CREDIT7 彼らのエデン(後)
(承前)
"二〇〇七年 九月二五日 〇〇四二時"
バルト海上空
「――何を立ち止まっているんだ、お前は」
瞬間、冷たい声が響く。そして火球のヒュージバイトの周囲にさらなる高エネルギーが観測され、敵は撃ち抜かれたかふらりと墜落していった。
「さっさと振り切るんだ。その程度出来るだけの場数は踏んできただろう」
男の声に、オプティがはっと顔を上げている。弾は表情をこわばらせると、機体を揺すって光球をねじ込み、ホールドしてくるヒュージバイトをなんとか貫通した。
急反転からのレーザーで最後のヒュージバイトの頭部から背をかち割ると、頭上のキラーツェッペリン達の何体かが燻り、落ちていくのが見えた。そして編隊に空いた隙間から曲線軌道を描いて降下してくる機体が数機。
フォスの機体と同じ、スプライトエクスプレス達だった。さらに先頭を来るのは、翼下に増加スラスターを搭載した高敏捷型。あの正午と同じように、その機体は弾達に並んだ。
「――こちら平良。久しぶりだな。オプティとフォスも」
「……どうも」
通信ウインドウに映る平良の横顔は、鋭い顔立ちにしかめた表情を乗せたものだった。オプティがびくりと震え、フォスが沈黙する中、平良は嘆息し、弾はじっと相手を見据える。
「……まったく、うちの隊のメンバーと装備を持ちだして、随分大事にしてくれたものだ」
「平良大尉にはご迷惑をおかけしたと思います。済みません」
「ああ、ただでは済まんとも」
瞬間、平良のスプライトエクスプレスは高速側転で距離を取りながら、その機首に光球を溜め始めた。弾がはっと目を見張ると、平良は視線を外し、
「――お前は義勇軍の象徴的存在になってしまっている。戦うなら、最後までやり遂げてもらわなければ困るぞ」
諦めたように平良が言い、レーザーが前方へと飛ぶ。弾が薙ぎ払った範囲の縁が迫り、爆撃寄生体を残しているキラーツェッペリンが近付いていたのだ。
「援護するとも。……まあ、実際はここにいるエントロイド達を倒しておかなければ突入部隊にとっても危険だからなんだがな」
「平良大尉……」
弾が肩の力を抜くと、オプティも後席から身を乗り出す。ちらりと平良はその表情を窺い、
「オプティ。俺達にとってもこの数は多少骨が折れる。彼のフォローは任せたぞ」
「! 了解」
敬礼し、オプティは小さく跳んで後席に戻った。途端、平良に追随してきたスプライトエクスプレス達が後方から近付いてくる。
『オプティ! オプティ! 元気だった?』
『サポートとは言え大活躍じゃない!』
『その人とずっと一緒だったんでしょ? なんかイイコトとかあったんじゃないの~?』
簡易な音声通信から、少女達の声が響いてくる。オプティが鼻を鳴らすのに対し、弾は前方を見据えたままの平良のウインドウを見て、
「もしかして大尉の隊って、オプティみたいな生命兵器による隊なんですかね」
「この歳で任せられる飛行中隊など内情はこんなものさ。生命兵器にはオプティみたいな変わり者も多いしな。だが……」
一瞬平良は視線を背後、僚機達に向ける。そして、
「お前達!
鋭い指示と共に平良機が弾達の前方につくと、平良の部下達はすぐさまその左右に並び雁行編隊を組んだ。弾達を護衛する位置取りだ。
「様子見と議論ばかりが続いていたが、この局面に来てようやく俺達の出番だ。対エントロイド戦における単機最強戦力とも言われるこの全領域戦闘機スプライトエクスプレスの真の戦い方を、そこのビギナーに見せつけてやろう。無様な戦い方はするなよ、いいな!」
『了解!』
「タイラスコードロン、ブレイク!」
号令に、編隊の両端から機体がロールを打って展開していく。即座に急加速し、噴射炎の弧を曳いて敵へと切り込んでいくのが見えた。
「しっかりついてこいよ、矢頭弾」
平良もそう告げると、機体のスラスター群に点火し瞬間加速。鋭角的な軌道を描いて前方へと飛び出していった。上下左右の四方八方に飛び回り、エントロイドを片っ端から撃墜していくのが見える。
「あれが……本物の戦いっぷりってわけか。アレス中尉達からしてみれば、俺は随分と可愛らしいものだったろうな」
『謙遜することはありません。ダンにはダンにしか出来ない戦いがあります』
「ああ。……わかってるさ。そうじゃなきゃ、ここまで飛び続けられなかった」
フォスに促され、弾は機体を加速させた。平良達が切り拓いていく空は、いつしか暗視ビジョンの水平線に陸地を映しはじめ、そして瞬く間に海岸線を眼下に通過させていく。
フィンランドを経て、ロシアのコラ半島へ。目まぐるしく流れていく夜の地形を眼下に、弾達の前方で不規則に光が瞬く。時折すり抜けてくる敵を撃ち落とし、一息つくようにそばでバレルロールしては前へ飛び出していく僚機を見送り、砕けた街、山、森を抜け、機体はツンドラの荒野へ到達する。
『――〇一〇一時、目標到達。現在我々が居る空域が、コラ半島超深度掘削坑跡地の上空です』
敵を突き抜けてきて、たどり着いた空は寒々とした風が吹くばかりだった。そして廃墟と化した街を近くに置いたその荒野には、それ以上に朽ち果てた掘削施設跡がぽつんと墓標のようにそびえている。
「司令部が出した惑星核のエントロイド化までの予想時刻を六分過ぎている。どのタイミングでことが起こるかまったく予想がつかない。注意しろ」
スラスター群から放熱排気しつつ、平良のスプライトエクスプレスが旋回する弾達の横に並ぶ。
「地殻破断後の突入は、ここまでのような遊覧飛行のようにはいかない。地表全土から到達したピラノイドに育てられた超々巨大エントロイドの活動余波により雑多なエントロイド個体が地底から噴出してくるだろう……」
説明する平良の表情は、嫌味無く緊張していた。
「敵の密度は俺達がお前らのフォローをするのを許さないレベルに達する。今更オプティやフォスが操縦を代わったところで大した違いは無いだろう。……矢頭弾、ここからお前に求められるのはその生涯の最期故の捨て鉢さではなく、一人の戦士として戦い抜く覚悟だ。それがお前にはあるか?」
「あるよ。ね?」
真っ先に応じたのはオプティだった。弾が平良を見つめ返す間に、オプティは後席から弾に顔を寄せる。
「だから私はここにいるんだよ。弾が、生きている場所に」
「ありがとうオプティ」
