次なる時代へ
杜侍音
次なる時代へ
「ほっほっほっ、お勤めご苦労様です。平成君」
「昭和さん……! お疲れ様です」
空虚な空間で、たった一人パソコンを前に仕事をしていた男。
サラリーマン姿のその男は現在31歳。人間にしては今まさに働き盛りの世代である。
ずっと休まずに働き続けてきた彼だが、もうすぐ全ての仕事が終わることとなる。
「残り数分ですか。お勤めは」
「はい。30年は長かったようで短い気がします。昭和さんに比べたら半分も届いてないですから」
昭和さんと呼ばれるお爺さんは64歳。
優しそうな表情を浮かべる彼の服装は深みがかかった青色の着物。
──彼はもうこれ以上年をとることはない。
「平成時代は色々な出来事がありましたね」
「……はい。自然災害や異常気象ばかりが目立つ時代となってしまいました。我が国が戦争には巻き込まれないという当初の目的は達成出来ましたが、世界中では紛争やテロが今なお続いております」
「平成の時代では価値観が多様化し、意見と意見がぶつかり合うことが増えていきましたからね」
「そうですね。私が生まれた年には今では当たり前のセクシャルハラスメントという言葉が生まれました。女性もますます社会進出し、昔よりかは輝ける時代へとなりました。けれどもまだまだです」
「そうよ! 全然足りてないわ!」
と、突如現れたのは中学生くらいの女の子。
「大正ちゃん!」
「平成君。さっきも言ったけどまだまだだわ。女性だけじゃない。セクシャルマイノリティーや障害を持った人たちなど、全員が平等に生きていくにはまだ努力をし続けなきゃいけないわ!」
大正ちゃんと呼ばれた女の子は15歳。彼女もまたこれ以上年をとることはない。
揺るがない芯を持っている彼女は、担当していた時代に合わせた大正ロマンな服を着ている。
頭には大きなリボンが。くくられた髪はユサユサと揺れている。
「平等……ですか。そんな世の中作れるのでしょうか……。私には到底──」
「うわ、ショボくれた。なに、まだゆとりなわけ? そういうのってやろうとする自分の意志でしょ!」
「ふむ、確かに大正ちゃんの言うとおりですな。私がまだ若い頃は学生運動が盛んで、祖国である日本のために働こうと若者はみな──」
「あ、はぁ。また、昔の話ですか」
「ちょっと昭和さん! 平成君にそういうの厳禁!」
大正ちゃんは昭和さんを思い切りぶっ叩いた。
「あたー……。年上ですけども」
「あ、ごめん。でも私これが普通だったし。てか、別にいいじゃん。私の方が生まれたの先だし」
「高齢者には優しくですね」
「だから私の方が年上だって」
「ならば後輩に暴力を振るうのは普通ではないでしょう」
「あんたの時も普通だったじゃん」
「普通か……。当たり前さえも時代が進むにつれて変わっていきますよね……」
「まー、いいことなんじゃない? 良い方に変わったんじゃない? 暴力って痛いし」
「先程まで暴力振るってた大正ちゃんが言いますか……」
「確かにそうなんですが、全てが良くなるわけではありませんし、それに何もかも変わってしまうのが何だか怖くて……」
「何も全てが変わるわけではありませんよ平成君。変わらないものも世の中にはあるじゃないですか」
後ろからまた別の女性の声。
「あ、明治姉さん!」
大正ちゃんが呼びかけた相手は、明治姉さん。
45歳の彼女もこれ以上は年をとることはないが、実年齢よりも若く見える。
彼女も平成君の最後の仕事を見に来たのだ。
「変わらないものですか……?」
「ええ。平成でも多くの事件、災害が起きてきました。しかし、人々はお互いを助け、支え合い、今日まで強く前に進んできたじゃないですか。誰かを助ける精神は今も昔も変わっていませんよ」
「明治姉さん……」
「もちろん、変わったこともあるでしょう。科学技術の進歩や医療の進化。そして最近ではAIの台頭により世界が目まぐるしく変わっていく。私の時にはあんなに大きかった地球が、とても小さくなってしまいました」
「交通の整備や情報伝達の発達により、地球の裏側まで一瞬で到達出来ますからねぇ」
「そ・れ・に。私の肌も美容の技術進化でお肌がモチモチに」
「わー、モッチモチだー!」
大正ちゃんは明治姉さんの頬を突く。
肌の弾力は20代並みにあり、大正ちゃんの指が押し戻される。艶やかな彼女は明治ハイカラな服を着ている。
「全ては成り行きに任せましょう。何があっても時は刻み続けているのだから」
明治姉さんは優しく微笑みかけた。
「平成君。君はよく頑張った。私の時代で起きた無残な戦争を二度と起こさぬよう努力してくれた」
「平成君。まだまだだけど、みんな平等にしようと頑張ってたよ。まだまだだけどね!」
「平成君。変わりゆくものと変わらないもの。どちらも共に大切にし、30年間よくここまで走ってきましたね。だから──」
「「「お疲れ様。次の時代へと進もう」」」
突然、目の前の景色が、三人が、歪んで見えるようになってしまった。平成君の目には涙が浮かんでいた。
「次の時代に任せてもいいんですかね……」
「きっと、次もよりよい時代になるはずだ。みんなで繋いできたんだから」
「共に新しい時代を育てていきましょう」
「はい……!」
「ねぇ、あれってもしかして次の時代の子⁉︎」
大正ちゃんが指差す先には、白く光り輝く何かが浮いていた。
そこには何も知らぬ無垢な赤ちゃんが光に包まれていたのだった。
「次の時代の名前は決めたのですか?」
明治姉さんが平成君に尋ねた。
「えぇ。もちろんです──」
初春の令月にして、
梅は鏡前の粉を
蘭は
「次の時代の名は──」
“令和”
次なる時代へ 杜侍音 @nekousagi
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