不穏

「――ブルボ村の宿屋の主人が……?」


 唐突に告げられた情報に、アルバは声を潜めた。アイリを起こしてしまわないよう、部屋の隅に移動して壁に寄りかかる。微かに感じる気配で、イレがついてきたことがわかった。


「えぇ。昨日実際に行って確認してきたので、間違いありません」

「……奴らか」

「十中八九そうでしょう。村の住人によると、二、三日姿が見えなかったらしいのですが……つい先日、あの洞穴の中で無惨な姿で見つかりました」


 人の良さそうだった主人の顔を思い浮かべて、アルバは歯噛みした。巻き込んでしまった。後悔の念に苛まれる。口止め料を渡してしまったせいもあるかもしれない。


「あの村は宿屋が一軒しかありませんからね……その子を助けた誰かが利用したのでは、と疑われてしまったようです。実際、二月前と今回と、村では見たことのない風貌の男たちが宿屋を訪れていたようですから」

「二月前……」


 それは恐らく、あのレッサードラゴンの主だろう。一度目はうまく切り抜けたらしい。


「恐らく前回は聖都から戻る途中の『研究所』の者、今回は教会……『機関』の者でしょう。疑わしきは処分するのが彼らのやり方です」


 疑わしきは処分する。

 それを聞いたアルバは忌々し気に顔を歪める。

 そのせいで、自分の村は滅ぼされた。住民が使、というだけで。


 ――あいつ幼馴染は普通の女の子だったのに。


「アルバ、貴方はあの宿屋を利用しましたね? それより前にも」

「あぁ――ってなんでそれを知っている」


 それアイリ救出よりも前――セリアと一緒にゴブリン退治をした時のことだ。それはイレからの依頼ではなかったので、知らないはずなのだが。


「村人が貴方のことを覚えていましたよ。さすがは村の救世主」

「……その言い方はやめろ」

「ともかく、やはり猶予はありません。貴方やその子のことを彼が話したか話してないかは不明ですが……甘い考えは捨てた方がいいでしょう。見つかってしまうのも時間の問題だと思います。そうなる前にここを出たいのです」

「……わかった」


 危険が迫っている――そう言われれば、頷くしかなかった。

 せっかく仲良くなれた赤い小鳥亭の面々と別れさせてしまうのは可哀想だが、背に腹は代えられない。アイリには悪いがわかってもらうしかない。


「おや? 聞き分けがいいですね。懐かれているようですし、寂しくて駄々をこねるかと思っていたのですが」

「駄々って……俺は子供か。そもそも、ついていくんだから寂しくなんかならねーよ」

「……おや? 貴方もついてくるので?」

「は?」

「え?」


 二人して疑問の声を上げる。話が噛み合っていない気がして、アルバは待ったをかける。


「待て待て。イレ、お前一人でアイリを組織まで連れていくつもりか?」

「そうですが? 何か問題でも?」

「問題っつーか……まだ依頼の途中だろ」

「あぁ、依頼――その子の保護なら私が引き取るので終了です。ご苦労様でした」

「……本気で言ってんのか?」


 言葉の端々に笑いを堪えているのが見え隠れしているイレに、アルバが凄むと、小さく笑う声が長々と続いた。それに苛立ち、思わず舌打ちが洩れる。


「――冗談ですよ。もちろん貴方にも来てもらいます。貴方がいなければその子こそ駄々をこねるでしょうからね。それに、リノンにも連れてくるよう言われていますし」

「ったく。人をおちょくってんじゃねぇよ」


 確かにイレの組織に預ければ依頼は終了だが、自分はまだアイリとした約束の途中だ。こんなところでほっぽり出すわけにはいかない。


「貴方をからかうのが私の趣味ですからね。それはさておき、明日には出発することにします――と言いたいところですが、旅の準備が必要でしょうから明日一日は待ちましょう」

「……助かる。アイリにもみんなとちゃんとお別れさせてやりたいしな」

「そうですね。時折隠れて見ていましたが、その子は随分と明るく元気になりました。それは貴方だけではなく、この店の方々のおかげでもあるでしょう。ちゃんとお別れを言わせてあげてください」

「……イレがそんなことを言うとはな」

「何ですか、人を冷血人間みたいに。私とて、その子が幸せになることを願っているのです」

「幸せに、か」


 その言葉で、アルバの視線がアイリを向いた。

 安らかなアイリの寝顔。

 それがいつまでも続くように守ってやりたい。アルバはそう思うのだった。

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