CREDIT6 光の星雲(後)
"二〇〇七年 九月二二日 一四四三時"
お台場仮設陣地
「うーん……」
比較的形を留めていた道路を滑走路代わりにして、降り立ったスプライトエクスプレスの周囲に人だかりが出来ていた。工学系、医療系を問わず多くのスタッフと、本来地上の制圧に向かっていなければならないはずのアレスやヒュンもだ。
そして弾達の検査データを受信する端末を手にする、以前もスプライトエクスプレスを担当していた女性スタッフが唸り、そして顔を上げた。
「これはなんというか、一言では言い表せませんね」
「おいおいおい、一言で済むことの方がよっぽど世の中じゃ少ないぜ? そう言いたくなる気持ちはわかるけどさあ、ひとまず説明してみ?」
アレスがバッカニアのハッチ上から促すと、開放されたスプライトエクスプレスの操縦席で疲れ切り、座り込んだままの弾を見据え、女性スタッフは切り出す。
「ええとですね、我々の科学ではご存知の通り、物事の根源は物理波動という振動です。そのことがわかっているので、当然それを捉える技術も存在します」
そう説明すると、女性スタッフは手にした端末から伸びるアンテナともマイクとも付かない部位を自分の胸に押し当てた。そして空中にスクリーンを投影すると、揺れ動く波形を表わすオシロスコープ状の画像が表示される。
「これ、私の全身の物理波動を簡易的に示したものです。実際には二次元グラフ状だけじゃ表示しきれないんですが……」
『それを持ち出すということは、我々の物理波動について、なにか異常が起きていると?』
フォスの問いに、女性スタッフは頷いた。そしてスクリーンを一度消すと、
「記録ファイル、十枠同時再生準備」
改めて開き直されるのは、一〇のスクリーン。待機画面を表示するそれに再生指示をしつつ、女性スタッフは言った。
「見て下さい。これは先程記録したこのスプライトエクスプレスと、オプティ、それに矢頭さん全体の物理波動を記録したファイルを再生したものです」
そうして示されるのは一〇のスクリーン。そこには、二つの動きがあった。先程同様揺れる波形を示すものと、ぼんやりと全体が染まったものと。アレスが首を傾げる。
「おい、なんで同じファイルを再生してるのに結果が分かれる。おかしいじゃねえか」
「はい、これはおかしいことです」
女性スタッフは何も言い返さずに、ただ頷いた。
「物理的な根源であるこの物理波動の観測結果がこうなることは、通常絶対にあり得ないことです。一つの存在には一つしかないはずなんですから。この時点で、科学上の一大発見と言ってもいいでしょう」
人垣がざわめく。しかし、その中心で弾とオプティ、そして女性スタッフは表情を変えずにいた。深刻そうなしかめ面のまま、女性スタッフは話を進める。
「そして振動が表示されている画面は、通常の物理波動を捉えているといえます。これは別のキットで精査してみると矢頭さん、オプティとスプライトエクスプレス自体のものそれぞれが観測されていました。しかし、問題はこちらの均等に染まっている方」
そう言って、女性スタッフは表示されているスクリーンの一つを手元に引き寄せ、さらにその隣に新たなスクリーンを表示した。どちらも、砂嵐状の表示を映している。
「この状態、あらゆる物理波動が同一存在に均等に存在しているわけですが、こういったホワイトノイズ状の兆候を示すものは我々が知る限り一つだけです。即ち――」
女性スタッフはスクリーンを拡大した。現れる文字は――『物理波動見本――エントロイドモデル』
「……エントロイド。少なくとも砂嵐の方はエントロイドそのものの物理波動です」
その言葉に、人垣は一斉に息を呑むとそれぞれの歩幅で後ずさった。しかし瞬時に金属音が響き、誰もが振り向くとアレスのバッカニアが重力カトラスを地面に叩き付け、その切っ先をアスファルトに突き刺していた。
「簡単に狼狽えんなよ。弾、お前としてはどうなんだよ」
ハッチ上に仁王立ちするアレスの問いに、操縦席の弾は自身を確かめるように俯いた。そして再び顔を上げると、
「なんだか少しずつ寒気が増してきたような気がします。それに、オプティのものの見え方がどういうわけか自分にも……」
「生命兵器の能力が?」
「あの子の能力ってエントロイド汚染の判別だろ?」
「専用の感覚器官が要るものじゃ……?」
周囲がざわつく中、弾はアレスを見上げた。
