CREDIT7 彼らのエデン(前)

二七一七年 九月二四日 二二一六時

エデンⅣ 北極空域


 荒涼たる極寒の風が吹き抜ける空があった。白夜の名残を思わせる薄明るい夜空には雲一つ無いにも関わらず、吹雪が踊り、しかし流氷は無い。それどころか今、エデンⅣ北極点上空の海は海底地形を海面上からも窺わせるほど浅くなっていた。

 その空に、一隻の艦が浮かんでいる。外殻の強固さを窺わせるそのシルエットは、降下艦ゼップス。そしてその艦影が見上げる空には、星の光とは異なる輝きが幾つも浮かんでいた。

 単なる光にしか見えない中から、先んじてシルエットを明らかにするのは機首から槍のような機関を伸ばした戦闘機的なシルエット達だ。前進翼を備えた機影達はゼップスの上空で編隊を組むが、その中から一機、異なるシルエットの機体がさらに降下してゼップスの後部甲板へと降り立つ。スプライトエクスプレスだが、翼下にスラスターユニットを取り付けた機体。着艦した機体の係留を甲板スタッフに任せて飛び降りてくるのは、平良飛鳥大尉であった。

「アレス! しばらくぶりだな!」

「よぉーうアスカぁ。ここは冷えるぜ。パイロットスーツだけで大丈夫か?」

 甲板の脇で邪魔にならないよう縮こまっていたアレスが出迎えると、平良はパイロットスーツのヒーター機能を起動して見せた。オレンジ色のラインをパイロットスーツに光らせながら、平良はアレスに詰め寄る。

「お前がかくまっている例の少年はどこだ。俺としてはいろいろ言ってやったり、訊ねなければならないことがあるんだが」

「弾のことか? 弾なら、もう行っちまったぜ。今日の夕方だ。――もう時間が無いようだ」

 ため息混じりのアレスに、平良は眉を吊り上げた。

「彼の行動が、このエデンⅣ義勇軍の発足に繋がり、さらに地上のエントロイド勢力の削減に助力していたのは確かだ。――だが、理念上保障されたことであろうと、彼が俺の隊の機体と生命兵器を正規の手続きを経ずに利用していることも事実なんだぞ! アレス、いや、海兵隊はなぜ彼を拘束しなかった」

「本人を見りゃわかるだろうよ。お前だって、直接会ったことはあるんだろ? その時のあいつの目を思い浮かべてみろよ」

 アレスは肩をすくめてみせるが、平良は眼力を緩めない。その様子に嘆息したアレスは、空を見上げ、

「お前の体験が納得できないものだってんなら、俺が最後に見たあいつのことを話してやろう。一七歳であんな奴なんて、滅多にいないぜ? 俺達人類に理念って奴があるなら、ああいう奴を通してやらなきゃ嘘だろってのが、エデンⅣ駐留軍海兵隊ゼップス戦隊の総意さ」

 アレスが見上げる空、航空機と、それを追って降下してくる新たな降下艦全てには、何かを打ち破る拳のマークが記されていた。右下には『Ⅳ』とも記されたマークを、アレスは平良にも視線で示す。

「まあ聞けよ。お前も多少は納得してるんだろうが、あいつはこれだけの奇跡を起こせる男だったぜ――」


"二〇〇七年 九月二四日 一七三四時"

〈ゼップス〉 格納庫


 投影されるスクリーンの中では、都市そのものをその存在の支配下に置き、戦闘要塞と化した超巨大エントロイドと戦う海兵隊の姿が映し出されていた。

『ご覧下さい! 複数のピラノイドによる重篤汚染により、その全てがエントロイド化した戦域において、エデンⅣ駐留軍海兵隊が戦闘を繰り広げています! それで――あっ、あの機体です!』

 ゼップスの従軍記者用キャビンに設置されたモニターを前にまくし立てるキャスターは、画面に入ってきたスプライトエクスプレスを見つけると大はしゃぎに指差し声を上げる。機体は元々都市に配備されていたロシア軍兵器がエントロイド汚染された自走高射砲の弾幕を浴びながら、急降下しつつ市街中心部を目指していく。

『エデンⅣ出身の少年が操縦する機体です! 激しく被弾し……あっ! 爆発しました! しかし何か赤い光が集まって――元通りになっているようです! 軌道は変わらず! まさに不屈の闘志! 市街中心のエントロイド・コアへ一直線です!』

 実況するキャスターが言うとおりに、スプライトエクスプレスは何度か吹き飛ばされながらもその度に再生し、そして市街中央広場に開いた巨大な眼球のような存在にレーザーを突き立てる。市街全体が爆発と共に震えだし、上空で戦闘する海兵隊戦力は離脱態勢に入った。

『作戦完了です! 超大型エントロイドを海兵隊――そしてエデンⅣ出身の少年が駆る機体が撃破しました!』

『――と、このように不可解な現象も見受けられますが、進行中のエデンⅣ襲撃事件の中では、現地出身の一般人が人類総軍の機体を用いて反攻作戦に参加し、相応の成果を挙げているわけですね』

