組織での生活

「――おかえりなさいっすよ、アルバくんたち。目的のブツは手に入ったっすか?」


 戻ってきたアルバたちの元へ、人懐こそうな笑顔を浮かべた背の低い女性が近づいてきた。口角を上げた口から覗く八重歯が特徴的なその女性――エレは、ロットの背中を見て目を輝かせた。


「おぉ、さっすがアルバくんたちっす! これであと一年は戦えるっす……!」

「さすがにそれは言い過ぎだろ」


 アイリに抱き着かれたままのアルバは、大袈裟に言うエレに苦笑を浮かべる。さすがにバグボアーの牙二本では一年活動できるだけの金にはならない。


 エレは『世界の夜明け』にはいなくてはならない人材だった。

 資金管理に、様々な事務作業、さらには日々の食事の準備まで、組織のありとあらゆる裏方作業を一人でこなして組織を支えていた。戦えないが、それを補って余りある働きっぷりだった。背が低く童顔であるため幼く見えてしまうが、実は自分より年齢が上だということをアルバは知っていた。


 肉もあることを伝えると、肉好きのエレはその目をさらに輝かせ、


「今日は肉の宴が開けるっすね! 準備は任しといてくださいっす! あ、ロットくん、その牙こっちに運んでくれるっすか?」


 ロットがエレに連れられていくのを、私も手伝ってきますね、とアルバが持っていた分の肉を預かったロッカが追いかけて、三人とも反対側にある扉から部屋を出て行った。


 今日の仕事はこれで終了だった。

 やることがなくなったアルバは、部屋をぐるりと見渡した。アルバが出てきた扉の反対側の一角には机と椅子が並べられていて、そこには子供たちとセリアがいる。その反対側には作業机や棚が置かれており、そこはエレの仕事場だ。その二つの間には通路へと続く扉がある。

 こちらの扉側には何も置かれておらず、扉の近くにはヴォルグが壁にもたれかかって座り込んでいた。今日は遺跡入口ではなく、こちらの見張り番のようだ。瞑想をしているのか、目をつむったまま静かにしている。


 部屋で休みたかったアルバだったが、アイリに手を引かれてセリアがいる所へと連れていかれる。

 そこには六人の子供がいた。それは過去のアルバのように行く当てがなく、組織に保護されている子供たちだった。人間もいればエルフもいて、フェアリーもいる。

 その中ではアイリが一番年長者のようで、すっかり子供たちに溶け込んだアイリが偉そうにしているのを見ると、微笑ましい気持ちになるアルバだった。


「こらっアイリちゃんっ。まだ途中だよっ」


 子供たちは椅子に座り、壁を背にするセリアへと皆一様に視線を向けていた。『おべんきょう』をするためだ。セリアに怒られたアイリは自分の席へと戻っていく。アルバはその様子を近くの壁に寄りかかって眺めることにする。

 神官であるセリアは、普段はあまりそう見えないが実は教養があり、それを見込まれて子供たちの面倒を見ることをリノンから頼まれていた。そこには当然、あまりこの遺跡から出したくないという思惑があるのだが、当のセリアはそれに気付くことなく、毎日楽しそうに子供たちに『おべんきょう』を教えていた。


 その姿を見れば見る程、そのセリアの兄が『機関』の、いては『研究所』を作った人物だということを信じられなくなってくる。


 ――バウム・バラ・ヴァンホーグ。


 首謀者だと言っていた、イレの声が頭の中に蘇って、アルバはその時のことを思い出す。




「ヴァンホーグ……」


 呟いたアルバに、イレは笑みを潜めて睨むような視線を送り、


「えぇ。貴方が連れてきたあのセリアという神官の兄です」

「えっ、ちょ、ちょっと!」


 音を立てて椅子が倒れる。さすがに敵の身内が今、組織の拠点内にいることが衝撃的だったのか、リノンが珍しく焦った表情をしていた。


「……どうしてそんな子を連れてくるのよ」


 呆れたような溜息と共にリノンが言葉を搾り出した。


「俺も知らなかったんだよ」


 セリアに懐かれる原因となったあの一件以来、セリアを通じて聖教内を探ることを止めた自分には知る由もなかったことだった。あのまま情に流されず探っていれば、もしかするとその情報に辿り着いたのかもしれない。


