加えた意味があったと思う。
十二病っぽいという偏見で、パラを遠ざけなくてよかった。
「そういえば……」
十二病について思い浮かべたせいだろう。ちょっとした疑問が頭に浮かぶ。
「……パラって、呪文詠唱の前に、それっぽい副次詠唱はしないの?」
歩きながら軽く振り返って、パラに尋ねてみた。
――――――――――――
私――パラ・ミクソ――の眼帯と包帯に、マールさんは視線を向けています。だから『それっぽい』というのは、十二病っぽいという意味でしょう。
「副次詠唱ですか……」
呪文詠唱は神様への祈りであり、神聖な言葉です。だから詠唱そのものを変更するのは禁忌ですが、詠唱の直前に何か付け足すことは許されています。
呪文詠唱のような意味のわからない言葉とは別に、自分でもわかる言葉で神様に感謝の気持ちを述べたり、あるいは、自分自身の気分を向上させるような言葉を発したり……。それらは副次詠唱と呼ばれます。
実際に、魔法学院にいた頃、副次詠唱する学生を目撃しました。魔法は詠唱時のイメージに左右される部分も大きいので、副次詠唱の効果で、確かに威力は少し上がったようでしたが……。あちらの世界の漫画やアニメに出てくる呪文みたいで、十二病のふりをしている私から見ても、それこそ十二病に思えるくらいでした。
「……では、次の戦闘で、やってみます」
「ちょうど、その機会が来たみたいだぞ」
ラビエスさんの言う通りでした。
右斜め前に、緑ウィスプが七匹浮かんでいました。
緑ウィスプは青ウィスプの上位互換ですし、数も多いです。副次詠唱の効果を確かめるには、絶好の獲物です。
「では……。こんな感じですかね」
両手を前に突き出して、それっぽい言葉を口にします。
「おお神よ 炎の神よ
すべてを燃やす 業火の神よ
我は
我が命 魔力に変えて
我が魔力 炎に変えて
眼下の敵を 燃やし尽くせ
唯一無二の 神の爆炎」
なるほど、確かに気分がノッてきました。
このまま、かつてないほどの規模の、極大の火炎をイメージして……。
「アルデント・イーニェ・フォルティシマム!」
第三レベルの炎魔法――超炎魔法カリディガ――を唱えました。
その瞬間。
見たこともないレベルの強大な炎が、私の手から吹き出しました。
しかし、それだけではありません。
まるで吸い出されるかのように、ぐんぐん魔力も減っていくのが感じられました。
凄まじい疲労感です。
このままでは……。
――――――――――――
「アルデント・イーニェ・フォルティシマム!」
パラの炎は、俺――ラビエス・ラ・ブド――やマールの予想をはるかに上回る威力だった。
モンスターの周囲が爆発したかのような……。いや、もちろん厳密には爆発ではないと理解している。だが、あまりの高温で、炎が光って爆発したようにすら見えてしまったのだ。
「……」
俺もマールも、言葉が出ない。
焼き尽くす、などというレベルではなかった。
辺り一帯が――北側の森の一部が――、一瞬で、炎によって吹き飛ばされたのだ。焼け野原となったのだ。
その炎は、すぐには消えずに、さらに周りの木々へと燃え移り……。
ちょっとした
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