 中継映像から切り替わる先は、どこかのスタジオのようだった。卓の上座には、議題を提示する年配の司会者の男と、その隣に無表情な若い女性の議長が座る。

『現地の駐留軍本部に保護されたエデンⅣ住民達の間でもこのニュースは話題になっており、特にこのパイロットの少年と近しい間柄だった人々を中心にエデンⅣ義勇軍を結成し戦闘へ参加する動きが加速している模様です。こちらも映像がありますね』

 司会の男がスタジオの画面を示すと、新たなニュース中継画面が映し出される。それはエデンⅣの駐留軍本部シンギュラリティⅣ、難民保護施設内の映像だ。演説台に立つ男――六角が、背後にホビーベースヘキサの従業員達や剣持を引き連れ、今し方流れたものと同じ映像を示している。

『見てくれ! この少年……矢頭弾は、私が経営する店の極普通のアルバイトの一人だった。それがいまや、あの地上を取り戻すべく一人で戦いを続けている! まだ大人になるための学びの途中たる、学生の身の彼がだ! そして本来ならば彼もまた、本来の人類の手によって救われ、ここにいるべき者の一人だったという。……ならば、今ここにいる大人には、彼と同じどころか、彼以上に出来ることがあるのではないだろうか、と私は主張したい! 如何だろうか。私はこの、彼と共にいた学生剣持女史の伝手を頼りに、エデンⅣ住民によるエデンⅣ奪還のための組織を結成しようと思う。その賛同者、構成員を求めるならば、あなた方はどう応じるだろうか!?』

 身振りを交えて問いかける六角の隣に、剣持が歩み出る。マイク型のデバイスを受け取り、静かに語り始める。

『あの時、矢頭君と別れる時、私は矢頭君は立派だな、と思いました。それからずっと考えているんです。立派であるということはどういうことなんだろうって……。ここで少し落ち着いた今は、こう思います。理屈や道理がどんなに否定するような道でも、一番遠くまで行くこと、人はここまで行くことが出来ると示すことが立派なんだって。私は、そんな矢頭君に追いつくことを約束しました。今も、その気持ちは変わりません。そして――この気持ちは、皆さんとも共有できるものだと思います』

 想いを込めるようにデバイスを握っていた剣持は、拳を振り上げた。それに合わせて、六角の背後に控えていたホビーベースヘキサの従業員達が操作し、スクリーンに拳のマークを示す。

『エデンⅣ義勇軍を発足します……! 私達に出来ることを一つずつ、成し遂げていくために!』

『参加者は常時募集する! 一つの戦闘組織を成立させようとしているわけなので、直接戦闘員以外にもあらゆる分野の人材が必要だ! 自らの意志があるものであれば、如何なる者でも歓迎したい!』

 二人の叫びに、保護施設のあちこちから賛同の叫びが上がった。スタジオのパネリスト達はそれを見据え、

『かくして、エデンⅣ義勇軍が発足し、現地の駐留軍からの武装リースに加え賛同する諸惑星からも援助の手がさしのべられているわけですが、いかがでしょうか? 各惑星の皆さん』

『これは病的な熱狂にすぎませんっ』

 司会の問いに、議長が促す間もなく発言を始めたのは『ユートピアⅥ』と名札で示された神経質そうなスーツ姿の壮年女性だった。

『戦うことはむしろエントロイドを活性化させるということは我々ユートピア星系では常識的なことでありましてね。限られた範囲で勝っていたとしましてもね、冷静に考えて命を危険にさらすことなく、粛々と避難することが大切なのです。すでに破壊されている惑星を奪還して波動修復を行ってもエントロイド発生率は上昇するという点が――』

『……我々ヴァルハラⅡはすでにエデンⅣ義勇軍に賛同し、スペルソード社に戦闘攻撃機を発注し現地への輸送を行っている』

 軍装的な分厚いコートに身を包んだ男が釘を刺すように告げた。途端、ユートピアⅥ代表は手と首を振り、

『あっ、いけません。この典型的な勝利主義ヴァルハリズム! 戦って勝利しなければならないという強迫観念! あなた方はいつもそうやって、救われるべき命を死地に追いやっていることがわからないのですか!』

『そうやってすぐに他者の考えを思想汚染的に表現する行為こそユートピア星系が正統生存圏時代から引き継いだ正統主義ユートピズムであると判断するがね。だいたい、彼らは救われるばかりの被害者の立場から、自らの地位を取り戻そうとする挑戦者の立場に転換し始めている。我々はそれを支持する。あなた方が我々と異なる考えを持つというならば、あなた方なりに救いを望むものに手をさしのべるのが道理ではないのか』

『あなた達のような人々が余所の熱狂をあおり立てて危険な道に追い込むことを我々は全人類を代表して拒絶します! 戦いは人類にとって克服すべき不幸です! あなた達のような者がいる限り人類を正しく導くのにも困難が付きまとうのです!』

