「断ろうと、思った。でも、何故か言えなかった」

 志穂という「相棒」がいても、手塚は女子生徒に大変人気があった。二人がいくら「夫婦」と呼ばれていようと、「恋人」ではないのは周知の事実だったので、手塚の恋の相棒になろうと画策する女子生徒は後を絶たなかった。

 ただ、手塚はいくら女子生徒から熱烈に告白されても、誠実ではありながらも、何処か冷たく断っていた。誰から告白されても、態度は一緒。答えも一緒だった。

 志穂が断る現場に居合わせたことは勿論なかったが、噂は志穂の耳にも入っていたし、手塚が告白のために呼び出されるのは決まって放課後で、いつもより遅れて生徒会室に入ってきた手塚の疲れた表情を見れば、大体は想像できた。

 ずっと断っているということは、彼はまだ恋人を作る気がないのだ。そして、まだ恋愛に目を向けていないから、こちらの気持ちにも気付かないのだろうと、志穂はそう思い、自身の恋心を慰めていた。

 誰も彼の恋人として隣に並ばないのであれば、例え恋人でなくても「相棒」としてそばにいられるのなら、それだけでいい。そう捉えて、志穂も安堵していた。それが、志穂にとっては第一の過ち。


 手塚は決して、恋人を作る気がない訳でも、恋愛をしたくない訳でもなかった。ただ、彼がいいと思える相手に巡り会えなかっただけ。

 現実は、結局志穂にとっては厳しいものとなった。

 あの夏の一件も思い出となり、季節も落ち着いてきた頃のことだった。手塚が初めて、告白の返事を「保留」にした。

 相手は、手塚のクラスメイトで、志穂は直接会って話をしたことはない女子生徒だった。長い髪が特徴だったが、それ以上に自信に満ちあふれた表情が何より目を引く美人だったので、名前くらいは知っていた。志穂にとっては、その程度の認識だった。

 手塚が告白を断らないなんて、あまりに珍しいことで、志穂はひどく動揺した。

 しかし、それ以上に手塚が思い悩んでいたので───志穂が動揺していることに気が付かないほどに悩み込んでいた───志穂はいつも通り、相手の望むとおりに助け船を出した。

 それが第二の、そして最大の過ち。


「珍しいね。手塚くんがこんなに悩んでるなんて」


 急ぎの仕事が粗方片づいたところで、志穂は難しい顔をしたままの手塚に声を掛けた。動揺していることを、必死に必死に隠したまま。


「断らないの?」


 いつものように、断って欲しい。今は生徒会のことが忙しい。誰とも付き合うつもりはないと、そう言って、またわたしのそばに戻ってきて欲しい。

 心はそう叫んでいたが、志穂は必死に本音を押し殺した。

 告白を受けるも断るも、決めるのは手塚だ。志穂にその選択を誘導する権限は最初から、ない。


「断ろうと、思った。でも、何故か言えなかった」


 溜め息と共に吐き出された手塚の声は、頼りなく揺れていた。今まで聞いたことがない声をしていた。そのことも、志穂の動揺に拍車を掛けた。

 今となっては言い訳にしかならないが、当時志穂も混乱していた。

 そして、素直になって心のままに断ってと泣き叫ぶことも、ここで自分の気持ちを打ち明けることもできはしなかった。

 だからだろう。志穂はいつものように、いやいつも以上に「相棒」として優秀なことを、彼の支えになることをしてしまった。

 それは、志穂にとっては、最もやっていけないこと。泣きながら叫んでいた心の中の自分を、志穂は自分で裏切ってしまった。


「断れなかったってことは、手塚くんの中で、何か心に触れるものがあったんじゃないかな。落ち着いて考えたら、きっとそこに答えがあるよ」


 手塚が望んでいるであろう言葉を、口にしてしまった。

 つまりは───後押しをする言葉を。彼の悩みを解決するために、相棒として言える精一杯の言葉を。

 でも、それは。

 断れなかった。それが答えだと、そう言わんばかりの言葉で。

 即ち、志穂の恋心に対する裏切りの言葉。呪いの言葉となった。

 志穂の後押しに、手塚はようやく顔を上げた。まるで目から鱗が落ちたかのような、さっぱりとした顔をして。


「そうか」


 その一言だけを口にした。


 その後、手塚と彼女の間でどんな言葉が交わされたのか。具体的なことは志穂も知らない。知りたくもない。


 ただ、手塚に初めて「彼女」ができた。


 その事実だけが、志穂をこれ以上なく打ちのめした。

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