CREDIT6 光の星雲(前)

二七一七年 九月二二日 〇九一三時

エデンⅣ駐留軍本部〈シンギュラリティⅣ〉


 惑星と衛星の狭間に浮かぶ全長十数キロの巨大構造物。それこそ、エデンⅣの営みを見守り続けてきた本来の人類達の前線基地であった。

 トゲを持った巻き貝にも似た巨大宇宙ステーション、シンギュラリティⅣはエントロイドの侵攻と、エデンⅣからの観測との両面を防ぐことができる軍事拠点であり、そこに務める人々の生活拠点でもある。そして今は、救助されてきたエデンⅣ住民達の避難設備でもあった。

 避難民達に開放された予備生活区画のロビー、大きめの球場ほどはあろうかという空間には、エデンⅣでの戦いの推移を見守る人々がたむろしていた。端末は設置式のものも携帯式のものも自由に利用でき、そしてあらゆる人種の老若男女が真剣に地上の出来事を見守っている。

 悲嘆や自己憐憫とは、その空間は無縁だった。なにか燻っているような、見えざる熱が籠もっていた。そしてその熱源の一つが、彼女だった。

「矢頭君……」

 ベンチシートの一つに腰掛けていたのは、弾のクラスメイト剣持沙羅その人だった。弾と別れ保護された剣持は検査の後、他の場所から救われてきた人々と共にここにいる。

 彼女が手にするのは携帯端末だった。投影されるスクリーンに映るのは、映像ニュース系のサイト。そこに映るのは、

『こちら駐留軍付報道班です! 今一部で話題の、戦うエデンⅣ住民の少年がいるという海兵隊の艦にお邪魔しています! あ、噂をすれば海兵隊には配備されていないはずのスプライトエクスプレスが帰投してきましたね。すみません、取材よろしいですか!?』

『え? アレス中尉、なんですこれ』

『ああ、クルーの何人かがお前のことニュースサイトにアップしたから話題になってんだろ。それはさておき弾、まだまだフォスに飛ばされてる感があるぜ。あの機体はだな、もっと戦場に対して支配的にだな――』

『やはり今話題の方なんですね!? す、少しお話し、お話しを……!』

『うるせぇオラぁ見せモンじゃねえぞゴシップ野郎! まずアポ取れアポ! うちの隊のゲストだぞ! 勝手なことするとドレイクに舳先から吊るさせるぞてめえ!』

『警告:倫理規定違反』

『取材でしたら当機のレポートをそちらにも送付しますが』

『あーん、AI制作の文章じゃ絵面が……』

『やっぱりゴシップ野郎じゃねえか! オプティ! 降りるところなら丁度いいからトランクからワイヤー出してこい! やっぱこいつら吊るす!』

『おっ?』

『うわやっぱり海兵隊はヤバイ! 取材は続行しますが中継は一旦切ります! うわああの尉官部下まで動員してる! 横暴! こっちは報道要員だぞ!』

『隊長! あいつら自由を盾にし始めましたよ! こっちも自由に泣かしますか!』

『よっしゃヒュン! いいぞかかれ!』

 ドタドタと騒がしい画面の隅、仕方なさそうに立つ人影を剣持は見つめる。丸一日ぶりに見るその顔は、少しやつれたか。

「矢頭君、軍隊の人達と一緒に……。やっぱり、そうなるよね」

 慌ただしげな現場に苦笑しつつ、剣持は遠い地上に思いを馳せる。追いつくと宣言した相手に対し、自分は――、

「待たせたな」

 遠い天井を見上げる剣持に、声をかける男がいた。歩み寄ってくる姿は避難者達とは異なる戦闘的なスーツ姿。鋭い顔立ちの彼は、弾や剣持を避難ステーションまで案内したあの平良であった。

「おとといぶりだな。事情は聞いている。……俺の部下も巻き込まれているというか、率先しているような状況だからな」

「い、いやあ、それも矢頭君が先導してることですので。あと、私の方もすみません。ここの人達の中で、伝手があるのって平良さんだけで……」

 申し訳なさそうに言う剣持の視線の先、平良はコミュニケーターからスクリーンを展開していた。そこに表示されているのは、いくつかの部署を経由して届けられた剣持からのメール文書だ。