『そうは言いますがねユートピアⅥ代表、あなた方が「やること」と言えば例によって募金や寄付ですが、現地でエデンⅣ住民の方々がそれをどのように分配しているかを見ると、やはりエデンⅣ奪還に向けての動きが強いですよ。戦力的にも、現状駐留軍の主力を引き上げての戦闘で拮抗しているので、勝ち筋は十分あるように思えますがね。それを考慮せずに脱出一択というのはベタオリが過ぎるのではないかと……』

 『アルカディアⅩⅠ』代表が自身のスクリーンで資料を参照しながら問うと、ユートピアⅥ代表は顔面を引きつらせながら金切り声を上げた。

『勝てそうだとかそんなことは関係ないんです! エントロイドに強硬に勝利しようとするその欲が! 歴史上幾度となくエントロイドによる大災害を招いてきたんです! あなた方は歴史から何も学んでいないんですか!』

『そもそも方針戦争終結の原因となったエントロイド大災害の原因は、正統生存圏陣営による内向政策からくる腐敗だったという歴史を無視するつもりか!?』

『私達の平和への意志を! 意志を挫こうとする人々がいたから! 歪んでしまったんではないですか! 我々にも正しい道が存在したのに! あなたたちは!』

『選択肢を潰えさせ理論武装の檻に閉じこもっていくことがていくことがユートピアⅥの最善の見解だと言うつもりか』

『理論武装もなにも! 私達の主張する人類の安寧を希求する気持ちこそが正当なものでしょうが!』

『限られた空間の中での安寧が腐敗とエントロイドを呼ぶことは歴史が証明している! 我々が存在する為には絶えずエネルギーを投入せねばならないのだぞ!』

 パネリスト達が激しく言い合い始めると、議長の女性が机に置いていた空砲ピストルを天井へ向けて鳴らした。静まりかえるまでに三度発砲し、女性は告げる。

『現状の議題はエデンⅣ襲撃事件についてです。歴史問題に関する議論はまたの機会にお願いします』

『そうです! 私達を貶めようとする行いを、場を弁えず繰り返すその態度! 猛省を要求します!』

『ユートピアⅥ代表は議題からの逸脱と、指名前からの発言開始により累積イエローカード二枚です』

『アンドロイド! あなたにはわからないでしょうが! 私達の主張は人類の安寧を希求する人々にとって当然の……!』

 黄色い札二枚を示す女性議長に、ユートピアⅥ代表が食ってかかる。スタッフが止めに入る様を横目に見つつ、司会男性は話を進めた。

『同系列植民惑星であるエデンⅠ代表はどのようにお考えでしょうか』

『ええ、はい……』

 他のパネリストに比べて若い男が、遠慮がちに身をよじる。周囲の視線を窺い、しかし努めて凜々しくあろうと、青年は背筋を張った。

『皆さんの意見の背後にある、エデン星系の発展途上惑星への期待と失望を、ひしひしと感じました。かつては我々もそう見られていたのだろうな、とも……。事件前のエデンⅣのような、都合のいいところに落ち着こうとしていた時代は我々のエデンⅠにも存在しました。しかし我々はそこから脱却したことで今ここにいるわけですし、エデンⅣにも、その兆候は見受けられているように思います。だからこその援助であり、懸念であると思います。でしたら……時代を動かす方が、こういった席に新たなメンバーを迎えられる機会になるのではないかなと、考えるのですが』

『流される血を! 犠牲になる人のことを考えて下さい! この熱狂の中では、望まずとも戦わなければならなくなる人も出てくるはずでしょう! 人類文明圏に加わりながら、なぜそれがわからないんですか!』

『その点を懸念するなら、戦闘支援を申し出た惑星のように具体的な援助策をあなた方自身が講じるのが道理だろう』

『ユートピアⅥ代表、指名前発言により累積イエローカード三枚、退場です。ヴァルハラⅡ代表、同様の違反によりイエローカードです』

 議長の指示により、ユートピアⅥ代表が退場させられていく。歯噛みと地団駄と共に去って行く代表を見送って、スタジオは次の話題に進行していく。

「――よう、どうだい弾。世界が動いてるぜ。まあ、さほど権威の無い民間の番組だけどさこれは。けど、エデンⅣ義勇軍は発足したし、もうすぐ降りてくる。……お前のおかげで」

 格納庫に集まったクルー達を代表してスクリーンを示すアレス。その視線の先、オプティに支えられるようにして立つ弾の姿があった。アイドリング状態のスプライトエクスプレスを背にした彼は、パイロットスーツの拡張装備である呼吸補助マスクを装着し、苦しげな息を周囲に響かせていた。

「……こういう輩も……いるんですね……」

「ん? ユートピアⅥのオバハンか? まあな! 弾が見たのは星間ネットだっけ? ユートピアンはああいうところでは内輪で活動するばかりだしな。昔の戦争の生き残りさ、内向的な連中だよ。気にするこたない。んで――」

