CREDIT5 荒天の破壊者
"二〇〇七年 九月二〇日 〇八四一時"
太平洋 日本列島近傍海域
朝が訪れようとしていた。しかし、その場所は厚い雲と降り注ぐ雨粒に支配され、朝日が差し込むことは無い。
エントロイドの影響によるものか嵐吹く海域を、一機のスプライトエクスプレスが飛行していた。薄暗い豪雨の中、風に煽られることも無く緩旋回する機体は弾とオプティ、そしてフォスのスプライトエクスプレスだ。
『大気圏内の悪天候下での飛行は初めてですが、確かに大気依存時代の航空機では危険な飛行だったと推測できますね』
フォスの言葉に、弾は応えない。腕を組んで俯いたその姿は、静かに寝息を立てていた。一方で起きているオプティも後席の操縦機構は収納し、空中投影されたキーボードとポインティングデバイスを操作している。
ステーションでも眠れなかった弾を休ませるため、フォスとオプティはエントロイドの勢力が薄いであろう海上、それも悪天候の中を選んでいた。自動操縦のゆりかごの中、弾は疲れた体と心を休め、オプティはこれまでの記録を検分している。
「うん……。やっぱり」
『オプティ、確認は終わりましたか?』
「うん」
弾と剣持が乗り込んだ直後、軌道上、梅戸市上空の三戦について、各種記録を参照したオプティは、フォスと意見を突き合わせた。
「武器の攻撃力が上がってる」
『やはり体感的にもそうですか。正式な計測を経ていないので断言はできませんが、およそ三〇%の威力上昇が各装備で観測できています。投入されている出力が以前までと変わらないにもかかわらずです』
フォスはオプティの周囲にスクリーンを投影する。機体のセンサーで捉えたレーザーとホーミングレーザーの軌跡の画像だ。その全てにおいて、威力の光に赤いスパークがまとわりついているのが見て取れる。
『未知の電光現象が確認できます。因果関係は不明ですが、現状威力上昇に関わるものと思われる付帯現象はこれだけです』
「ダンのエントロピー汚染のせいじゃないの?」
『直感ですか? その観点からは、私には判断しかねますね』
フォスの判断に、オプティはつまらなさそうに口を尖らせる。しかしフォスは言葉を続け、
『エントロピー汚染による攻撃性の上昇は幾つか報告があるようですが、ダンのバイタル情報では汚染の進行はまださほどのものではありません。抗エントロピー処置が施されている兵器にすら影響を与えるほどとは考えにくいですね』
「ダンについてなら、フォスにはわからないことが私には見えてるんだよ?」
『火……の件ですか。その点については私はノーコメントです』
オプティは鼻を鳴らす。とことんつまらなさそうな様子で、アームレストのコンソールに身を横たえ、
「こんなに大きくて明るい火があるのに、なんで誰も気付かないのかな?」
『オプティ、あなたの知覚の方が例外的なものなのです。むしろ訊ねたいぐらいです。なぜあなたは、ダンにそこまで肩入れするのですか?』
「? ダンみたいな人がいたら、好きになるのが普通じゃないの?」
『ダンの人格が好ましい傾向を備えている点には同意しますが、今のオプティの様に生命を持つ身でありながら、その全権を委ねられるほどの特筆性は私には見出せません』
「うっそだあ。ステーションでダンに操縦席開けたくせにー」
『それは、ダンが操縦者として認められる人間としての要項を満たしていたからです』
「フォスもそう思ったでしょ? そういうことだよ」
そう言って、オプティは勝ち誇ったようにシートの上でふんふんと鼻息を漏らす。顔の無いフォスは、機外から見るとセンサーをじりじりと点滅させ閉口したかのような沈黙を発した。
『感覚、感情的な判断は私には理解できません……』
「いいよもう。私の考えだもん。フォスはフォスなりに、ダンのこと信用してけば?」
『私の視点はロジックに基づきます。――話を戻しましょう。当機の異常の原因ですが……』
フォスが仕切り直そうとしたその時、索敵系情報を映していたウインドウに光点が現れ、注意喚起のビープ音が鳴る。ハッと気がついたオプティは、後席から手を伸ばして弾の頬をつまんだ。
「起きて~」
「あんだよぅ」
顔面を変形させられながら目覚めた弾の、その眼前にフォスはウインドウを移動させる。情報画面は変化し、直下から光点が接近してくる様子を映し出していた。
『
「敵、かぁ……!」
一発で目が覚めた弾は、びっくり箱の仕掛けのように飛び出してくる操縦レバーを握ると機体を側転させた。急旋回でその場を離脱するスプライトエクスプレスの直下では、海面がそこに潜む大質量物に押し上げられ隆起しつつある。
「クリムゾン……なんだって? ギロチン? どんなエントロイドなんだフォス!」
『エントロピー汚染された海洋生物の変化体です。特に元になった種が――』
フォスが応じる最中、海面がついに引き裂かれた。波飛沫の破れ目を開き、名の通り赤い巨体が海面に現れ、さらに大跳躍してみせる。岩肌のように荒々しい表面を何節にも区切ったそれは、両脇に蠢く脚部を幾つも備え、さらに左右最前の脚部は巨大な鋏の形状を持っていた。
『――甲殻類の場合そう呼称されます。あれはおそらく伊勢エビかロブスターが原型ではないでしょうか』
「朝飯には重いな……!」
弾が舌打ちし、オプティの腹が鳴った。そして旋回しながら巨体を視界に収める弾達の前で、クリムゾンギロチンはその背部の甲羅に亀裂を生じさせる。そして開いた間隙から黒い棒状のものを突き出した。
それは潜水艦の船体だった。直後、その甲板に内蔵されるVLSがハッチを開く。
『エデンⅣ文明呼称で「戦略型原潜」と呼ばれる艦船と、核分裂兵器の反応を検知。敵は体内に複数の原子力艦艇並びに核分裂兵器を吸収している模様』
「怪獣かよ!」
「撃ったよ」
煙の尾を曳き、突き出した潜水艦から二発のミサイルが放たれる。幾度となく鋭角に曲がる軌道を描く二発を残して、巨体は水しぶきを上げて海中へと没していく。
『ダン、核分裂兵器程度の火力なら本機は直撃しない限り無視できます。回避に専念して下さい』
「そうは言っても気分の問題ってのがあるぜ……!」
唸り、弾は迫るミサイルへと機首を向けた。病的に幾度も折れ曲がって迫るミサイルに機銃掃射が飛ぶ。火線に捉えられた一発は湿気った花火のように小さく爆発し嵐に掻き消されるが、残る一発がスプライトエクスプレスに迫った。
