「……すまない!」
その後の手塚の挙動を、志穂はこの先もきっと忘れないだろう。
「わたし、ずっと手塚くんのこと、好きだったんだよ。中学の頃から、ずっと」
志穂の「好き」という言葉を聞いた途端、手塚は体を一度びくっと震わせて、その後ずるずるとしゃがみ込んでしまった。体を抱き締めていた手塚の腕と手が、志穂の背や腕をするりと撫でて落ちていく。
無意識のことだとは思うが、今までされたことのない触れ方に、志穂も体を震わせた。触られた部分が、頬が一気に火照る。
ただ足下に崩れ落ちた手塚の混乱ぶりは尋常ではなく、志穂の動揺には気付いていないようだった。俯いて、右手で顔を押さえている。その手からはみ出した頬と耳がやけに赤い。
何だか、嘘だろとか信じられないとか、ぼそぼそ呟いているみたいだが、よく聞こえない。
「手塚くん?」
中高通して初めて見るその姿に、志穂も動揺を抑えてしゃがみ込むと。
「……本当か?」
視線の高さを合わせた志穂の方を見ずに、手塚がそう呟いた。先程より更に声が掠れている。
「今更、嘘は言わないよ」
言ったところで、彼なら見通す。そういう仲だった筈だ。
恋心以外は、だけど。
「彼女いるのに困らせてごめんね。でも最後だから、ちゃんと言っておきたかったの。わたしは」
志穂は一度息を吸い、改めて言った。
「わたしは、手塚くんが好きだよ」
そう、何年も何年も胸の中にあったのに、口にできなかった想い。その想いが、いとも簡単に志穂の口から滑り出てくる。
好き。わたしは、手塚くんのことが、好き。
きっと今なら何度でも言える。羞恥心とか不安に思う心とかは、感度が鈍ったのか、今は自覚できていない。
それでいい。どうせ最後だ。好きなだけ言い逃げして、恥ずかしさが追いつく前に終わろう。これは志穂の自己満足の行動で、結果はどうせ分かっているのだから。
そう思っていた志穂の耳に。
「……すまない!」
分かり切っていた言葉が。
分かり切っていても、それでも辛い言葉が突き刺さった。
「……うん」
分かっていた。奇跡なんて起こらない。
でも。
いざ本当に耳にしてしまうと、覚悟はできていても胸が酷く痛かった。
いや、振られる覚悟は、今になってもちゃんと持てていなかったのだろう。卒業式の後には引っ込んでいた涙が、また出番かと目尻から顔を出す。
しかし、その後に続いた言葉は、志穂が全く想定していない言葉だった。
「すまない。まさか、まさか国枝から、そんなこと言われるとは思わなくて……本当にびっくりしたって言うか……すまん、ちょっと待て。こんなことなら、さっさと白状しておけばよかった。何で今更……ああ、もうマジ嘘だろ……」
俯いたまま、こちらを見ないまま、手塚が言葉を繋ぐ。
いつになく、手塚のその言葉が長い。
内容よりも、まずそのことが気になって、思わず涙が引っ込んだ。
「どういうこと?」
長いのに何一つ意味が掴めないことにも戸惑いつつ、志穂がそう尋ねれば。
「俺が大馬鹿野郎って話」
そこでようやく、視線を逸らしていた手塚が、初めて志穂と目を合わせた。顔を覆っていた右手を下ろし、志穂を見つめるその瞳が揺らいで見えたのは、気のせいだろうか。
未だに赤いままの頬と耳を隠すことなく、手塚はこれまでの付き合い至上、最も予測できなかった言葉を口にした。
「俺も───国枝が好きだ」
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