「アレス中尉」

 くぐもった呼吸音の中から、弾はアレスを遮った。間を開けないようまくし立てていたアレスも、覚悟を決めた様子で言葉を止める。

「そろそろ……時間切れのようです……」

「ああ……」

 艦隊に加わって五日目、弾のエントロイド汚染は着実に顕在化している。戦闘の度に。

「不可逆的損傷からの不可解な回復……プレッツリヒガイスト戦などであった現象の度に、確実にエントロイド汚染は進行しています」

 女性スタッフが示す弾の物理波動の分割表示は、すでに半分がホワイトノイズ状に染まっている。今や弾は全身を寒気に浸し、倦怠感で身動きを取るのも難儀するほどだ。

「ただ、スプライトエクスプレスが起こす出血状のエフェクト――我々は血飛沫エフェクトと呼んでいますが、これには機体や矢頭さん方のエントロピーを排出する効果があるようです。爆散させられる前に、なんとかこちらでエントロピー汚染を回避してもらいたいところですが」

『しかし不随意なものです。現在も自己診断機能で探ってはいますが』

 フォスがため息をついたような間を持って告げる。そして弾も目を伏せ、

「どのみち、時間稼ぎにしかならないでしょう。もうエントロイド襲来から六日目……俺も、長くは望みません」

「行くのか」

「俺は、行きます。……フォス、オプティ。お前らも、いいのか?」

 弾が訊ねると、オプティは少し頬を膨らませた。何を今更という風に顔を覗き込み、

「いっしょ」

『我々もダンと同じ汚染を共有していますし、遅かれ早かれでしょう。私はより効果的に消費されることと、操縦者であるダンの意志に準ずることを希望します』

 両者の応答に、弾は感謝を込めて頷いた。

「少なくとも……俺達はあのパネリストが言うようにやむを得ず戦っているわけじゃない。自ら望んで行くんです……。それだけは譲れない……」

 そう言う弾に、物理波動を計測してきた女性スタッフが歩み寄って小さな機器を取り出した。

「餞別です。フォス、再生をお願いできますか?」

『音楽プレーヤーですね。アクセスします』

 切手ほどの大きさに円形の操作ボタンがついたその機器に、フォスは機体のセンサーを明滅させた。直後、フォスの音声を流すスピーカーからインストゥメンタルが流れ始める。電子音による伸びやかなチップチューン系の曲で、勢いの良さと哀愁を併せ持つような曲調であった。

「いい曲ですね。……しかし、これは?」

「これは、矢頭さんの本来の物理波動を音声に変換したものに、同じく音声化した抗エントロピー物理波動を重ねたものです。原理的には、エデンⅣに使用される予定の復元システムと同じものですね。音波では実際の物理波動にはあまり干渉できませんが、進行を遅らせる効果ぐらいはあると思います。是非、かけておいてください」

 そう言って、女性スタッフはゆるゆると手を伸ばそうとする弾に、プレーヤーを握らせる。エントロピー汚染された弾の手を、スーツ越しとはいえ強く握り、

「この曲を心地よく感じられるということは、あなたは自分自身に恥じない存在だということです。どうかそれを、完遂して下さい」

「ありがとう……ございます」

 手が離れると、弾の腕はがくりと垂れ下がる。しかし、握り込んだプレーヤーはしっかりと手の中にあった。崩れそうな弾の様子に、オプティはクルー達を見回した。

「じゃあ、行きます」

『祈念:グッドラック』

 壁際に係留された海兵機達の中から、アレス機ドレイクが告げる。フォスがセンサーを明滅させて応じる中、オプティは弾をシートに座らせた。

「頑張れよ――――!」

「行けぇ! 少年――!」

「オプティも! 頑張ってえ――!」

「最後まで負けんなよぉ!」

 キャノピーを閉じ、スプライトエクスプレスはホバリングして格納庫の開放部へと向かっていく。外からは夕日が差し込む中、幾度かの損傷でくすんだ白の機体はふわりと浮かび上がる。

 もう二度と降り立たないもののような飛び立ち方に、クルー達は格納庫の縁まで駆け寄る。大気圏内用のエンジンに点火し、スプライトエクスプレスはゆっくりと南へ、エントロイドの巣窟へと進んでいく。ゼップスは北極で駐留軍と合流するが、弾達は、先に行くのだ。

 ともすればふらつきそうな飛行をクルー達が固唾を呑んで見守る。すると、スプライトエクスプレスからメロディが流れ始めた。先程渡された弾の『曲』だ。同時にスプライトエクスプレスは噴射炎をひときわ強く輝かせると、急加速から宙返りを打ち、そして夕焼け空へ上昇していく。力強く。

「格好つけやがって」

 腰に手を当て、アレスが苦笑する。周囲のクルーも、涙目の者もいるが、同様だった。

「もう待てない身だろうが、必ず追いついてやるぜ。弾!」

 アレスが拳を掲げると、周囲もそれに倣った。そしてゼップスは北へと旋回を初め、去って行く光は雲海へ消えていく。夕焼けを拒むような暗雲へ。


"二〇〇七年 九月二五日 〇〇一一時"

