第七話 西の大森林・前編(ラビエス、マール、パラの冒険記)
翌朝。
俺――ラビエス・ラ・ブド――は、自室のベッドで目覚めた時、少し頭が痛かった。
「……仕方ないか」
二重の意味で、ため息をつく。
昨日、俺が酒を飲んでいる間に、いつのまにか「パラも一緒に冒険に」という流れになってしまったことも。
そして、今の頭痛そのものも。
程度は異なるが、どちらも厄介な話だった。
昨晩は一応、今日に備えて早く就寝したのだが……。軽い二日酔いなのかもしれない。まあ、あまり続くようなら、自分で自分に回復魔法をかけるだけだ。
この世界では『酔い』も体の異常と認識されているらしく、回復魔法で症状が緩和される。ただし、原因であるはずの体内の『アルコール』は毒扱いではないため、解毒魔法でも除去されないそうだ。そちらは完全に、自分の肝臓任せとなる。
一階へ降りていくと、ちょうどフィロ先生が朝飯を食べているところだった。
「おはようございます」
「おお、今朝は早いな」
「はい。今日は『西の大森林』まで行くつもりですので」
「そうか、そうか。……すまんが、今朝はお前さんの分は作っとらんぞ」
フィロ先生の言葉に、俺は一瞬、動きが止まってしまう。
ダンジョン探索のためにも、今日はしっかり食べておかないといけないのに……。
では久しぶりに自分で作るとするか、などと思ったところで、
「昨夜の残りがあるからな」
いたずらっぽく笑うフィロ先生を見て、俺も理解した。
なるほど、確かに『今朝は』俺の分を作る必要もなかったのだろう。
俺は昨日、夕食もとらずに、さっさと寝てしまった。だから、昨日フィロ先生の用意した夕食が、俺の分だけ丸々残っているわけだ。
それをフィロ先生は、ちゃんと冷蔵庫に保管しておいてくれたらしい。
「ありがとうございます。では、そちらをいただきます」
俺が食べ終わるのを待って、フィロ先生が話しかけてきた。
「『西の大森林』ということは……。珍しく、泊りがけの冒険かの?」
「いいえ。少し遅くなるかもしれませんが、ちゃんと今日中に帰ってきます。『西の大森林』といっても、南側ではなく北側ですから」
軽く笑いながら、返事をする。
森の南側は『さまよいの森』と呼ばれることもあるくらいで、二、三日は迷って出られない者も結構いるらしい。『さまよいの森』には、俺もマールも足を踏み入れたことはなかった。初心者のパラを連れて行こうというのだから、今日の目的地も当然、北側のはずだ。
「なんじゃ。いよいよ泊りがけの冒険に手を出すのかと思ったのに」
思わせぶりな口調のフィロ先生。何か言いたげだな、と思ったが、特に尋ねるまでもなかった。
「少し遠くなるが、ひとつオススメの冒険旅行があるぞ。わしも昨日、耳にしたばかりじゃが……」
聞いた瞬間「ああ、またか」と思った。
俺やマールと同じように、もちろんフィロ先生も、日曜の礼拝には出席している。ただし俺たちと一緒ではなく、フィロ先生はフィロ先生で、彼の友人たちと同席することが多い。同年代の友人たちなので、いわば老人会だ。
その場で耳にした噂話を、翌日の朝食の席で嬉々として披露する……。今まで何度も出くわしたパターンだった。
ただ今回は、いつもとは違って冒険関連の噂のようなので、俺も少し関心がある。
俺の興味深そうな顔を見て、フィロ先生が嬉しそうに続けた。
「うむ。隣村で、全く新しい病気が流行り始めたという噂があってのう。どうじゃ、隣村まで行って、近辺のダンジョン探索がてら、その病気について調べてみては?」
隣村と聞いて、俺の興味は一気に消失した。
イスト村は三方を山脈地帯に囲まれているので、隣村といえば、西のネクス村のことを示す。しかし隣とはいえ、かなりの距離がある。徒歩だとしたら丸一日――朝から晩までではなく二十四時間の意味での丸一日――くらいかかるだろうし、馬車を使っても半日以上は費やすだろう。
それでは、完全に長期冒険旅行になってしまう。だが俺もマールも、イスト村を離れて旅に出るつもりなど、毛頭なかった。