弾は重たげに、マスクへの配管がまとわりついた体を動かして腕を上げ、オプティの頭を撫でる。そして決意を秘めていた視線を緩め、平良へ気軽に振り向き、
「平良大尉、俺は今生まれてから味わってきた全ての喜びも苦しみも、今ここにいる自分に繋がってきていることを感じています。そしてそんな自分の一生が、歴史に織り込まれていくことも。俺が生きていきたい未来が生まれようとしていることも」
注意深く睨み付けてくる平良に、弾は笑みすら交えて言った。
「今俺の人生は俺にとって最高に価値がある。それを、粗末に出来るわけないじゃないですか」
告げる弾に、平良は視線を向け続けるとやがて眉間に皺を寄せそれを指で押さえるように俯いた。
「詩人め……。こういうときは何を思っていようと『はい』と言っておけばいいんだ。俺はお前の独断に散々迷惑をかけられた立場の男だぞ。それを自分は満足だし人類のためになったからよかったなどと……腹立たしい」
平良はそう吐き捨てると、機体を旋回させ離れていく。そうしつつ、最後に付け加えた。
「結果で誇ってみせろ。お前にまつわるあらゆる損失が、価値ある投資だったと言われるようにな」
「はい」
露骨に言うことを聞きやがって――、そんなぼやきを残して平良機が遠ざかっていく。
そしてそのエンジン音に混じって、かすかな振動音が沸き上がってきていた。直下、大地から。暗夜の底では何も起きていないように見えるが、しかしすぐに地表物全てがピントがずれたようにぼやけて見え始める。
『地表に振動を計測。観測可能範囲全域でです。強くなっていきます』
視界に入る範囲のみならず、エデンⅣそのものが震えているはずだった。地表の情報に加え、警報音と共にエントロイドの強力な反応を示す表示も現れ始める。
そしてその瞬間、大地を亀裂が横切った。
地獄が開く。
二七一七年 九月二五日 〇一〇三時
エデンⅣ 衛星軌道
その瞬間を、エデンⅣを観測していた複数の駐留軍偵察機が記録していた。
どの位置の機体が計測しても直下となる位置――惑星核にて急速にエントロイド反応が増大し、高熱のマントルが持つエネルギーがそこへ収束していく。温度を失い脆くなったマントルは、惑星核内で急速に成長していくエントロイドの体積を吸収しきれず、その上に乗っている地殻ごと破断。地表に走った網の目のような亀裂は即座に計測され、少なくとも三つの『断面』がエデンⅣに生じていることが明らかになった。
そして亀裂からはマントルの余熱、地底に溜まっていたガス、高熱の地底に封じられていた水分とが大気圏の形を変える勢いで噴出し、土色の雲の壁を形成する。
だがそれもつかの間、次に起こるのは大地の底すら突き抜ける大亀裂への大気の流入だった。互いの重力で引かれ合うエデンⅣの『破片』だが、惑星核のエントロイドが発する圧により融合しようとする力と粉砕しようとする力が拮抗。亀裂は史上最大の谷間として維持され、そして莫大な量の大気が星を貫く勢いで谷底へ殺到していく。
軌道上からは、地中へと引きずり込まれていく大気の流れが地上のありとあらゆるものを砂嵐として吹き荒らす全容が見えていた。さながら、ミルクを垂らしてかき混ぜている最中のコーヒーのようだった。
そんな極大のカタストロフの中から、一つの光が上がる。惑星核まで続く大亀裂の発生予想地点であったコラ半島からの信号レーザーだ。そこに居る者達が突入を開始した証拠であり、続く者達への道標であった。
絶対西暦二七一七年九月二五日〇一〇五時、エデンⅣ駐留軍司令官ゾルバー=ファードラ大将は此度の事件の最終局面突入を宣言。人類文明圏に属する多くの者達が、砕け行くその星に注視した。
”二〇〇七年 九月二五日 〇一〇五時”
エデンⅣ ヨーロッパ・アフリカクラック
谷底めがけ吹き込む砂塵を突き抜けて、十数の機影が引き裂かれた大地の狭間に飛び込んでいた。瞬時に数キロ近くの間隙となった谷間は、スプライトエクスプレス達にとっても縦横に戦える広さの空間だった。
「我々の誘導に従い強襲攻撃機部隊が大気圏進入を開始している。進行ルートを確保するぞ!」
崩落する岩肌から離れスラスター群を再度開放した平良機が先行し、その部下達が垂直降下の中で編隊を組んだ。弾達もその編隊の後方に付き、そして前方――地底から向かってくる敵の反応をキャッチする。
『測定不能な数の〈レッサーバイト〉の反応を捕捉』
「レギオバイトの親戚か?」
「ん。ちょっとちっちゃい」
『はい。レギオバイトの発生直後の形態です。――しかし計測できるエントロピー汚染係数が非常に高い。超々巨大エントロイドから直接発生したいわば親衛個体ですね』
「強いのか」
『おそらく』
弾達が言葉を交わす間にも、敵影は近づき、平良隊が迎え撃つ構えを見せる。VLSナセルのハッチを開き、ホーミングレーザーが待機状態に入った。
「地形上攻撃態勢を取る機会は限られる。全武装を効率よく使え。すぐ攻撃隊が追いついてくるぞ」
部下達が返事をよこし、鉤爪のような弧がレッサーバイト群の上層を掻き抉った。しかし小柄なレッサーバイト達は、羽虫のような軽い動きで円弧軌道をかいくぐり上昇してくる。
『これは我々の武装状態の方が適任かもしれませんね』
「確かにな。――平良大尉、一旦任せて下さい!」
フォスの提案を受け、弾は機体を前に出した。平良が一瞬視線を向け無言で機体をずらして進路を譲ると、弾に促されオプティが敵をロックする。
「スパークのコントロールは出来ないけど……!」
断りを入れながら、オプティがロックしたホーミングレーザーが放たれる。僚機らのそれとは異なる赤いスパークを纏った薄緑の弧は、レッサーバイトの群に切り込むとそのスパークを広げ、敵を撃ち抜くのみならず沸騰爆発させた。
『うわっ、なにあの光』
『電流?』
『いや、エントロピー反応もあるし、なにか概念的な……』
「私語は慎め。……矢頭、オプティ、それは連発できるか? 可能なら攻撃に加われ」
「もちろん!」
編隊が散開し、弾達を中心に両翼を広げた横隊となる。光弾とホーミングレーザーを降り注がせ、沸き上がるレッサーバイトを上から抑えこんでいった。
弾達の武装も働きを見せ敵の上昇は抑制されたが、さりとて平良隊がそのままの速度で突入できる敵の密度でもなかった。谷間の中で各機は垂直降下から機体を引き起こし、旋回し、斜行陣や縦隊を切り替えつつ、木の葉のように編隊ごとゆっくりと舞い降りながら攻撃を続けていく。
