幕間④――リノン
「はぁ~……」
書類を上の空で見つめていただけのリノンは、ついに耐え切れなくなり、だらけた様子で机へと顎をつけて突っ伏した。
その表情もだらけている。
これから『機関』と事を構えなければならない。
その為にやることは山ほどあった。だらけている場合ではないのだ。
しかし今、リノンの心の大半を占めているのは恋人であるアルバのことだった。
――帰ってきてくれた。
アルバのいつも気怠そうな、でもやるときはしっかりする顔を思い出して、さらに顔が緩む。
絶対にこんな顔を組織の面々に見せられない、と思いながらも、一人でいることをいいことに乙女の表情をしてしまう。
もう帰ってこないと思っていた。
リノンの脳裏に、アルバが組織を抜けると告げた時のことが思い出される。
復讐の為に抜けたいというアルバと、傍にいてほしい自分。
恋人になってから初めて、喧嘩らしい喧嘩をした。
話は平行線のまま決着はつかず、結局、アルバは半ば強引に組織を抜けていった。
その頃のことを思うと、今でも心が沈む。
もっと言うべきことがあったのではないか、と後悔した。
こんな自分に愛想を尽かしてきっとアルバは出て行ったんだ、とさえ思っていた。
だから、帰ってくるはずがない。そう決め込んでいた。
でも、アルバは帰ってきてくれた。
自分の為に帰ってきてくれた、なんて自惚れてはいない。
アルバが帰ってきたのは、イレの報告にあった通り、あの少女――アイリの為だということはわかっていた。
それでも、今こうして近くにいてくれることが、リノンは嬉しかった。
重い女だと自覚している。久しぶりに会ったアルバに我慢できず、また滅茶苦茶に甘えてしまった。
それでもアルバは優しくしてくれた。
その時の事を思い出したリノンの顔はもはや、気味が悪いほどのにやけ面になっている。
しかし、唐突にその顔が曇る。
あれから二人きりになることができず、恋人らしい時間を過ごせていないことを思い出したからだ。
アルバとの関係を隠している自分としては、他の人の目があるところでは甘えることができない。
だからこそ二人きりになりたいのだが、アルバの周りにはいつも誰かがいた。
アイリは良しとする。二人から漂う雰囲気はもはや親子のそれだ。子が親に甘えるのは仕方のないことだ。だから、アイリがアルバの傍に寄ってくるのは別にいい。アイリと接するアルバの、見たこともないような優しい顔は嫌いではない。ていうか好きだ。
問題は、連れてきた残り二人の女の子だった。
ガリ、とリノンは思わず爪を噛んでしまう。
セリアとロッカ。二人がアルバに特別な情を抱いていることは、傍目から見て明らかだった。当のアルバは気付いているのかいないのか、恐らく後者だろう、二人に気があるような素振りを見せていないことが救いだった。
あの二人は隙あらばアルバと話そうと近寄ってくる。
そのせいで二人きりになれないのだ。
自分だってアルバに近寄りたい。しかし日々やるべきことがある。自分だけの時間というのは中々取れなかった。
それなのに、客人扱いのあの二人はそれをいいことにアルバへと急接近している。
嫉妬の炎が心に燃え盛りそうになるのを、リノンは努めて落ち着こうとする。
あの二人に気があろうと、アルバの恋人は自分だ。アルバが自分を捨てるなんてありえない――そう自分に言い聞かせる。
「はぁ……」
先程吐いた息とは違う種別の息が洩れた。
表情はすっかり暗くなっていた。
――本当にめんどくさい女。
自己嫌悪に陥るリノンの溜息が室内を満たした。
しばらく沈んで突っ伏していたリノンだったが、やおら上半身を起こすと、その頬を両手で強めに叩いた。
こんな風にくよくよしていたら、今度こそアルバに愛想を尽かされてしまうかもしれない。
それだけは何としてでも避けなければ。
――さっさと仕事を終わらせて、アルバに会いにいこう。
リノンを気合を入れると、書類に立ち向かうのだった。
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