アルバとセリア

「――馬鹿なのですか?」


 いきなりひどいな、と思わずアルバは苦笑した。言われる気はしていたが。



 少しだけ時間は遡る。


 朝早く、朝焼けの中。

 中々その姿を見せないセリアにやきもきしつつ、アルバは店の前でラナとアイリが抱き合っているのを少し離れて見ていた。

 傍らにいるロッカとロットも、アイリも、アルバと同じように毛皮でできた厚手の外套を羽織っている。季節が秋から冬へと移り変わっていることに加え、これから寒冷な地方である北へ向かわなければならないからだ。

 そして、その背には旅に必要な物を詰め込んだ大きな荷物。アイリだけは申し訳程度の大きさだ。


 今日中に北へ向かう街道沿いの、一番近い宿場町に着かなければならない。元気になったと言ってもまだまだ細いアイリにあまり無理はさせられない。行程の移動はゆっくりになることが予想される。そのため、そろそろ出なければならないのだが、セリアがまだ来ない。

 定期路線の乗合馬車を使うのならば余裕はあるが、今回の旅はあまり目立てない。姿を覚えられる可能性が少しでもある馬車は使わず、徒歩の旅にすることをイレと話し合って決めていた。 


 まさか、兄の許しをもらえず、旅に出られないのでは――アルバがそう思い始めた矢先、


「――ごめんごめんっ、寝過ごしちゃったっ」


 どたばたと忙しない足音を立て長い髪を振り乱し、ようやくセリアが姿を現した。同じく毛皮の外套に身を包み、背には荷物の他に、己の武器である大剣。見るからに重そうなのに、本人はそれを気にした風もない。


「おせぇよ」

「ごめんってばっ。なかなか寝付けなくってさっ」


 少し息を荒くしたセリアの目の下には薄っすらとした隈があった。

 セリアの言い訳を聞いていたロットが小馬鹿にしたような口調で、


「セリアってガキだよなー」

「……自分だってなかなか寝れなかったくせに、何言ってるんだか……」


 ロッカがロットの目の下にも隈があることを指摘して、呆れた息を吐いた。そのロッカにも隈があるような気がするが、アルバは気付いていない振りをしておく。


「――じゃあね、アイリ。元気でやるんだよ」

「……うん……今までありがとうラナ……ばいばい……」


 セリアが来たことで出発を悟ったラナが、最後にアイリの頭を撫でて別れの言葉を言った。

 店の外に出るまでは気丈に振る舞っていたアイリだったが、やはりまだ辛いらしく、ラナに抱き締めてもらっている内に泣いてしまったようだ。返事をするその声は湿っぽい。

 ラナに流れた涙を拭いてもらい、アイリがアルバの下へゆっくりと歩いてきた。その頭に外套のフードを被せてやりながら、アルバはラナへと身体を向けた。


「じゃあラナさん、色々世話になったな」

「……あぁ、気を付けて行っといで。セリアも、ロッカとロットも、無茶はするんじゃないよ」

「大丈夫だってっ。ラナさんは心配性だなぁ」

「ラナさん、お世話になりました。また必ず来ますね」

「次来た時はもっと高レベルになって、ラナさん見返してやるからな!」


 各々別れの挨拶を口に、手を振り頭を下げ、赤い小鳥亭を後にした。

 アイリは振り返り振り返り、ラナの姿が見えなくなるまでそうして歩いていた。



 赤い小鳥亭から北の門へ行くには、市場を通り河を渡って、街の西側へ行かなければならない。

 市場には既に多くの人がいた。それでも昼間に比べれば随分歩きやすいその中を進みながら、アルバは手を繋いでいるアイリへと声を掛ける。


「……悪いな、また市場に連れてくるって約束、守ってやれなくて」

「これ買ってもらったから、いい」


 アイリはそう言って、フードの上から髪飾りを押さえた。

 そんなに嬉しかったのか、とアルバはアイリの言葉と仕草から思う。しかし、約束を破ってしまったことには違いない。

 だから、


「次はもっと大きな市場に連れてってやるから」

「……やくそく?」

「あぁ、約束だ」


 今度こそ、その約束を破らないよう、アルバは心に誓うのだった。



 そうして聖都ルフォートを出立したアルバたちは、途中途中で休憩を挟みつつ日通し歩き、夕暮れに染まる中でルフォートから北に伸びる街道沿いの、最初の宿場町に辿り着いていた。さすがにルフォートに近い街道ということもあり、魔物に遭遇することもなく安穏な道中だった。