『測定続報:射程内敵個体数・一〇万超』
平良機のAIが告げた。僚機として情報を受け取ったか、フォスが唸るようなノイズを上げる。
『殲滅突破は困難な規模では』
『
「わかっているぞ、アン、フォス」
AI達に応じながら、通信ウインドウ越しの平良は各種情報に目を光らせているようだった。
「予想より敵が多いのは事実だな。攻撃隊に先行してのエントロイド排除は断念し、直接攻撃隊を護衛して突破する必要がある。各機、ホーミングレーザー攻撃を続行しつつレーザーをチャージしろ。チャージスフィアを利用した衝角戦になる」
『うえー!』
『怖いなー』
『衝突一回ごとに危険手当か~』
平良隊の生命兵器の少女達がぼやく。その様子に、弾は遠い目をした。
「そんな反応をされるような戦法だったのか……」
『パイロットの心理的抵抗を無視すれば効果的な攻撃法というのが定説です』
「無視されていたのか……」
『ここまでずっと極限状況でしたので』
「攻撃隊との合流まで攻撃を続行せよ」
釘を刺すように平良に告げられ、弾は遠い目のまま、フォスはぴたりと黙って飛行を続けた。無造作にコンソールを叩いてホーミングレーザーの攻撃を続けるオプティは、そんな一人と一機を無表情ながらに楽しげに見ていた。
そこへ、この谷間への突入時に突き抜けてきた粉塵が進攻速度の低下で追いついてきた。重い粒子を含んだ大気が流れ込む風鳴りが響く中、その奥から高音の連なりが聞こえてくる。
「来るぞ。攻撃隊のムラクモ編隊だ」
平良が顔を上げるのに合わせて、弾も頭上を見た。砂塵から姿を現すのは、機首下からさらに前方に槍のような装備を伸ばした異形の機体達。前進翼の裏表に二発、計八発の大型ミサイルを抱えているのが見える。
『スペルソード・ムラクモ。惑星アルカディアⅢの企業による戦闘攻撃機です、ダン。エデンⅣ義勇軍にも提供された機体――』
フォスが解説する最中、降下してくるスペルソード・ムラクモ達の前方で断崖が爆ぜた。複数箇所から、オケラのような腕部を備えた甲殻エントロイドが飛び出し、攻撃隊の進路に飛び散って妨害しようとしているのだ。
「ぶつかるぞ! チャージ光球も展開してない……!」
『いえ、大丈夫です。スペルソード・ムラクモの装備なら』
瞬間、攻撃隊最前の数機が甲殻エントロイドに達すると、その槍のような先端に触れた相手が瞬時に掻き消える。砂塵の中から聞こえてきたあの甲高い響きが一際強く鳴り、しかし機体はそのまま突き抜けた。
『スペルソード・ムラクモは負の質量を持ったエキゾチック物質をあのトラクター・コーンの先端に発生させ、それに引かれるように飛ぶネガ・オブジェクト・エンジンを搭載しています。そして負の質量を持った物質は通常物質と接触すると相殺するので、あのように攻撃手段に用いることも出来るのです』
「負の――マイナスの質量と来たか」
『超光速飛行にも対応し、さらに機体を引っ張るトラクター式の推進力を生み出すので攻撃目標への精密誘導が可能です』
「最新技術だよね」
他人事のようにオプティは言う。そして突破してくるスペルソード・ムラクモを確認した平良が、号令を上げた。
「全機、チャージスフィアを維持しながら敵群へ降下突入! ムラクモ隊の突入口を穿て!」
ホーミングレーザーによる攻撃の陣形から、端の機体から順にロールを打ってスプライトエクスプレスは降下していく。先頭機の軌道を後続機が螺旋を描いて追うと、ドリルで掘るようにレッサーバイトの集団に空間が打ち込まれ、そしてそこへスペルソード・ムラクモが複数の縦隊で突っ込んだ。
下からの迎撃より、周囲からの圧殺へとレッサーバイトらの戦術は変化する。螺旋軌道のスプライトエクスプレス達がホーミングレーザーでそれを迎撃すると、攻撃隊の一隊が先頭を行くスプライトエクスプレスへと追いついていく。
「先行ご苦労さん! こちらは超々巨大エントロイド攻撃隊、ヨーロッパクラック突入部隊指揮官……エデンⅣ義勇軍、六角悟だ! 先頭を交代するぜ。こっちの機体の方が正面への突破力は上だ」
名乗りを上げ、さらに後続する機体と共にスペルソード・ムラクモ数機が展開する。彼らが機銃の連射で前方を切り開き始めると、先頭を担当していたスプライトエクスプレスは周囲攻撃担当の螺旋軌道へと加わっていった。
そしてその螺旋軌道の一筋である、弾達が声を上げる。
「六角さん!」
「おぉう弾! お前無茶苦茶頑張ってるなあ! 俺達は感動したぜ! みんないるぞ!」
六角機から、さらに続く数機から通信ウインドウが開く。そこに映るのは、弾のアルバイト先だったホビーベース・ヘキサのスタッフ達だった。
「矢頭君! よくもまあここまで戦い抜いて……!」
「私達はお客さんと一緒に店に籠城してて、助けられたんですよー」
「お前のニュースを見て志願したんだぜ! こういう機会があれば、俺達がすることはこういうことだよなあ!」
好き勝手に、しかし嬉しそうに彼らは声を上げた。螺旋軌道の弾がマスクの下で顔をほころばせると、展開したスペルソード・ムラクモの一機が機体を揺すった。そばにもう一機を侍らせた機体だ。
「あー、あー。どーも、こちらは小菅です。矢頭君、ヘキサの仲間以外にも、ご指名のお客さんが一人いるよ」
「小菅さん! ええ……ええ、そうでしょう」
弾は知っている。黙りこくるもう一機のパイロットは、確かにヘキサの仲間ではない。あの時、自分と共にいた者。別れ、追いつくと誓ってくれた人物だ。
「剣持!」
「うん……! 矢頭君!」
最後に開いた通信ウインドウの中で、剣持がなにか堪えきれないような笑顔を浮かべている。かつてのあの憔悴しきったような表情ではない。生命力に満ちた、あの学び舎にいた頃のような表情だ。
「見て、矢頭君! みんな私と同じ! 矢頭君を見て、立ち上がってくれた人達だよ!」
操縦席で腕を振り上げ、剣持は後続するスペルソード・ムラクモの編隊を示す。垂直尾翼に障壁をぶち破る拳を戯画化したマークが記された機体が、エデンⅣ義勇軍の所属機だ。螺旋軌道の弾機がその周囲を巡ると、透明風防越しに老若男女、様々な人種の人々がパイロットとして機体に乗り込んでいるのが見える。
