最終話

 ある日の午後。

 公園のベンチに、一人の初老の男性が座っていた。公園の遊具で遊んでいる子供たちを、ほほえましく見守っている。

 破れていない服を着て、穴のあいていない靴を履いて、綺麗な体をわざわざ汚して遊んでいる。

 平和になったものだと、昔を思い出しながらその平和をかみしめる。


「ねえ、じいちゃん」

 一人の子供が、老人に話しかけた。


「どうかしたか?」


「こっち来て!」

 そう言って、老人の手を引っ張る子供。老人は、ゆっくりと立ち上がり、子供についていく。


 子供が連れて行った先には、二つの墓石があった。


「ねえねえ、これなあに?」


「これか? これは、お墓だよ」


「お墓? でも、お墓はここじゃなくて、別のところにあるよ?」


「そうだね。でも、この二つは、いや、この二人は特別なんだよ」


「ふーん、そうなの?」


 子供は、不思議そうにその墓石を見つめた。


「なんて書いてあるの?」


「マリア、平和を愛した少女、ここに眠るって書いてあるんだよ」


「マリア? それって誰なの?」


「僕にも分からないさ。一言も話したことはないからねえ」


 見たことはあった。だが、それは本当に見ただけであり、既に死んでいた。だから、マリアという少女が、どんな女の子だったのか、この老人にも分からない。

 だが、この二人が発端だった。

 平和を作ろうと。

 自分たちの町だけではない。平和な世界を取り戻そうと、ここから動き始めた。

 まだ、無法地帯は数多くあるが、それでも着実に、世界は平和を取り戻している。

 それは、この二人に感化された、あの時の大人たち、そして、それを引き継いだ子供たちによるものだった。


「ねえ、じゃあこっちは?」


「ああ、こっちはね――」


 そして、老人はその墓石に手を置いた。

 あの時、傷だらけになってマリアを運んだ青年。


「マリアの騎士。死んでもマリアを守った男」


「? 名前は?」


「言う前に死んでしまったんだ。だから、名前は分からない」


「ふーん、そうなんだ。でも、死んでも守ったって、すごいんだね。幽霊になってマリアを守ったの?」


「それは違うよ」


「じゃあ、どういうこと?」


「マリアが死んでも、守り続けたってことだよ」


 自分の命で、終わった命を守り続けた。

 その行動に、敬意を表して、墓石に刻んだのがこの言葉だった。

 生きることに必死だったあの時代に、命を投げうって少女を守り続けた青年。その行動に、この町の住人は心を動かされた。

 だから、今のこの時代が存在している。


「僕、よくわかんないや」


「そうかい。まあ、いずれ分かる日が来るかもしれないね」


 願う事なら、彼のような人間が、彼のような最期を迎える人間が、もう出ないことを願う。

 そのためにも、この平和を維持する。

 そして、世界中に、この話を届けたい。

 マリア。平和の象徴。

 マリアの騎士。その象徴を守り抜いた青年。

 どうか二人が、天では幸せになっていますように。

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マリアの騎士 保木秋哲 @opmen

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