『迎撃臨界点です。ダン、回避して下さい』
特大の矢印を表示するフォスに、弾は苦々しい表情で機体を急旋回させる。宙を蹴るような機体の背後で、ミサイルが起爆して閃光を上げた。
嵐と波濤が爆風に押し退けられる中、スプライトエクスプレスは悠然と海上を行く。衝撃波との交錯をロール一回転で凌ぎ、機体のセンサーが海上を走査した。
「ちょっと近づきすぎたかな……?」
『環境隔離シェルが全ての放射線を遮断しています。あの程度の放射線で影響が出るようでは核融合する恒星が点在し放射線が飛び交う宇宙空間では身動きが取れませんよ。それよりも、問題はあのエントロイドです』
「まだ下にいるよ」
薄暗い水面の下に、さらに暗いシルエットが見える。弾が寒気を覚えて機体を横に跳ばした瞬間、海面を貫いて巨大な鋏が空間を裁断した。しなる触覚を鞭のように振り回し、嫌につぶらな眼球を備えた頭部が波間に見え隠れする。
「水の中から攻めてくるつもりみたいだな……。フォス、手立てはあるのか?」
『フルパワーのレーザーなら海中のエントロイドにも充分な侵徹力を発揮できます。が、それでは攻撃間隔が長すぎますね。オプティ、ホーミングレーザーで周囲を沸騰させて海上にいぶり出しましょう』
「エビは生の方が好きなんだけど」
オプティは不承不承頷くと、コンソールに指を滑らせた。武装ナセルのハッチが開き、赤いスパークを纏った光の弧が海面に幾つも突き刺さる。背面飛行で眼下を見据えるスプライトエクスプレスの下で、海が洗剤を垂らしたかのように白い泡に埋め尽くされていった。
沸き立つ波濤の中に、赤黒い巨体が浮かび上がる。藻掻くクリムゾンギロチンは、甲殻の突起部に見えていた海上艦艇の武装や身体末端からの火球をでたらめに打ち上げ、地上で暴発した花火のように破壊力をまき散らした。
爆風と火力の間を、スプライトエクスプレスはチャージ光を灯して突き進む。正面にクリムゾンギロチンを捉えての急降下だ、
『脳髄を破壊すればこの形態としてのエントロイドは機能を停止するはずです』
「ワタ取り」
「エビもミソは美味いんだぞ」
『二人とも……空腹ですか?』
「生身だからな」
火力を縫ってバレルロールする機体から、弾が照準を合わせてレーザーを発砲する。そしてそれと同時に、クリムゾンギロチンの口吻から傍目には光線にしか見えない高圧放水が放たれレーザーに正面衝突する。
「耐えてやがる……!」
レーザーに激突した高圧水流は即座に蒸発しながらも、レーザーのエネルギーを大いに奪い取っていた。雲と見紛うほどの水蒸気が上がり、そしてそれを貫いて鋏がスプライトエクスプレスに襲いかかる。
金属の激突音が響き、そして白い機影が振り回された。軌道をねじ曲げられ、海中へと引きずり込まれていく。
「水没した……っ!」
『外装に高圧力並びにエントロピー汚染の兆候を検知。あらゆる手段を用いて離脱して下さい』
水流と気泡が渦巻く中、挟み込まれたスプライトエクスプレスは海中にでたらめに機銃掃射し噴射光をまき散らした。しかしすんでの所で敵の急所も、振り払う隙も逃してしまったようだ。重機械のような唸りを海水越しに響かせ、鋏が圧力を強めていく。
「やばいんじゃない?」
『オプティ、ホーミングレーザーも投入して下さい。内装へのダメージが予想される圧力まであと二〇秒』
「ちっくしょう……!」
発射する側から気泡にまみれて威力を失っていく光弾の連射を止め、弾はチャージ球を機体に形成させていく。すぐさまその周囲で海水が突沸し、クリムゾンギロチンはそこに込められていく威力に意識を向けた。
『逆側の鋏が来――、海上に多数の高エネルギー反応』
瞬間、フォスが警告を中断して新たな情報を提示する。そして同時に、周囲の海中で爆発が連続した。複数の破裂にクリムゾンギロチンが周囲の海水ごと空中へ打ち上げられるほどだ。スプライトエクスプレスも振り落とされ、宙に転げていく。
「上、は……どっちだ!?」
「フォスの誘導線を見て。あいつは、落ちていくよ」
オプティの助言に従い、弾はグルグルと景色の中を回るフォスの誘導線を追って機体を操作した。ミキサーにかけられたような視界が復旧する頃には、海面にクリムゾンギロチンが叩き付けられているのが見える。
「助かった……。けど、誰が?」
「あれは――。上!」
オプティは応えようとして空を指した。その動きを追った弾が見るのは頭上に立ちこめる雲。そしてそれを突き破って降下してくる複数の影だった。
人に見える。が、切り裂いて曳く雲の切れ端や気流の動きが、それが一〇メートル強の体躯を持っていることを弾に示していた。肩や下腕、膝、胸などの人体の突出部が肥大化したデザインのそれは、兵器然としたグレーの色彩に身を包んでいた。それが、一五機。
『――トラニアン・プラトーン、突撃!』
嵐を貫いて男の声が響き、陣形の中央に浮かぶカトラス状の刀剣を手にした機体が眼下のクリムゾンギロチンを突き示した。その号令の元、周囲の機体がスラスターに点火して急降下を開始する。
「なんだ!? 人型の……ロボット?」
機体に回避行動を取らせながら、弾は思わず口にしていた。それぞれの獲物を手に、バックパックや腰部のスラスター群を吹かすそれは創作物の中に出てくる人型兵器の姿に他ならない。目を白黒させる弾に、フォスが応じる。
『海兵機、マリーネストライカーと呼ばれる兵器です。惑星への降下進攻の先陣を切り、生身では対処しきれない敵との近接戦闘を担当する兵器。あれを用いているのは海兵隊――エデンⅣ駐留軍の遊撃部隊です』
フォスが語る間に、長大なライフルや無反動砲状の火器を持った機体に援護され、取り回しに優れる短砲身火器や格闘装備を得物とする機体がクリムゾンギロチンの周囲を囲っていた。それぞれの機体はスラスターに加えて重心移動も駆使し、時に蹴るように宙を加速し、滑るように浮遊し赤のエントロイドを攻撃していく。
素早い手際に、弾は一瞬言葉を失った。そしてその一瞬に、機体に衝突音が響く。
「っ!?」
『海兵機〈バッカニア〉一機が当機の下部スタビライザーを把持しました』