ヨーロッパ上空


『現在の状況、駐留軍の戦略、我々の行動予定を復習しましょう』

 暗夜のヨーロッパ、その上空をスプライトエクスプレスが巡航していく。『弾の曲』がBGMとして流れる操縦席に、フォスはそう切り出した。

『地表面でのエントロイドの活動は海兵隊各隊による拠点級エントロイドへの攻撃によって沈静化されつつあります。が、ピラノイドによる地殻汚染は地殻を突破し惑星核にまで及んでいることも計測されています。地底へと成長したピラノイドはマントルや惑星核のエネルギーを吸収しながら肥大化し、最終的にエデンⅣの惑星構造を破壊して決戦級エントロイドを顕現させるものと思われます』

「この星は粉々か。間に合わなかったか?」

 シートに埋まるような姿の弾が、マスク越しのくぐもった声で問う。しかしフォスは新たなウインドウを開いてそれを否定した。

『現状、攻撃は不可能です。が、出現する超々巨大エントロイドはその際の初期段階として、形態を確定するまでの間高圧空間を要するので、地殻を完全に爆散させるまで猶予があります。その間は地上からエネルギーを奪われたマントル、惑星核まで大規模な亀裂が生じながらも辛うじて惑星構造が維持されるので、最初で最後の攻撃の機会となるでしょう』 

 フォスが示す簡単な模造図は、球で描かれたエデンⅣの中心にエントロイドが出現することを示す。大質量のエントロイドの出現によって周囲の地殻が押し上げられ亀裂が走るが、エントロイドは動かずに自身が生まれた空間を維持しようとする。

『駐留軍はエデンⅣの地形を分析し、エントロイドまで到達できる大規模亀裂が生じる位置を予想できています。破断の発生と同時にエデンⅣ義勇軍を含めた戦力を投入し、今回の事件の集大成となる超々巨大エントロイドを撃破。そこへ事件直前に計測していたエデンⅣの物理波動を放射し、惑星の環境を強制回復させるというのが、作戦の概要です』

 『弾の曲』が渡された意味が、駐留軍がエデンⅣにしようとしていることと原理的に同じであるということを、今こそ弾は理解した。

「なるべくノイズであるエントロイドを除去した上で、正しい『この星の音楽』に調律しようってわけだ」

『はい。――そして我々は、その作戦に先立ち、最も近い位置にある亀裂発生地点へ向かい、主攻部隊の露払いのようなものをしようとしているわけです』

 フォスがウインドウを開き直して示すのは、スカンジナビア半島の反対側、北極海からロシアに突き刺さるように位置する半島の一点だ。

『コラ半島。ここにエデンⅣの惑星テラフォーミング上、重要な歴史イベントの一つとして実行されるよう誘導された計画の跡地があります。コラ半島超深度掘削坑という、深さ一万メートルを超えるボーリング調査の跡です』

「どっかで聞いたな……。人類が掘った穴の中でも一番深い穴だっけ?」

『おおむねその通りです。そして、亀裂が生じる位置の一つでもあります』

 ウインドウに亀裂の発生予測として赤いラインが幾つも走る。目標地点も、確かにその一部だ。

『発生予測時間まであとわずか。当機の巡航速度なら悠々と到達できるでしょう。しかし……』

 機体が機首を向ける東の空に、赤い光点が幾つも浮かんでいる。フォスが言葉を止めてウインドウにロックオンカーソルを走らせると、弾とオプティはそれぞれ戦闘態勢に入った。

『エントロイドも、発生する亀裂から攻撃されることを察知しているようですね。地上の残党が発生予測地点周辺に集まっていました』

「突破しなければな――」

『はい。奴らなど序の口です。亀裂発生時に地底から沸き上がるエントロピー汚染によって、亀裂内にも大量のエントロイドが発生することも予想されますので』

「敵前衛、接敵!」

 オプティが告げ、弾がトリガーを引く。掃射が敵群から先行してきていたエントロイドを捉え、血飛沫と共に墜落させた。レギオバイトのようだが――、

「高エネルギー反応っ……!」

 オプティが続けざまに上げた声に、弾は機体を急旋回させた。直後、白紫の光線が墜落していくレギオバイトから今し方まで居た位置を貫いて伸びていく。

 光線に照らし出されたレギオバイトの姿は、掃射を浴びて傷つきながらもそれ以上に歪になっていた。本来無いはずの前肢、右腕に当たる位置に、なにか別のものが生物的に融合している。

「レギオバイトに……墜落した駐留軍の戦闘機が取り込まれてる」

 一瞬の映像を補正し、オプティがそう言って表示した。形は崩れているが、レギオバイトの右腕に繋がれていたのは無人戦闘機シーオッターのように見える。

『海兵隊との戦闘で生き残った個体群ですからね。傷ついた部分を我々の喪失機やその他の武装で補っているのでしょう。こういう状況では、エントロイドの個体同士を繋げ合わせたものも出現した例があります』