俺は首を横に振りながら、
「そんな冗談、やめてください。隣村だなんて……。俺には『西の大森林』程度が、分相応です」
――――――――――――
朝。
ベッドの中で目覚めた私――マール・ブルグ――は、その瞬間から、寝起きとは思えないくらい、妙に頭がはっきりとしていた。
ラビエスと一緒にダンジョン探索に向かう日は、いつもこんな感じ。私たちは攻略難度の低いダンジョンにしか行かないけど――特に今日は初心者のパラを連れて行くので尚更だけど――、それでも体が、自然と緊張しているみたい。
「今日のダンジョンは『西の大森林』……」
確認するかのように、自分に言い聞かせるかのように、声に出してみる。
うん。
さらに頭の中が、すっきりしてきた。
「まずは……」
準備運動として、少し体を動かしておこう。それから荷物を準備しよう。『西の大森林』に行くならば、持っていくべきアイテムもあるから。
そんなことを考えながら……。
私は、起き上がった。
――――――――――――
「清々しい朝です!」
私――パラ・ミクソ――は、昨日と全く同じ言葉を自分に投げかけながら、ベッドから飛び起きました。
これも昨日同様、窓のカーテンを開きます。
「おお!」
感嘆の声が、自然に口から漏れました。
今朝は昨日とは違って、晴天です。雲ひとつない、どこまでも続く青空です。
嬉しくなった私は、いつもの格好に着替えてから、寮の食堂へ向かいました。
今日はダンジョン探索に出かけるので、朝からしっかり食べておく必要があります。食堂のカウンターで料理を注文し、トレイにのせて、適当なテーブルへと運びました。
さて、私の今朝のメニューは……。
ベーコンエッグ、トースト、
魔法学院にいた頃と、基本的には同じメニューです。
「いただきます!」
まずは、ベーコンエッグを口に運びました。焼いたベーコンの上に半熟の目玉焼きをのせたものですが、ベーコンはカリカリではなく、焼き過ぎない程度にしてもらいました。
カリカリのベーコンはクッキーとかクラッカーみたいで、食事としては、あまり好きではないからです。これくらいの方が、ベーコンの脂が目玉焼きに染みて、一緒に口に入れると、逆に半熟の黄身がトロリとベーコンに絡んで、口の中で美味しいハーモニーを奏でるのです。
続いて、ベーコンエッグの味が口内に残っている間に、トーストを少し食べました。軽くバターを塗っただけのトーストなので、それこそベーコンエッグをのせて食べても良かったのですが、一応別々に食べるのが私のスタイルになっています。
そして、
これらを交互に食べた後で、半分デザートなパンケーキです。トーストを食べずにパンケーキを代わりにする人もいるようですが、私に言わせれば滑稽です。
ふっくら柔らかいパンケーキと、サクサクした食感のトーストは、明らかに別物なのですから! 特に私は、バターだけでなく甘いシロップをたっぷりとかけてから食べるので、パンケーキは半ばデザート扱いです。
もちろん、最後に、きちんとしたデザートも食べます。今日の果物はオレンジで、ほどよい酸味が果物特有の甘さを引き立てる、締めくくりにふさわしい味でした。
そうやって、ちょうど私が朝食を堪能し終わったところで、
「あら、おはよう。パラは食べ終わったところかしら」
マールさんが食堂にやって来ました。
私が肯定すると、
「行く支度も、もう終わってる?」
「支度……ですか?」
言われて気づいたのですが、マールさんは、小さな荷物袋――日帰りで出かける用の――を背負っています。
「何を準備すればいいのでしょう?」
「特に必要なものはないかしら。私が一通り、持ってくから。いつも出かける時に持ち歩くような、小物だけで十分かな」
マールさんは、朝食後このまま、部屋には戻らず、待ち合わせ場所である広場へ直行するそうです。
「では、ここで待っていてください。すぐに戻りますから」
