終章 現代勇者の幸福事情
終章 現代勇者の幸福事情
『ホントによくやるわよねぇ。魔人王ペスティバンの退治なんて』
「いや、まぁ、成り行きっていうか、仕方なくって言うか……」
『勇者らしいっていうか、莫迦って言うか、考えなしって言うか』
「最初の言葉以外褒めてないだろ、それ」
『まぁともかく、その子から力だけを分離するのは無理。絶対にとは言わないけど、魔人なんかに身体を浸食されて精神を保ってる例そのものがないのよ。血脈の力とも違って、肉に定着した力は遺伝もしにくい代わりに、力だけ抜くって方法は知られていない』
「そっか……」
『でも力の方は安定して制御もできてるんでしょ? だったらそっちに送った腕環で暴走しないようにできると思うから。力が桁違いだからそのうち帰ったときにちゃんと専用のをつくってあげるけどね』
「うん。それはまたそのうち頼むよ」
『本当はでも、良かったんじゃないの? あのときの女の子だったんでしょ? あの頃逢えなくなってぐじぐじ泣いてたじゃない、あんた。あのときの魔法がまだ有効だったなんてねぇ。運命の再会? あ、でもいまは詞織ちゃんもいるのよね。その上、機光少女にもちょっかい出されてるんだって? モテモテね、紗敏』
「姉貴ーーーっ! どっからそんな情報仕入れてくるんだよっ」
『まっ、頑張んなさい。この先は勇者だからなんて言い訳も通用しない。三つ巴の争いの決着は、紗敏自身が悔いのない判断をして、男を見せることね。いやーっ、この前まで毛も生えてないガキだったのに、本当ちょっと会わないうちに成長――』
「帰ってくるときはまた連絡入れてくれ!」
姉貴の長くなる話を打ち切って、俺は携帯端末の通話を切断した。
ため息を吐きながら振り向くと、鈴代さんと、詞織と、エリサが興味津々に俺のことを見てきていた。
放課後の屋上には俺たち以外に誰もいない。
念のため下校が落ち着くまで待ってから集まったいまは、隠れている人の気配も感じない。
「……とりあえずこれを。念のためのものだけど、力の暴走を押さえることができる」
言って俺は姉貴から今朝方送られてきた地味な銀色の腕環を鈴代さんに渡す。
一見地味に見えるが、外側がシンプルなだけで、腕に当たる内側には、闇の力を制御するための宝石だとか装飾だとかが施されているものだ。
あの後、エリサの残りの魔力と詞織の術で傷を塞いで、空が白む前に病院に連れて行くことができた鈴代さんは、道ばたで倒れて荷物を回収し忘れたために身元確認ができず連絡が遅れた、という割と苦しい言い訳を押し通してどうにか事なきを得た。
力の制御はすぐにできるようになって、黒い身体は戻すことができたし、制御次第では着ている服の出し入れも可能なんだそうな。
「ありがとう」
受け取った鈴代さんは左腕に腕環を填める。
「本当にすまない、鈴代さん」
退院して初めて学校に登校した鈴代さんに、俺は改めて深く頭を下げる。
「あのときにも言ったでしょう? この力は私が望んだの。こんな風になるとは思っていなかったけれど、これで貴方と肩を並べて歩くことができるようになったのよ? 結城君が謝る必要なんてない」
あのときも言われたことだが、やはり俺はすまないという気持ちが晴れず、頭を下げ続ける。
「んー、そうね……。確か結城君は、自分のしたことの責任を取る人、なのよね?」
何を言い始めたんだと顔を上げると、鈴代さんは詞織の方を向いてそう問うていた。
「あ、はいっ。わたしのことも、助けた責任を取ると言ってくださって、いまも一緒の家で暮らさせてもらっています」
「じゃあ私も、同じように責任を取ってもらおうかしら?」
「え?」
エリサが向けてくる訝しむような視線も気にせず、鈴代さんは意地悪な笑みを浮かべる。
「俺が鈴代さんを守る、ってこと?」
正直なところ、俺は鈴代さんを守る必要は感じない。