「なんだかすごいSFな機械を頭に付けて操縦方法を覚えて、宇宙の人達に送ってもらったこの機体で今まで皆訓練してきたんだよ! 矢頭君と同じ、この星に帰るにしても、去るにしても、自分達で出した結果に従いたいって……!」
興奮気味な剣持に、弾は穏やかな笑みを浮かべる。その様子に、平良は嘆息を一つ。
「そこのヒーロー。なにか声をかけてやれ。士気に関わる。――手短にな」
「はい。――と」
頷いた弾だが、不意に眉をひそめる。そして俯いて片手で顔に付けたマスクを外すと、鼻腔から赤い色が滴った。
「こーふん?」
「この状況でかよ。多分違うぜコレは」
『汚染の進行で身体組織の維持に破綻が生じつつあるのかもしれません。――エントロイド化の兆候です』
弾は無言で鼻を拭い、顔を上げる。
「剣持、俺がいなくなった後どころか、今に追いついてきてくれてありがとう。勝ちに……生きに行こう」
「うん!」
力強く頷く剣持に頷き返し、弾は六角らへ視線を向けた。
「ヘキサの皆さん。いつも楽しく仕事するだけじゃなく、ここまで駆けつけてきてくれて本当に嬉しいです。――一緒にする最後の仕事になるかと思いますが、やはり楽しく行きましょう」
「おお、うちの店始まって以来の繁忙期だ! この満員御礼を乗り越えてやろうぜ!」
代表して六角が応じ、拳を振り上げる。そして弾は義勇軍を見上げ、
「自分達の生きる場所を、自分達の力で作り上げたい。当たり前なのに難しくされているそのことを、想っている人々が、あなた方だと思います」
異形の影に囲まれ、砕けていく大地の狭間で弾は言う。
「俺も同じ想いです。そして、この想いを抱えている人々がこんなにいる……。この星がボロボロになった今でも、このことはこの星そのものの価値を支えていると思います」
語る弾の背後、オプティがコンソールでフォスに指示を飛ばした。フォスは視覚センサーに映るスペルソード・ムラクモ達の義勇軍マークを読み取り、主翼の素子塗料に同じマークを浮かび上がらせる。
「俺達こそ、この星の人間達です。大地がどれだけ砕かれていようと、今ここにこそ俺達の世界があります。勝ちに行きましょう。相手が世界のルールであっても、俺達は意志を通すことが出来るはずです」
弾の宣言に、歓声ではなく、静かな頷きで誰もが同意した。「然り」と、あらゆる人間達の間でも、共通のことであると。
「…………。よし、そろそろ周りを飛び回っているレッサーバイトが成長の第一段階を終える。火球攻撃が始まるぞ、注意しろ」
何かを感じ取っていた様子を振り払い、平良が告げた。今や沸き上がることをやめて弾達を追うレッサーバイト群は、確かに徐々にその体色をくすんだ色に変化させつつある。
視界の端で、一瞬光が走った。直後、様々な角度で、同じレッサーバイト同士で互いに巻き込みあいながら、火球がこちらに向けて放たれ始める。
『タイラスコードロン各機は火球のインターセプトを開始します!』
『エデンⅣ義勇軍各機は速度を緩めずそのまま突破して下さい!』
平良の部下達が叫び、飛来する火球を各機のチャージスフィアで打ち消す。螺旋軌道にわずかに乱れを生じさせつつも、一団は地底への加速を止めない。だが迎撃のホーミングレーザーを抜け、ついにレッサーバイトの一体が平良隊のスプライトエクスプレスに到達する。
『ああっ、このお!』
機体を揺すり、さらに敵が抱え込んだ武装ナセルからのホーミングレーザー接触射撃でレッサーバイトは吹き飛ぶ、だが首から上が、食らいつく顎ごと機体に食い込んで残っていた。
『こちらビット! 平良大尉、エントロイドに食らいつかれました! 右機関砲停止! 速度低下――!』
「持ちこたえろビット。まだ地殻層すら抜けてないんだ。……マントル層まで到達した時点で離脱を許可する」
指示を飛ばしながら、平良の機体が螺旋軌道から外れた。スラスター群に点火し、高敏捷機動へ突入する構えを見せる。
「俺が周囲を遊撃するからお前達は義勇軍を守れ。……矢頭! お前はどうだ? この敵群に飛び込めるか?」
不意の呼びかけに、弾は周囲を見た。好き勝手に飛び回る多数のレッサーバイト。浴びせかけられる火球を平良隊の生命兵器達が死に物狂いでインターセプトしている。
これまでに無い敵の途方もない数。是非を問われても弾にはわからない。だが負けるものかと、倒さなければならないという想いだけは立ち上がった。
「――やります!」
「よし、かかれ!」
飛び出していく平良機と同様に、弾達も螺旋軌道から外へと加速した。チャージスフィアで数体を轢殺すると、レーザーを開放。集団の前方にわだかまっている敵群を剪定し、突破口を確保する。
だがチャージスフィアを失った機体へと、今こそレッサーバイトは殺到してくる。数体が翼に爪をかけ、昆虫のような顎を開いて吠え立ててくるが、
「弾、回して」
『派手に行きましょう』
オプティとフォスの言葉に、弾は機体を振り回した。ロールを打って敵を振り切ったスプライトエクスプレスは、機体にかかった負荷を血飛沫エフェクトとして放出。飛沫を浴びたレッサーバイト達が怯んだところへ、オプティが制御するホーミングレーザーが抉り込むように駆け抜けていった。
前方進路を機銃掃射で確保し、爪を立てるように弧を曳いてスプライトエクスプレスは義勇軍の周辺を巡る。見上げると、さらにその外側を角張った軌道で平良の機体が駆け巡っている。
「おおおおお……!」
レーザーを継続的に放射しながら、平良はスラスター群自体を傾けて機体をドリフトさせていた。そうして射撃で敵群を掻き乱しながら、自機の進路はホーミングレーザーで確保し続けている。そしてレーザーの放射が止まると、即座に機体を進路へ向け機銃掃射で前方空間を確保し、そこへ飛び込みながらチャージスフィアを展開。
「前方にマントル層! 高熱で敵を一気に振り切ることができるはずだ!」
平良が言うとおり、前方の闇の中に橙色の光が見える。視界を端から端まで横切るそれは、エントロイドに熱量を奪われ半ば凝固したマントル層であった。沸き上がる陽炎の中に編隊が突入すると、レッサーバイト達は煽られるようにやや出遅れた。
操縦席の環境隔離シェルごしにも熱気を感じるような、煮えたぎった地層が迫る。岩盤の間に粘つくマグマを網の目のように走らせた空間に突入すると、レッサーバイト達が後方で踏みとどまる。平良の部下に襲いかかり離脱し損なったレッサーバイトは、悲鳴のような咆哮を上げながら全身を焦がしてバラバラになって行った。
