「国枝は最高の相棒だな」

「───答辞。卒業生代表、手塚てづか禎史さだふみ

「はい」


 凛とした声と共に立ち上がったその背を、国枝くにえだ志穂しほはただ黙って見つめていた。

 何年も何年も、あの背中をそばで支えてこられたことを誇らしく思う。同時に、そんな彼の勇姿をもう見ることができなくなるのかと思うと、胸が苦しくて、俯きたくもなった。


 でも、ちゃんと目に焼き付けなくては。これで、最後なのだから。


 早くも視界が涙で滲み始めたことを自覚しながらも、志穂は必死に見つめ続けていた。何年も何年も、好きだと思い続けてきた彼の背中を。


 志穂と彼───手塚禎史の出会いは中学生の頃。当時はただのクラスメイトという認識でしかなかった。

 転機は、互いに学級委員に選ばれたことだった。各クラス男女一人ずつで構成される学級委員に手塚と志穂が揃って選ばれた。

 仕事は、出欠の記録や授業の開始・終了の号令、ホームルームの司会や、学校行事の際のクラスの取りまとめなど多岐に渡り、同じ仕事をこなす間に、急速に親しくなった。

 何故かは分からない。今となっても分からないままなのだが、何故か二人は同じ仕事をしていると、以心伝心、相手のことが手に取るように分かった。相手が次に何をしたいと思っているか瞬時に判断し、先回りで行動に移せた。説明されなくても、相手のためにどう動けばいいのか、判断することが出来た。

 こんな感覚、志穂にとっても、そして恐らく手塚にとっても初めてのことだっただろう。

 そのうち、互いの名前を呼ぶだけで、他のどんな人たちよりも効率よく仕事をこなしていけるようになった。

 そして気付けば、生徒会の会長と副会長になっていた。


「手塚くん」


 志穂が手塚の名前を呼べば。


「ああ。委員会の報告書なら確認済みだ。会長印も押したから、職員室へ頼む」


 振り向くまでもなく、志穂が望んだ答えと資料が出てきたし。


「国枝」


 手塚が志穂の名前を呼べば。


「はい。体育祭のプログラムはアウトラインが今出来たところ。試し刷りするから確認お願い」


 次の言葉を繋ぐまでもなく、手塚が望む物を望むタイミングで出すことができた。

 そんな二人を周囲はいつからか「夫婦」と呼ぶようになった。

 手塚は元々端的に話すタイプで、詳細を率先して説明するようなことはあまりしなかった。そんな手塚を補佐する志穂が、彼の動きの先回りをするようになるのは、自然な流れだったのかもしれない。

 ただ、それはお互い様だった。志穂が詳細を口にしなくても、手塚は分かってくれた。自分のいいと思うタイミングが、相手にとってもいいタイミングだった。

 それは高校生になってからも変わらず、結局高校でも手塚が生徒会長、志穂が副会長となった。

 テレパシーでも使っているのではないかという息の合い様に、高校でも二人は「夫婦」と呼ばれるようになっていた。まるで熟年夫婦のような関係だねと。

 しかし、二人の関係は、あくまで生徒会の中での「夫婦」であって、互いに気心しれた「友人」、手塚に言わせれば「相棒」で「親友」であった。決して、実際の「夫婦」のような恋仲ではなかった。


 本当の「夫婦」だったら、こんなに苦しいと思わなかっただろうな。


 今までを振り返りながら、志穂は自嘲する。

「夫婦」と呼ばれる二人が、恋人同士であると噂されたことは、実は一度や二度ではなかった。中学では、寧ろ「夫婦」よりも「仲睦まじい恋人」と思われていた。あくまで、周囲の人間から見ればの話だが。

 でも、「真実」は悲しいものだ。志穂にとっては、どうしようもなく───悲しいものだった。

 どんなに以心伝心で相手のことが分かっても、いや、分かるからこそ辛いことがある。何でも分かってしまうから、相手が自分のことをどう思っているのか分かってしまう。

 手塚にとって、志穂は気心知れた相棒で、気の置けない「友人」だった。

 志穂にとって、手塚は信頼できる相棒で、初めて好きになった、大好きになった「片思いの相手」だった。

 あんなに息の合った二人なのに、片方は友情を、もう片方は恋情を。

 男女の間に友情が成立すると本気で信じている手塚と、やっぱり男女の間には恋愛が生じてしまうことを身を持って知っている志穂と。

 互いに互いのことが分かる筈なのに。それなのに、どうして。


「国枝は最高の相棒だな」


 何度そう言われただろう。

 笑顔と共に贈られた、手塚にとっては最大の賛辞に対して、志穂は何度打ちのめされてきただろう。


「……そうだね」


 ただ寂しく笑って応えた志穂の気持ちに、手塚は全く気が付かない。

 志穂は、ずっとこの齟齬を埋められずにいた。中学でも、高校でも、そして、高校を卒業してしまう今でも。

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