肉の宴

「それは私の肉っすぅぅぅぅ!!!」

「いや、俺のだし!!」


 焚火の周りで肉の取り合いをするエレとロットを見て、子供たちが楽しそうに騒いでいる。

 その様子を、アルバとリノンは離れて見ていた。


 冬の日暮れは早く、すっかりと暗くなった空の下、遺跡入口で肉の宴が催されていた。発案者のエレ曰く、アルバたちの歓迎会でもあるらしい。

 焚火に加えて、石柱の淡い光で、夜の空の下で騒ぐだけの灯りは十分だった。


 今拠点にいる面子は全員参加だった。焚火の周りにアイリ、セリア、ロッカ、ロット、エレ、子供たち。そこから少し離れて小高くなった地面の上にヴォルグとイレ。さらに皆から離れてアルバとリノン。

 組織にはまだ仲間がいるのだが、今その者たちは生憎と任務で出払ってしまっていた。イレもそろそろ次の任務へと赴くらしい。


 周囲の景色は真っ白で月の光を受けて幻想的に輝きを返していた。そこに一歩踏み出せば、身を震わせてしまうほどの寒さであることは容易に想像ができた。


 それでもなお、遺跡の周囲は暖かだった。それは遺跡が生きている証拠だった。改めて、過去に存在した魔術文明という文明の凄さを実感する。


「……賑やかね」


 皆の様子を眺めていたリノンが呟いた。リノンの視線の先にいる面々は笑顔を浮かべている。

 その様子を眩しそうに見つめた後、アルバへと視線を移した。


「ありがとね、戻ってきてくれて」

「なんだよ、改まって」


 穏やかに言うリノンに気恥ずかしくなり、ついぶっきらぼうな返事をしてしまう。

 それに、とアルバは思う。

 それに戻ってきたのはリノンの為かと言われると語弊がある。戻ってきたのはアイリの為だ。アイリがいなければ、ここに戻ってくることもなく、まだルフォートにいただろう。


 アルバの目をじっと見つめていたリノンはそんな考えを見透かしたかのように、ふっ、と優しく笑みを浮かべた。


「別にあたしの為に戻ってきたんじゃなくてもいいの。それでもこうして近くにいてくれるってことが大切なんだから」

「……バレバレか」

「バレバレよ。あんなに大喧嘩したのに、あたしの為に、なんて思っちゃうほどおめでたい女じゃないわよ」


 アルバの視線が、戻ってきた理由――アイリへと向く。出会った頃とは大違いの、満開の笑顔を浮かべている。

 その視線を辿ったリノンもアイリを見つめると、


「……いい笑顔ね。『研究所』にいたなんて思えないくらい。うちで保護してる子供たちでも、あんなにいい笑顔は見せたことがないわ。よっぽど誰かさんに大事にしてもらったのね」