下方視界ウインドウが展開し、フォスが言うとおりに海兵機がスプライトエクスプレスの後方下部へ向けて伸びる鋭角なパーツを掴んでいた。手にしているのはカトラス状の装備。号令を発した機体だ。
『おうそこのヘタクソ! こんな時に教習飛行か?』
「この声は」
『声紋分析……。アレス=トラニアン中尉と確認。お疲れ様です。こちらはタイラスコードロンより一時離脱中のスプライトエクスプレス、オプティ機です』
顔を上げるオプティに、フォスが海兵機へと正体を明かす。すると海兵機は覗き込むように首を傾げ、そして通信ウインドウが開く。
「――。おっ! ホントにオプティじゃん! 元気かオプティ! 相変わらず寝ぼけたネコみてえな顔してんな!」
「そうかな?」
「間違いねえ! フォスも相変わらずとぼけてやがんなあ! なんだよ一時離脱中って。それに……前席の、お前誰だよ」
短髪を荒っぽく掻き乱した欧州系の顔立ちの青年が、けたたましくまくし立てる。弾が気圧されていると、フォスが応じた。
『ダンはエデンⅣの住民です。我々が救助しましたが、エントロイドの追撃を受け、現在独自に戦闘中です』
「民兵かよ、相変わらずお前らは規格外だな。しかし……この星の住民?」
機体を這い上がってきた海兵機が、スプライトエクスプレスのセンサーを覗き込む。ゴーグル状のバイザーの奥、十字状に配置されたセンサーがぼんやりと胡乱げに光っている。
「ってことはあれか? 何の取り柄も無くて? 代わり映えの無い日常に飽き飽きしてたら? 異常な事態に巻き込まれて? トントン拍子で大活躍ぅ? とか抜かす手合いか?」
画面の中、アレスが引き気味な笑みを浮かべ口元に手を当てる。あちゃーとでも言いたげな様子に、弾は顔をしかめ、
「俺は……巻き込まれてなんかいません。自分の意志で……戦いたいと思って、オプティとフォスの力を借りて、ここにいます」
「意志」
キーワードに触れたか、アレスが演技がかった表情をやめ身を乗り出す。片目を大きく開け片眉を吊り上げ、値踏みするような目を向けてきた。
「マジでか? お前、わざわざ戦おうってのか? へー、なんのために」
「俺は……損なわれたり、救われたりするにしても、与り知らないところで行く末を決められたくない……。ただの被害者でありたくない。そう……思いました」
木訥と、上手く言えない風に弾は言葉を絞り出す。プレッシャーをかけるように顔を傾けていたアレスは、その様子に顎を撫で、
「格好いいこと言うじゃねえか。だが、今この星は俺達のように格好いいだけじゃどうにもならねえぜ? フォスの力を借りたってなあ。ええ?」
『アレス中尉。ダンと我々は軌道上でピラノイド率いるエントロイドの星間集団、地上でジャイアントネオテニーの変種と交戦しこれを撃破しています』
「おっと大物じゃねえか」
『ジャイアントネオテニー戦では、エントロピー汚染されたエデンⅣ住民の生き残りを手にかけることにもなりました』
「おほースプラッタ!」
口笛を吹くと、アレスは機体を浮かび上がらせスプライトエクスプレスを小突く。そしてカトラスで眼下のクリムゾンギロチンを指し示し、
「なんだよ戦闘童貞じゃねえじゃねえか。先に言えよなそういうのは! お詫びにちょっとお前、格好良くしてやるぜ!」
宙を蹴り、海兵機〈バッカニア〉が急降下していく。即座にフォスが誘導線を表示し、その後を追うように指示した。
「フォス、知り合いなのか?」
『アレス中尉は平良大尉の友人です。タイラスコードロンの生命兵器と機体とは面識があります。軍学校時代以来の付き合いだとか』
「平良大尉の……」
ステーションで見た平良の生真面目そうな表情と、アレスのコロコロ変わる表情とはあまり繋がらないように思える。しかし弾が首を傾げる間にも、アレスは機体を奔放に飛び回らせ、部下達の頭上を巡る。
「待たせたなお前ら! 見ろ、スプライトエクスプレス一機が参戦だ。ただひでー目に遭うだけじゃ我慢ならないってガッツのあるエデンⅣ人が乗ってる。仲良くしないと先生許しませんよっ!」
アレスの声に、各々の機体はスプライトエクスプレスを振り仰いだりその場で宙返りしたりと、自由にリアクションを返す。何機かはふわりと上昇してスプライトエクスプレスに並び、
『エデンⅣの人~?』
『おいおいどこで機体手に入れたんだよぅ!』
『よろしくね~!』
老若男女入り交じった明るい声達に、弾は思わず頬を緩める。そしてアレスのバッカニアが頭上でカトラスを回し、
「じゃあ改めて、今回はあのエビを料理していただくわけだ! ゲストもいることだし、ゲロマズに決めるんじゃねーぞ!」
『おいーす!』
「かかれぇ!」
宙に舞った機体達から火力が降り注ぐ。海上のクリムゾンギロチンはその業火を浴び、波濤を掻き分けて暴れ回った。そしてそこへ、白刃を閃かせた突撃要員が急降下していく。
「弾、ついてこい!」
カモン系の手振りをすると、アレスのバッカニアが背面降下で先行していく。そしてスピンで火球を躱し、カトラスを振りかぶり、
「攻撃力を削いでいくぞお!」
声を上げ、掬い上げるような軌道で刃が走った。クリムゾンギロチンの背面から生えた潜水艦が半ばから断たれ、弧を描いて上昇していくアレスのバッカニアが切っ先でクリムゾンギロチンを指し示す。
「やってみな!」
『ダン、我々はあれを狙いましょう』
フォスが照準を示したのは、やはりクリムゾンギロチンの背に迫り出してきた海上艦の甲板部だった。VLSからミサイルを吐き出すグレーの構造物に、弾は進路を向ける。
「オプティ、ホーミングレーザーもロックしてくれ。多分壊す前に通り過ぎる!」
「お? OKOK」
サムズアップするオプティを尻目に、弾は機銃掃射で機体を突入させていく。破損が見える砲や機銃が反撃してくるが、跳弾するような軌道でその間を縫い、火力を目に付く部位に撃ち込んだ。VLS数セルと装備の数々を破壊してフライパスすると、すかさずオプティがホーミングレーザーを発射。
「ダンと同じところ」
上空へ放たれた光の弧は、赤いスパークを纏った蛇のようにくねり、弾が機銃を撃ち込んだ部位に降り注いだ。形状を保っていた艦橋部がそのまま爆発して宙を舞い、アレスが空中で機体を揺さぶる。
「おーう芸術点高いぜ。その調子で頼む。まずは軽く満身創痍にしていこうぜ!」