「けれども俺の意志は変わらない。エントロイドを倒したい……その点だけは、変わりません」
「じゃあいいじゃあねえか! なあ!」
腕を組み高らかに告げるアレスに、周囲のスタッフはそれもそうかと後ろに寄せていた重心を戻す。そしてアレス機の隣に駐機するヒュン機から、ヒュンが問う。
「エントロイドと、矢頭さん達の物理波動の両方が観測されているってことですよね。だったら実質、汚染の気があった以前まで変わらないのでは」
『同意:E汚染物理波動を表示するウインドウ数を確認』
『ドレイクも気付いているようですが、エントロイドの物理波動を表示する割合は戦闘前までの矢頭さんのエントロピー汚染係数と近似のようですよ』
二機のAIが指摘すると、後ずさらずにいた女性スタッフが頷く。
「ここで問題にすべきは、汚染の度合いとして矢頭さんが持っていたエントロイドの気がオプティとこの機体にも均等に広まっていること、そしてこの不可解な現象です。しかしこの不可解から、先程起きたもう一つの異常について考察することもできます」
「もう一つの異常?」
弾は一度訊ね、しかしすぐに思い出した。先の戦闘の中で起きた一つの不可解。それは、
「敵のテレポートに巻き込まれたのに、再生できたことか」
「はい。ガイスト型エントロイドのテレポートは物質としての分解を伴うため、巻き込まれる側からしてみれば破壊されるのと変わりません。そこから再生できたことと、この異常は同一の現象が異なる側面を見せているのではないかと、私は考えます」
「同一の……現象」
促すように弾が問うと、女性スタッフは頷く。
「その全容については現状では断定できる証拠が足りません。しかし、おそらくこれはプログラムのバグのようなことが、物理法則に対して起こっているのではないかと、私は推測します」
『バグ。……不正な処理ということですか。コンピューター上ならとにかく、物理法則にそのようなことが起こるとは』
「まあ理由は推測です。とにかく何らかの形で通常存在とエントロイドの重ね合わせが起きている。元々は矢頭さんにだけ起きていたのがテレポートに巻き込まれてオプティと機体にも波及したのではって感じですが――」
ヒュン機、ティンカーベルの発言を踏み台に、女性スタッフは言葉を続けた。工具や筆記用具を収めた多用途ベストから、メモ帳の一ページを取り出し、おもむろに二つに破り、
「これ、『破れた紙』です。わかりますね?」
何を言い出すのかと、人垣は沈黙した。その前で、女性スタッフはもう一度紙を半分に破る。
「――状態はともあれ、まだ『破れた紙』です。エントロピーが最も高い状態でありながら、存在の形が同時に保存されてしまっている……。そういうバグが生じているのではないかというのが、私の仮説です」
『定義が実際の状態に優越するとでも言うわけですか。形而上学的ですね』
呟きのような発言を漏らしたのはフォスだった。その場に居合わせた者達は、その言葉にAIらしからぬ含みがあるような、そんな気がした。
『件の……観測結果やダン達の報告を聞くに「物理波動シャッフル」とでも言うべき現象が起こって以降、私の知覚系は未知の要素を検出し続けています。ダンとオプティに起こった事象を考慮すれば、これはオプティが認識しているエントロピーとネゲントロピーのクオリアについての情報が、私にも知覚されながら処理できずにノイズと見なされているものと思われます』
「クオリア?」
「意識体験、ってことですね。色とか、音色とか、いくら説明しても他人と一致するかわからない『感じ』のことです」
『はい。見かけ上意識を持っているように見えるだけの我々AIならば、本来感じ得ない要素です』
卑下のような自己評価に、同じAIであるドレイクとティンカーベルは沈黙した。彼らには卑下されて感じる痛みというクオリアが無いからだ。
『クオリアの持ち手である意識、意志といったもの……。これらは、物理波動の発見以降もまだその存在が証明されていないものです。物理現象に対するバグといえるものを起こす要素としては、これ以上に的確なものは無いのではないかと推測します。エントロイド化の一方で存在を維持するなど……』
「おいおい、方針戦争の発端になった問題じゃねえか」
アレスが唸る。その隣に立ち尽くす機体から身を乗り出したヒュンが息を呑み。