「それで済む問題だと思ってるの? もしその子が『機関』に所属していたりしたら――」

「――その点は大丈夫だ。あいつは俺の【転移】のことを二年前から知っているからな。もしそうだったら、俺は今頃ここにいないだろ」


 アルバの言葉に、リノンは何かを考え込むように額に手を当てて俯いていたが、やがて顔を上げるとイレを見た。


「イレはそのことを知っていたわね? どうして止めなかったの」

「アルバが大丈夫だと言うもので。それに、考えようによってはこれは好機だと思いましてね」


 好機? とその言葉に首を傾げるアルバだったが、リノンはそれを理解したように顎に手を当てると、


「……そうね。こちらの味方にすることができれば、その子を通して聖教の内情を知ることができるかもしれないわ」


 それはつまり、セリアを利用する、ということだった。




 その時のことを思い出したアルバは、溜息を吐いた。セリアを利用する、と言ったリノンの言葉が頭をちらつく。

 自分と旅がしたいだけの冒険者志望の女の子――それが自分の知るセリアだった。それ以上でも以下でもない。それなのに、厄介事に巻き込まれようとしている。しかもその相手は自身の兄だ。


 セリアにここを去るべきだと伝えるかどうか、アルバはずっと悩んでいた。しかしそれを伝えたところで、理由を話さない限りセリアは納得しないだろう。そして理由を知ったセリアがどうするのか、想像が付かない。

 自分がここを出ていけば、セリアもついてくるだろう。だが、それはアイリを置いていくということだ。ここ以上に今のアイリにとって落ち着ける場所はない。冒険者として旅に連れ回すには、まだアイリは幼すぎる。だからここを出ていくのなら置いていく他ない。

 

 そんなことばかり考えてしまって、アルバはこのところ考え事をすることが多くなっていたのだった。

 今のところ、リノンはセリアに真相を打ち明けずにいてくれているが、それがいつまで続くのかわからない。

 だから決断するなら早い方がいいのだが、アルバはどうしても決断できずにいた。


 いつの間にか『おべんきょう』は終わっていて、椅子から立ち上がった子供たちがセリアに纏わりついていた。子供たちとじゃれるセリアの顔は実に楽しそうだった。


 その子供の輪から、アイリが抜けてアルバへと近付いてきた。腰へと腕を回して、アイリが抱き着いてくる。


「おじさん……さいきんなんかへん」


 アイリにすら心配されるほど、自分はぼんやりとしてしまっているらしい。思わず苦笑してしまい、アルバはアイリの頭を撫でる。

 ちなみにアイリがおじさんと連呼するせいで、子供たち全員からおじさん呼ばわりされる羽目になってしまい、アルバは陰で嘆いていた。


「……何でもねーよ。それより、ここでの暮らしはどうだ?」

「たのしい!」


 一寸の曇りもなく、アイリがそう言ったのを聞いて、アルバは安心する。年齢が近い子供たちが遊び相手としているのがやはり良いのだろう。こうしていると本当に普通の女の子だ。


 以前にアイリに説明した通り、アイリは力を――魔法をあれから使ってはいない。というより、恐らくあの時の自分の説明をほとんど理解していないのだろう。

 だから、アイリにも自分が目覚めてしまった力についてちゃんとした説明をした方がいい、というのはリノアの談だったが、理解していないのならしていないままで、できればこのまま普通の女の子として過ごしていってほしかった。


 自分へと嬉しそうに抱き着くアイリを見て、アルバはそう思うのだった。

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