幕間⑤――セリア
「アイリちゃんっ、どこ行くのっ!?」
エレに遺跡の中へ戻るよう言われて、最後尾を歩いていたセリアの横を、泣きそうな顔をしたアイリが猛烈な勢いで通路を戻って階段を上っていった。
セリアの声に、エレを始め、列を成していた子供たちや、ロッカとロットが振り向くが、
「ボク、アイリちゃん連れ戻してくるねっ。みんなは部屋に戻っててっ」
先に戻るよう促し、セリアはアイリの後を追って階段を上った。
階段を上り、通路を走り、遺跡の入口の扉の前にいたアイリに追いつく。必死な様子で、とびらよひらけ、とびらよひらけ、と唱えている。その顔はやはり、今にも泣き出しそうだ。
アイリが何度唱えようと、扉が開かないのをセリアは知っていた。簡単な魔術ではあるが『
驚かせると泣いてしまうかもしれない――そう考えたセリアは、アイリの傍にしゃがみ込むと、優しく声を掛けた。
「……どうしたの、アイリちゃん。外は危ないよ」
扉の向こうからは人が会話しているのかくぐもった声が聞こえてくる。それを聞く限り、今のところ争いになっている様子はないが、遺跡の中に入る前に見たアルバの顔を思い出すと、尋常ならざる事態になっているのは想像に難くなかった。何が起きているかわからず、安全かどうかすら怪しい。そんな外にアイリを出すわけにはいかない。アルバに何と言われるかわかったものではない。
「……かみかざり……」
泣き出す一歩手前の声で、アイリはそれだけを呟いた。その言葉にセリアがアイリの髪を見ると、いつも着けていた花を模した髪飾りがない。アイリの様子からすると、外に落としてきてしまったらしい。
そういえば、とセリアは心当たりがあった。肉の宴の最中、子供たちの内の一人、フェアリーの女の子に髪飾りを得意げに見せていた覚えがある。そのあとすぐにエレに遺跡に戻るよう言われたので、ばたばたしている内に落としてしまったのだろう。
事情は把握したが、それでも外に出すわけにはいかない。今、自分やアイリが外に出ることをアルバは良しとしないだろう。
「明日っ。明日明るくなったら探そうっ? ねっ?」
そう提案するものの、アイリは首を縦に振らない。それどころか、ついにその目から涙を
思わずセリアは、言葉にならない泣き声をあげるアイリを抱き締める。
あの髪飾りはアルバに買ってもらった、大事な物だということは知っていた。それが手元にない今、アイリは気が気でないのだろう。
泣き止む気配のないアイリに、セリアは決心した。
――パッ、と行ってパッと戻れば、大丈夫だよねっ。
落とした場所は焚火の近くだろう。アイリが陣取っていた場所も覚えている。
「アイリちゃんっ、ボクが拾ってきてあげるっ。だからっ、みんなのところへ戻ろうっ?」
セリアの言葉に、アイリの泣き声が少し小さくなるも、いやいや、とばかりに首を横に振る。長くなってきた髪が、首の動きに従って揺れる。
頑なに外に出たがるアイリに、セリアは諦めたように息を吐いた。
正直に言って、このまま扉のすぐ近くにいるのもあまり良くはない。外で何が起きているのかわからないが、扉一枚隔てただけのこの場所が安全だという保障はなかった。今にも扉が音を立てて開き、何かが入り込んできそうな気さえする。
自分だけが外に出るのはダメ。
もちろん、アイリだけを外に出すのもダメ。
このまま部屋に力づくで戻しても、アイリは泣き止まないだろうし、また隙を見て外に出ようとしてしまうかもしれない。
となると、選ぶべき行動は一つしかなかった。
アイリから身体を離すと、セリアは通路を駆け、階段を段を飛ばして降り、自分たちに宛がわれている部屋へと戻った。置いてあった自分の武器である大剣を手に取って、来た道を戻っていく。
アイリは変わらず扉の前にいて、扉を開けようとしているのか、泣いたまま扉を叩いていた。
「わかったっ、アイリちゃんっ。ボクと一緒に外に出ようっ。それならいいでしょっ?」
その言葉に驚いたかのように泣き声を止めたアイリは、ようやく、こくん、と首を縦に振った。
「ボクから離れちゃダメだからねっ。わかったっ?」
こくん。
いつの間にか、外からは金属と金属が打ちつけられる、明らかな戦闘音が聞こえてきていた。
そのような状況の外にアイリを出すことを、アルバは決して許さないだろう。
それでも、もう今さら後には引けなかった。
緊迫しているだろう外の様子を耳にし、、セリアは一度だけ深呼吸する。
実のところ、セリアもセリアで鬱憤が溜まっていた。
ここに来てからというもの、子供たちの面倒を見てほしいと頼まれ、外に出ることがほとんどなかった。アルバに付いて色々飛び回っていたロッカとロットが羨ましかった。
二人と自分の扱いの差に、何か隠されているな、と思わないでもなかったが、子供たちの面倒を見るのが性に合っていたのか楽しかったのも事実で、なるべく考えないようにしていた。
それでも、こんな時くらい、アルバに頼ってほしかった。
強くなった、と認めてくれたのだ。肩を並べて戦えることを改めて証明したかった。
外に出たことを後で怒られるかもしれない。
しかし、もはや我慢の限界だった。
「よしっ、じゃあ行くよっ、アイリちゃんっ」
そして、扉が開いた先で、セリアは見た。
「――え?」
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