vs.『機関』②

「――ハアアアァァッッ!!」

「くっ……!」


 裂帛れっぱくの気合と共に突き出される高速の槍に、アルバは辛うじて右の短剣を合わせ弾く。

 そうしてできたバウムの一瞬の隙に一歩踏み込もうとするが、それよりも速く槍を戻したバウムが二撃目を放ってくる。

 結局、距離を詰めることはできず、そのままの位置で槍を弾いた。

 弾く度に痺れる手が、槍の威力を物語っていた。


 戦いはバウム優勢に進んでいた。

 そもそもの武器の間合いの差が、そのまま有利不利として現れていた。


 アルバの持つ短剣は、相手の懐に潜り込まねばその刃が届かない。

 対して、バウムの持つ長槍は、それよりも外の間合いから攻撃することが可能である。

 必然、アルバが攻撃を加えようとすれば、それよりも先に槍の攻撃にさらされることになる。


 自分の武器である素早い身のこなし。それを生かし素早く詰め寄れば勝機はある――アルバはそう思っていた。


 しかし、バウムの卓越した槍さばきはそれを許さなかった。

 己の間合いに入ったアルバに対し、それ以上近寄ることは不可能だと言わんばかりに、槍を次々に繰り出してくる。

 弾いても、かわしても、アルバが次の行動に移ろうとするよりも速く、次の槍が迫る。

 結果として、アルバは受けに回らざるを得ず、自分の間合いへと辿り着けないでいた。

 普段は逆手で持つ短剣を順手で持たざるを得ないほど、受け流すことに専念しないとバウムの槍は防げなかった。


 槍での『点』への攻撃は、十分な光量とは言えない環境も相まって見え辛く、集中していないと弾くことが難しい。

 集中力の限界か、短剣の耐久の限界か、それともそれを持つ手の限界か。

 どれか一つでも限界が訪れれば、それまでだった。


 いつまでも攻撃を弾くことはできない。

 アルバはそう思うものの、突破口が見えない。

 投刃さえあれば距離を取って戦うこともできるのに――アルバは槍を弾きながら歯噛みする。


 と、そこへ。


「――アルバ!!」


 背後からリノンの声。

 それを聞いたアルバは一際大きく槍を下から上へ弾くと、前ではなく後ろへと跳躍して距離を取る。

 大きく槍を弾かれつつも、すぐさま体勢を立て直したバウムがアルバへと距離を詰めようとする、その前に。


「チィッ――!」


 バウムの頭上に突如、無数の矢が現れる。

 リノンの魔術で編まれた、氷でできたその矢はアルバが跳び退くと同時に、バウムを標的として雨あられのように降り注ぐ。

 バウムが回転させた槍を振り回しその矢を叩き落としていくが、その全てを防ぐことはできなかった。

 槍の防御の隙間を縫い、次々とバウムに、そして草の茂る地面に着弾した矢は砕け、氷煙が巻き上がる。


 それに紛れ、身を屈めて疾駆し大きく回り込んだアルバは、氷の矢が途切れるのと同時にバウムの背後から襲い掛かった。


「――小賢こざかしいッ!!」


 氷矢の雨に打たれ、その身体の所々を凍り付かせながらも、バウムは反応した。

 槍を一閃させ氷煙を吹き飛ばすと、それを躱し肉薄したアルバが叩きつけるように放った両の短剣の攻撃を、頭上で横に構えた槍の柄で受け止める。

 

 リノンの作ってくれた好機。

 この機会を逃してなるものか、とアルバは短剣に体重を乗せるように力をめる。だが、柄に食い込んだ刃がほんの少し深く進むものの、決して太くはないその柄を叩き折るまではいかなかった。

 

 押し進めようとする短剣と、押し戻そうとする槍が、絶え間なく震える。

 両者の力は拮抗しているかのように見える。


 しかし、膝を曲げ腰を落とし攻撃を受け止めているバウムの顔は涼しく、焦りの様子は見えない。

 それとは対照的に、アルバの額には汗が浮かび、奥歯を噛み締めるその口は歯が剥き出しになっている。苦しさを物語るかのように片目は半開きで、その顔は歪んでいた。


「……そんなものか?」

「チッ――」

 

 短剣が徐々に押し戻される。

 力負けしているのを感じたアルバは、完全にそうなる前に自分から短剣を引いた。

 攻撃が防がれたとはいえ、こちらの間合い。

 槍はその射程、その長さ故、懐に潜り込んでしまえば取り回すことは難しい。

 だから、まだこちらの手番のはず。

 そう信じ、アルバは短剣をはしらせる。


 だが、バウムの力量は、アルバの予想を遥かに超えていた。


 バウムが手の中で回した槍にことごとく弾かれ、刃はその身体へと届かない。短剣を通じて手に伝わる感触から、信じがたいことにその全てが槍頭や石突といった槍の硬い部位で弾かれているようだった。


 次第に、弾かれるどころかこちらが打ち込まれていると錯覚してしまうほどに、その衝撃が大きくなっていく。

 手が痺れ、振るう短剣が鈍る。

 このままでは武器から手を放してしまう。

 そう思うのだが、アルバは退くことができない。

 退いた瞬間、串刺しにされる――明確にその場面が想像できてしまうほど、そんな確信めいた予感があった。


 しかし、至近距離にいても有利だったはずのバウムは突如として槍を止めると、真横へと大きく跳び退いた。それより数瞬遅れ、バウムがいたはずの位置へ降った一本の大きな氷柱つららが地面へと突き刺さる。


 またもやリノンが作り出してくれた隙に、アルバはバウムから距離を取りつつ息を整える。短剣の柄を何度も握り締め、手の感覚を確認する。握力がなくなりかけてきているのがわかる。もう長くは保ちそうになかった。


「……全く、邪魔ばかりするうるさい女だ」


 再び槍を構えるバウムに疲弊した様子はない。

 リノンと二人掛かりでも、まともに傷を負わせられないほどの圧倒的な力量差。

 

 ちらり、とアルバは残りの敵二人を確認する。自分たちから大きく距離を開けたイレもヴォルグも持ちこたえてはいるようだが、打倒するまでには至っていなかった。


「仲間に気を回している余裕があるのか?」


 アルバのその様子を見たバウムが不敵に口角を上げる。


「ならば、今度はこちらから行こう」


 そう告げたバウムは、自身の圧倒的な優位を誇示するかのように一歩一歩ゆっくりと距離を詰めてくる。

 リノンが後ろにいる為、アルバは下がることができない。

 さりとて、このままバウムへと挑んでも、また槍の攻撃に曝されることになる。


 どう動くべきか決断できないまま、攻略の糸口が掴めないまま、バウムが近付いてくる。


 そして、槍の間合いに入る、その手前で――


「――え?」


 今この場で聞こえてはいけないはずの音が聞こえ、アルバは耳を疑った。

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