私は席を立ち、いったん自分の部屋へ向かいました。マールさんが朝食を終える前に戻れば、彼女を待たせることもなく、二人で一緒に待ち合わせ場所へ向かえるでしょう。
寮の食堂からマールさんと二人で広場へ行きましたが、ラビエスさんは、まだ来ていませんでした。
昨日のラビエスさんと同じように、ちょこんと二人で噴水の縁石に腰掛けます。ラビエスさんがいない間に、彼のことを少しマールさんから聞き出そうかとも思いましたが、考え直しました。
私がラビエスさんに関心を持ち過ぎるのは、妙に思われるかもしれません。若い女である私が男である彼に興味がある、などと誤解されたら困ります。私としては、転生者であるラビエスさんについて知りたいだけですが、それを正直に話すわけにもいきません。
ラビエスさんはマールさんに対して、転生者であることを隠しているわけですから。そもそも私だって、十二病ゆえの設定として誤魔化しているくらいです。こちらの世界の人間に、転生を公言するつもりはありません。ただ、同じ転生者同士なら秘密を共有して語り合いたい、という程度です。
「これから行くのは……『西の大森林』というダンジョンですよね。どんなところですか?」
「あら」
マールさんは、軽く笑って、
「パラは既に見ているはずよ。馬車で通って来たでしょう?」
「えーっと……? ああ、あれが『西の大森林』ですか!」
少し考えたら、思い当たりました。村に来る時に抜けてきた、広大な森……。あれが今日の目的地のようです。
文字通り西も東もわからない状態だったので、西側からイスト村に入ったという自覚はありませんでした。馬車の中で「この森は、ちょうど街道で南と北に分断されていて……」という会話を耳にしていたはずでしたのに。
「『西の大森林』は北と南に分かれているけど、南は危ないから、パラにはまだ早いわ。だから今日は、北側の森へ行きましょう」
「危ないって……。北と南で、そんなに違うのですか?」
「ええ。なにしろ南は『さまよいの森』と呼ばれるくらいで……」
その『さまよいの森』の中にはワープポイントが無数に存在しており、森の中の全く別の地点に突然転送されることがある。しかもワープポイントの発生場所自体がランダムで、前回は何でもなかった場所が次の探索時にはワープポイントになっていたりするので、マッピングも不可能……。
そんなマールさんの説明を聞くと、まるで「あちらの世界のRPGゲームみたい」と思ってしまいました。現実でそんな目に遭ったら、ずっと森から出られなくなって、それこそ命に関わるでしょうに。
「怖いですね。森から出られないなんて……」
「いや、それがね。不思議なことに、どんなに迷っても、二日か三日くらいで自然に出られるらしいの。街道に面した辺り、つまり森の出口まで転移されるんですって」
ますます、ゲームみたいです。手詰まりにならないように調整された、親切設計のゲームのようです。
しかし、そんなことは言えないので、
「凄いですね。それも神の御業なのでしょうね」
敬虔な信者のような台詞を口にしましたが、頭の中では、さらに『ゲーム』と比べてしまいます。
私があちらの世界で遊んだRPGゲームでは、危険なダンジョンの中から瞬時に出口まで戻ったり、遠くの町や村へ一瞬で移動したりといった、ワープ系の魔法が用意されている場合もありました。
しかしこちらの世界では、少なくとも魔法学院で教わった限りでは、そのような便利な魔法はありません。だから今の今まで、そうした魔法は存在しないものと思ってきましたが……。ダンジョン内のワープが起こり得るなら、ワープ魔法もあり得るのかもしれません。
そうした考えが頭に浮かんだところで、ラビエスさんがやって来ました。
「悪い。少し遅くなった」
「大丈夫、そんなに待ってないから。……そうよね、パラ?」
「はい。私たちも今来たばかりです」
「じゃあ、行きましょうか」
マールさんに促されて、いよいよ『西の大森林』へ――イスト村における私の初めてのダンジョン探索へ――出発です。
