頃合い

「――あぁ、おかえりアルバ……ってなんでその子らと一緒なんだい?」


 夕食をとる客が入り始めている赤い小鳥亭に帰ったアルバたちは、ラナに依頼の達成を報告しようとしていた。まだ空席の方が目立つあまり広くはない店内には、久しぶりにエプロンを付けたセリアの姿もあり、給仕に励んでいた。常連と笑顔で話しているセリアは、こちらに一瞬だけ目を向けた。


 麻袋を担いだロットを見るラナの目がどんどんと鋭くなっていき、それに伴って表情が怖くなっていく。


「……アンタたち、まさかとは思うけど――」

「――ラナさん、その辺はもう俺が説教したから勘弁してやってくれ」


 異様に低い声になったラナの言葉の先が想像できたので、アルバはそれを遮った。元気な様子のロットはともかく、ロッカを早いところ休ませてやりたかった。森を出てからは一人で歩いていたが、まだ少し辛そうだった。


「ほんとにアンタたちは……アルバに免じて今回のところは大目に見てあげようかね。その代わり――アンタたち、それをルディのところへ届けといておくれ」


 ルディ、というのはこの依頼クエストを出したラナの友人の錬金術士だ。赤い小鳥亭がある隣の区画で店を営んでいる。


「いや……ロット、お前一人で行ってこい」

「わかりました!」


 言うが早いか、ロットは店を飛び出していった。その素直な様子に、ラナが目を丸くする。


「……ロットがアルバの言うことを素直に聞くなんて……何があったんだい?」

「今度話すよ……」


 溜息混じりで言うアルバに何かを悟ったのか、ラナは苦笑いを浮かべると、カウンターの奥へ引っ込んで膨らんだ皮袋を持ってくる。


「ほら、報酬だよ」


 受け取って中をあらためると、銀貨が詰まっていた。それを適当に鷲掴むと、アルバは残りをロッカへと差し出した。


「え? え?」

「お前らも手伝ったからな、報酬だ」

「え、でも……私たちは何も……」


 迷惑を掛けた自覚があるのか、ロッカは困惑した表情を浮かべるだけで受け取ろうとしない。業を煮やしたアルバはロッカの手首を掴むと、開いたその手のひらに皮袋を置いてしまう。


「いいから。もらっとけ。気になるなら今度その分こき使ってやるから」

「……わかりました。ありがとうございます、アルバさん」


 過去、育ての親に言われたことをそのままなぞると、ロッカは渋々とようやく皮袋を受け取った。

 アルバはその頭の上に軽く手を置く。


「今日は飯食ってさっさと休んどけ。まだ辛いだろ」

「……っ! ……はい……そうします」


 急に手を置かれたからか、ロッカは身体をビクンと跳ねさせた。そしてどこかぼんやりとした口調で返事をすると、ラナから鍵をもらって、俯いたままふらふらとした足取りで階段を上っていった。

 その姿を見送って、アルバは溜息を吐いた。


「――やけに優しいじゃん?」

「……ちっ」


 寄ってきたセリアが、顔をにやにやさせて肘で小突いてくる。思わず舌打ちが洩れた。


「アイリちゃんといい、ロッカちゃんといい……何? アルバって小さい子が好きなの?」

「違うっつーの。誤解を招くようなことを言わないでくれ」


 調理に戻ったラナが『やっぱり……』みたいな顔をしてアルバに視線を向けてくる。

 自分はそんなに小さい子が好きそうに見えるのだろうか。気に掛けてしまうのは確かだが、そういう対象には見ていない。

 と、アルバは説明するが、


「……なんかそうやって、必死に説明するのが逆に怪しいよアルバ……」


 危ない人を見る目をしたセリアの一言でアルバは撃沈した。客の目がさっきからこちらを向いている気がして、アルバは撤退を決めることにする。ただでさえ魔力が空で身体が辛い。これ以上、精神力まで削られたくはなかった。


 部屋に戻ると、アイリがベッドで寝ていた。起こさないように外套を脱ぎ、装備を解除してワードローブに適当に突っ込む。


 夕焼け色に染まる部屋の中、枕元にしゃがんでアイリの寝顔を見る。まだこの部屋で寝始めた頃は、苦しそうな寝顔をすることも多かった。しかし、今ではすっかり安心しきった安らかな寝顔をすることが多くなっていた。その髪には、買ってやった髪飾り。

 このまま辛いことを思い出さずに、楽しく毎日を過ごして欲しい。

 そんな思いを込めながら、アルバがアイリの頭を撫でてやっていると――


「――ッ!!」


 動こうとしたが遅かった。いつの間にか喉元に冷たさと鋭さを感じさせる何かが当てられいた。刃物――そう確信するアルバだったが、動けない。

 舌打ちして、アルバは口を開いた。


「……何のつもりだ、イレ」

「我が息子が腑抜けてないかの確認です。突き付けられるまで気付かないなんて、少々たるんでいるのでは?」


 楽しそうなイレ育ての親の声が、背後から聞こえてきた。扉が開いた様子はなかったので、どうやら自分が部屋に入る前からいたらしい。

 喉元に突き付けられていた感触が消える。

 やれやれ、とばかりにアルバはこれ見よがしに溜息を吐く。


「じゃあせめて姿か気配、どっちかは出してくれ。どっちも完全に消すんじゃねぇよ」

「そんなことでその子を守れるのですか?」

「姿を消して襲ってくる奴なんざ、お前しかいないだろうが」

「いえいえ、わかりませんよ。世界は広い。私以外に【透明化】を使える人間が他にいるやも知れません」


 ふふふ、とやはり楽しそうなイレの笑い声を聞きながら、アルバは椅子へと腰掛ける。いるであろう空間に視線を向けて、


「――で? 遊びに来たってわけじゃないんだろ」


 用がある時以外、イレは基本的に接触してこない。わざわざ部屋に入ってまで待っていたということは、調査に何か進展があったのだろう。


「えぇ……そろそろ頃合いかと思いまして」

「頃合い?」


 ――回復を待つことにして、その間、貴方に預けておくことにします。


 以前イレが言っていた言葉が浮かんだ。

 アルバは寝ているアイリを一瞥いちべつする。確かに、アイリは元気になった。まだ細いが、そろそろ旅に耐えられるはずだ。


「――連れていくのか、アイリを」

「えぇ。調査も一通り済んだので、一度報告がてら組織に戻ろうかと思いまして」

「……いつだ?」

「明日にでも」


 明日。

 早すぎるその出発に、アルバは驚く。


「やけに急だな」

「……えぇ。あまり悠長にしてられないのです」


 イレの声が一段低くなった。それで、アルバは出発を急がなければならない何かがあったのだと察した。

 先を促すように黙っていると、イレは静かに息を吐いて告げた。


「――ブルボ村の宿屋の主人が殺されました」

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