「コギト・エルゴ・スム……。あらゆる理由から独立して存在する自意識、自我、実存が――現実に干渉しているっていうんですか?」
『あくまで推測です。従来の大系にない要素が生じたので、近しいものに結びつけたに過ぎません。しかし……』
「なんだって、いいさ……」
何人、何機もが加わって紛糾していく議論を制するように、弾は呟く。その肩には、後席から身を乗り出したオプティが手をかけていた。
「俺は、俺のままでいられる。戦いを続けて、意志を果たすことが出来る……。その点は、何も揺らいでいないと、俺は思います」
言い表す言葉を探しながら語る弾に、隣でオプティが頷き、フォスが機体のセンサーを明滅させた。
「俺はそういう意味では、変わらず人間です。誰も否定できない、矢頭弾のままです。オプティも、フォスも、それぞれそうだと、思います」
絞り出すような言葉に、その場に居合わせた様々な分野を歩いてきた人間達も、人工知性達も、沈黙せざるを得なかった。その言い分は――、
「――こういうのは! 本人達にしか『決められない』もんだぜ! 決まっているもんじゃあねえ! いくらでもとやかく言えるけどよ、外野がいくら騒いだって仕方ねえぜ!?」
声を上げるのはアレスだった。そして手振りで機体に膝を付かせ、スプライトエクスプレスの翼をドレイクに掴ませると、その上へと降り立つ。
「こんな状況……ホント、つくづく『こんな状況』だぜ!? そんなものに遭いながら、自分であることを捨てねえ。こんだけ立派に人間をやってる奴の言うことなら、俺は信じる! 同じ一人の人間として、自分の意志をもって信じる! お前らは、どうだ!」
オプティが寄り添うのとは逆の肩へ、アレスは手を置いた。弾が体を震わせ、アレスを見上げると、後ずさっていた人垣はゆっくりと、しかし確かに一歩を踏んだ。前へ。
「エントロイドは意思を持たない。俺達は、それぞれの意志に依って立つ。あり得ない変化が生じるなら、それは意志の力によるものだって思いますぜ」
「それが何を意味するのかなんて……わかりません。なにが出来るのかは、これから決まっていくことです」
「ならば、未知の、未踏の領域があるなら、そこへ攻め入っていくのが――俺達宇宙海兵隊ってもんですよ!」
老若男女が、それぞれの雄叫びを上げる。それを見る弾は彼らに重なる光を見た。いつ吹き消されてもおかしくは無いが、意思あるものにはそれをためらわせるような、儚くも強い灯火のような光だ。
同じものは、自身の手指や腕からも時折吹き上がっていた。寄り添うオプティ、乗り込むフォスのスプライトエクスプレスからもだ。
"二〇〇七年 九月二二日 二三四一時"
〈ゼップス〉 垂直離着陸ポート甲板
夜の空の下、ゼップスの甲板上に弾達のスプライトエクスプレスは係留されていた。
操縦席の二人と、それを包む一機に自衛隊の二隻が東京湾に残ることが教えられたのは、出発の直前であった。係留場所を移しながら、二隻に見送られてから数時間。降下艦ゼップスは日本列島を横断し、エントロイドの勢力を検知したロシア方面へ飛行中だった。
フォスがデータ処理のため休眠状態に入った操縦席は照明が落とされ、キャノピーには星空が映し出されていた。常点灯計器の蛍光緑と星の光とに包まれ、弾とオプティはそれぞれのシートで毛布にくるまっている。
「寒い……」
思わず呟く弾は、毛布の中で自身を抱きかかえるように身を丸めていた。エントロイド汚染に由来する寒気が強くなっている。昼間の一件以来視界によぎるようになった炎のようなエフェクトは、黒いものが体の節々から吹き出しては消えていた。
「黒、が……エントロイドのか。イメージ通りだな」
「ダン?」
後席で毛布にくるまっていたオプティが弾の独り言に目を覚ます。振り向いた弾は、ネコのように丸まったオプティへ向け、
「いや、寒気が増してきてさ。……オプティは大丈夫か? 俺がオプティの見え方がわかるようになったってことは、そっちにも何か……」
「正直、ちょっと寒い。肘とか、膝とか、キシキシするかも……」
「悪いな……」
項垂れると、弾の胸元からは粘つくような黒い炎が上がり顔の左右を抜けていった。それを見てオプティは毛布を口元に集め膨れ面を隠すと、よじよじとコンソールを乗り越えて弾の前席へと転がり込んだ。
「な、なにやってんだよ」
「悪い色が出てる」
