イレの報告
結局、報告をしに戻ってきたイレが部屋の外から声を掛けてくるまで、リノンは猫のようにくっつきっぱなしだった。
元の席に戻ったリノンのその顔はまだ少し赤い。遺跡の中が暖かいからか、外套を脱いで身軽になったイレはそれを見て、次にアルバを一瞥し、しかし何も言わない。浮かべている胡散臭い笑みに、アルバは思わず舌打ちして、
「――なんだよ」
「いえいえ、何でもありませんよ」
ちっ、ともう一度大きく舌打ちをする。いつにも増して、その笑顔が胡散臭い。からうかうならからかえばいいのだが、リノンの手前、イレはそれをしない。
別に自分としてはリノンとの仲を隠しているつもりはない。というか組織の面々は皆知っている。うまく隠せていると思っているのはリノンだけだ。
だからそれを指摘したりからかったりすると、リノンは必死になって誤魔化そうとする。その結果、元に戻るのに時間を要する。恋仲になった当初は随分とからかっていたが、その反応がいつしか面倒臭くなったのか、イレはリノンをからかわずに自分だけをからかうようになっていた。
変な空気になりつつある室内を、リノンのわざとらしい咳払いで場が仕切り直される。
「――それで? 報告を聞きましょうか?」
「おや、部外者が聞いていていいので?」
意外そうな顔をして、イレがアルバを見ながらリノンへと訊ねる。
この期に及んで、とアルバは歯噛みする。
確かに組織を一度抜けた自分は、この場において部外者かもしれないが、イレの報告とは己が調査していたことだろう。それはアイリにとって決して無関係じゃない。だからこそ、聞いておきたかった。
「いいわ。こうして戻ってきたということは、また力を貸してくれるのよね?」
「……あぁ」
リノンに視線を向けられてそう言われれば、アルバとしては頷くしかなかった。アイリをここに連れていくことに決まってから、そうなるだろうなとは覚悟していた。アイリがどれくらいの間世話になるかはわからないが、その間は自分もここにいるつもりだった。
からかったのだろう、やりとりを聞いて軽く笑い声をあげたイレが報告を始める。『研究所』のことやアイリのこと、それに聖教の『機関』が関わっていること等、アルバがいつかの夜に聞いたことが改めてリノンへと報告されていく。
それを聞くリノンの表情は、終始落ち着いたものだった。魔法を異端としその存在を許さない『機関』が、むしろ魔法を作り出そうとしているという衝撃的な事実を聞いても、その眉すら動かさなかった。
「驚かないんだな」
「えぇ。イレに『研究所』への潜入を命じたのは、あわよくば子供たちを助けるためでもあったけど、元々は情報の裏付けを取るためだったもの。だから概ね知っていたわ。もっともその子……アイリちゃんが魔法を発現してしまったことは予想外だったけれど」
続けて、とリノンはイレに先を促す。ここまではあの夜にイレから聞いたことだ。それから聖教に潜って調査していたことがあるはずだった。
魔法を忌むべきはずの『機関』が、なぜ『研究所』を作ったのか、ということを。
「――『機関』も一枚岩ではないようでしてね。『研究所』を作った一派はその中でも急進派です。彼らは魔法の力で以て『機関』をまとめ、
「要するに聖教内の権力争い、ってことね……。聖教で禁忌とされる魔法を利用してまでそんな大層な野望を持つなんて、ご立派な奴がいるようね。勝手にしてくれ、と言いたいところだけど、それに魔法が関わってしまっている以上、無視することはできないわ。その為のあたしたち『世界の夜明け』なんだから」
『世界の夜明け』――それは魔法使いの互助組織だ。
虐げられている魔法使いを助け、魔法使いがその力を隠さず、堂々と暮らせる世界にすること。それが掲げた目標だった。
万年、人手が足りない弱小組織には過ぎた目標。
それでも、その主導者たるリノンは大真面目だった。どんなに小さなことでも、積み重ねていけばきっと世界を変えていける――そんな確固たる信念を持っていた。
今組織にいる面々は、そんなリノンに賛同して自ら参加を申し出た者たちばかりだった。中には魔法使いではない者もいる。戦えない者もいる。それでもなお、世界を良くしたい、と思う仲間たちが集っていた。
過去のアルバも、そんな一人だった。
元々は、イレに保護されてこの組織にやってきた。しかし過ごしている内に、自分もイレのように人を助けたいと感化されて組織に入った。
それなのに組織を抜けてしまったのは、結局自分の身勝手な復讐心が勝ってしまったことと、その復讐が成功するにしろ失敗するにしろ、組織に迷惑を掛けられないと思ったからなのだが、それはさておき。
「――何より、何の罪もない子供たちを利用しているのは見過ごせない。アイリちゃんが魔法を発現してしまった以上、他の子たちがそうなるのも時間の問題ね。しばらくは、この件を最優先として動くわ。イレ、あとで皆を集めてくれる?」
「わかりました。それはそうと、その一派の首謀者の名前ですが――」
そこまで言って、イレはアルバを横目で見た。その表情からはいつもの笑みが消えていて、真面目な表情をしていた。
その視線に思わず
「あら、そこまでわかったの? さすがイレね。で、誰なの?」
イレは視線を外さず、イレにしては本当に珍しく口ごもっていたが、やがて腹を決めたかのように息を吐くと、その名を告げた。
「――バウム・バラ・ヴァンホーグ……神官、ヴァンホーグ家の長兄です」
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