襲撃
「――止まりなさい。こんな時間にこんな場所へ、何の用かしら?」
青々とした遺跡と白々とした雪原を分ける境界より手前で、遺跡の入口、その石柱の前に立つリノンの言葉に従った三騎が止まった。
白い馬に、白い外套。フードを被っていて、その顔は
その纏う金色をアルバは見たことがあった。
神の力を借り受け身体能力を増強させる、聖教に伝わる奇蹟だ、とセリアに教えてもらったことがある。
つまり、セリアと同じそれを使う目の前の三人が、聖教関係者なのは間違いなかった。
空気が張り詰めていく。
馬から降りたその三人の内、真ん中の一際長身で、外套を羽織っていてもわかる程、
「そう言うお前たちこそ、ここで何をしている?」
「あら、冒険者が遺跡を探索しているのは何もおかしくないでしょ?」
おどけたようなリノンの言い分に、男はフードから覗く口元を愉快そうに歪めた。
「そうか。それならば手伝ってはもらえないだろうか。我々は聖教の神官なのだが、この遺跡に聖教へ楯突く賊が棲み付いているようでな。その賊に俺の妹が囚われてしまったのだ」
妹、という単語を聞いたアルバの頭に、セリアの顔が思い浮かぶ。
まさかこの男は――確信にも似た疑念が心の中に広がっていく。
同じことを思ったのか、リノンの片眉がぴくりと動いた。
それにしても、とアルバは思う。
この男の声が妙に耳に残る。この男の声を自分は知っている。
隠すつもりもないのか、自分たちが聖教の神官であると簡単に認めた男は、愉快そうな口調のまま言葉を続ける。
「あぁ、もちろん報酬は出そう。冒険者とは、金さえもらえば何でもするのだろう?」
「――断る、と言ったら?」
「その時は仕方がない。我々だけで遺跡の中へ入るとしよう。あぁ、断ると言うのなら、せめて邪魔はしないでくれるとありがたい」
遺跡の中にはアイリが――子供たちがいる。通すことは絶対にできない。
それはリノンもわかっているのだろう、とぼけた様子で、
「遺跡の中には、誰もいなかったわよ?」
「そうか。だが、俺は何事も自分の目で確認しないと気が済まない
男が一歩足を踏み出す。
男はどうあっても遺跡の中へと入るつもりのようだった。
これ以上は無駄だと悟ったのか、リノンが大きな溜息を吐いた。それまでの落ち着いた表情から一転、男を睨む形相となる。
「……くだらないお芝居はここまでにしましょう――バウム・バラ・ヴァンホーグ」
「ほう……賊風情が俺の名前を知っているとはな」
男――バウムは名前を知られていたのが意外そうな声をあげるが、その口元は未だに歪んだままだった。
それまで流れていた、張り詰めていた場の空気が、肌を刺すような空気に変わっていく。
一触即発のその空気の中で、リノンは表情に反して落ち着いた声で、
「一つ聞かせてもらえるかしら」
「何かな」
「どうしてここがわかったのかしら。こんなだだっ広い雪原の中にある遺跡に、目印なしで辿り着けるとは到底思えないのだけれど」
その言葉が面白かったのか、バウムが声をあげて笑った。やはり低く響くような笑い声。その笑い声が忘れてはならない記憶に引っ掛かる。
この男は――鼓動が高まっていく。
「なに、妹には餞別をくれてやっていてな。それには俺の魔力が封じてある。だから、どこにいようと俺にはその居場所がわかるのだ。全く、泳がせた甲斐があったというものだ。こうして幾度となく我々の邪魔をしてきた賊の巣穴を発見できたのだからな」
バウムはそう言うと、視線をリノンからアルバへと移した。
「お前が『アルバ』だな。そろそろあの『素体』を返してもらおうか。あれは俺の物だ」
素体。
自分の名前が知られていることよりも、その単語が気に掛かった。
一瞬、何のことかわからないアルバだったが、それがアイリのことだということに思い当たった。人扱いすらしていないその言い草に、アルバの頭に血が上りかける。