「よし、奴らがレギオバイトまで成長するまでは追いついては来られまい。一気に距離を稼ぎ……」
「岸壁から振動を検知したぜ、駐留軍の大尉殿!」
叫んだのは六角だった。おそらく同じものを検知しているであろう剣持も続く。
「マントルの中を何かが移動してる……!」
瞬間、マグマと岩塊をまき散らしながら、一つ目の巨大な蛇のような影が集団の前方に飛び出した。蛇行させた長大な体で大気と熱波を受け、さらに尾を岸壁に引きずることで落下速度を制御し、それは一団と併走落下しながらとぐろを巻く。
「大型エントロイド、ミズガルドシュランゲだ……!」
平良が歯噛みをすると、エントロイド――ミズガルドシュランゲはその体節ごとに寄生させた砲台エントロイドから火球の対空砲火を放ち始めた。
”二〇〇七年 九月二五日 〇一一一時”
ヨーロッパ・アフリカクラック マントル上層
迫り来る火球を、剣持は機体をバレルロールさせて躱した。推進力に引かれる仕様のスペルソード・ムラクモの機動は流水のように淀みない。
「テトラ! 敵の情報は!?」
剣持がスペルソード・ムラクモのAIに呼びかけると、すぐさま情報が返ってくる。参戦までの訓練で何度も繰り返したやりとりだ。
『ミズガルドシュランゲ・タイプ――。全長五〇〇メートル、重量三〇万トンを基本サイズとする大型攻性種。地中、水中での活動を主とし、高圧環境下に適した強固な外殻を持つ』
説明文を読み上げながら、AIテトラは何か残念系のSEを鳴らした。強敵である、という表現であろう。そういう個性のAIだ。
「強力なエントロイドだそうです! 私達のミサイルを使いますか!?」
「それは最後の手段だ。俺と矢頭でやってみよう。出来るな!?」
「はい!」
剣持の視線の先で、二機のスプライトエクスプレスがミズガルドシュランゲへと挑みかかっていく。その背に、剣持は叫んだ。
「加勢します!」
操縦席両脇にある光学機関砲を連射しながら、剣持のムラクモも二機からやや離れて追随する。ミズガルドシュランゲがムラクモを見上げて吠えると、剣持は機体を側転させてその前方から退避する。
「手数が足りないのは事実だが……! 攻撃隊はなるべく自機を危険に晒すな! タイラスコードロンは続け!」
剣持の射撃で注意を逸らしたミズガルドシュランゲへ、弾を含めたスプライトエクスプレス隊の攻撃が連続する。さらに六角らスペルソード・ムラクモの機関砲掃射も降り注ぎ、ミズガルドシュランゲは対空砲火を上げる巨体をS字に折り曲げて歯を食いしばった。
瞬間、その尾が一際強く岸壁に叩き付けられる。降下速度を減じたミズガルドシュランゲは、その場に留まることでスプライトエクスプレス隊を蹴散らして後続の義勇軍へ迫った。
「しまったっ……。義勇軍!」
「剣持! 六角さん!」
生命兵器達の機体が衝突で吹っ飛ぶ中、弾と平良が叫ぶ。眼前に迫る敵を見て、剣持は六角へ呼びかけた。
「六角さん、ネガ・オブジェクトを使いましょう!」
「だな! 全機、エンジン全開!」
瞬間、スペルソード・ムラクモ全機が甲高い音を立てた。そのノーズコーン先端めがけスパークが走り、黒い球体が生成されていく。
「連結解除! 回避行動だ!」
号令に応じ、各機はサブ動力であるスラスターに点火して側転し、ミズガルドシュランゲの軌道上から退避した。暗黒の球体だけが慣性速度に乗ってその場に残され、浮上する巨体に巻き込まれていく。
正の質量物質と相殺し合うムラクモのネガ・オブジェクトは、ミズガルドシュランゲの全身とも反応した。全身を虫食いじみて穿たれたミズガルドシュランゲは、震えながら一団の上方で岸壁から離れる。
「効いた! すげえな剣持!」
「飛んでいくような武器じゃないからあんまり使えないけどね! でも義勇軍を分散できたから、あいつ一体では私達を攻めにくくなったはず!」
剣持が見上げる先、食い荒らされたミズガルドシュランゲは上下左右に展開する顎を開き、痛ましい咆哮を上げた。そしてその口内には、なにか光球が生じている。
「! 回避――!」
咄嗟に声を上げ、剣持は機体をバレルロールさせる。機体間隔を開いた義勇軍は余裕を持って回避機動を展開するが、ミズガルドシュランゲがそこへ放ったのはスプライトエクスプレスのもののような鋭いレーザーだった。身悶えによって振り回される光条は、岸壁を切り裂きながら谷間を駆け巡る。
義勇軍機や平良隊の機体達の数機が、振り回される攻撃力に追いつかれていた。光に触れた翼端が瞬時に切断され、衝撃で吹き飛んで岸壁を削りながら滑走する機が連続する。切断面から周囲の高熱が侵入し、小規模な爆発を起こす機体もあった。
だがそれぞれに体勢を立て直し、部隊は疾走を続ける。レーザーを吐ききったミズガルドシュランゲは、ただ落下するだけの身では置いて行かれるだけだ。
「大尉殿! 実際の所あいつは振り切れるのか?」
「スペック上は可能だが、エントロイド戦はそう上手くいくものではない。……それ見たことか!」
六角に問われた平良が、前方を見据えて唸る。徐々に地熱の残りが濃くなっていく前方では、まだマグマの性質を保っているマントル質が断崖の間に幾重も糸を引き、空間をあらゆる角度で断ち割っていた。
「柔らかく見えるがあれは高比重の岩石質や金属だ! なるべく接触するな! 特に損傷機!」
攻撃からの安全地帯を予測するシステムが起動し、各機を通過可能なルートへ誘導する。時にはチャージスフィアやネガ・オブジェクトで溶岩の飛沫を散らして突破していく無数の機影に対し、追うミズガルドシュランゲはそのまま粘りと高熱が張り巡らされた空間を強行突破してくる。
『このままでは追いつかれます!』
回避行動で乱れていく陣形の後方に位置する、平良隊の生命兵器が叫んだ。そしてそのそばで、レーザーを主翼に受けたスペルソード・ムラクモを駆るアフリカ系男性が声を上げる。
「私の機体はミサイルのパイロンにもダメージを受けました。このまま核までミサイルを保持し続けられるかわかりません――。ここで攻撃を!」
「……よし。他にも、同様の状況の機体はいないか!?」
攻撃隊長の六角が問うと、数機が名乗り出た。そして各機は軌道を反転させ、ミズガルドシュランゲへと向き直る。