まずは、広場から続く大通りを、ひたすら西へ進みます。
大通りに面した建物は、村でも比較的規模が大きい建物が多いようですが、そのほとんどが木造建築のようです。馬車の中から見たはずの景色も、こうして歩きながら眺めると、なんだか雰囲気が違った感じに思えてくるから不思議です。
そうやって、少しきょろきょろしていると、ラビエスさんが声をかけてきました。
「パラは黒魔法士だよな? どれくらい魔法は使える?」
「はい。五系統の攻撃魔法が使えます。もちろん、闇以外の五系統です」
「……ということは、風魔法も雷魔法も、か。それは凄い」
この世界の魔法は、六つの系統――風・土・水・火・光・闇――に分かれています。ただし闇の系統は、麻痺魔法や即死魔法など特殊な攻撃魔法ばかりで、かなり熟練した老獪な魔法士でさえ扱うのは困難とされています。危険なので、魔法学院でも教えてもらえないくらいです。ですから、実質的には、私たち魔法士が用いる魔法は五系統ということになるでしょう。
基本的に回復や解毒など攻撃以外が白魔法、攻撃魔法全般が黒魔法と呼ばれるわけですが、なぜか風の攻撃魔法は白魔法に分類されています。それ以外の白魔法は全て光系統の――光の神様から力を借りる――魔法なのですが、同じく光の神様由来の雷魔法は、攻撃魔法ということで黒魔法となっています。
魔法学院にいた頃、ある生徒が「風魔法と雷魔法と、逆にしたらわかりやすいのに」と言ったら、教師から「伝統です」と怒られていました。私もその生徒の意見を合理的と思ったのですが、これは単なる『伝統』ではなく、魔法という「神様に関わるもの」の問題ですから、仕方ないのでしょう。
まあ、それくらい雷魔法は「白魔法っぽい」黒魔法ですから、雷魔法を苦手とする黒魔法士は結構います。そんな雷魔法も、白魔法に分類される風魔法も、どちらも「使える」と言ったので、「凄い」と言われてしまったわけです。
「いやあ、それほどでも……。風は第一レベルまで、雷は第二レベルまでしか使えません。それに、雷魔法が使えるからと言って、光系統である回復魔法などが使えるわけではありません」
これから共にダンジョン探索するのですから、互いに使える魔法を確認しておくことは大切です。
マールさんも同じことを思ったのか、
「ラビエスも魔法の話、しておいたら?」
「そうだな。俺の魔法は、回復魔法に解毒魔法。攻撃魔法としては風魔法、あと炎と氷を少し……」
おやおや?
なんだか、マールさんが少しだけ妙な顔をしているようにも見えますが……。ラビエスさんは、彼女の表情の変化には気づいていないみたいでした。
――――――――――――
「ラビエスも魔法の話、しておいたら?」
私――マール・ブルグ――が敢えて口を挟んだのは、彼の返答に興味があったからだ。
ラビエスは白魔法士だが、攻撃魔法としては風魔法だけでなく、第二レベルまでの炎魔法と氷魔法が使える。ただし最近は、三日前に『ヒルデ山の洞窟』を訪れた時のように、炎に風の呪文をミックスして使うことが多くなった。しかも彼の場合、そうやって改変した方が火炎の威力は強いようなのだ。
だから。
正直に告げるならば、使える最大限の攻撃魔法として、その説明もするべきなのだが……。
「そうだな。俺の魔法は、回復魔法に解毒魔法。攻撃魔法としては風魔法、あと炎と氷を少し……」
やはり。
ラビエスは、詠唱改変については触れなかった。
まあ、私には気づかれていないと思っている以上、この場で言えるはずもないか。
でも。
今まで隠してきた改変行為について告白するには、いい機会だと思うんだけどなあ。
このまま隠し通すつもりだとしても……。
私にもバレるくらいだから、パラの前で使えば、一発でバレるだろう。しかも私と違って、見て見ぬふりをする必要もないから、パラはその場で指摘するだろう。
その時、ラビエスはどんな顔をするだろう? いたずらがバレた子供のような顔かしら?