そう言って弾を指差したオプティは、自身と弾の毛布を左右連結させると、その中をもぞもぞと弾の側へと侵入していく。シートの端へ身を寄せる弾を逃がさぬよう腕を捕まえると身を寄せ、
「寒いのは、負けそうだからだよ。もともとの、良い色を出せば、暖まるよ」
「もともとの色?」
「こう……。んっ……」
呟き、オプティは弾の腕に額を寄せる。擦りつけるオプティか、人肌の暖かさを得た弾か、どちらからか一瞬、朱色のきらめきが上がった。
鮮やかな色彩に弾が目を見開くと、力んだのか息を吐いたオプティが上目遣いに告げた。
「今の……ちゃんと見えた? ダンの色だよ」
「お前は、あの色を、ずっと俺に見ていたのか?」
「うん」
頷くオプティの表情からも、光が沸き上がっては消えていく。今し方と同じ――そして歓声を上げるアレスら海兵隊員達に見たものと同じような輝きだ。
「この色は、なんなんだ? これ、アレス中尉達も同じ色を出してた気がするんだが……。『勇気』? 『喜び』? なんて言ったらいいんだろう」
「なんて言ったらいいかは、私にもわからない。だからこうなるまで、ダンにもフォスにも、平良大尉や他の人達にも伝えられなかった」
そう言うと、オプティは再び弾の腕に顔を寄せる。改めて生じる朱色は、一瞬に吹き上がるきらめきでは無く、オプティの全身から湧き出し現れ火の粉のように散っていく。
「世界にはこんなに暖かいものがあるのに、イライラしたり怖がったりする必要無いのに……。ずっとそれを、誰かに伝えたかった」
「これは、そんなにたくさんあるのか?」
「うん。見て」
頷き、オプティはキャノピーに投影された夜空を指差した。地表からの光が無い空は星の海そのものだ。しかし、青白い恒星の輝きの中に朱色は見当たらない。
「星ばっかりだぞ?」
「探して。その中に……あるから」
オプティが弾に頬を寄せると、朱色が星空の手前によぎった。その色を夜空にすかし見るように、弾は視線の力を弱めて、ぼうっと星空全体を見渡した。
すると、視界の周囲に光が立ち上り始めた。キャノピーの外縁に映るゼップスのシルエットからだ。陽炎のような揺らめきは、気付けば今までなぜ見えなかったのかわからないほどはっきりとしていた。
焦点の合わせ方を覚えて再び夜空へ目を向けると、星空の見え方が変わっていた。青白い星の光の所々に、渦を巻く朱色の輝きがある。時折その間には流星のような光点が行き交い、孤立した光ではないことを示していた。
「光ってるところは、人類の間で有名な星がある銀河だよ。あれが一番新しい文明圏参加星のエデンⅠ。その奥にアヴァロン星系のバラバラな銀河がぽつぽつ……。軍事惑星ヴァルハラⅡがあって、その向こうにある光の塊がアルカディア星系――そして、太陽系」
旅行先を決めるために地図を指し示しているかのように、オプティは楽しげに星々を指した。頬を寄せられる弾は、その様子に触れ合う表情を緩めながら、しかし眉尻を下げる。
「そうか……。明るいな、あの星空は。だけど、この星は……夜空に煌めけるような星では……」
「?」
目を伏せる弾の表情を、オプティが覗き込む。しかし今弾の脳裏に浮かぶのは、平和の名の下に停滞していた大地と、輝ける星空の人々から見放された地上の残留者達。あのジャイアントネオテニーの泣き顔とも嘲笑ともつかない表情が、瞼の裏から弾を責め立てる。
「命をかけるに値しない星で済まない……。特に、俺の運命に巻き込んでしまったオプティとフォスには、そう思うよ」
輝くゼップスと対照的に、静まりかえった水平線に、弾は瞼を閉じた。なんと荒涼とした世界か。多くの命がかけられて取り戻されたとして、この星にあの星空のような灯が灯るものだろうか。
瞬間、弾の顔をオプティの掌が挟んだ。強制的にひょっとこ顔面となった弾を操作し、オプティはまた夜空に視線を向けさせる。
「この星の底力は、弾が見ている場所には無いよ」
空に視線を向けられた弾は、そこで不意に日の出を見たかのような感覚を得た。地平線より顔を出すまばゆい光。しかしそれは陽光のような無遠慮な閃光ではなく、まるで燻り燃えたぎっているかのような橙の光塊であった。
「見える? あれ、エデンⅣ駐留軍の本部、シンギュラリティⅣ。弾みたいな、エデンⅣから救出された人が居る場所だよ」