「百鬼夜行だな……」

 マスクの中にごろごろと呟き、弾は機体を躍らせる。わずかな時間ではあったがアレス達と共に戦ったその機体捌きに、もう迷いは無い。白の機体はエントロイドの群れへ殴りかかるように飛び込んでいく。

「まあ蹴散らすことには変わりは無いけどな。ツギハギだってんなら、破りやすくて好都合だな」

『ええ、ズタボロにしてやりましょう』

 月を背負って降下するスプライトエクスプレスに、エントロイド達からは無秩序な射撃が上がった。しかし弾は流れていく光弾を無視し、視界に光点として映る直撃弾だけを見据える。

「空隙表示行くよっ」

 オプティが告げて表示させるのは、沸き上がってくる砲撃の隙間を半透明球で示したもの。破壊の濁流の中に存在する気泡のような空間だ。

「飛び込むぞ……!」

 ギクシャクとした螺旋のようにつながる空間へ、スプライトエクスプレスは飛び込んでいく。同時に光弾の掃射が飛び、エントロイドを打ち据える。撃墜し連射や照射が止めばその空間へ滑り込み、機体を回しながらさらなる掃射。そして気泡の道が途切れればレーザーをチャージし光球を掲げて押し通る。

 攻撃を掻き消し、カウンターで放ったレーザーがエントロイド群を空中で両断した。生じた渓谷を降下していく白い翼にエントロイド達は振り返るが、そこへ羽を広げるようにホーミングレーザーが突き刺さっていく。十ののたくる光条からはさらに幾千の赤いスパークが伸び、小型軽量なエントロイド個体を優先して食らっていった。

 突破された先行群は追跡に転じ、後続群が立ちはだかる。さらにその群れの後方には、ゼップスから発進した時にも見えていた暗雲が立ちこめていた。

『――敵第二梯団、速度よりも攻撃力を重視した個体が混在しています。脅威度を表示に適用』

 夜空が赤と青の斑に染まった。青の空域にはレギオバイト、赤の空域には、威力に特化し歪んだエントロイド達。

「高脅威度の敵に接近する」

 宙を蹴るような加速で、スプライトエクスプレスは赤い空域に向かった。即座にレーザーや生体ミサイル、機銃掃射に火炎放射と多様な攻撃が眼前へぶちまけられてくる。だが弾は、オプティが表示する安全地帯へと機体を抉り込ませていった。

 寄り添い、火線を背後に押しやるような機動が白い翼を破壊力の源泉へと導いていく。背後から追跡してくるレギオバイトは、すでに通り過ぎていった威力に巻き込まれて停滞していた。

 弾達の眼前、半身をふいごのようにした魚じみたエントロイドが、長大なナパーム炎を吐き続けている。

『〈シングフィッシュ〉種です。ピラノイドが化石燃料の産出地を浸食した際に生産する生体飛行火炎放射器です』

「燃料袋か……!」

 瞬間、スプライトエクスプレスはチャージ光球を機首に据えると、炎の中へ飛び込んだ。灼熱の回廊を引き裂きながら突き進んだスプライトエクスプレスは、そのままナパームを満載したシングフィッシュに激突する。

 柳の枝のように、炸裂したシングフィッシュの生体燃料が燃え盛りながら飛び散る。直近のエントロイドが延焼を受ける中、全身から炎の尾を曳きながら飛び出したスプライトエクスプレスが、レーザーで空間を穿って飛び込む。

「もうちょい左。〈スパイクボール〉の群れの中に」

『自爆して生体ミサイル組織をまき散らす空中機雷型エントロイドです。至近距離では爆風に巻き込まれる恐れもありますが、生体ミサイルの誘導がかかる前に突破できます』

 一人と一機に導かれ、弾は機体を躍り込ませる。牽引役のエントロイドに曳かれた相手は、緑がかったウニのようだ。

『敵生体ミサイルの初期軌道線を表示』

 赤青の斑が消え、青白いラインが視界を多数横切っていく。スパイクボールらの棘――生体ミサイルが生えている向きだ。幾重にも角度の変化を付けて迫ってくるラインを、スプライトエクスプレスは螺旋を描くように抜けていく。そして機体の接近を察知し、一拍遅れてスパイクボール達は自爆していく。放たれる生体ミサイルが牽引エントロイドや別のスパイクボールを誘爆させていく中、スプライトエクスプレスは駆け巡った。なるべく敵を自爆に巻き込ませていくように。

 飛翔の後に爆風を引き連れる弾の機体に、横合いから追いついてくる機影があった。人型の機械にも見えるが、生体組織で全身に異なる兵器を癒着させている。

『〈バンディット〉。撃破された海兵機がエントロイドの有機組織で補修されたものです』

「アレス中尉達の仲間の機体だったってことか!」

 よく見ればバッカニアの面影があるそのエントロイドは、両腕に癒着させた機銃ポッドをスプライトエクスプレスに向けてくる。しかし白い翼は急側転でそれに詰め寄ると、そのまま脇を抜けて背後へ。背中合わせになり、振り向くバンディットの視線の先でホーミングレーザーの発射口が開く。