「構わん。こういう申し出があることは喜ばしいことだ、歓迎しよう。ただ、君一人ではな……」

 そう言って、平良は渋い顔をする。それに対し剣持は焦りを表情に表わし、

「ダメですか? 私は……一人でも戦いに行きたいです。矢頭君に追いつきたい……。約束したんです!」

 剣持が平良に送った連絡は、弾がそうしているように戦いに加わりたいというものだ。しかし平良は複雑な表情だ。

「義勇兵制度は確かに存在する。しかし、一定の数が揃わなければ戦力としては成立しないものだ。海兵隊はまあ、いろいろと規格外な組織だし、それに世論がエデンⅣ放棄に傾いている現状では、戦力を供与することも難しい」

 弾のように一人で戦いに赴くというのは、やはり例外的なことなのだろう。剣持は肩を落とした。しかしそれでも顔を上げ、

「なら、一人じゃなければいいですか? 何人も何人も……私や矢頭君と同じ気持ちの人達が居れば……」

「それは……そうだな。戦力として数えられるだけの数が揃い、渋る人々を覆せるだけの規模になれば」

「だったら、大丈夫です。矢頭君は、こんなに話題になっている――。同じように、ああやって立ち向かいたいって思っている人は、絶対いると思うんです」

 握り拳を作り、剣持は平良に力説した。弾を見て湧いた想いは、上手く言葉には言い表せない。理知的な平良を説き伏せるには言葉が足りないことは、剣持にもわかった。故に剣持は、なんとか結果を見せようとした。

「――皆さん! ニュースに映ってる、私達と同じエデンⅣで生まれた、矢頭弾君を見た皆さん! 一緒に……奪われた星を取り戻したいと、そう思う人はいませんか――っ!?」

「お……おい、君」

 思わず平良が制するほど、剣持は強く声を張り上げる。避難民達が収容されているこの空間にはいくつかの翻訳機構が配備されているので、剣持が口にした言葉の意味は伝わるだろう。しかし――、

「君が言いたいことはわかる。同じ想いを抱えている人は多いだろう。だが、君達はエデンⅣの上ではただの一般市民だった人々だろう。戦う決意など、そう簡単に持てるものではないはずだ。彼一人戦って見せたところで……」

「そうだけど……。そうだけど、それでも矢頭君は行ったんですよ? 私の隣に居た人は、命をかけて……。私にも、できるはずなのに……!」

 悔しげに、剣持は俯く。平良はそんな少女の姿を、複雑な表情で見つめていた。

 その時だった。

「――失敬。少々よろしいでしょうか? そちらのお嬢さん」

 歩み寄ってきたのは、スーツ姿の壮年の男。背後に同年代の男や、若い女性ら二〇数名を引き連れている。自然体に背筋を伸ばした彼は、平良に視線で了解を得ると、剣持に訊ねる。

「君は矢頭君……弾と、同じ学校だった子かな? その様子だと、相当親しかったのでは」

「え? あの、えと……」

「んああ失礼。私は――」

 男は頬を掻き一度ばつが悪そうにすると、表情を引き締めて名乗りを上げる。

「私は六角悟。弾がアルバイトしていた店のオーナーです。――身近な名前を聞き続けていて、やきもきしててさ。人手が要るなら、何か手伝えるかもしれないが、どうよ?」

 男――六角の自己紹介を、剣持と平良は反芻した。そしてそこから、剣持が問う。

「矢頭君の、バイト先の――?」

「まあオーナーつっても店長業務とかいろいろカバーしてるんで単純なものじゃないけどな! 弾の上司ではある。尊敬されてるって自負もあるんだぜ?」

「やがしらくんの……!」

 六角と彼が引き連れてきた人々に対し、剣持は弾が過ごしていたであろう日々を想起し、瞬時に感極まった。背の高い六角にすがりつき、剣持は涙をこぼし始める。

「やっ、矢頭君をっ、助けて下さい! 矢頭君は、私達の星の人の中で、たった一人でえ……!」

 しがみついてくる剣持に、六角は狼狽え気味な表情を見せる。すると背後についてきた面々はひそひそと話し合うと一斉に指を指し、

『泣かしたぁ――!』

「うるせえやいてめえら! ――えー、軍人さん?」

「平良飛鳥。大尉だ」

「ええ、どうも。わた――俺が引き連れているこいつらですが、俺の店のスタッフ達で、皆弾を見て力になりたいって思ってるんです。その子のように」

 剣持を脇に置きながら、六角は真剣な表情で語る。平良も、相手が人を従えるに相応しい人間であると判断したか表情を引き締めた。

「俺ら趣味の関係でミリタリー系の知識は半端にありましてね。これだけの人数が揃えば、戦闘機なりなんなり、一部隊分にはなりましょう? どうですかね?」

 そう言って六角が指し示す人員は二〇名超。その顔触れに平良は腕を組み、口を曲げた。

「一部隊でも、現状足りません。今必要なのは一軍。無視できないだけの戦力。――あるいは熱意といってもいいかもしれない。あなたがたと比しても、さらなる数が無ければ納得する人々は生じないでしょう」