 露払いのために先行していたイレとは、ここで落ち合う予定となっていた。


 既に夜のとばりが降りた、月明かりで薄っすらと照らされる宿場町の、それすら届かぬ暗い路地で、アルバはイレと落ち合った。他の四人は宿で休んでいる。


「――馬鹿なのですか?」


 やはり姿を消したままのイレは、開口一番そんな言葉を投げてきた。いつもの温和な口調の中に、棘が感じられる。


「なぜ旅の人数が増えているのです。百歩譲って、エルフの双子は大目に見ましょう。見るからに弱そうですから密偵ということもないでしょうし。それにあの子とも仲が良いようですからね。けれど、あの青髪の少女は聖教の神官でしょう。聖教から逃げているのに、その神官を連れていく――馬鹿なのですか? ……あぁ、馬鹿でしたね、すいません」


 不機嫌さを隠そうともせず、イレはアルバをなじる。

 セリアの為人ひととなりを知らないイレからしたら、セリアも聖教のよくいる神官の一人としか思えないのだろう。

 だが。


「……今のあいつは『冒険者』だ。それに、俺の【転移】を知っても態度を変えなかったし、それを黙っていてくれてる。あいつは大丈夫だよ」


 あいつを旅に連れていくのは約束だったからな、とアルバが小さく呟くと、傍らで盛大な溜息が聞こえた。顔が見えていれば、呆れた表情をしているだろうことが容易に想像できた。


「――全く……。今回だけは貴方の言い分を信じることとしましょう。ただし、彼女が妙な動きを見せた時は……わかっていますね?」

「あぁ、それで構わない。あいつがそんなことするわけがないからな」

「信頼が厚いようで何よりです」


 嫌味を言うイレは、もう一度これ見よがしに溜息を吐いた。

 イレが苛立つのもわからないでもない。聖教――『機関』は、魔法使いに取って憎しみの対象でしかない。それに加え、イレは聖教自体も嫌っている節があった。

 しかしイレとは違い、今の自分にとって、聖教全部が憎い、ということはなかった。そう思えるようになったのは、セリアと出会ってからだったが。


「――ここからは合流するつもりでしたが、あれだけ人数がいるのなら大丈夫でしょう。私はまた先行することにします。行く先に危険を察知したら伝えに戻りますので、くれぐれも決めた道程を勝手に変更しないように」

「あぁ、わかった」


 次に落ち合う場所を決めると、イレは去っていった。


 カンテラに火を灯し、宿への道を戻るアルバは、イレに言われたからだろうか、いつも元気なセリアのことが頭に思い浮かんでいた。


 ――セリアと初めて出会ったのは、二年前、赤い小鳥亭の中だった。


 ただの給仕と思っていたセリアが神官兼冒険者ということをラナから教えられ知って、それで近付いたのが切っ掛けだった。初めは聖教の内部を探るために、利用してやろうと思っていた。自分がルフォートを訪れたのは冒険者稼業をする為ではなく、機関のことを探る為だったからだ。

 そんな自分の思惑を露知らず、セリアは徐々に自分と仲良くなっていった。


 その頃のセリアは全然弱く武器も大剣ではなく、自分の力が及ばないような依頼クエストだとしても受けようとする冒険者だった。そんなことをしていれば、いつしか自分の身を滅ぼす――そう思っていた矢先、幽暗の森に向かったセリアが一日経っても帰ってこないという事件が起きた。

 受けていた依頼は素材採集だったが一ツ星の店には少々不釣り合いな内容で、その時の店には他に動ける冒険者がおらず、自分が救出へ向かうことになってしまった。ちなみに、その時にラナにはレベル5ではないことがバレた。


 その素材が取れるのは幽暗の森の中でも限られた場所で、そこを見回ったところ、セリアを発見した。素材を採集できたのはいいが、魔物に襲われ逃げる際に足をくじいてしまい、動けなくなっていた。魔物の棲む森で一晩無事だったのは、幸運としか言いようがなかった。

 最初こそ自分が助けに来たことを驚いていたセリアだったが、背負って帰る途中ですっかりと上機嫌になっていた。


 その時だった、魔物――【バグベアー凶熊】が木の陰から襲い掛かってきたのは。

 咄嗟の事に、セリアを背負っていたのもありそのままでは回避できず、【転移】を使ってしまった。

 バグベアー自体は難なく撃退できたのだが、神官に魔法がバレてしまった――そのことに焦る自分だったが、セリアは凄い凄いと褒め称えるのみで全く問題視していなかったどころか、内緒にしてくれ、という自分の願いも受け入れてくれた。


 それからというもの、セリアにやたらと懐かれた。

 裏表のない、いつも元気なセリアと一緒に過ごしている内に、聖教の神官の中にもいい奴はいるんだな、と自分の中の意識が変わっていった。利用してやろうという気はいつの間にかなくなっていた。


 ――そんなこともあったな。


 懐かしいことを思い出してしまい表情が和らぐ。

 そんなセリアが機関関係者であるはずがないと信じている。


 宿の部屋に戻り、仲が良さそうにアイリと一緒に眠るセリアを見て、改めてアルバはそう思うのだった。

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