身を回し、バッカニアが再び降下軌道に入っていく。さらにアレスの部下達の機体もそれに続いた。頷き、弾も上空からクリムゾンギロチンが生やす兵器に火力を降り注がせた。
「あー、やっぱ主力機がいると攻撃派手になんなあ~」
気楽にいいながら、枝でも振り回すようにアレスがまた潜水艦を叩き切る。するとその背後で、別の潜水艦の発射管が開いた。
『核分裂兵器反応です』
「アレス大尉! 核ミサイルが――」
「ああ!?」
上昇離脱に入ったアレス機が振り向くと、発射管から煙が吹き出し、そこからミサイルが一直線にアレス機を目指す。
「物騒じゃねえか!」
瞬間、アレス機が手にしたカトラスを投げ放つ。切っ先から飛んだカトラスは、まっすぐミサイルを突き刺した。そしてその瞬間、ミサイルは周囲の空間ごと内側へひしゃげ、破裂。
「見たか! 重力カトラスの爆縮モードだ! そんな原始的な兵器いくら取り込んだって効きやしねえぜ!」
「武器が……!」
弾が思わず呟くと、アレスは通信ウインドウにニヤニヤとした笑みを浮かべてバッカニアに宙を蹴らせ、スプライトエクスプレスと併走させる。
「気にすんな。こいつは在庫が大量にあってな。なにせ、ほら」
そう言いつつアレスは機体の背部スカートにマウントしたサブマシンガンと、腰部ポーチ型コンテナ内から新たなカトラスを抜刀する。肝心のカトラスはコンテナよりも長大なものだが、なんらかの技術があるのだろう。そしてアレスはカトラスの鍔を示す。
そこには髑髏のレリーフがあった。
「見ろよこれ。この時代にドクロだぜ? シャレコウベェェェッ! だっせえよなあ? しかも――」
バッカニアが手首を返してカトラスを裏返すと、そこにも髑髏の顔があった。
「両面顔。ぶっ飛ぶほどダッセ――! しかも起動すると目が光るんだぜ? 正気を疑うよな!」
「ええ、まあ……」
「だろぉ~? まあうちの実家が作ったんだけどさ。このザマだから売れねえわけよ。で、オレが在庫処分してんの。要るか?」
『当機には装備できませんね』
「知ってるよ」
軽く笑い、またアレス機が飛び込んでいく。
切り裂かれ、撃ち下ろされ、クリムゾンギロチンは煙を上げていた。全身からはみ出させていた兵器達は尽く破壊され、今やその合間に見える甲殻部もひび割れている。高熱の体温を持つのか、亀裂を洗うように波が被さると蒸気が上がった。
「倒せそうですか?」
「ぶっちゃけるとこの手のはしぶとい。来るぞ!」
瞬間、眼下のクリムゾンギロチンが背を丸めた。そして瞬く間に、朽ちていくように兵器達が崩れ落ちていく。その奥から現れるのは軟質な感触を思わせる、未硬化の甲殻部だ。
「脱皮した。すぐ固まっちまうぞ! ありったけ叩き込め!」
飛び交う海兵機達が、一斉にその腕をクリムゾンギロチンへ向けた。下腕装甲の一部が迫り上がり、砲口を明らかにする。そこから漏れ出る光はスプライトエクスプレスのレーザーチャージ光に似たものだ。
「ぶっ飛ばせおらあ!」
掛け声と共に一斉に放たれる光弾は、クリムゾンギロチンの体表や海面に達するなり炸裂した。爆光と衝撃波をまき散らすそれは、弾達が海中に引きずり込まれた時に周囲に降り注いだものと同じだ。
「どうだ! 海兵機一五機の余剰出力を凝縮したプラズマ榴弾だ! 効けよこの野郎!」
フォロースルーで機体をゆったりと回転させながら、アレスが歯を剥いて吠える。眼下、嵐の中でクリムゾンギロチンは高熱に晒されたためか赤く染まり、手脚を振り回すことも無く沈黙している。
「フォス、オプティ、倒せたのか?」
『どうでしょう。活動が停止しているのは脱皮の直後だからかもしれません』
「あっ」
オプティが声を上げると、海上に重低音で鼓動の音が響いた。それは連続し、そしてその度にクリムゾンギロチンの甲殻が透明度を失い、目に見えて硬さを増していく。
「ダメかあ――っ!」
『生煮えかよ~!』
『この雨が! この雨が悪い!』
じたばたと海兵機達が空中で地団駄を踏む中、クリムゾンギロチンの新たな甲殻はその表面にイボを生じ始めた。砲口状の開口部が開いたそこからは、エントロイドの火球が続々と吐き出され始めた。
「本来の攻撃生態を発揮し始めた! こうなったら根比べだぞ!」
『ダン、敵が動きます』
アレスの部下達がサブマシンガンを抜くと、クリムゾンギロチンが海上で身を翻した。そして火球を全方位に放ちながら、巨大な尾で海面を引っぱたき跳躍する。
『跳んだあ!』
『躱せ躱せ!』
『ヒー! 脚がわしゃわしゃしてて気持ち悪いぃ』
蜘蛛の子を散らすように、バッカニア隊はあわあわと宙を避ける。弾も機体を側転させて回避行動を取ると、鋏と衝突した海兵機が大の字になってぶっ飛んでいった。
「弾、お前も撃ちまくれ。ギロチン種は本体甲殻が硬化してる間はろくにダメージが通らねえ。手数で押すしかない」
追いついてきたアレスはそう言うと、サブマシンガンをクリムゾンギロチンに向ける。各機からの掃射が襲いかかっていくが、しかし兵器とは異なるエントロイドの甲殻は簡単には砕けないようだった。さらに撃ち込んだ数の倍はあろうかという火球が撃ち返されてくる。
「きっちーなおい! 弾、エデンⅣ人的になんか思いつかねえか?」
機体の膝装甲から何か力場を発生させ火球を相殺しつつ、アレスが声を上げる。問われた弾は俺? とオプティに振り向くが、オプティはしみじみと頷くだけであった。
「ガンバ」
「ええ……。え、エビなら腹が柔らかいんじゃないですか?」
「それもそうか! じゃあ頼む」
裏拳で機首を小突くと、アレスのバッカニアが宙を回って部下達の上を巡る。
「おーい、もう一回奴を跳ばすんだ! 弾が突っ込んで腹ぶち抜いてくれるってよ!」
「ちょっ」
『マジっすか! 根性の大盤振る舞いっすね!』
「まっ」
『流石まだ文明が進みきってない時代の人は命を賭けるのが早い!』
「あの」
『テイクイットイージー? テイクイットイージー!』
「あーもー……」
『ダン、宇宙海兵隊にはこの時代最も荒っぽい連中が集まると評判なのです。下手に口を挟むと都合良く転がされます』
どこか投げやりに言うフォスに合わせ、オプティがなんとなく楽しそうに体を揺すっている。さらにアレスの指示で海兵機達がクリムゾンギロチンをおびき寄せる陣形を取り始め、弾は観念した。