「さらに要りますか。じゃあ、少し時間を頂きたい。集めてみせましょう」

 六角が覚悟を決めた表情を見せると、背後の面々がそれぞれの得物を取り出した。模型工具やプラモデルキット、ドールやラジコン、カメラパソコンプリンターなどの編集機器などだ。

「人集めるのは店やってる俺達の得意とするところです。客も求人も常時募集中ですからなあ」

「……騙したりするのは無しだぞ?」

「趣味人舐めてもらっちゃあ困りますなあ!」

 瞬間、六角は歌舞伎じみた大見得を切った。

「物事の本質、命を掛けるに値する価値を説いてみせますわな! 俺のホビーベース・ヘキサはそれができるメンバーを揃えてる自身はありますぜ!?」

 拳を振り上げるスタッフ達の背後では、早くも何事かと注目してくる人々の姿があった。その様子に、剣持は目を輝かせる。

「矢頭君、追いつくよ、私達……!」


"二〇〇七年 九月二二日 一三四二時"

東京湾


 弾を扱ったニュースが放映された日の午後、ゼップスと護衛艦かつらぎ、たそがれの三隻は東京湾へと進入していた。前方には廃墟と化した首都圏。そしてそこへ向けて、三隻は戦闘態勢を取っていく。

『制空部隊〈カマイタチ〉に続き、ガンシップ〈クラップバード〉と海兵機〈バッカニア〉隊発進』

 ゼップスのアナウンスに合わせて、アレスらの海兵機と共に、比較的エデンⅣ文明の航空機に似た古めかしいデザインの機体が発艦していく。その直下の海上ではかつらぎの飛行甲板とたそがれの後部甲板からヘリが離床し、それらを見送った後に、係留されていたスプライトエクスプレスがゆっくりと浮上し始める。

『対潜ヘリ部隊は海中からのエントロイド襲撃を警戒せよ。未知の音紋で溢れかえっているぞ。……そして矢頭君、健闘を祈る』

「こちら矢頭……。ありがとうございます……」

 応じる弾は、やつれていた。操作から空いた手で体をさするのは、風邪をひいた時のような悪寒が全身を蝕んでいるからだ。関節ごとに凝り固まり、痛みを伴う寒気を散らすように弾は体をほぐす。

「またぞろ大型エントロイドだぞ! 気合い入ってるかあ弾!」

 発艦したアレスのバッカニアが側で回り、弾は苦笑を漏らす。発艦直後、編隊を組まなければならないタイミングのはずである。煽るような口調も、意識を覚ます有り難いものだ。

「平気です……。行けます」

「よーし行けやあ! 足引っ張るんじゃねえぞ!」

「こっちだ! 合流してくれ!」

 アレスに促された先には、先行して発艦していた海兵隊の制空部隊がいる。スプライトエクスプレスに比べて身軽で、半透明の風防を備えた戦闘機〈カマイタチ〉による隊だ。

「こちらの機体は格闘戦型だが、君は基本は一撃離脱で行こう! 東京上空にはレギオバイトの群れが制空権を確保している。君のスプライトエクスプレスの制圧力があれば相当楽になる。頼んだよ!」

「メインはオプティが操作するホーミングレーザーで。俺はカーナビ頼りの運転手ですよ」

 カマイタチ隊の隊長に、体に鞭打ち弾は軽く応じる。後席のオプティが名前を呼ばれ、ネコのように顔を上げた。

「がんばるよぅ」

『多対一は軌道上でもこなしたので今回も問題は無いでしょう。懸念があるとすれば……』

 口を挟んできたフォスが、東京上空の拡大画像のウインドウを開く。倒壊し傾いだビル街の上空に、陽炎のように揺らめく影がある。

『大型エントロイド〈プレッツリヒガイスト〉。未知の異星文明によるものと思われる兵器がエントロイドに取り込まれた種です。自身の物理的存在を電子化し、ネットワークに潜行することができます』

