「そんな奴だが、これからも隣にいてくれないか?」

「俺も───国枝が好きだ」


 一瞬、何を言われたのか本気で分からなかった。目の前にいる彼のことが、初めて何も分からなくなった。

 大混乱する頭の中、疑問に思ったことが、本能的に口からこぼれ落ちた。


「……手塚くん、か、彼女、は……?」

「……」


 彼女がいるから、卒業式当日に言い逃げして去ろうと思っていたのに。どうして。

 志穂の言葉に、手塚は表情を苦々しいものに変えて、また露骨に目線を逸らした。何かを言い掛けて口を閉じ、また開けては閉じてを何度か繰り返した後。


「……れた」

「?」

「別れた。結構……前に……」

「……はい?」


 今、何て言ったの?


 好きだと言われたのと同じくらい予想できなかった言葉に、志穂は今度の今度こそ言葉を失った。息も忘れそうになるほど。


「国枝に相談して、自分で決めて付き合ったのに、その後割とすぐに別れて……国枝に相談てもらった手前、別れたなんて、そんな格好悪いこと言える訳もなかったから……」


 完全に動きを止めた志穂に、また気が付かないまま、手塚の言葉は長々と続く。


「彼女と一緒にいても、国枝のことばかり過ぎるし。国枝に似た髪だったからそうかなと思って、髪が短い方がいいかもと言ったら、彼女はわざわざ切ってくれた。でも、違和感は更に広がるばかりだった。何で隣にいるのが国枝じゃないんだって、そればっかり考えて。それで、やっと気付いた。俺が彼女の告白をすぐに断れなかった訳が」


 例の彼女は志穂と同じくらい髪が長かった。後ろから見れば、見分けが付かなかったかもしれない。

 そんな彼女に「好き」と言われて、手塚は動揺した。


 ───手塚くんのことが、好きです。


 あたかも、長い髪の相棒に、告白されたように錯覚したから。


「自分のことなのに、全く気が付いてなかったんだ。あの頃から、とっくに国枝のことが、好き、だったのに……」

「ま、待って、ちょっと待って!」


 流石にこれ以上は、心臓が持たない。こうも「好き」「好き」言われるなんて、完全に予想外の想定外だ。

 志穂は半ば悲鳴を上げるように叫んだ。


「嘘でしょっ?」

「今更嘘は言わない」


 先程とは同じような台詞を立場を変えて繰り返す。手塚の返事は、志穂と同じだった。


「で、でも」

「嘘で言えるか、こんな格好悪いこと。とにかく、もう別れてる。今、国枝を好きと言っても問題はない」


 言いたいことを言い切ったのか、手塚はそこでまた顔を伏せて沈黙してしまった。

 志穂もまた、つられて顔を伏せた。頬が熱い。二人揃って渡り廊下でしゃがみ込んで、何をやっているのだろう。しかも、揃って顔を赤くして。

 そっぽを向いている手塚の頬も赤いが、志穂の頬も負けじと真っ赤になっているだろう。直接見られないから分からないけれど。

 気まずい沈黙が続く中、志穂は深呼吸を繰り返して、何とか現状を飲み込もうとした。相変わらず、頭の中は混乱しっぱなしだし、頬の赤みも取れそうにないし、深呼吸しても呼吸も鼓動も乱れっぱなしだし。

 それでも、確かなことは。


 ───わたしは、手塚くんが好きだよ。

 ───俺も───国枝が好きだ。


 志穂が好きと伝えて、手塚も好きだと返してくれたこと。


 ならば、今のわたしたちがするべきことは───


「……結局、分かっている気になっていただけなんだね、わたしたち」


 先に口火を切ったのは、志穂だった。

 思えば、中学の頃から妙に息が合ったせいで、積極的に言葉を交わすことを怠ってきた。わざわざ言葉にしなくても、相手のして欲しいことが分かった。分かった気になっていた。

 だから、言わなくても通じ合えているなんて思い上がっていた。


 それは、傲慢というのではないだろうか。


 本当の想いは、大切なことは、直接言葉にしなければ、相手に伝わる訳ないのに。そんな初歩的なことすら、忘れてしまっていた。

 好きだってことも、別れたってことも、結局お互い気付けていなかったのだから。

 好きだと伝える勇気もない癖に、何で分かってくれないんだろうと泣いていた過去の自分をはり倒したくなってきた。もしくは、穴を掘って埋めたくなってきた。恥ずかしい過去として。

 ならば、今この場で埋めてしまおう。

 今日は卒業式。高校生最後の一大行事。過去の自分とさよならして、新しく何かを始めるには、丁度いい機会。

 だから。

 志穂は、ゆっくりと立ち上がった。


「だから、改めてここから始めてみない?」

「?」


 呆気に取られて手塚が志穂を見上げてくる。未だしゃがみ込んでいる手塚に手を差し出して、志穂は笑う。


 今日ここから、ちゃんと言葉にしていくことを始めよう。


 その決意の証として、志穂から言葉を紡ぐ。


「改めて。わたしは、国枝志穂です」

「……ああ、知ってる」

「中学、高校と、手塚くんの補佐として、生徒会副会長をしていました」

「ああ、知ってる」

「そして……中学の頃から、手塚くんのことが、好きです」

「……それは、知らなかったな」


 手塚は苦笑して、志穂の手を掴んで立ち上がった。


「俺も改めて。手塚禎史だ」

「うん。知ってるよ」

「中学、高校と、国枝に支えて貰って、生徒会長をしていた」

「うん。知ってる」

「そして……いつからかは未だに分からないが、国枝のことが、好きだ」

「それは……わたしも知らなかったよ」

「それなのに、国枝以外の彼女を作った大馬鹿野郎だ」

「それは……言わなくていいと思うよ」


 困ったように志穂が笑うと、手塚も照れ臭そうに笑って。


「そんな奴だが、これからも隣にいてくれないか?」


 掴まれた手をぎゅっと握り返して、志穂は頷いた。


「こんなわたしでもいいなら、喜んで」

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