白い野兎亭

「おじさん、これあったかくてあまくておいしい!」

「あぁ、そうだな」


 湯気立つ淡黄色たんこうしょくの飲み物を飲んで、アイリはご満悦だった。


 アルバたちはようやく辿り着いたニビットに店を構える【白い野兎亭】にて、休息を取っていた。

 この店で、イレと合流することになっている。

 赤い小鳥亭よりもさらに狭い、数組の円形の机と椅子が並ぶ店内には、アルバたち以外に他に客はいなかった。暖炉では火が踊っていて、外套を脱いでも平気なほど暖かい。



 雪月国メティキスは、大陸北部の半島に位置する国家である。

 一年の内その半分の期間において、雪が国土を覆ってしまう。その様な過酷な環境なので、決して強国とは言えない小国だった。

 もっとも、他国との国境は山に阻まれ、そうでない領土は海に面しているということもあり、他国からの侵略を受けづらく、意外とその歴史は長い。

 主な特産品としては、この地方の雪の中で育つ【雪月草】がある。生育に必要な雪と一緒に保存すれば長期保存が効く故に流通がしやすく、野菜としてはもちろん、特に錬金術の素材として優秀であり、近隣の国への交易品となっていた。

 魔術文明の遺跡も点在しており、未踏の遺跡探索による一攫千金を狙ってこの国を訪れる冒険者も多い。遺跡から発掘される遺物は国を豊かにする為、冒険者に開かれた国でもあった。


 その王都、ニビットは王都といえども小さい街だった。街の規模だけで言えば、聖都ルフォートに及ばない。街から望む丘の上にある王城の大きさも、大聖堂に劣っていた。

 寒冷な土地であるため暖房が発達しており、雪化粧が施されたレンガ造りの街並みを作る家々には、暖炉が設置されている証である煙突がその存在を主張していた。


 

 旅の目的である『組織』は、ニビットの東に広がる【月白げっぱく雪原】のどこかにある遺跡にその拠点を構えていた。その雪原は広大で、景色が雪に覆われてしまうと目印となるものが存在せず、見渡す限り白の世界となってしまう。

 その為、遺跡に辿り着く為には組織員であるイレの案内が必要不可欠だった。組織員には拠点の位置を示す磁針が配布されているからだ。『組織』を抜けてしまったアルバはそれを返却してしまっていて、今ではもう正確な場所がわからなかった。


 その案内人であるイレとは、ここニビットで合流する予定となっていた。

 合流場所に指定された冒険者の店――白い野兎亭の店主の男は組織員で、先行していたイレが連絡を入れておいてくれたおかげで、店内に他の客はおらず、アイリを安心して休ませることができていた。

 到着が遅かった為、合流するのは明日の朝にする、とイレからの伝言を店主が預かっていた。


「――おかわりはいるかい?」


 『組織』にいた頃のアルバと顔なじみの店主が、飲み終わった容器を物足りなさそうに見つめるアイリへと笑顔でおかわりを勧めてきた。それを聞いたアイリが顔を輝かせて、こくこくこく、と首を何度も縦に振る。余程この飲み物が気に入ったらしい。


 空容器を手に厨房へ入った店主は、少しして湯気立つ容器を手に戻ってきた。自分の前に置かれるや否や、アイリはすぐさま容器に手を伸ばした。

 息を吹きかけながら飲むアイリを微笑ましく見ていると、


「しっかし、アルバが戻ってくるたぁな。こりゃリノンも大喜びだな」

「……そうだといいがな」


 傍らに立つ店主に嬉しそうに言われて、アルバの頭の中に、一人の女性の顔が思い浮かんだ。大喜びだな、と言われたが、どう考えても怒られる想像しかできなくて、アルバの返答は鈍い。

 『組織』を抜けることを、最後まで反対していたのがリノン――『組織』の主導者だったからだ。今さら戻ったら、どんなことを言われるやら。アイリの安全の為には仕方がないが、アルバは億劫な気持ちになるばかりだった。


「リノン、って誰っ?」


 アイリと同じ飲み物を飲んでいたセリアが、聞いたことのない名前に反応してアルバに訊ねてくる。ロッカとロットも同じ気持ちなのか、口には出さないものの、アルバをその猫のような目で見つめている。


「そりゃあ、アルバの――」

「――この後向かう場所の主みたいな奴だ」

  

 余計なことを口走りそうになった店主を睨んで黙らせながら、その言葉を遮るようにアルバは声を被せた。睨まれた店主が、お~こわっ、とうそぶく。


「ここが目的地じゃないんですか?」


 ロッカが驚いたように確認してくる。道中、ニビットへ向かうことは伝えていたが、旅の本当の目的は伝えていなかった。ここが目的地だと思っても仕方ないだろう。


「あぁ。悪いがもうちょっとだけ頑張ってくれ。明日の朝に出発すれば、夕暮れまでには到着できるはずだ」

「結局、どこに向かおうとしてるのさっ?」

「師匠ー、そろそろ言ってくれてもいいんじゃ……」


 セリアとロットの探るような視線に、しかし、アルバは口をつぐむ。アイリがいる場であまり言いたくはなかったし、自分が勝手に『組織』のことを話してもいいものか、という葛藤もあった。決して、説明がめんどくさいわけではない。


「……明日、リノンに会えばわかるさ」


 逃げるように二人から視線を外した先では、アイリが三杯目のおかわりをご所望のようだった。

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