『ダン、指摘通りあの種は腹部の甲殻の方が薄いです。有効打を与えられるかも知れません』
「そいつはどーも」
「おっぱじめるぞーっ!」
アレス機がカトラスを振り上げ、そしてクリムゾンギロチンの視線の先で高度を落としてサブマシンガンを乱射し始める。さらにその他の火器を持つ機体も掃射を初め、近接戦担当の機体は武器を手に何かバーバリアン系の踊りを空中で繰り広げた。
クリムゾンギロチンは一瞬鬱陶しそうに鋏を振るが、触角をしならせて顔を上げる。そして跳躍の予備動作として尾を振り上げた。弾はレーザーのチャージを開始しながら、一気に高度を落としていく。
次の瞬間莫大な水しぶきを上げ、クリムゾンギロチンが宙を舞った。火線をかいくぐり、アレスらは回避していく。そして波を蹴立てるほどに低空に至った弾は、正面から巨体の下へ滑り込んだ。
そこへ、海面を叩き跳ね上がったはずの尾が鋭く突き込まれてきた。カウンターだ。反応する間もなくスプライトエクスプレスはそれに正面衝突し、クリムゾンギロチンのキチン質の破片をまき散らして弾け飛ぶ。
XYZ軸の入り交じった複雑な回転に加え、海面に何度も激突して弾かれながらスプライトエクスプレスは低空を転がった。チャージ球が海面に触れる度に水蒸気爆発が起こり、もはやコントロール不能の様相だ。
しかしその直後、我に返ったように姿勢を取り戻した機体は、まだ空中にあるクリムゾンギロチンめがけ猛然と加速を始める。その操縦席では警報音が鳴り響き、弾が頭を押さえ、
「ひでえ目に遭った……!」
『瞬間的に環境隔離シェルの容量をオーバーする加速度が発生しましたね。ですがレーザーのチャージは維持されていますし、機体もまだ飛べます』
目を回すオプティを尻目に、弾は今度こそクリムゾンギロチンの直下に突入する。白く薄い腹側の甲殻を見上げ、武装を展開。
「灼けろぉぉぉっ!」
周囲の海水を蒸発させながら、電光を纏った光の柱が突き立つ。レーザー、ホーミングレーザーの一斉射撃がクリムゾンギロチンに突き刺さり、突き上げた。空中でさらに一段跳ね上がった巨体は、その腹腔を破られ、肉を焼き抉られている。
だが腹を突き破られ身を丸めたその頭部、泡を吹く口吻から火球が放たれる。追いつき、撃ち、離脱しようとしていた弾達から見れば真っ正面だ。
掃射が迫り、しかしその向こうで一つの影がクリムゾンギロチンの眼前に飛び込む。雷光を反射するカトラスの刃。アレスだ。
「マジで一人で飛び込ませると思ったか?」
悪戯っぽく言い、アレス機が身を回す。その動作がクリムゾンギロチンの口吻と触角をいくつか断ち切り、さらに通過しながら返す動きが喉に切れ目を刻んだ。
「まっすぐ突っ込め! こいつの脳に届くはずだぜ!」
指差した機体が、わしゃわしゃと動く脚に巻き込まれて海面に叩き落とされる。サムズアップを海上に突き出して沈んでいくその姿に、弾は頷いた。
「フォス!」
『間に合うかはギリギリですね』
レーザーのチャージもそこそこに、すでに放たれている火球をかいくぐり、スプライトエクプレスが上昇する。逆落としの稲光と化し、泡を吹くクリムゾンギロチンの喉笛に機首を突き立て、
「チャージ……六〇%……七〇%……」
後席のオプティがチャージ状況を読み上げた。光球が肥大化し、クリムゾンギロチンの甲殻を焼き切ると、機体が推力に押されてじりじりと食い込んでいく。
一方でクリムゾンギロチンは落下に転じながら、さらに体を折って喉元の弾達を振り払おうとした。莫大な圧力に、スプライトエクスプレスの機体が軋みを上げる。
『負荷が急速に増大しています。敵の自重と筋力が当機に集中』
「九〇……レーザー出力一〇〇%」
「いけえ!」
横合いから鋏が迫る中、スプライトエクスプレスは咆哮を上げるようにレーザーを照射した。絞り込まれたエネルギーの奔流は、甲殻の破孔から体組織を焼き切り、まっすぐ走るとクリムゾンギロチンの脳天までを貫いた。頭頂部の甲殻が赤熱化し、火山の噴火のように内側から弾け飛ぶ。
蒸気と焼け焦げた体組織をたなびかせ、スプライトエクスプレスがそこから飛び出した。対して力を失った巨体は、全身を海面に打ち付け軽く跳ね返り、そして沈み始める。
「倒した……か?」
各部のパネルラインから排熱する機体を背面飛行させ、弾が肩の力を抜く。そこへ、ぼたぼたと海水を滴らせながらアレスのバッカニアが上昇してきた。
「やるじゃねえか。意気込んでるだけのことはあるな! 後は余裕と腕と……その他諸々を身につけるだけだな!」
「だけ?」
『項目が多いようですが』
フォスとオプティの反応に、アレスは心底楽しそうに笑う。弾も何か応じようと口を開けたが、その時直下で海面が爆音を上げる。
「!? ――まだ生きてる!」
海面を貫いて伸びてくるのは、クリムゾンギロチンの鋏だった。刃の間に電光すら発しながら、それは一直線に弾達めがけて突き上げられてくる。咄嗟にアレス機が弾達を突き飛ばしカトラスを構え、
『隊長! ミサイル、着弾します!』
鋏が到達しようとした矢先に、その横合いから飛び込んできた飛翔体が炸裂した。運動ベクトルを強制的に変えられた鋏は、虚空を挟み切ると力なく没していく。
「ひゅー、さすがに最後っ屁だろあれは。ビビったなあ?」
「ええ、まあ……」
「だろう? ははは。しかし今のは、艦が追いついてきたってことか?」
弾に笑顔を向けたアレスが、部下に訊ねる。すると部下の機体の一つが、遠く指を指した。その先、嵐の雲下にはいつの間にか一つの影が浮かんでいる。
「何か飛んでる……」
『海兵隊の強襲降下艦のようですね。アレス中尉の所属艦ならば、ゴモラ級の一隻〈ゼップス〉のはずです』
「その下にもなにかいるよ」
鼻を鳴らし、オプティが声を上げる。反応したフォスが空中の影の下を拡大表示すると、海上に二隻の船が浮かんでいるのが映し出された。一方は扁平な飛行甲板を持ち、もう一方は城郭のような艦橋を持った、弾も見慣れた一般的な戦闘艦艇の姿だ。
「俺達は現地の軍と合流しててな。あれはジエータイのゴエーカンで、空母っぽいけどなんか空母じゃないらしいのが〈かつらぎ〉で、その隣にいるのが〈たそがれ〉だ。さっきのミサイルはどっちかが撃った奴だな」