「東京は急速に電子化が進んでいた都市だからな……。崩壊してても隠れる場所には困らないか。最近スマートフォンとかいうものも出てきたし」

「我々のカマイタチと、随伴戦闘機の〈シーオッター〉は電子戦能力もあるが奴らの能力はまた系統が違う。気をつけてくれ」

 カマイタチ隊の隊長が言うと、彼らよりもさらに先行していた航空機が戻ってくる。楔形の簡素な機体には搭乗用の設備自体が無い。無人戦闘機シーオッターだ。

『部隊配置完了! これより東京への進入を開始する!』

 ゲイブによる作戦開始の号令が響き、カマイタチ隊がシーオッターを引き連れて加速する。弾がそれに追随すると、東京上空のエントロイド達も反応し一斉に接近してきた。

 海兵隊側の攻撃の第一波は、シーオッターの武装ベイに内蔵されたミサイルの一斉射だった。高速の機体からさらに勢いよく放たれたミサイル群が空中を爆風で埋め尽くすが、何体ものレギオバイトがそれを突き破って迫る。

「各機散開! 矢頭君は上空から攻撃を仕掛けてくれ!」

 編隊を解き、各機二機ずつのシーオッターを引き連れてカマイタチ隊は空中に展開していく。弾は頷くと、前方に割り込んでくるレギオバイトを掃射で吹き飛ばしながら機体を上昇させていった。

『急速に敵味方が入り乱れていきます。戦闘領域内のレギオバイト増大中』

「明らかにカマイタチ隊より数が多いぞ。大丈夫なのか?」

『カマイタチは当機よりも軽装ですが、運動性に優れさらに随伴機とのフォーメーション戦を得意としています。我々が心配するべきは、敵の動向だけで良いかと』

 風防に映し出された景色の中、映り込む武装ナセルに装備されたセンサーポッドが明滅しているのが見える。そして遠方からゆっくりと、時折ふらりと急加速と急停止を繰り返しながら迫ってくるプレッツリヒガイストも。

『地上制圧のため後続のガンシップ隊と海兵機隊も来ます。制空権を確保していきましょう』

「密集してる敵がいるからロックしたよ」

 オプティが指すのは、カマイタチ隊との空戦から距離を置いている一団。弾達のように、局所的に不利になっている戦いに加勢しようとしているのだろう。

「そうか。なら、邪魔立てはさせない……。行こう!」

 ブーメランのように旋回し、スプライトエクスプレスは急降下する。レギオバイト達が気付くのとホーミングレーザーの発射は同時。散開した敵は数体が撃ち抜かれながら弾を包囲しようとするが、

『相手の戦術に付き合う必要はありません』

「こいつの加速力なら突破できる……。そう教えてもらったな」

 急降下を続けるスプライトエクスプレスは、肩を寄せ合うように崩落したビル街まで高度を落としていく。多数の障害物にレギオバイトは追跡から頭上を押さえにかかり、名残を残す街道に沿って引き起こしをかける弾達の射線上に身を晒した。

 粉塵を巻き上げながら上昇するスプライトエクスプレスから、もはやレーザーに先行するほどまで強大化した赤いスパークが走る。破壊の迸りに巻き込まれ、レギオバイトの一体が瞬時に消滅した。さらに手を伸ばすようにスパークは周囲のレギオバイトへと枝を伸ばし、慌てて何体かが翼を翻す。

『散開しちまえばこっちのもんよ!』

『シーオッターズ、アタック!』

 散り散りになった敵に、シーオッターを引き連れたカマイタチが追撃をかけていく。レギオバイトが空中で急停止してカマイタチをオーバーシュートさせると、追随するシーオッターがそのまま装甲衝角で激突し、さらに密着状態からのレーザー照射で敵を二つに引きちぎった。

 混戦の空。一方でその下では、地上を進むエントロイド群がいた。レギオバイトの陸戦種であるランドバイトに護衛されながら移動してくるのは、対空ミサイルとして機能する小型エントロイドの卵胞を抱えた生体運搬ユニットだ。

 レギオバイト諸共カマイタチ隊を葬ろうと展開していく地上エントロイド群だが、そこへ閃光が一筋飛び込んだ。エントロイドごと地上を粉砕してから飛来音が響くその超高速弾は、海兵隊のガンシップであるクラップバードのレールガンによる砲撃だ。

『航空優勢だ。全機突入、対地制圧開始』

 角張ったキャノピーの無骨な機体が装備するレールガンは、最大出力時には光速の一〇%という脅威の弾速を発揮できるものだ。現在はバレルを短縮した速射形態だが、生体組織によるエントロイドには反応も防御もままならない威力と弾速を発揮できる。

