vs.『機関』①

 バウムの首筋を狙った一撃は、しかし届かなかった。


 アルバが短剣を振るうや否や、バウムは肩に担いでいた槍をそのまま背後へと突き出してくる。まるでそこにアルバが現れることを確信していたかのように。


「チッ――」


 首筋を狙っていた短剣でその無造作に突き出された槍を弾く。

 金属と金属が打ち合う音が響いた。


 槍を弾いた今、もはや障害はない。

 アルバは残る左の短剣で、今度こそその首筋を捉えようとする。


 だが、それよりも早く、弾かれてあらぬ方へ向く槍から手を放したバウムの身体が左足を軸に回転した。その勢いで振り上げられた右足が迫ってくる。

 その動きに反応して咄嗟に右腕で胴体を守ると、腕に痺れるような重い衝撃が走った。あまりの威力に身体が泳ぐ。その隙にバウムは地面に落ちた槍を踏みつけるようにして起き上がらせて掴むと、体勢が崩れたアルバを串刺しにせんと槍をはしらせた。その速度は、先程の無造作に突き出した時のそれとは比べ物にならないほど速い。


 この体勢では回避できない――そう判断したアルバはリノンへと当たりをつけると【転移】する。襲い来る反動に歯を食い縛る。歯の隙間から息が洩れた。


「闇討ちは効かんと言ったはずだが?」


 己に背を向けるように瞬時に移動したアルバを、しかしバウムは追撃しなかった。槍を器用に片手で弄ぶように何度も回転させると、また肩に担いだ。笑みを浮かべるその顔から、余裕がありありとうかがえた。


 バウムへと向き直り、改めてアルバは仇と相対する。

 怒りのあまり再度突貫しそうになるのを、頭の片隅に残る冷静な自分が押し留めた。

 同じ攻撃を仕掛けてまた防がれたら――そう思うと、迂闊な突貫はできなかった。

 先程の二の舞になり回避に【転移】を使うようなことになれば、それでもう自分は魔力が空になってしまう。

 それだけは避けなければならなかった。


「さて、お遊びはここまでだ。ここからは本気でやらせてもらおう」


 バウムの顔から笑みが消える。 

 腰を軽く落とし、槍の穂先をやや下に向け、間隔を空けて両手でその柄を握った。

 バウムが戦闘の構えを取ったのに呼応して、残りの二人もそれぞれの武器を改めて構える。


 バウムから放たれる殺気に、アルバは思わず気圧されてしまう。

 両手の短剣を構えながらも、その心に影が射し始めていた。


 今の【転移】からの攻撃は、自分にとって必殺の一撃のはずだった。

 それをいとも簡単に防がれ、あまつさえ反撃を受けた。

 

 そのことが、アルバの心に重く圧し掛かっていた。

 自分は剣技で真っ向から勝負するような戦い方はできない。そもそもの武器がまともに打ち合うには向かない短剣だ。だからこそ【転移】にしろ投刃にしろ魔術にしろ、隙を作って不意を打つ、そういう戦い方をしてきた。

 それが通じなさそうな相手に、果たして自分は勝つことができるのだろうか。


「――クソッ!」


 弱気に陥る自分を鼓舞するかのように悪態を吐いたアルバは、機先を制しようと、【転移】を使わずにバウムとの距離を詰めるべく地を蹴った。


 アルバがバウムへと向かっていくのを見て、リノンが慌てたように指示を出す。


「――ちょっと、アルバ!! ……くっ、イレ、ヴォルグ、残りの二人は任せたわよ! あたしはサポートに回るわ!」

「やれやれ、普通の戦闘は苦手なんですけどねぇ」

「任せとけぇ!!」


 それに従い、死角から姿を現したイレが大剣を持った相手に襲い掛かり、屈強だが小柄な身体に見合わぬ速度で距離を詰めたヴォルグが大槌を持った相手へと斧を振り回した。


 三人に前衛を任せたリノンは戦場を俯瞰できる小高い位置まで退避すると、杖を胸の前で抱くように構え、攻撃魔術の詠唱を始めるのだった。

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