「護衛艦……自衛隊……!」
こともなげに言うアレスだが、弾はハッと目を見張った。自分と同じこの星の生まれで、戦っている者がいるのだ。
「仲間?」
弾の高揚を見透かすように、オプティが後席から問いかける。思わず緩む頬を押さえ、弾は首を振った。
「俺はそんな器じゃないよ。しかし、諦めていない人々がいるのか……!」
「いるいる。超いる。お前、詳しい事情は知らねえからさ、身の上話聞かせるついでに俺らのとこ来いよ。俺達宇宙海兵隊はガッツのある奴は大歓迎だぜえ」
そう言って、アレスのバッカニアが肩でも組むようにスプライトエクスプレスを片腕で抱き寄せる。人なつっこいウインクを見せるアレス、どこか一息ついた様子で頷くオプティ。無言で誘導線を出すフォスに従い、弾はアレス達の母艦ゼップスへ進路を取った。
"二〇〇七年 九月二〇日 〇九〇三時"
太平洋上 〈ゼップス〉艦内
フォスとオプティに手取り足取り指示され、弾は傍目には野太い西洋の刀剣にも見える艦ゼップスへ向かい、側面ハッチから格納庫へ機体を着艦させていた。先行して着艦していた海兵機のパイロット達や格納庫クルーが見守る中、キャノピーを解放し弾は降り立つ。
「あ……」
固唾を呑んで見守るクルー達の中央で、弾は周囲を見渡す。無骨なゼップスの格納庫内装は、普段目にしてきた倉庫の類いに似た無造作さを感じながら、軌道上のステーションと同じような高度な技術の印象を弾に与える。
「ダァン! 我らが母艦ゼップスへようこそ!」
続いて着艦したアレス機がスプライトエクスプレスの傍らに膝をつくと、その胸部装甲が展開し操縦席を露わにする。飛び出したアレスはハッチから垂れるワイヤーラダーを滑り降りると、弾に駆け寄りおもむろにヘッドロックをかけてくる。
「お前、スプライトエクスプレスのレーザーチャージスフィアでの格闘戦はやる奴が少ねえ技だぞ。結構海兵隊向きだなお前よう!」
「こ、高等技術ってことですか……」
「あんなの危なっかしいから誰もやらねえってことに決まってるじゃねえかこの野郎!」
無遠慮に、アレスは弾の頭をぐりぐりと揉む。その様子に、老若男女の海兵隊員達は顔を輝かせると各々記録デバイスの類いを手にした。
「エデンⅣの勇気ある少年に拍手!」
アレスが万力のような力で弾の肩を抱くと、一斉にフラッシュが瞬いた。目を白黒させる弾の背後で、スプライトエクスプレスから降り立ったオプティが目を細める。
「いつもの」
『海兵隊は非戦闘時は常時コメディタッチですね』
呑気な二者。するとその言葉に、停止したアレスのバッカニアの視覚センサーが点滅した。
『指摘:作戦行動中』
女性音声に、解放されたキャノピーの下でフォスもセンサーを明滅させた。
『ドレイク、先程の戦闘で被害を受けてはいませんか? 衝突と水没があったようですが』
『報告:消耗は許容範囲内』
完全なシステムメッセージ調の音声だが、フォスとドレイクなるバッカニアのAIとは対話が成立しているようだった。そこへ、もう一機のバッカニアが着艦しようとハッチから格納庫を覗き込んでくる。
『隊長! ドレイクが邪魔です! ちゃんと所定のハンガーまで移動させて下さい!』
「ああん? お前がやっといてくれよヒュン。俺は今新しい出会いに心浮き立ってキャハキャハしてんだからよ」
『中尉、当機の遠隔操作権限ではドレイクをコントロールできません。物理的な方法を採らざるを得ませんがよろしいですか?』
『意見:回避されたし』
パイロットらしき女の声と、システムメッセージとが交錯する。アレス機のカトラスと同じ髑髏のレリーフが入った
「隊長ほら。私の〈ティンカーベル〉が口調の割に荒っぽいのは知ってるでしょう! また始末書ですよ!」
「ああもう野暮だな。あとで足腰立たなくなるまで責めまくってやる。――ドレイク! 着座!」
『確認:命令受領』
ドスドスと歩いて整備スペースに向かっていくドレイクの背を、ティンカーベルが急かすように押していく。周囲に集まっていた海兵隊員達も戦闘終了後の雑務に取りかかるのか、徐々に散り散りになり始めていた。
「騒がしいだろう。でも謝んねえよ? 俺達いつもこうだかんな。で、だ。疲れてるとは思うがちょっと着いてきてくれよ弾。うちのボスに紹介する。なにせ俺達の親玉だからな、多分お前のこと気に入ると思うぜ」
誘うアレスに、弾は伺うようにオプティとフォスの機体を見る。するとオプティは呑気に欠伸しながらヒュンと呼ばれた少女に手を振っており、フォスはセンサーを明滅させ、
『状況の推移についてのレポートを提出しました。ダン、後ろ暗いことはありません』
フォスが告げた途端、格納庫の奥の方から轟音が響いた。
『報告:転倒』
『ヒュン、これは違います。私は低脅威のエントロイド個体も殺傷できない程度の運動エネルギーしか腕部で発揮していません。この程度の力で転倒するドレイクの自己診断に異常があります』
「ティンカーベル! あなた後で無規制時代の大容量広告ファイル読み込ませてクラッシュさせてやるから覚悟しなさい!」
「……俺としては一刻も早くこの現場から離れたくもある。頼むよ」
苦み走った顔で震え出すアレスに、弾は渋々頷く。
"二〇〇七年 九月二〇日 〇九二四時"
〈ゼップス〉艦内 司令部
艦の中央近辺、何人ものオペレーターがコンソールに向かう部屋へ、弾は案内された。
「ボス! ボース! さっきの戦闘で拾った子連れてきましたよー」
アレスが先立って部屋に踏み込んでいくが、オペレーター達からは芳しい反応は得られない。首を傾げながら進んでいくアレスから、弾はふと視線を外した。
すると扉の影に、ごついハゲ頭の男が潜んでいた。軍服姿のそのハゲは、弾に向けて口元で人差し指を立てると、忍び足でアレスの背後に忍び寄り、
「フンハ――――ッ!」
「ホ――――ッ!」
ハゲが繰り出すカンチョーの直撃を受け、アレスが跳び上がる。ハゲは腰に手を当てたキメ立ちでアレスに向き合い。
「アレェ~ス。まあた格納庫で転倒事故があったって聞いたぞお」
「お、俺のせいじゃねえよボス! 海兵機のポンコツAIどもがどつき漫才はじめるから……! あ、もう、お婿にいけない……」