 そして砲撃で混乱したエントロイド群に突入していくのが、海兵機隊だ。

「弾! 俺達も行くぜえ!」

 大気圏外からの強襲にも用いる膝部防御力場装置を駆動させながら、バッカニア達が砕けた路面をさらに踏みしだいて着地。機動歩兵の運搬ユニットを地上へ降ろすと、前進し地上で生き残っている敵を撃破していく。

『航空戦、地上戦、共に優勢に推移しています』

 マーカー表示が入り乱れるウインドウを示し、フォスはそう告げた。だがウインドウが表示倍率を操作していくと、内陸部から移動してくるプレッツリヒガイストのひときわ大きなマーカーが画面に入ってきた。

『プレッツリヒガイスト及び随伴戦力、戦域到達まで二四〇――』

「?」

 ウインドウから、キャノピーに直接表示されているプレッツリヒガイストに視線を移した弾は、違和感を覚えた。遠目には眼球に相当する器官を持たないように見えるプレッツリヒガイストと、目が合ったような感覚だ。

 そして次の瞬間、キャノピーに映る景色が大回転する。時折薄ぼんやりと光る鈍色のシルエットが映り、弾は機体を立て直した。

「き……来たな?」

『――敵は随伴戦力を置いて単独でテレポートしてきたようです。プレッツリヒガイスト、戦闘に加わります』

 高度を上げ、回転する機体を立て直し弾は見下ろす。崩壊した東京上空には今、巨大な影が鎮座していた。

 大まかに見れば円盤状のそれは、よく見ると左右に二分されている。さらに直下から幾本ものたくるケーブル類を垂らしたそれは、機械で形作られた剥き出しの脳髄のようにも見える。

「あのケーブルにひっぱたかれたんだよ」

「見た目の割に腕力主義か。こっちも力尽くで叩き落としてやる」

 旋回し、弾は機首をプレッツリヒガイストへ向けて降下する。周囲のカマイタチ隊もプレッツリヒガイストの包囲に展開するが、当の敵は帯電したように光り輝くと、突如としてその場から消滅した。

『テレポートです。出現の前兆現象を検知中――後方警戒!』

「!」

 フォスが警報を鳴らす中、弾は振り返る。周囲の空気に衝撃波の波紋を発しながら、プレッツリヒガイストがケーブルを垂らす下面部をこちらに向けて浮遊していた。先端にレーザートーチを持ったケーブルが追いすがり、スプライトエクスプレスは急加速で追撃を逃れる。

「やりたい放題か!」

『プレッツリヒガイストのテレポートは自身の物質組成を分解し電子情報化し、目的地で再構成する手順を踏みます。テレポート直前と直後には非常に脆くなるので、そこを攻撃できれば有効なのですが』

「それ以外の時はとっても頑丈だって書いてあるけど」

 敵の資料ウインドウを開いていたオプティがぼやく。その間にプレッツリヒガイストは機体各部の銃眼から対空砲火を放ちつつ、回転しながらスプライトエクスプレスを追撃してきた。

「目をつけられたか」

「目?」

「いいから攻撃だオプティ!」

 がなる弾に、オプティはため息一つで後方の相手をロック。背後にぶちまけるようなホーミングレーザーの掃射が、プレッツリヒガイストと正面衝突する。

 しかし火花を散らして弾幕を抜けたプレッツリヒガイストは、またぼんやりと光ると消滅し、今度は弾達の正面に現れる。

「この野郎……!」

 機銃掃射しながら、スプライトエクスプレスは突進する。プレッツリヒガイストはそれを悠然と受け止めると、ケーブルのレーザートーチの出力を上げビームとして振り回した。

 宙をふらふらと走る光刃が何度か接触し、スプライトエクスプレスは金属音を上げて傾いた。釘の群れに飛び込んだパチンコ玉のような扱いだ。

「硬いな……!」

『ダン、敵の通常の装甲に有効なのはメインレーザーだけのようです。距離を取り、落ち着いて狙いましょう』

「気楽に言うよな!」

 海兵隊に加わり弾が習った限りでは、スプライトエクスプレスの放つ機首部のレーザーは光子を媒体とした波動で対象の物理波動を強制的に上書きするという原理の兵器で、おおよそ通常の物質である限りその威力から逃れる術は無いのだという。反面チャージを要するので、収束途中のエネルギーも攻撃に転用できるよう機外に露出させるようにしている。武装名〈PWLG-2A1 サイクロンレーザー〉。人類最強の火器の一つだ。