「海兵隊の人達が動かしていたなら、叩き斬られていた所だったがな」

 敵を十連に刺し貫き、スプライトエクスプレスはさらに加速する。スパイクボール群から離れたためか、追跡のレギオバイトが放たれた生体ミサイルと共に追いすがってきていた。

「敵、真後ろ!」

「改めて背後を取る。上がれ……!」

 大気圏内用エンジンを全開運転させながら、スプライトエクスプレスは上空へと弧を描いていく。高速のミサイルをループの外へ弾き出し、夜空の頂上で眼下の敵を見据え、降下へ。

 宙返りで背後に回られる形となった追跡のエントロイド達は、その場で向きを変え迎撃に移るレギオバイトと仲間に当たらぬよう離脱軌道を取っていく生体ミサイルとに分かれていた。ミサイル達は推進用の臓器が焼き切れ、もはや墜落していくしかない。そしてレギオバイト達は、火球や埋め込んだ武装でスプライトエクスプレスを迎え撃つ。

「オプティ、ロックオン次第撃ちまくれ!」

「もちろん」

 応じるスプライトエクスプレスも、機銃掃射と光の弧の連打で眼下を打ち据える。火球やレーザーが翼を擦過していき、時折強く引っかかって火花を上げるが、それは敵も同じだ。

 軌道が交錯して一呼吸。エントロイド群からは何体もの被弾個体が墜落していき、スプライトエクスプレスは被弾による加熱で飛行機雲を引きながら低空へと逃れていく。

『敵第一、第二梯団を損耗させました。これらを引き連れ、第三梯団の下を通過します』

「爆撃艇型……〈キラーツェッペリン〉の大群だよ」

 暗雲を引き連れ、夜空を埋め尽くすのは骨格を含んだ皮膜の中に浮遊ガスを詰め込んだエントロイドの空中要塞群。下面に砲台型エントロイドや、爆発性の卵胞や排泄物をまき散らすウェポンベイ個体、他のエントロイドを空中出産する格納型エントロイドを幾重にも寄生させている。

 さらに眼下では大地が途切れ、フィンランド方面へ至るバルト海が始まる。暗雲に雷光が閃くと、海中に潜む影が一瞬浮かび上がった。

『キラーツェッペリン自体は組織が細分化されている上、含んでいるガスも不活性なので攻撃しても効果が薄いですが、寄生エントロイドを倒せば無力化できます。下方からの攻撃が有効です』

「私がやるよ」

『そして海中にも多数のエントロイド反応。これは一気に突破しましょう。対岸まで到達すれば手出しできません』

「とは言え、無視はできないよな」

 底面スタビライザーで海面を一掻きすると、スプライトエクスプレスは水上バイクのように波を蹴立てながらほぼ海抜ゼロの高度を駆ける。その眼前へぼとぼとと降り注ぐのは、大気と反応し急速に加熱していくエントロイドの塑性爆薬だ。

「ばっちいよ」

 半眼のオプティがトリガーを引くと、スプライトエクスプレスのVLSがレーザーを吐き、塑性爆薬のみぞれを吹き飛ばして伸びる。直上から前進していく先の上空まで、キラーツェッペリンの下部に張り付く攻性エントロイドがロックオンされていた。

 オプティが拓いたルートへ、弾は低空に機体を滑らせていく。だがそこへ、避けられたキラーツェッペリン達に寄生する格納型エントロイドから小型航空エントロイドの編隊が投下され、四方八方から集まってくる。

「撃ち負ける……」

 ホーミングレーザーから伸びるスパークが小型エントロイドを破裂させていくが、集結していく敵に徐々に上空を埋め尽くされていった。レーザー本体によっても敵編隊が薙ぎ払われるが、その分上空からの投下物は増えていく。

「機体を振って爆撃の的を絞らせないようにしようか? 敵編隊も振り切れる」

「そうだね。っ……!」

『直下水中より浮上物!』

 スプライトエクスプレスが翼を傾けようとしたその瞬間、海中からプレッシャーが沸き上がってくる。滑走するような横移動の動きを急側転に転じてかわした機体の下からは、漆黒の潜水艦が浮上してきた。

 パネルラインに赤錆とも血痕ともつかない汚れを浮かべたその潜水艦は、甲板のVLSを即座に開放。そこからはミサイルではなく、血液と膿とで崩れきった肉塊とが吹き出し、砲台型エントロイドを形作る。痙攣しながらの掃射が、スプライトエクスプレスの頭上を弾幕で押さえた。

「くそ……、これじゃ動けねえな」

『沈めましょう』

 フォスの進言に、弾は頷くと同時にチャージ光球を溜め、砲撃プラットフォームとして海上に漂う潜水艦へと忍び寄る。

 光球が押しつけられ、潜水艦の外殻が焼き切られる。そして内部に充満したエントロイドの有機組織へ熱が伝播すると、艦上の砲台エントロイドが統制を失った。そのままスプライトエクスプレスが横合いから押し続けることで、潜水艦は横転し艦内に残る機器やクルーの遺体を海上へと放り出していった。