「なにぃ~? またあいつら面白アクション決めてんのか。となると誤射かあ。ごめんなあアレスのケツよお」
「持ち主も労ってあげたらどうっすかねえ!」
漫才をワンセンテンス分決めると、アレスとハゲは肩を組んで笑い合った。弾がその様子を真顔で見つめていると、ハゲが笑いの余韻を残したまま向き直る。
「ははは。あ、それで君がこの星の? どーもどーも、俺がアレス達のボスのゲイブ=ハッチネン大佐だよ。若いのに頑張るねえ。割とマジで宇宙にもそうそういないタイプだよ」
人の良さそうな笑みを浮かべ、ゲイブはまじまじと弾を観察した。
「しかし、一人……。いや、全領域戦闘機と生命兵器の子もいるなら三……名でこの星全部を救おうってのは、ちょっと格好良すぎじゃない?」
軽い雰囲気を保ったまま、ゲイブはそれとない風に訊ねてきた。風であって特に隠せてもいない疑念に、弾は歯を食いしばる。
「いや、俺は……この星を救おうなんて、思ってないです」
「えっ」
「俺はこの星や、そこに住んでいた人達のためだなんて思ってません。俺が、エントロイドを……仕方が無いことのように、人を翻弄するものを、許せないだけです」
弾は、気付かないうちに歯を食いしばっていた。そしてその表情に心当たりがあるのか、アレスとゲイブが視線を交わす。
「俺が自分のことを決めるのに、自分以外の何で判断すればいいって言うんですか。それに、そうでなくても……あんな、エントロイドを許せるわけがない」
弾は疑うような目でゲイブを見た。
「俺は……もう決めました。オプティとフォスは、俺を支えてくれています。それじゃあダメですか」
絞り出すように言う弾に、ゲイブはアレスを小突く。
「やだこの子結構うち向きじゃなーい?」
「そう思うならうちのボスらしく決めて下さいよ。あ、兄貴分的な立ち位置は俺がもう取っておいたんで」
「あ、おっめずりぃ。部下の生命兵器の子手籠めにした上にそれかよ!」
「ざぁんねんヒュンの方から告白してきたんですぅ~。かーわいー!」
二、三回と突き合う二人組に、弾が白い目を向け始める。ゲイブは咳払いし、
「いや、試すような物言いをして悪かった。切実なようだね君は。しかしなぜそこまで……」
そこまで行った時、ゲイブの隣にスクリーンが浮かんだ。どこかの部署の部下らしき音声が共に流れ、
『ボス! ちょっと見て下さいよこのレポート。有り体に言って私は泣きました!』
「あんだよいいとこなのに。ん? この少年のか……」
応じ、ゲイブは手元に来たスクリーンを読む。フォスが先程送った、弾のこれまでの経緯に関するレポートのようだ。見つめる弾の前で、ゲイブは神妙な表情になると口を横に広げて泣き顔になり。
「マジかよ! エントロイド汚染を……! それは悔やんでも悔やみきれないよなあ!」
「ええっ!? 弾汚染食らってんの!? そいつはますますキチーなオイ。進行度合いとかどうなんだよ」
「詳しいことは……フォスが記録を取ってます」
狼狽するアレスに答える弾。その肩を、ゲイブが力強く叩いた。
「命を……かけているんだな。なら、君さえよければ私達と来たまえ。最も苛烈な最前線を任されているのが、私達宇宙海兵隊だ。君の求める戦場はここにあるだろう」
「――一つ質問したいんですが、その海兵隊が地上にいるということは、この星に駐留している軍隊は……」
弾の問いに、ゲイブは一瞬意外そうな表情を浮かべると、少し困ったような、そして憤りを込めたような表情を浮かべた。
「駐留軍は初期迎撃の失敗と、住民救助に見切りをつけて軌道上で体勢を立て直している。まあ我々はその間に敵の情報を収集し、攻勢の足がかりを得るために地上に残っている感じだね。エントロイドをぶっ飛ばす機会があるんだから、さっさと降りてこいって感じだが」
「現状、エデンⅣの奪還再生の是非の段階で議論が起きてる。エデンⅣ自体の期待値が低いのも原因だが、エントロイドの勢力も中々ハードでさ」
アレスはそう言って肩をすくめる。そのニュアンスはエントロイドよりも、決定を渋るここにはいない誰かに向けられているようだった。
「うちの隊は最後まで戦うぜ? 今時宇宙海兵隊なんて入ってくる奴らはエントロイドは憎いし、それにこの星のことも愛してる」
「開拓の出来が悪い星でも?」
「それはそれ。俺達の中には、休暇の時に行く贔屓のラーメン屋がこの星にあったり、絵柄が好みのエロマンガ家がまだ救助されてなかったり、来週発売予定だったゲームを予約してたり、振り分けで配属された星だけど長い付き合いだからだとか、それぞれの理由がある」
そう言って、アレスはスクリーンを展開した。そこに表示されるのは弾も見慣れた世界地図。しかし各所にピンが打たれ、青と緑の地図を赤い範囲が覆っている。
「しかしそれぞれの理由だけじゃ、この敵の規模はどうにもならねえ。そこで志を同じくして戦うのが、俺達だ。来いよ弾。お前は多分、俺達と同じタイプの人間だ」
「同じ、タイプ?」
弾が問うと、アレスは悪戯っぽくウインクしてみせる。
「仕方ない人生なんて送りたくない。『俺の王様は俺』ってな。人生思うままでありたい、当然のことだよな?」
「それで、世界が成り立つんですか?」
「成り立つも何も、俺達の世界がそうだぜ?」
頷くアレスに、弾はほっと息を吐いた。少しでも油断すれば思わぬ場所から笑いものにされるような世界とは、ここは別物なのだ。
「よかった……。本当に、よかった……」
「真っ当な人間だけだぜ、こういうのが許されるのは。まあお前は、心配要らなさそうだけどさ」
アレスに同意するようにゲイブも笑い、弾はどこかで糸が切れたように膝をついた。その床面は大地ではないが、揺らぐこと無く弾を受け止めた。
"二〇〇七年 九月二〇日 一六二三時"
〈かつらぎ〉甲板上
それから、弾は休息がてらに検査と、今後についての話をした。まず軍医の女性が結果を見て言うことには、
「経過時間と比べてエントロイド汚染は小康状態にあるようです。このままのペースなら、およそ一週間程度は人間としての形態と意識を保つことはできるでしょう。……その後のことは」
「教えて下さい」
言い渋る軍医を促し、弾はそこから先を聞いた。自分でも驚くほどすんなりと受け入れられた内容とは、やがて訪れる実際の時に向き合うことになるだろう。今重要なのは、時間が残されているということだ。