衛星軌道上に浮かぶそれは、本来地上からの観測手段を受け付けないもののはずだ。しかし今、星々と同じ光の中にシルエットとして浮かぶその全容は、黄、朱、橙と移り変わっていく火球をその影の中に灯している。
「あそこに、エデンⅣの人達の火が集まってる。あの火こそ、見なきゃいけないんだよ」
揺らめく火に焦点を合わせ、オプティはさらに弾の頭を好き勝手に巡らせる。ゼップスの甲板越しに見える水平線を一巡させられた弾は、改めて世界を認識した。
「お……おお!」
見渡す世界、大地の所々に、同じ火が灯っていた。今の弾には、その内容が朧気ながらにわかる。
モンゴル方面に見えるのは、勇猛なリーダーに導かれた遊牧の民の一団。エントロイドの襲撃を躱し、追いつかれまいと歩き続けている。
シベリアの大地に見えるのは、もはや最後と思しき虎。血気盛んさを示す火の吹き上がりを示しながら、それは命を繋ごうと他の火を探し求めているように見える。
中央アジア方面に見えるのは、生存者のコロニー。宗教、経済共に母体を失った人々は、そこでプリミティブな生存の意思に目覚め、残された武装を手にエントロイドへ抵抗している。
そして地平線越し、太平洋方面。昼間までいた方角に、煙のように立ち上る光。
「かつらぎ……たそがれ……。あの人達……」
立ち上がる光柱は、その根元に朱色、黒、青白と雑多な色彩をまとわりつかせながら、しかし空へ向けて屹立していた。誇り高く。そして似たような光の柱は、地平線越しにい来るかそびえ立っているのが見える。
「いるんだなあ……まだ……」
「そうだよ。いるよ。――ほら」
そう言って、オプティが弾の視線を真上に向けさせる。そこには、淡い光の粒子がうっすらと渦巻いている様子が見える。
かすかな光の柱を、その内部から見上げている視界だった。弾達から生じた蛍火のような光が、ゼップスの輝きを巻き込んで吹き上がっているのだ。
「わたしたちも」
見上げる弾にオプティが寄り添うと、視線の先を軌道上のシンギュラリティⅣが通過していく。光の塊は弾達の光柱に触れると光の粒子を吹き散らし、そして吸い込んで夜空を流れていく。
「俺達の光が、掬い上げられていったよ。あそこにいる人達に……」
「うん」
「――嬉しいな」
弾は、頬を綻ばせた。そうすると新たな朱色の輝きが生じて、ふわりと空へと昇っていった。去りゆくシンギュラリティⅣを追うように、渦巻く軌道を描き。
弾は光を見送る。そしてそれが捉えきれなくなる直前、不意に視界をピンク色の光が横切った。
「……うん?」
焦点を夜空から引き戻してみると、操縦席内の空間をなにやら丸っこいピンク色の光点が漂っていく。目を凝らしてみるとハートマーク状のそれは、かすかな操縦席内の空気の流れに乗って風船のように揺れた。
そして次の瞬間、オプティが両手を伸ばし羽虫でも叩くようにその光点を掌で潰した。はっと弾がオプティの表情を見ると、紅潮したオプティの額の辺りからまた新たにピンク色の光点が生じる。
「――今のは気のせい」
まだ何も訊いていないうちからオプティはそう言うと、新たに生じた光点も叩いて消す。頬を緩めていた弾は、生ぬるい疑念の表情を浮かべるとオプティに顔を近づけた。光点がオプティの脳天から三つ飛び出すと、オプティは毛布の中へ潜り込んでいく。
「やーん……」
弾の視線から逃れたオプティであったが、光点は物体を透過するのか続々と毛布から湧き出てくる。観念したか目元だけを覗かせるオプティに、弾は想わず小さく吹き出した。そしてそうする自分から、今までよりも強く輝きが生じるのが見える。
「物好きめ。俺のどこが……」
「『どこ』じゃないよ。弾の光は、これまで出会ってきたいろんなものを取り込んで大きくなってきたのがわかるもん。嬉しいことも苦しいこともエネルギーに変える人……」
小さな声で弾を讃えると、オプティはその腕に抱きつく。
「私は、ずっとそういう人を探してた気がするから……」
寄り添うオプティの暖かみに、ステーションでの夜を思い出し、弾はその肩を抱き寄せた。自分を支え、そして自分に支えられたがっているか細い体温。
「俺も……そう言ってくれる人を、ずっと求めていたんだと思うよ」
二人にだけ見える光が溢れる。夜空の星のような、虚空にその存在を主張する強い光が。誰にも否定できない、自らの内を燃え上がらせる者の輝きが。
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