「出鼻を挫かれちまったが、行くぞ!」

 ゴボゴボと沈みゆく潜水艦を蹴ったかのように、スプライトエクスプレスは逆方向へと機体を滑らせた。海面上を蛇行し、さらに加速していく。爆撃を躱し、敵の追跡を振り切り、ホーミングレーザーを逆立てながらバルト海の中央へ向けて勢いを増す。

「上の風船共はどのぐらいまで展開しているんだ?」

『我々の進路上には、ほぼ均等に対岸までずっと』

「どんだけいるんだよ……」

『こうしたエントロイド側の布陣が対面する人類にとって不利な形になることは、ままあることです。我々の意図は、自然エントロピーと相反するものですから』

 舌打ちする弾の眼前で、爆発卵胞が海へ落ち水柱を上げる。翼で海面を引っ掻き、スプライトエクスプレスは急旋回でそれを躱して前へ出る。そこへ、それを躱した先へ、そのまた先へ、爆撃は続く。砲台が、編隊が、追い立ててくる。

 そして弾達の進路上で、水柱が壁のように連続して屹立する。爆撃の豪雨で前方を封鎖し、後続の敵とで押しつぶす陣容だ。

「そういう姑息な真似をするならあああ!」

 瞬間、弾が手脚の操縦装置を引き上げる。スプライトエクスプレスは仰け反るように機首を上げると、その両翼の下に備えたホバリング用の噴射口に点火し、進行方向を急反転。追跡するエントロイド達をオーバーシュートさせ爆撃の中に突っ込ませると、自身は上昇に転じた。

「遠間でちくちく攻めてきてるんじゃねえぞ!」

「巻き込み撃破数が最大になる高度を選定……ここ!」

 潜水艦撃沈から抱えてきたチャージ光を吸引し、スプライトエクスプレスのレーザーがキラーツェッペリン艦隊の底部を薙ぎ払った。広範囲で寄生したエントロイド群が焼き切られ、機首を振る動きで切り裂かれたキラーツェッペリンの中には墜落していくものもいる。

「安全地帯を稼いだ。前進する!」

『――! 警告! 大型エントロイド急速接近!』

 眼下で慌てたように海中のエントロイドが浮上しようとする中、加速するスプライトエクスプレスの中でフォスが警報を発する。数ブロック離れたキラーツェッペリン編隊の隙間から、羽ばたく影が降下してくるのが見えた。

「レギオバイト……じゃない! 大型ならあれはヒュージバイトか!」

『三個体、連続して接敵します!』

 顎を震わせながら、ヒュージバイトが飛来する。先頭の個体はスプライトエクスプレスの前に立ちはだかると、全身から火球を周囲へとばらまき始めた。眼下からは、海上に浮上したエントロイドによる対空砲火も始まっている中でだ。

 幾度となくくぐり抜けてきた火線。しかし今回のそれはどこか恣意的な――特にヒュージバイトの翼から発される射線を躱そうとすると、敵の正面に誘導されるような軌道を描いていた。掃射を浴びせる中、ヒュージバイトは顎の中に火球を溜め始める。

「発光スペクトル分析!」

『――拡散攻撃です。ダン、どちらかの翼に集中砲火を浴びせ、接近して下さい。攻撃に死角を作らねば――』

「間に合えっ……!」

 光を増していく火球に対し、スプライトエクスプレスは火線に機体を寄せるとヒュージバイトの左翼めがけて掃射とホーミングレーザーを浴びせた。弾幕を張るガラス状器官を損傷させると、手薄になった弾幕の中に飛び込んでいく。

 一瞬遅れて、前進したスプライトエクスプレスとすれ違うように飛んだ火球が、その緑の全身を破裂させ空間を放射状に埋め尽くす。その禍々しい逆光の中で、スプライトエクスプレスは姿勢を崩すヒュージバイトに接近していた。掃射を止め、光球を掲げている。

 突撃。掃射で削られていた表層甲殻が高エネルギーの塊に突き破られ、血の蒸気が吹き上がる。そのまま推力を上げようとするスプライトエクスプレスに、しかしヒュージバイトは両腕で機体を抱え込むように身を丸めた。

「このまま突き破れ……!?」

 滴る血が流れ映るキャノピーに、新たな表示が映った。もう一体のヒュージバイトが、こちらを抱きかかえる個体へと掴みかかり、スプライトエクスプレスごとホールドしているというものだ。さらにその後方に、火球を溜めている三体目のヒュージバイト。

「こいつともう一体を犠牲にするつもりか!」

 推力を全開にするスプライトエクスプレスだが、上下から肉塊にホールドされ、さらにその上から抱き留められ、生固い拘束を突破できない。高エネルギー警報が鳴り響き、

「――何を立ち止まっているんだ、お前は」

 瞬間、冷たい声が響く。

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