 しかし今は、そのチャージを要する点が状況に噛み合わない。

「こう好き勝手に動かれちゃな」

 弾が回避する先に回るように、プレッツリヒガイストはテレポートで宙を跳ね回る。レーザーチャージを始めた機体が機首を向けようとすると、今度は背後へ。自在な動きに、弾は攻撃の糸口を掴めない。

「カマイタチ隊、援護は出来ますか!?」

「済まない! プレッツリヒガイストが置いてきた戦力が合流してきた! 僕達は手一杯だ!」

 見れば周囲の空中戦はさらに混沌としてきた様相だ。プレッツリヒガイストがまき散らす弾幕に、カマイタチ隊も動きを制限されているように見える。

『しゃらくせえ! アレス中尉ぃ!』

「おうよお!」

 その時、クラップバードの一機が放ったレールガンの一撃が、プレッツリヒガイストへ飛んだ。そしてテレポートで回避した敵の動きを見越すように地上から跳び上がったアレスのバッカニアが、スプライトエクスプレスの後方空間へと重力カトラスを振り下ろす

 瞬間、出現したプレッツリヒガイストと刀身が重なった。起きるのは大爆発だ。敵の巨体は傾き、バッカニアは空中へ弾き飛ばされた。

「アレス中尉!」

「へへ、地上はだいぶ片付いたぜえ。あいつら地上と空中の連携取れてないからな。何も考えてねえから仕方ねえ」

 かじり取られたように刀身を失ったカトラスを捨て、アレスは攻撃的な笑みを浮かべながら新たなカトラスを引き抜く。さらに地上から戦鎌グレイヴを携えたヒュンのバッカニアも上昇して来ると、アレス機と並び立った。

「この戦闘も撮ってますよ。勝ちましょう、私達のヒット数のために!」

「ヒュン、お前までそんなくだらねえことを……」

 アレスが呆れたその時、傾いで空中を流れていたプレッツリヒガイストが不意に動きを止めた。そして発光し、さらに映像の中にいるかのようにノイズを纏うと、消滅と出現を繰り返しながら空中を一気に駆け上がってくる。

「やっべえキレてやがる! 好き放題しといて汚えぞ!」

 二機の海兵機によるサブマシンガン掃射すら回避し、プレッツリヒガイストは立ちはだかる二機を飛び越えてスプライトエクスプレスに迫った。弾が放ったサイクロンレーザーもまた躱され、プレッツリヒガイストはスプライトエクスプレスの真横に、もはや接触する位置に出現する。

「あっ」

 オプティが思わず声を上げた瞬間、次なるテレポートに移るプレッツリヒガイストの光がスプライトエクスプレスへと伝染し、そして一機と一体は消滅した。


「ああん!?」

 状況を目撃していたアレスが目を見張る。すると次に出現したプレッツリヒガイストは、テレポートに異物を巻き込んだためか煙を噴き上げ、空中でがくりと高度を落とした。

 しかし、スプライトエクスプレスの姿は無い。アレス機は左右に視線を巡らせ、

「おいおいおい、弾達はどうしちまったんだ」

「あー……。あのテレポートの原理上、原子レベルに分解されたり、データ状態になってたり、取り込まれちゃってたりとか……」

「マジかよヒュン。要するに……死んじまったのか!」

「あーもう隊長は人が折角遠回しに言ったのに……」

 ぼやくヒュンを尻目に、アレス機が顔を押さえる。

「ここまで盛り上げてきたが死んじまったものはしょうがねえ。ヤツを倒して弔いとするか」

「隊長ドライですねえ」

「面白いから絡んできたが、死ぬのは何も面白くねえからなあ」

 ため息混じりに言い、アレスはサブマシンガンをプレッツリヒガイストへ向ける。そして同時に、ヒュン機が首を巡らせた。

『二時方向に未知の高エネルギーポテンシャルを検知』

『追証:検知』

 バッカニアのAI達が反応し、アレスとヒュンがそちらに視線を向ける。一見、そこには何も起きていないように見えるが、

「赤い光が……?」

 ヒュンが思わず口を開く。周囲の空間から引きずり寄せられるように、赤い光の粒が空中の一カ所に収束していく。微細な現象だったそれはすぐに明確に見えるほど大型化し、光の塊が浮かび、そして弾ける。

 そこから飛び出してくるのは、スプライトエクスプレスだった。血を流しているかのような赤い光のエフェクトを纏った機体は、チャージされていたレーザーをプレッツリヒガイストへと照射する。