その時間、弾はアレスら降下艦ゼップスの臨時所属機パイロットとして同道する。弾も、この星も、泣いても笑っても一週間前後の戦いだ。
「しごくぜ~。ウルトラしごくぜ~」
方針が決定するとアレスはそう言って魔王的なポーズを取った。その場に居合わせたアレスの仲間達も、魔王の部下の食えない幹部達じみた構えで整列していたのが印象深い。
ともあれ、弾はこの不幸中の幸いとして暖かい人々に出会えたことを感謝しつつ、護衛艦かつらぎの甲板に立っていた。頭上にはゼップスが浮かび、格納庫ハッチから伸びたクレーンの先に、整備状態のスプライトエクスプレスを一機吊るしている。ハッチの縁、機上、甲板上には宇宙海兵隊と自衛隊それぞれの作業着姿が立ち並び、機体をこの甲板上に下ろそうとしている。
「汚染の経過観察のため露天係留、だそうだ。かつらぎは飛行甲板を備えているから丁度いいわけだね」
弾の傍らに立つのは、甲板上で作業する自衛官らの責任者である壮年の男。周囲と同じ作業着に包まれた体格は、背はさほど高くはないものの鍛え上げられた骨太なものだ。
「昨日までは、我が艦にこんなものを載せる日が来るとは思わなかったよ。まあこの状況もそうだけどね」
腕を組む迫に、弾は頷く。
「俺も……です。世界の何もかもがひっくり返って――。この二隻の方々は、事情はどこまで?」
「上の彼らから、全て。この星のこと、宇宙のこと、エントロイドのこと。まあ、ここまで来たらその点は受け入れるしかないよね。ただ……」
「ただ?」
「君みたいな少年が、過酷な運命に身を投じなきゃならない状況は、承服しかねることだけどね……」
全て知っていると、迫は言った。その通りなのだろう。
「気にしないで下さい。俺は、被害者ぶるつもりはないですから」
「いや、気にする。個人的にも、我々の存在意義的にもね。君がどう思おうとそこは我々の領分だ。無念だよ、正直」
そう言う迫の目は、弾がこの星の上で見てきたいかなる人物の目よりも力に満ちていた。
生きた眼差しに息を呑む弾の手を、迫はためらいなく掴んだ。
「君にいかなる結末が訪れるかはわからないが、これだけは覚えておいてくれ。私達は、君のような人を守りたかった。幸せになってほしかった、と」
「……有り難う御座います」
弾はこれまでの人生で最も心の底からその言葉を述べた。今この場ではわかるのだ。感謝すべきことも、感謝するということも、このエントロピー渦巻く宇宙ではどれだけ貴重なことか。この地上で、どれだけそれが浪費されていたか。
弾の礼に、迫は目を伏せる。弾も、顔を上げることは出来なかった。
そして次の瞬間、粘っこい液体の落下音が甲板上に響き渡る。
「退避ー! 退避ー!」
「跳ねたぞ! 引っかかった者はいないか!」
「おおーい! 機体から何か垂れてるぞー!」
にわかに騒がしくなる艦上。弾と迫が見上げると、そこに吊るされたスプライトエクスプレスの姿が様変わりしていた。
赤いのだ。パネルラインから血のように赤い液体が染み出し、機体表面を流れ、そして甲板へと流れ落ちている。機上の海兵隊側作業員達も困惑した様子で、しかしクレーンが稼働し続けて機体を甲板へと下ろす。
「あの、これは一体……!?」
「えーと……、ちょっと待って下さいね」
赤黒い水たまりが生じ、それを避けながら自衛官達が詰め寄る。そこへ、機上にいた女性作業員が意を決した様子で飛び降りた。自衛官達が息を呑む中、彼女は水音ではなく硬い接地音を立てて甲板へと降り立つ。水たまりには波紋一つ生じなかった。
「エントロイド系の物理波動を検出……。しかし物理的化学的にはなにも検出されませんねー……」
「それは、どういう?」
「これ、見たとおりに在るものではあるようなんですけど、物質の類いじゃないんじゃないかな」
しゃがみ込みテスター的な機械を足下に向ける女性作業員に、自衛官らはどよめく。その隙間を縫って弾が機体に近付くと、その操縦席が開いた。
「ダン。――なんか一杯出た」
「まあそう言うしかないよな」
身を乗り出したオプティに、弾は脱力気味に応じる。一方で、フォスはセンサーを明滅させ、
『現象発生と同時に当機の破損、構造疲労が検出されなくなりました。どなたか確認を』
「ホントだヒビ消えてる」
「流出量? 減少中。停止しそうです」
機上に残った作業員が口々に驚きを表わす。それを聞き、弾はフォスに訊ねた。
「ダメージが消えたってことか?」
『はい。特に先程の戦闘では幾つか看過できない損害を受けましたが、それが検出できなくなりました』
「ダメージをコレとして排出したってことですかねー」
女性作業員の足下で、血溜まりのようなものは徐々に揮発していくように光の粒となって立ち上る。
『だとすれば未知の現象です。専門家による解析を要します』
「まあ物理波動に関連する何かなんでしょうけどねー。試しにほいっ」
軽い調子で、女性作業員は足下に向けていたテスターを弾にも向けた。そして表示を覗き込んで渋い顔をし、
「汚染されてるって本当なんですね。こっちの艦内にはあまり入らない方がいいですよ。ことエントロイドとなると何が起きるかホントわかんないんで。寝起きもこっちの機内の方がいいかな」
「それは過酷すぎないか?」
「いえ、いいんです」
追いついてきた迫が声を上げるのを制し、弾は頷いた。もとよりそのつもりだ。
「常在戦場です。俺は戦うために帰ってきたんです。それで……構いません」
「ダン、私と一緒?」
そう言うオプティも、露天係留されるスプライトエクスプレスと同じ扱いなのだろう。弾は己の居場所というものを意識した。
「もしも迷惑をかけることがあれば……できる限り自分でどうにかしますが、そちらもためらいなくお願いします」
「うあーお願いされたくない~。君みたいな若い子に悲壮な覚悟されるとお姉さん立つ瀬が無いよ~」
遠い目でぼやく女性作業員を見ても、弾の心は動かなかった。もはや変えられず、そして己で選んだことでもある運命なのだ。躍り込んでいく以外に、何があるというのか。
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