さすがに力の使い方はこれから覚えなくちゃならないが、彼女がその身に宿した力は、俺に匹敵するか、生身だけなら俺を越えるほどのものだ。
その力を狙う闇の住人が今後現れないとも限らないし、人間の魔人化については情報が少なく、コアが消滅したとは言え、また精神に変調を来さないものかどうかは不明だ。
そのことを考えれば、今後も俺が彼女にやらなければならないことはあると思うが、単純に力の強さだけ言えば、守る必要があるような状況ではなくなっていた。
「で、できる限りのことはさせていただきます」
詰まりながらも答えた俺に、さらに笑みを深くした鈴代さんは近寄ってきた。
「それならまず、呼び方かしらね。結城君、とよそよそしい呼び方も何だから、これからは紗敏君、と呼んでもいいかしら?」
「それは、構わないけど……」
「じゃあ私のことも名前で呼んでくれる?」
「うっ?」
前屈みで上目遣いに俺を見つめてくる鈴代さんの破壊力は絶大だ。
顔が赤くなるのを感じながらも、俺は勇気を籠めて言う。
「さ、さやか、さん」
「呼び捨てでいいのに。白澄さんのことも、須田さんのことも、呼び捨てなんでしょう?」
「まぁ、なんて言うか、年下だし……」
「ふぅん。まぁいいけれど……。それからもうひとつのお願い」
上目遣いだった身体を起こして、もう一歩近づいてくるさやかさん。
息が届くほど近づいてきて何かと思っている間に、背伸びをした彼女は俺の頬に手を添え、唇を寄せてきた。
一瞬のキス。
柔らかな感触を残した唇に、俺は何が起こったのかわからずに呆然とする。
「私と、結婚を前提におつき合いしてください」
「そんなの許されるわけないでしょ!」
真っ先に文句を言ってきたのは、エリサ。
「でもいま貴女も見たいでしょう? 誓いの口づけを」
「き、キスならあたしの方が先にしたもんっ。ファーストキスだったんだから、紗敏にはその責任は取ってもらうから!!」
「そうなの? 紗敏君?」
「いや、あれは不可抗力で……」
「でもあのとき責任取ってくれるって約束したじゃない!」
頬を膨らませて潤んだ瞳で睨みつけてくるエリサに、俺はなんて答えていいのかわからない。
「そ、それよりも! 紗敏さんはわたしを助けて、わたしを守って、……それで、それでいまは、手が空いていないんです!」
言いながら俺の腕に自分の腕を絡みつけてきたのは、詞織。
柔らかさを感じる制服越しの胸の感触に、俺はもう何が何だかわからなくなっていた。
「いまは紗敏さんは他の女の人とつき合っている余裕なんてなくて――」
「キスの責任を取ってもらわないと――」
「そういうことだったら、一番幼い頃に出会ってる私が優先順位が高いんじゃないかしら?」
反対の腕に組みついてくるエリサに、身体を寄せてくるさやかさん。
身体の柔らかさはもちろん、三人の女の子のそれぞれ違う心地よい香りに、めまいを起こしそうになった俺は宣言する。
「だったら全員分、俺が責任を取ってやる!!」
一瞬にして空気が凍りついた。
寄せていた身体を離し俺から距離を取った三人は、それぞれに痛さを感じる目を向けてくる。
「英雄色を好むと言うけれど、勇者も同じなのかしら?」
さやかさんの軽蔑を含んだ視線が俺に突き刺さってきていた。
「ここは日本なんだから、結婚はひとりとしかできないの、わかってる?」
腕を組んで呆れたようにため息を吐くエリサ。
「最後まで責任を取ると言ってくれたのは、嘘だったんですか?」
悲しそうに顔を歪ませる詞織。
「いや……、まぁ、ゆっくりと話し合おう」
彼女たちの視線から逃れるために目に手を当てて空を仰いだ俺は、この場から逃げ出す方法を考え始めていた。
「現代勇者の幸福論(ユーデモニウム)」 了
現代勇者の幸福論(ユーデモニウム) 小峰史乃 @charamelshop
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