 ふらつくプレッツリヒガイストは、不意打ちを躱すことも出来ず直撃した。仰け反るように後退する巨体をフライパスしたスプライトエクスプレスは、ロールを打って赤いエフェクトを振り払う。

「おいおいおい……弾じゃねえか? 誰だよ死んだとか言ったのは」

「わ、私は明言してないですぅー。隊長! 隊長じゃないですか!」

 空中で海兵機二機が取っ組み合うと、各機から消えていた通信ウインドウが開き直される。ノイズが晴れると、そこに映し出されるのは弾の姿だ。


「何だ……? 景色が飛んだような」

『戦域内での座標が移動しています。現在確認中……ドレイク、ティンカーベル、照合をお願いできますか?』

 操縦席の中、弾とフォスはわけもわからず狼狽えるが、その後席ではオプティがのほほんと鎮座している。そして悠々とプレッツリヒガイストをロックオンし、

「平気平気、何もおかしくない」

『周囲の機体と比べて、我々の経過時間が数十秒遅れています』

「その時間の分未来にでもすっ飛ばされてきたか?」

『あるいはその間、我々の存在が消えていたかですね』

「平気ー」

 後席から手を伸ばしたオプティが、弾の頬をつまむ。なすがままに、弾はプレッツリヒガイストがいる方向へ顔を向けられた。

「それより倒しちゃおうよ」

「お、おう」

 促され、弾は機体を旋回させる。そこへ、アレスとヒュンが追いついた。

「弾、調子はどうだ? こっちから見てたらしばらく消えてたが!」

「いやもう何が何だか」

「AI同士の相互チェックでは、特に異常は検知されてないみたいですね。時間と位置の記録が飛んでるところがあるみたいですけど」

「よおし、厄介な話は決着をつけてからだ! ヤツは怯んでる、追い詰めていくぞ!」

 スプライトエクスプレスの主翼を軽く叩くと、アレスは機体を側転させ右側からプレッツリヒガイストに迫っていく。肩をすくめたヒュンは左から、そして弾はそのまま機体を正面へ加速。

 オプティがロックしていたホーミングレーザーが先行し、プレッツリヒガイストを多様な方向から打ち据えた。さらに弾がサイクロンレーザーのチャージを始めると、プレッツリヒガイストは発光し死角への逃走を開始。

 しかしダメージを受けているからか、テレポートは瞬時ではなく消えていく部分がモザイク状に光になっていく過程が観察できるほど低速だ。出現する速度も同様で、外に膨らんだ軌道を取っていたアレスがすぐさまそれに応じる。

「どうしたどうした電脳お化け! そんな低速回線じゃ話にならねえぞ!」

 スプライトエクスプレスの後方に出現し始める影をアレスがカトラスで斬り上げる。プレッツリヒガイストは慌てたか、弾幕を張りながら転送途中の身をさらに転送させはじめた。

『ヒュン、我々の後方です』

「はいはーい! 行きますよぉ!」

 さらなる転送先はアレスをバックアップしようとしていたヒュン機の背後。出現しながら牽制射をまき散らす敵へ、ヒュンは戦鎌を振り回して構えると泳ぐような軌道で突進していく。

「テレポートに異物を巻き込むとダメージを受けるのはわかりましたからね!」

 プレッツリヒガイストに接近したバッカニアの手元で、アレスのカトラスと同じ髑髏の意匠が目を光らせる。重力帯を纏った戦鎌が、装甲を破りまだテレポート中の部位めがけて突き込まれた。大爆発が生じ、テレポートを中断された巨体は移動中だった部分を噛み千切られたかのように失い宙をよろめく。

「矢頭さーん、今です!」

「了解!」

 次の戦鎌をポーチから引き抜くヒュンに促されるのは、敵を追って旋回していく弾だ。チャージしていたレーザーはすでに出力最大。迫る向きは、丁度プレッツリヒガイストが破砕した側からだ。