 からかうように言われて、アルバは肩をすくめて軽く溜息を吐く。


「――でも、少し肩入れしすぎじゃない? このまま一生面倒を見ていくつもり?」


 考えないようにしていたことを指摘され、アルバは黙り込む。


 アイリに肩入れしすぎているのはアルバとて自覚していた。一生一緒にいるわけにもいかないこともわかっている。

 それでも、あの洞穴で出会ったアイリの姿が未だ頭にこびりついている。それを思うと、アイリをまた一人にすることなんてできるはずもなかった。


 それに、アイリと約束したのだ。守る、と。


「……わかってるさ。だから、アイリがこれ以上辛い思いをしないように、逃げずに済むようにしてやりたい」


 その為にはやらなければならないことがある。

 その覚悟を決めて、アルバはリノンを見据えると、


「――改めて『世界の夜明け』を手伝わせてくれ。アイリが普通の女の子として暮らせる世界にしてやりたい」


 真面目に言うアルバだったが、それを受けるリノンは不意に悪戯な笑みを浮かべると、からかい口調で軽く言う。


「復讐はいいのかしら?」


 それは以前、たもとを分かつ原因となったもの。

 復讐を優先したが為に、自分はこの温かい組織と、大切な恋人から離れることになった。


「……今回の相手は『機関』だろ。なら、俺の仇に辿り着けるかもしれない」

「あら、意外と打算的」


 アルバの答えにリノンは愉快そうに声を潜めて笑うと、やがていつもの凛とした表情に戻り、アルバへと右手を差し出した。


「歓迎するわ、アルバ。また一緒に戦いましょう」

「あぁ、よろしく頼む」


 その手を掴み、握手する。

 恋人同士としてではなく、協力者としての純粋な握手――だったはずなのだが、アルバが手を離そうとするも、リノンはその手を握ったままだった。


「……もうちょっと」


 それまでの口調から一転、どこか拗ねたような口調のリノンが手をにぎにぎしてくる。それにくすぐったさを感じながらも、


「俺は別にいいんだが……いいのか? 周りに人がいるし――っつーか、イレがこっち見てるぞ」


 アルバの言葉で我に返ったのか、リノンが電光石火の速さで手を離した。その顔は紅潮している。

 こちらを見ていたイレが立ち上がって、ヴォルグを伴い近付いてくる。まさか二人でからかうつもりでは――警戒するアルバだったが、イレの表情は至極まともで、いつもの笑みすら浮かべていない。さらにヴォルグは己の武器である斧をその手に持っている。そのことが、違うことを警戒させた。

 あちこちに視線を飛ばしてもじもじしていたリノンも、ただならぬ二人の様子を怪訝に思ったのか、顔はまだ紅いものの、その表情を硬くしていた。


「――リノン、何者かが近付いてきているようです。ヴォルグが見たらしいのです」


 その言葉にリノンはヴォルグを見やる。ドワーフであるヴォルグは、エルフと同じく暗いところでも目が利く上に視力が良い。夜のこの状況下でも、見張りとして機能できるほどだった。


「間違いないぞぉ。馬に乗った輩が三騎ばかりこちらに向かっておるのぅ。白い馬に外套も白いせいで雪に紛れて見え辛いがなぁ」


 騒ぐ子供たちに聞こえないようにするためだろう、いつも大声のヴォルグにしては珍しく、声を潜めてそう報告した。

 

「白い馬に白い外套――明らかに身を隠そうとしているわね……エレ、ちょっといいかしら!」


 リノンに呼ばれたエレが、はーいなんっすか~、と気の抜けた返事をしながらやってくるが、四人の間に流れる空気を感じ取ったのか、緩んだ表情が瞬時に締まる。

 そんなエレにリノンが子供たちを遺跡の中に戻すよう指示を出すと、機敏な動きでまだ騒ぎたそうに不満気にする子供たちをまとめ、遺跡の中へ戻っていった。ロッカとロット、セリアは不穏な空気を感じ取っているのか、アルバへと視線をやりつつも、渋々といった様子で遺跡の中へ消えていく。


 リノンは傍らに寝かせてあった銀の光を放つ、己の身長ほどはありそうな大杖を手にすると、残る者を見渡して、


「正体がわからないし、相手の出方を見るわ。いいわね?」


 リノンの言葉に、アルバ、イレ、ヴォルグは頷く。幸い、肉の宴で遺跡の外に出ると言うので念の為にではあったが、戦力である四人は軽く武装をしていた。


「では私は隠れておくことにしましょう」


 そう言うイレの姿は、既に消えていた。【透明化】したようだ。

 

 アルバは鞘から短剣を抜くと、両手に軽く構えた。投刃を置いてきてしまったのを若干後悔するが、取りに戻っている暇はなさそうだった。それに何より、今戻って武器を手にするところを見られれば、余計な心配を与えてしまう。


 刃を下にし、地に突き立てた斧を支えにしたヴォルグが、ただ白いばかりの雪原の一点を見つめていた。

 倣ってその方へと目を凝らすと、確かに白い雪に紛れて何か白い物が動いているのが見えた。

 こちらから見えたということは、向こうからも見えているはずだ。否応なく、緊張が高まっていく。

 誰も口を開かない。静かな雪原の中で、焚火が小さく爆ぜる音が聞こえている。


 そして――その時は来た。

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