魔術文明の遺跡
「アルバさん! 危ない!!」
「――ッ!」
ロッカの切羽詰まったような叫び声で、我に返ったアルバは己に迫っていた大型四足獣の魔物――【
止まろうとするものの、突進の勢いを殺しきれずに地を滑っていくバグボアーは、そのまま大木の太い幹へと激突した。相当の衝撃だったのか、大木が揺れる。バグボアーの二本の牙が幹へと突き刺さってしまっていて、抜け出そうともがいていた。
「――んっ、しょ!」
その隙を見逃さず、ロッカが矢を二本
「ロット!」
「わかってるって!」
ロッカが弟の名を呼ぶ前に、ロットは動いていた。
体勢を崩したバグボアーにトドメを刺すべく、枯れ葉を蹴散らし駆けたロットは、高く跳躍すると己の長剣をその背へと力一杯突き刺した。
刺した反動で激しく暴れたバグボアーだったが、それも長く続かず。最後に一際大きな鳴き声をあげると、地響きを立てて、その体躯が地に伏した。
再び動き出す様子はない。討伐完了――そのことを確認して、アルバは息を吐いた。
「――アルバさん、何かあったんですか?」
葉が落ちた木が目立つ森の中。その足元には雪が積もっていない。遺跡へと戻る道すがら、ロッカが心配そうな瞳で見上げてきた。その身に纏っているのは毛皮ではなく、薄手の外套だ。それはアルバもロットもそうだった。この辺りは寒くなかった。
「バカだなーロッカは。師匠はああしてギリギリまで引きつけて、後ろの木に激突させたんだって」
トドメを刺したことが嬉しいのか、機嫌が良さそうに一人張り切って先を進むロットは振り返ると、そんな姉の様子を一笑する。その背に担いだ麻袋の口からは、先程のバクボアーの牙の先端が覗いている。これを持ち帰るのが、アルバたちに与えられた仕事だった。バグボアーの牙は高く売れるのだ。組織の運営には金がかかる。これはそのための活動資金調達任務というわけだった。牙だけではせっかく倒したのに勿体ないので、解体したバグボアーの肉をアルバとロッカが持っていた。
組織に戻ってからしばらく、アルバはリノンに言われて細々とした
今のところ二人には『世界の夜明け』とは、冒険者の店には来ないような
二人を信用していないわけではないが、セリアへと話が洩れるのをイレが警戒した為だ。目下セリアは要観察者となっている。
二人には時期を見て、リノンから組織の実態を明かすことになっていた。猫の手も借りたいような万年人手不足の組織である。二人がまだ駆け出しの冒険者であるとはいえ、参加してもらえるのならしてもらいたい、というのがリノンの考えだった。もちろん、無理強いはしない。まともな冒険者を目指すのなら、入るべきではないのだ。
ただ現状、二人はアルバから離れるつもりがない。遊ばせておくのも何なので、それなら、とこうして資金調達に一緒に赴いているというわけだった。
「あ、あぁ……そうだな……」
「……あの……ほんとに大丈夫ですか? どっか痛めたんじゃ――」
ロットに返答する、普段とは明らかに違う様子のアルバに、ロッカが声を潜めて訊いてくる。
自分がここのところぼんやりと考え事をしてしまっていることを、アルバは自覚していた。それはイレに聞かされた名前のせいだったが、まさかそれをロッカに言うわけにもいかない。
これ以上心配させられない、とアルバは頭を振ると、ロッカの頭の上に手を置いた。
「――心配させて悪いな。大丈夫だから気にすんな」
「そっ、それなら……いい、んですけど……――」
頬を赤くしたロッカが俯いて言葉尻をすぼめていく。そのロッカに気付かれないようにこっそりと、アルバは溜息を吐いた。戦闘中はぼんやりとしないようにしていたのに、ついにやってしまった。ロッカが叫んでくれなければどうなっていたことか。
それからは無言のままに、アルバたちは歩いていく。枯れ葉を踏む音だけが聞こえた。
やがて森の中に開けた場所が現れる。月白雪原の遺跡とほぼ同じ造りの遺跡がそこにはあった。ただし、その規模だけは一回り小さい。やはりそこだけ季節が関係ないのかと思ってしまうほどに、周囲には青々とした草が茂っている。
二本の石柱の間を通り、入り口の白銅色の扉に手を添え、
「
唱えると、扉が音を立てて両開きに開いていく。
果たして中も同じだった。
靴を鳴らして進んでいくと、組織がある遺跡とは違い、突き当りがまたもや扉となっていた。同じ呪文を唱えると、扉が開く。
その中には空間が広がっていた。といってもあまり広くはない。光に照らされた壁と同じ色、質感をした床には円く紋様が描かれており、それが青く淡く光っていた。
その円の中央には床より突き出た腰ほどの高さの台座があり、そこには琥珀色をした楕円の石が埋め込まれていた。
ロッカとロットが円の中にいることを確認して、アルバは台座の石へと左手を乗せた。
「
アルバが唱えると、目を開けていられなくなるほどの眩い光が空間を満たした。
何度体験してもこの光は慣れないな、とアルバは顔を
閉じた瞼でもはっきりと感じられていた白い光がやがて収まっていく。
目を開けると、室内には何の変化もなかった。
しかし、アルバは円から出て扉を開ける。
すると。
「――あ、おかえりっ、アルバっ!」
扉を開けた先は通路ではなく、広々とした空間だった。その部屋の隅、机が並べられた一角でアイリを始め、子供たちを従えたセリアが真っ先にアルバに気付いて声を掛けた。アルバはその顔を直視できない。
「やっぱ魔術文明ってすげぇんだな……」
「うん……何回経験してもそう思うよね……」
アルバの背後で、呆けたようにロットとロッカがぽつりと呟いた。
先程の森の中の遺跡から、月白雪原にある遺跡まで跳んできたのだから、そう思うのも無理はないとアルバは思う。自分も最初の頃は感心しきりだったのを思い出す。
組織が拠点にしている魔術文明の遺跡とは、つまるところ転移魔術を行う為の装置だった。
大陸各地に同じような遺跡が点在していて、その遺跡が生きていれば、その遺跡へと転移することができる。それを利用して『世界の夜明け』は大陸各地で起きている様々な問題や事件を解決しているのだった。
ただし、遺跡の中にはその機能を止めてしまっているものもあり、向こうへ跳ぶことはできても帰ってこられなかったり、逆に向こうからは跳べるがこちらからは跳べない、といったような遺跡もあり、大陸のどこにでも跳べるわけではなかった。リノンの話によると、ルフォート近くの幽暗の森にも遺跡はあるらしいのだが、その遺跡は死んでいるらしい。
ついセリアの――その兄の名前が頭に浮かんでしまい、難しい顔をするアルバへとアイリが駆け寄ってくると、飛び込むように抱き着いてきた。その反動でアイリの髪が揺れる。その金色の髪はすっかり長く、肩を超える程に伸びていた。痛んでいた髪はすっかり治り、さらさらと流れるよな髪質になっていた。
「おじさん、おかえり!」
「……あぁ、ただいま」
思わず返答が暗くなってしまったアルバを不審に思ってか、アイリは不思議そうな顔をして、変なおじさん、と呟いた。
アイリのその言葉に、あぁ本当にな、とアルバは自嘲するのだった。
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