「――泳がせた、ね。なるほど、ルフォートにいた頃から捕捉されていたというわけね」
「当然だ。本来なら聖都から逃亡しようとした際に始末するつもりだったが、妹がついていくというのでな。案内を頼んだというわけだ」
自分が優位であることを確信しているのか、バウムはよく喋った。喋る度に、その声を聞く度に、アルバの心が掻き乱される。
フードから覗くバウムの口元が、実に楽しげにさらに口角をあげた。
「さて、楽しいお喋りもここまでだ。覚悟はいいか?」
「――最後にもう一つだけいいかしら?」
「……いいだろう。未練を残してしまっては【アンデッド】になってしまうからな」
「その妹は、自分の兄がどんなことをしているのか知っているのかしら?」
「何を訊くかと思えば……あいつは何も知らんよ。これで満足か?」
「えぇ――安心したわ」
リノンは言い終えると、何かの合図のように指を鳴らした。
それとほぼ同時に、バウムは背負っていた、己の身長程もある長槍を引き抜くと片手で軽々と回し、己の左隣、何もないはずの空間にその槍を突き出した。
槍が狙った空間に、短剣で受け流したイレの姿が浮かび上がる。離れたここまで聞こえる程の大きな舌打ちをしたイレは、後ろに飛んで距離を離すとすぐさまその姿を消す。
明らかな敵対行動に、バウム以外の残りの二人がその武器を手に取り構える。今にも襲い掛かりそうなその二人を、バウムが手で制する。
反動でフードが脱げ、その素顔を晒したバウムは槍を肩に担ぐと、鼻を鳴らした。
「ふん……今の俺に闇討ちは効かん。いつぞやの様に、うまくいくと思わないことだ」
そして、その顔にアルバの視線は釘付けとなった。
――見つけた。
思うだけでなく、口に出して呟いてしまう。その声が聞こえたのか、リノンがえ? とこちらを窺ってくるが無視した。
バウムの顔を凝視する。
記憶の中にある顔よりも年齢を重ねた分老けてはいるが、その美麗な顔はやはりこれまで片時も忘れたことのない顔だった。
聞き覚えのある声なのも当然だった。幼い頃に聞いたことがあるのだから。
そして今言った、いつぞやの様に、という言葉。それは、自分がイレに助けられた時のことだろう。あの時もやはりイレは【透明化】していて、不意の一撃によりバウムを退け自分を助けてくれた。
――見つけた。
自分の内から湧き上がる衝動に震えそうになる身体を必死に抑え込みつつ、アルバは一歩前に進み出た。アルバ……? と背後からリノンの声が聞こえるが、やはり無視した。
両手の短剣を強く握り、その視線だけで殺せればいいのに、と思うほど殺意の篭った視線を突き刺し、アルバはバウムに相対する。強烈な殺意を突き付けられたバウムもまた、アルバに視線を向ける。
今すぐにでも飛び掛かりたくなるのを堪え、片目を閉じたアルバはどうにか口を開く。
どうしても確認しておきたかったことがあった。
「俺からも、一ついいか」
アルバの言葉に、バウムは呆れた様子で大仰に息を吐いた。
「……全く、お喋りが好きな連中だ。いいだろう、お前には妹が世話になったからな。何なりと訊くがよい」
「――シルベヌ村を知っているか?」
背後でリノンが息を呑んだ音が聞こえた。
それは『機関』に滅ぼされた自分の村の名前。
目の前の男が殺した、幼馴染の少女が住んでいた村の名前。
それを聞いたバウムは目を細めると、
「――いいや、滅んだ村のことなど
「そうか――」
その返答を聞くや否や、アルバの姿は既にバウムの背後にあった。
「――それだけ聞ければ十分だ」
アルバの右手に煌めく短剣が、『
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