数発のミサイルが放たれ、顔面に溶岩を引っかけたミズガルドシュランゲを迎え撃つ。
ムラクモ各機に搭載されたミサイルは、命中時に敵の体表を微量ながら反物質化させ、高エネルギーに変換させる反応弾頭だ。命中の寸前で降着アンカーと弾頭の反応部を展開したミサイルは、そのままミズガルドシュランゲの頭部に突き立つ。
青白い、高エネルギー量の物理反応が起こす大爆発がミズガルドシュランゲの頭部を覆い尽くした。本来なら超々大型エントロイド用の弾頭だ。爆風越しに見える尾が痙攣し、岸壁を引っ掻くのが見える。
「よし、効いている。――!?」
平良がそれらを見渡した途端、爆風を貫いてミズガルドシュランゲの頭部が降ってくる。装甲のような皮膚が砕けて筋繊維を剥き出しにした状態でそれは吠え、攻撃態勢から離脱しようとしていたスペルソード・ムラクモの一機にかぶりついた。悲鳴が上がる間もなく、歯の間から爆発が漏れる。
「まだまだ元気か! 追撃を――」
一機が失われ、平良は歯噛みしながら反撃の糸口を探す。すると、いつの間にかミズガルドシュランゲの後方に回り込んでいた二機の機体を発見する。
「……あの二人か!」
そこに並んでいたのは、弾のスプライトエクスプレスと剣持のスペルソード・ムラクモだ。
「矢頭君――」
溶岩地帯への突入時に、溶岩垂れの陰に潜みながら密かに減速していた弾達に気付き、剣持もそれに倣っていた。今、ミズガルドシュランゲが突き抜けていった空間は攻撃機動に充分なスペースとなっている。
「剣持! 着いてこられるか!?」
「大丈夫。追いついて――並んだんだから!」
剣持の咆哮に、弾は頷きスプライトエクスプレスを加速させた。チャージスフィアを展開しホーミングレーザーを乱射する機体に、剣持もネガ・オブジェクトを展開しながら追随する。
ミズガルドシュランゲ本体よりも先に、全身の寄生体エントロイドからの火球攻撃が二機を迎え撃つ。だがそれぞれの防御を掲げた機体は、火球を掻き消し弾きながら巨体の尾へと迫った。そして体表の寄生体をカンナにかけてそぎ落とすように、まずスプライトエクスプレスが光球を押しつけて行く。剣持も歯を食いしばり、
「テトラ! 敵の運動予測を表示して!」
AIは敵の巨体に相応しい重低音のSEと共に、半透過のシルエットをキャノピーへ映し出した。さらに進むべき進路も線で示され。
「行けっ! ムラクモ!」
ノーズコーン先端にわだかまった黒球が、甲高い音を立ててミズガルドシュランゲの体表を掻き抉った。皮膚ごと寄生体を削られた相手は反射と、回避と、怒りとで全身を振り回す。だが剣持はそれを抑えこむように、誘導線へ機体を乗せ続けた。
抉った直後から吹き出す血飛沫がキャノピーの外を流れ、地底空間の高熱で乾いて散っていく。その濁流の向こうで、先行するスプライトエクスプレスが敵を切り抜け、機首を上げながら主翼を大気に叩き付けてブレーキングしているのが見えた。
「テトラっ! 一気に突き抜けて!」
瞬間、ミズガルドシュランゲに沿って軌跡を描いてきた機動に最後の一画を記すような力強い加速を入れ、スペルソード・ムラクモは前方へ飛び出した。一際強く、喉元を抉られたミズガルドシュランゲは口内に収束させようとしていたエネルギーを漏出させ、咳き込むように身をよじる。
「剣持、そのまま真っ直ぐだ!」
蒸気の尾を曳くスプライトエクスプレスが、機体を反転させてレーザーを放つ態勢に入っている。一直線に行くスペルソード・ムラクモはその軌道をかすめるように飛んだ。真っ直ぐに伸びたレーザーはのたうつ巨体と幾度となく接触し、二筋に抉られた身を苛んでいく。
「矢頭君! 離脱を!」
すれ違う直前で、剣持は弾に呼びかけた。そして機体を急ブレーキング。成長しきった暗黒球体を空間に設置し、通常動力でバレルロールを打って横合いに飛び出していく。反転していた弾達は、レの字のようにミズガルドシュランゲとすれ違う方向へ飛んだ。
周囲の大気とすら激しく反応するネガ・オブジェクトへ、ミズガルドシュランゲは身を折って激突した。直撃地点はその頭蓋。甲高い掘削音と共に球体がめり込むと、丸まっていた長大な全身が瞬時に仰け反った。ネガ・オブジェクトはその動きで顎までを貫通し消えていき、そしてミズガルドシュランゲは全身から血流を漂わせながら、力なく落下へと転じていく。
「あそこまでやればさすがに、か。よくやってくれた、二人とも」
「息ぴったりだな! 弾、もしかして彼女なんじゃねーの?」
溶岩を巻き込んで落ちていくミズガルドシュランゲの後方で、編隊が再編成されていく。平良や六角がそれぞれに評価を口にすると、弾は困った風に笑顔を浮かべながら鼻血を拭った。
「私は矢頭君を目指してここまで来ましたから。息が合うのは当然ですよ」
剣持は自慢げに言う。あの日、これまで生きてきた世界全てを否定された時、自分の知る矢頭弾という人間のまま、この世界に飛び込んでいった彼。自分達の世界と今が地続きであることを示す道を刻んでくれたのが、剣持にとっての弾であった。
「矢頭君がつけてくれた道が、私達の入り口でした。次は、私達が支える番なんです」
「おー」
照れ混じりに剣持は強がる。すると、弾の背後でオプティが通信ウインドウ越しに小さく拍手を打っていた。被害を受けながらも、一団は一息を吐き士気を上げつつあった。
そこへ、剣持機のAIテトラが警報音を鳴らす。フォスも同様の警報と共に、
『直下より高強度のエントロイド物理波動の接近を検知! 超々巨大エントロイドの何らかの活動によるものです!』
直後、眼下で落下していくミズガルドシュランゲの遺骸が一瞬停滞した。真下からの圧を受けたような挙動の直後、その衝撃が剣持達にまで到達する。
環境隔離シェル越しにすら聞こえる咆哮がその圧の正体であった。重低音による莫大な振動で各機は揺さぶられ、さらに通過していく圧の中で各機から気泡のような物が吹き上がった。
『強力なエントロピー汚染が空間に広がり、機体の抗エントロピー処理に負荷をかけています。通常物質であれば強制風化されてしまうレベルの汚染です!』
「断崖が!」
フォスの報告の最中、弾が叫ぶ。降下軌道の左右とも上下ともつかない方向に見えていた二つの断崖がその距離を開けていくのだ。断崖は砕けたエデンⅣの各ピースの側面なのだから、