想像してみたが、そんなラビエスの姿も、私は可愛いと思う。
うん。
想像しただけでも、思わず笑みがこぼれそうになるくらい。でも、顔には出さないように頑張ろう。
――――――――――――
「そうだな。俺の魔法は、回復魔法に解毒魔法。攻撃魔法としては風魔法、あと炎と氷を少し……」
俺――ラビエス・ラ・ブド――は、嘘は言っていない。ただ、全てを話したわけではない、というだけだ。
俺には、切り札というか隠し技というか、特別な魔法がある。
だが、戦士であるマールだけならともかく、黒魔法士であるパラが一緒では、使うつもりはなかった。
俺だけの魔法である、呪文詠唱の改変。それは、ふとした思いつきから始めたことだった……。
この世界の魔法は、詠唱時のイメージが大きく影響すると何度も述べてきたが、もちろんイメージだけでは魔法は発動しない。魔法が発動するためのキーとなるのは、呪文の詠唱文だ。
例えば、いくら熱風を出したいとイメージしても、風魔法の詠唱で炎を出すことは出来ない。発熱患者を治療する際に「熱を下げるには氷」とイメージしても、回復魔法で氷が出てくるわけでもない。
やはり、基本は呪文詠唱なのだ。
だから。
ある時、ふと俺は思った。
「魔法にとって呪文詠唱とは、設計図みたいなものかもしれない」
そして『設計図』という言葉が頭に浮かんだ時点で、ピンときた。
俺にとって『設計図』といえば、ウイルスの遺伝子だ。何しろ元の世界では、ウイルスの『設計図』を人為的に書き換える仕事――組換えウイルスの作成――をやっていたのだから。
俺が作った組換えウイルスは、宿主の遺伝子の一部を組み込んだワクチンウイルスだったが、組換えウイルスの分野には、Aというウイルスの遺伝子の一部をBというウイルスの遺伝子の一部と交換するという研究――キメラウイルスの作成――もある。そうした研究論文も、組換えウイルス作成の参考として、たくさん読んだものだった。
そこで、俺は考えてみた。
「呪文詠唱の一部を、別の呪文詠唱の一部と交換してみたら、どうなるのだろう?」
キメラウイルスの研究では、そもそもAというウイルスとBというウイルスが近縁でなかった場合、細胞内でウイルスとして成立しないことも多い。また、AとBそれぞれの手に相当する部分同士は交換可能であっても、Aの手に相当する部分とBの心臓に相当する部分を交換した場合は、もちろんウイルス作成は不可能となる。
だから、もしも呪文詠唱でキメラウイルスと似たようなことが可能だとしても、交換できる部分と交換できない部分があるはずだと考えた。
この時点で、詠唱語句の意味を理解していれば、交換も容易だっただろうが……。残念ながら、そんな知識は、俺にはなかった。
もちろん、魔法士全般の常識となっている程度の知識なら、俺にもある。「フォルティテル」は第二レベルの攻撃魔法に共通しており「フォルティシマム」は第三レベルで同様なので、それぞれ攻撃レベルに関わる詠唱語句なのだろう……という考え方だ。だが問題は、その部分以外の、攻撃魔法の性質を示す詠唱語句だった。
だから俺は、闇雲に色々と試してみた。結果、上手く発動した呪文が、風魔法の「ヴェントス・イクト」と炎魔法の「アルデント・イーニェ」をキメラにした「イーニェ・イクト」という詠唱だ。
炎を風に乗せて吹きつけるような魔法であり、俺は炎風魔法と名付けてみた。パッと見た感じでは炎魔法にしか見えないが、炎魔法単独よりも強力な火炎が出るので、使い勝手が良い。
別に「二つ混ぜたから強くなった」というわけではなく「白魔法士である俺が風魔法をベースに炎魔法を放つから強力」ということだと思う。そう、炎魔法ではなく、風魔法の方がベースとなっているに違いない。なにしろ、炎魔法は第二レベル――強炎魔法カリディダ――までしか使えない俺でも、これなら風魔法同様、第三レベルまで発動できるのだから。
つまり、俺の手持ちの魔法の中では、炎風魔法の第三レベル――呪文詠唱としては「イーニェ・イクト・フォルティシマム」――が最強攻撃魔法ということになる。
かつて「『組換えウイルスの作成』という経験が、冒険者生活において微妙に役に立っている」と述べたが、その正体がこれだ。まあ、呪文改変を思いつくきっかけになった、という程度に過ぎないわけで、それくらいなら誰でも思いつくかもしれないが……。
この世界では呪文詠唱が神様への祈りである以上、信心深い人々が――ましてや誰よりも魔法の恩恵にあずかる敬虔な魔法士たちが――、神聖な呪文にアレンジを加えるなど、そんな冒涜を行えるはずがない。もしも平気で詠唱改変する者がいたら、それこそ、俺と同じで転生者に違いない。
そう考えてみると「パラはどうなのだろう」という疑問が頭に浮かぶ。彼女も俺のように、詠唱語句に手を加えているのだろうか……?
ふと気になって、パラを見る。
「……なんですか?」
どうやら俺は、何か問いたげな視線を向けていたようだ。
だが口に出せる話題ではない。俺は適当に誤魔化した。
「いや、なんでもない。それより……。今から行く『西の大森林』について、何か聞きたいことあるかな?」
「それでしたら、先ほどマールさんから教えてもらいました。『西の大森林』は、北と南に分かれていて……」
こうして語り合いながら、俺たちは歩き続けて……。
しばらくして。
目的地である『西の大森林』に辿り着いた。
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