 狙いを定め、撃つ。その瞬間、弾の視界を閃光が埋め尽くした。

「うっ……!」

 眼球に痛みが走るほどの光に、弾は目をつむり瞼を押さえた。凝視していたのでプレッツリヒガイストの直前の様子は覚えている。懲りずにまた、全身を光らせていたはずだ。

「無理矢理テレポートしたのか……! 逃げるつもりだな!」

『目標ロスト。再出現の兆候がありません。――ダン、視野は無事ですか? オプティ、操縦を交代し退避を』

「待って!」

 オプティの鋭い声が響いた。気圧されたかフォスが沈黙すると、エンジン音が響く中オプティは後席から弾の肩と頬に手を置いた。

「ダン、目を開けなくてもいいから、左を向いて。さっきと同じ、そこにヤツがいる」

「左?」

 刺すような痛みで勝手に涙を流す両目を押さえつつ、弾は促されるままにそちらへと首を巡らせた。眼球はわずかな空気に触れるだけでも火がついたような感覚を寄越し、開けられぬままの瞼の裏には閃光を見たが故に黄緑と青が入り交じったようなマーブル模様が乱舞している。

「開けられないんだよ! 何も見えないぞ!」

「それでも見て。ぼーっと、遠くを見るように」

 そう言って、オプティは弾の頬に当てていた手をさらに身を乗り出して瞼に被せる。二人分の体温の下で、弾の眼はわずかにひりつきから解放され、

「……?」

 渦巻く極彩色の中に、弾は一瞬ネガフィルムのような光景を見たような気がした。びくりと肩を震わせる弾に、オプティはささやく。

「ダンは今、私と同じ目をしてる」

「――!?」

「見て、そして……撃って!」

 叱咤され、弾は見た。青黒い反転色の光景の中、廃墟の中にわだかまる光源。乱暴なペダルワークで荒っぽく敵へ機首を向けると、解き放たぬままに固めていた人差し指を弾く。

 レーザーが空を裂く焦音が鳴り、続けて金切り声のような高音が走った。じっくりと遅れて鈍い爆発音が響く頃には、弾はなんとか目を開くことができるようになっていた。

「……当たった」

「大当たり」

 まだしょぼつく視界の中、緩旋回する機体から見下ろす東京には、大穴が空いていた。弾の感覚的には、そこはまさにレーザーを撃ち込んだ場所だ。

 そして目が開かれた今、弾はその爆心地の残骸から立ち上る黒い炎のようなエフェクトを見た。それは二、三度と揺れると、ふっと掻き消える。

「……何が見えたんだ? オプティ、お前と同じ……目?」

「うん。一度消えて、また現れるまでの間に、私達は一度混ざって……。フォスも、何か見えない?」

『さて、私には「感覚」というものはありませんので。しかし――先程から各種感知系に未分類のノイズが検出されていますね』

 嘆息混じりのような間をフォスは置いた。弾が見渡す中、海兵隊の戦力が周囲の地上を制圧するために高度を落としていく。

『ことエントロイドを相手にしていると、私のようなデジタルな存在は付き合いきれないことが多いようですね』


"二〇〇七年 九月二二日 一四三六時"

〈ゼップス〉艦内 司令部


「敵指揮級エントロイド沈黙! 戦闘部隊は制空権の完全確保と対地制圧に入ります!」

 オペレーターの報告に、艦橋には頷きや唸りが満ちる。腕を組んで応じるゲイブに、しかしその副官が耳打ちした。

「司令、随伴するジエータイより連絡があります」

「うん? なにさ」

「戦闘中の走査で付近にいくつか現地住民の避難エリアを発見したそうです。よってヨコスカ軍港部を拠点に、それらの守りにつきたい、と。我々との同行を終了したいそうです」

 報告に、ゲイブはただただ渋い顔をした。報告した副官も同様だった。

「まだ地上で生存している人類についての説明はしてるんだがなあ……。それに、彼らの武装でなにができる」

「『その上で』とのことです。許可が得られないなら、抵抗することも示唆しています」

「そうだろうさ。だからこそ、彼らは生き延びることが出来たし、我々が救いたい存在でもあるんだ」

 苦々しく、ゲイブは唸る。

「彼らやあの少年のように高貴であるからこそ、救われるべきなのに、救えないんだ。我々が無理に連れ帰れば、彼らの輝きは失われるだろう。いつもそうだ。……そういえば、あの少年はどうした。妙な現象があっただろう」

 ゲイブの問いに応じるのは、地上部隊を管轄するオペレーターだった。

「確保した地上拠点に着陸し検査を受けている模様です。現地名はオダイバ」

「エントロイドが生み出す異空間に巻き込まれながら復帰したんだろう? 元からそういった方面に優れた兵器でも無い限り、できないことだと思うんだけど」

「宇宙保安庁が諜報用にそういう機体を持っているという話は聞いたことがありますが、少なくともスプライトエクスプレスにはそういう機能は無いはずですね」

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