「すでに標的のエントロイドは惑星を破壊して外部へ離脱しようとしているのか? ならばもはや猶予は……」
平良が呟き、機体を編隊の最前列へ位置させる。その背後には攻撃隊長の六角がつき、そして気付く。
「おい、あの死体なんかおかしいぞ!」
圧を抜け、ズタズタに引き裂かれながら溶岩を巻き込んで落ちていくミズガルドシュランゲ。高熱高圧高エントロピー汚染の空間に晒され、その全身は吹き千切れていくようであった。だがよく見れば、めくれ上がり剥がれていく身体組織が、それぞれ生命体様の動きを見せ始めている。
死せる龍の全身から、数多のレギオバイトが発生しつつあった。それもこの特異な空間で発生したためか、全身に分厚い甲殻をまとった耐久仕様のようだ。
「もう奴は盾にはならん。敵を撃破して加速するしかない! 行くぞ!」
平良の指示に、生命兵器が駆るスプライトエクスプレスが編隊前方に展開し攻撃を開始する。だがサイクロンレーザー以外の武装はその外殻を瞬時には打ち抜けず、頼みのレーザーの威力も貫通力は発揮すれど、全身に波及している様子はない。
『体組織も従来より高耐久のようです。さしずめ〈インフェルノバイト〉とでも言ったところですか』
「名前がありゃあ悪態もつきやすいな、フォス!」
歯を食いしばりながら、弾は掃射を続ける。だがミズガルドシュランゲから生じた敵集団は勢力を維持し続け、やむなく編隊は回避のために直下への軌道から角度を取る。
当然、インフェルノバイト達は追跡してきた。さらに攻撃隊後方をまとめていた小菅機が、後方から接近する反応を拾う。
「あーこちら小菅。後方――上空からもエントロイド反応! 今そこにいるエントロイド達に似た反応です」
「マントル突入時に振り切ったレッサーバイトだろ。この高熱に突入するために、こいつらと同じような成長をしたんだ」
六角の推論に、平良が頷く。忌々しげに平良は頭上を見上げ、そして気付いた。
「……俺達を追ってきた、という体ではないように見えるな」
溶岩の赤熱に照らされて舞い降りてくる成長したレッサーバイト達は、頭上に首を巡らせて火球を放ちながら降下してきているようだった。そして火球は彼らの直上で、なにか巨大な物体に激突して弾け飛んでいる。
「高質量体が敵の後方に……? 艦船クラス、これは――」
「ホ――――!」
瞬間、奇声と共に頭上のインフェルノバイトが何かに激突され、溶岩垂れへと軌道修正され叩き付けられていく。衝撃に晒されて硬直した五体を切り裂き、両手に刀剣を携えた人型の影が飛び出した。
「海兵隊ゼップス戦隊参上! アレスプラトーン一番乗り――――!」
「イエフー!」
「ヒョ――――!」
「うひょひょひょひょひょひょ!」
思い思いの得物を手に、インフェルノバイトを無理矢理叩き斬りながら降下してくるのは海兵機バッカニアの部隊であった。さらにその後方からインフェルノバイトを轢殺しながら落下してくるのは、ゴモラ級降下艦ゼップスの装甲船底だ。
「イエーイどうしたアスカ! まだこんなとこにいたのか? 追いついちまったじゃねえかよお!」
「アレスだと!? なぜゼップス隊がここに!」
宙を泳いで平良の機体に並んだアレスのバッカニアは、カトラスの切っ先でゼップスを示した。
「降下突入作戦に海兵隊が参加しないでどーすんだよ。それに、特別ゲストも連れてきたんだぜ!?」
ゼップスは突入速度で編隊を追い越しつつ、そのハッチから所属部隊のカマイタチやクラップバードを発進させている。するとその中に、四機ほどスペルソード・ムラクモが混ざっていた。同時にゼップス艦橋から司令であるゲイブが、六角へと通信を飛ばしてくる。
「あー、あー。攻撃隊隊長へ、こちらは海兵隊ゼップス戦隊司令ゲイブ=ハッチネン。貴隊への追加人員を連れてきている。戦列に加えてくれ」
続けて通信ウインドウを開くのは発進したムラクモ四機だ。全機が東洋系のパイロットを映している。
「こちら、海上自衛隊護衛艦かつらぎより選抜の四名です。麾下に加わります」
「かつらぎ!? 東京で一緒に戦った――」
ゼップスが先行していく中、弾が四機のスペルソード・ムラクモへ機体を寄せる。その様子を、アレスのバッカニアは平良の隣で見上げていた。
”二〇〇七年 九月二五日 〇一二三時”
ヨーロッパ・アフリカクラック マントル中層
「矢頭君か! 我々はかつらぎのヘリ部隊から選抜されたメンバーだ。かつらぎが守備についたエリアはエントロイドの勢力が退いたことで健在だ! 君もまだ戦っているだろうと、駐留軍の誘いを受け我々も駆けつけた。ここには、他にも我々の星の人々もいるんだな?」
「はい! 皆さんと同じく、諦めなかった人達です!」
言葉を交わす弾達を見上げ、アレスは小さく嘆息する。
アレスからしてみれば、生命兵器と機載AIを手なずけ無茶な戦いをする弾は面白い存在ではあった。面白おかしくをモットーとする海兵隊ゼップス戦隊としても、単に道すがら関わる分にはエキサイティングな事柄を巻き起してくれる相手だった。
だが今、彼は自身が影響を及ぼした人々を引き連れ、この極限状況の最前線を飛行している。自分達すらその一部だ。正直アレスとしても、ここまで深入りすることになるとは出会った当初から東京での戦い辺りまでは思っていなかった……そんな詩的な回想に思わず鼻で笑い、
「どうよアスカ。奴は。なんかこう――引っ張られる感じがしないか?」
「引っ張られる?」
「俺達が受け身になるところで、奴は状況に飛び込んで主導権を握っていこうとする。自分を通そうとするから、そこに道が出来て人を引き連れていく――。そんな構図が奴の周りにはあるような気がするんだよなあ」
語るアレスに、平良は怪訝そうな表情を向ける。鼻を鳴らして前方へ視線を戻し、
「カリスマとでも言うつもりか。単に我が強いから、発展途上のエデンⅣ人に頼られているだけだろう」
「その我の強さが一際だってのよ。リーダー向きだとは俺も思わねえよ。ただ、人間自分勝手をあそこまで突き通せるってわかるとよ、俺もやりてえって思って、気付いたらそれぞれのままあいつと同じ道を走ってる。ここにいる奴らは、そんな感じだと思うぜ?」
「――あの義勇軍は、エデンⅣ解放のためではなく自己実現のために行動して、結果として戦っているというのか?」
はっと、平良はアレスを見た。驚いたようなその表情に、アレスは溜飲を下げ面白がりながら機体を背後へ飛ばす。
「一人一人インタビューしたわけじゃないから知らないけど? 少なくとも俺達はそうよおぉぉぉ?」
平良隊や義勇軍の機体とは異なる海兵機は、漂うような機動で陣形の外へ滑っていく。そこへ襲い来るのは、下方から沸き上がってくるインフェルノバイトだ。
「ヒュ――――ン!」
「はいはーい!」
カトラス二刀流の後ろに、戦鎌を脇に挟んだヒュンのバッカニアが続く。切断力を生む重力帯の揺らめきを浮かべ、鍔元の髑髏のレリーフに眼光を灯しながらアレスは声を上げる。
「こんな大舞台もそうそうねえぞ! 好き放題暴れ放題だ!」
「隊長も武装の在庫処分し放題ですねー」
笑い、アレスは機体を前へとかっ飛ばす。交差させたカトラス越しに、甲殻を纏ったインフェルノバイトの吠える顔が迫った。
「このクソあちぃ中で厚着してんじゃねーぞオシャレモンスターがっ!」
足の爪を立ててくる相手に、自身もカトラスを押しつけアレスはそのまま押し切っていく。石を削るような音と共に切り裂かれた敵を、さらに突入用の防護フィールドでラッセルして次の相手へと向かった。
襲い来る火球を断ち斬り、振り下ろされる爪を刃に受け、アレスの機体はインフェルノバイトの腹を突き刺し掻き切る。高火力と速度による制圧前進を得意とする各種航空戦力に対し、白兵戦レンジでのアドリブ力こそが海兵機の強みであった。敵の勢力圏へ舞い降り、人間の判断力を最大限に現実の物とし、眼前の強大な敵を排除する。それこそが海兵機に与えられた兵器としてのニッチだ。
「こちらハッチネン。各機撃ちまくってくれ。取りこぼしはうちのクソッタレ共がなんとかする。マントル層も半ば以上を抜けて、間もなく核層だ!」
ゲイブが呼びかける中、ほぼ一体に造られた装甲殻越しに砲塔を下方へ向け、ゼップスは降下していく。インフェルノバイトに衝突する度に火花が弾けて揺れるが、吹き飛ぶのは敵の方だ。ゼップスの直援に展開したカマイタチやシーオッター、攻撃隊の護衛についたクラップバードがそれを撃墜していく。
先行して落下していたミズガルドシュランゲは、もはや完全に吹き千切れ消滅していた。その巨体が突き破っていた溶岩垂れも、断崖同士がさらに距離を離したことで千切れてしまっている。遠ざかる断崖は砂埃を立て、その奥に稲妻が走るように新たな亀裂を生じさせていた。
惑星が砕けていく最中を、一団は落ちていく。そしてその先に、やがて断崖が途切れる場所が見えてきた。
『前方に巨大な空洞を計測。直径およそ五〇〇〇キロ――エデンⅣの核の大部分が消滅している計算になります』
フォスの報告に、一団の各員はそれぞれに緊張を表わす。アレスは自機のコンソールに目を向け、
「ドレイク。敵がそこにいるんだろ? そいつの規模はわかるかい?」
『報告:不明。計測情報のカオス化が深刻』
あらゆる破壊が渦巻く周囲は、確かに何かを計測するには起きていることがあまりにも多すぎる。
「……じゃあなんで弾達には前方の空洞のことがわかったんだろな?」
『推論:SPRITE EXPRESS Mk=7/FOS68000が物理波動計測に関して独自のノウハウを獲得し、それを流用しているため』
剣持のスペルソード・ムラクモを引き連れて一団の前へ出てくる弾の機体を見据え、ドレイクの推論を聞いたアレスは呟く。
「この先は奴向けの戦場ってわけか……!」
”二〇〇七年 九月二五日 〇一四一時”
ヨーロッパ・アフリカクラック 核上層
『先程の「咆哮」以来エントロピー汚染の強度は加速度的に上昇しています。エデンⅣ中心部にいるエントロイドは歴史的にもまれに見る規模の勢力を持っていることでしょう』
「この星が、それを生み出すだけの存在だったと?」
『それはどうでしょう。我々の抵抗に対抗しようとしているのかもしれません』
「エントロイドは、いちいちそんなこと考えないよ。大きく広がって、意味があるものを全部壊そうとしてるだけ」
隊列前方まで出てきた、弾達の機体のやりとりを平良は通信ウインドウ越しに聞いていた。
「こうまでして壊す価値がこの星にあったってことかな。少なくとも、ここにいるメンバーを見てるとそう思いたいもんだが」
弾の独り言じみた言葉に、平良は心のどこかで納得しつつ、安易に弾を肯定せぬよう用心していた。相手は文明発展による惑星開拓の半ばにある時代の人間だ。本来の人類文明に属する自分達のような存在からしてみれば、まだ知らないことがあまりにも多い存在なのだ。
一人の少年のあまりにも無謀な戦いに、それに賛同する人々。その熱狂を、文明を見守る駐留軍の軍人として、平良は冷ややかに見ている。フォスもオプティも、何を肩入れしているのか。
しかし、理性の下で弾の言葉に納得していた部分は思う。あの正午に通信ウインドウ越しに見た弾や、ステーションで問い詰めてきた弾の、ただ翻弄されることを由としない眼差し。彼の道行きと、それが導いた人々。自分達の世界のかつての時代、彼のような人の、彼のような行いが、歴史を作るきっかけになっていたのではないだろうか、と。
「人を導くのは、いつも先んじていく影か」
『?』
普段の操縦席では口にしないような呟きに、機載AIのアンは反応しきれない。平良は首を振って見せて発言を取り消し、部下達へ声を上げる。
「彼らがどう思おうが、我々は我々の使命を果たすだけだ。最終局面に突入するぞ! 各機備えよ!」
『大尉、各機の損耗率の最新状況です!』
部下からの送信によって更新される各機のステータスは、芳しくは無い。全開運転を続けたことと、周囲のエントロピー汚染の影響とで万全なステータスを示している機体は一機もいない。長期間離脱していたオプティの機体に至ってはステータス情報を寄越しもしない有様である。
「――構うものか。人類総軍憲章第一。『我々人類は、その全ての人員が己を実現し、歴史を構成し、未来に恥じないよう最善の努力と決断を行う存在である』。――英雄を志す者はお前だけではないぞ、矢頭弾」
胸を張るように編隊最前を維持する平良機。その先を先行するゼップスが溶岩のゲートをくぐり、そして周囲に空間が開けていく。
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