帰路
「――ったく」
「……アルバさん……ごめんなさい……」
「すいませんでした……」
聖都ルフォートへの帰路。
森の深部から外縁部へとようやく抜け、張っていた気を緩めたアルバは、二人からどうしてあんなところにいたのかを聞いていた。原因は己の力量の過信。それは下手をすれば命を落としかねない愚考だ。
そのことについてや、依頼を横取りしようとしたことについてアルバが説教を終えると、殊勝な態度で二人は謝った。巻き込まれただけのロッカも、ロットを止められなかったので、ある意味同罪である。パーティを組む以上、仲間の危険な行為は止めなければならない。
深部と比べ木々の密度が薄く、その枝葉の隙間から降り注ぐ日の光が多いため、幽暗の森という名前にしては外縁部はまだ明るい森だった。
その中を、ロッカを背負ったアルバと、ネペンテスの触手を詰め込んだ麻袋を担いだロットは歩いていた。その背にはロッカの弓と矢筒がある。
ネペンテスの触手はまだ
「……どうして、アルバさんはレベルが低いままなんですか?」
説教が終わって気まずさすら感じる微妙な空気が流れて各々無言になる中、耳元でロッカが静かに口を開いた。
やっぱり聞かれるか――アルバは嘆息する。自分のレベルを知っているこの二人に見られたのはまずかった。確かにネペンテスは、レベル5が倒していい魔物ではない。人を喰ってしまうということは割と有名で、駆け出しの冒険者が見つけても挑んではいけない、と言われている魔物だ。
そもそもレベルとは、その冒険者の力量をわかりやすく数値にしたものだ。それが記載された冒険者証を持つことが冒険者の店で依頼を受ける条件――もっと簡単に言えば、冒険者と名乗ることができる条件である。
その発行は各地の冒険者の店が請け負っている。そのため、冒険者の店を開こうとするには【測定魔術】という、対象の力量を測ることができる魔術の習得が必須になっている。
それが使えないと
なぜそうするかというと、己の力量を過信した結果、その冒険者では到底達成不可能な依頼を受け、命を落とすことが頻発したからだそうだ。
そこでこの大陸最大の街である【バムロル】の冒険者の店同士で
それが『レベル』であり『冒険者証』である。そしてその仕組みは、やがて大陸各地へと広がっていった。
そうして冒険者の店の主は、依頼を受けようとする冒険者のレベルを見て、その依頼を受けさせるか決めるようになっていき、冒険者が依頼により命を落とすことも少なくなったという。
冒険者の店に一ツ星~五ツ星の格が存在するのも似たような理由である。
それは依頼を出す際の目安になっていて、星の数が増えるほど高いレベルの冒険者が滞在していて、その分依頼料も高額になっている。
この星の制度は、今回はラナの友人からの依頼ということで例外だったが、例えば、低レベル冒険者が倒せない魔物の討伐依頼が一ツ星の店に来ることがないようにするための制度である。
もっとも複数の冒険者の店がない地方の町や村では、この格付けの制度自体ないことが多いし、依頼料をケチって適正よりも星が少ない店に依頼を出すような依頼人もいるので、あまり機能しているとは言い難いのだが。
「あんなに強いんなら、もっとレベルあるはずですよね?」
ロッカの言葉に、ロットも同調する。
大した理由はないんだけどな、とアルバはもう一度溜め息を吐いて、仕方なく理由を聞きたがる二人に話すことにする。『あのおっさん、レベル5なのにすげーつえーんだぜ!!』などと言いふらされても困る。
「……更新がめんどくさいから。パーティ組まないから。店で依頼を受けないから。以上」
「「は?」」
さすが双子だな声が重なった、とアルバは要領を得てない二人の返答を聞きながら、そんなどうでもいいことを思う。
冒険者証の発行は冒険者の店の主が行う。つまり、作ってくれと言わない限り、勝手に作られることはない。その為、実際のレベルと表記のレベルが合わない冒険者がいることもある。
レベルを低く
それに、高レベルの冒険者とパーティを組もうとすると、自身のレベルが低いとまず相手にされない。
しかしアルバは違った。
パーティを組まない一匹狼なので自分のレベルを他者に明かす必要がない。
さらに冒険者の店で依頼を受けることがまずない。冒険者はパーティを組むのが基本とされているので、一人で依頼を受けようとすると断られることがままあったことに加え、イレが定期的に厄介な、だが報酬のいい依頼を回してくるので金には困らなかったからだ。
極めつけは、更新がめんどくさい上に冒険者証の発行にはお金がかかることだった。測定魔術を受けて結果が出るには少々時間が必要な上、お金も取られるとあっては、レベルという仕組みにあまり恩恵を感じていないアルバにとって、冒険者証を更新する必要性が感じられなかった。
ラナは口を酸っぱくして更新しろとせっついてくるが、当のアルバはどこ吹く風だった。
というようなことをアルバが掻い摘んで説明すると、
「……それって、冒険者である必要あります……?」
と、もっともなことをロッカに言われた。
アルバはそれに苦笑いを返すと、
「実はあまりない」
それでも冒険者証を作ってあるのは、冒険者の店を利用する時に様々な便宜を図ってくれるからだ。例えば、宿泊費だったり食費だったり。各地を旅していたアルバにとって、その恩恵は計り知れなかった。
「もともと俺はまともな冒険者じゃないからな。だがまぁ、誰かさんみたいに勘違いする奴が出てくるのなら、たまには更新しておくか」
「ぐっ……」
今回の件は、きちんと更新しておけば、俺でもできる! とロットが勘違いすることもなく、起きなかったはずだった。その点だけは反省しなければならない。
「……ラナさんのお店にいるのはレベルが低いからだと思ってたんですけど……違ったんですね」
「あぁ。ラナさんは以前ルフォートに来た時に知り合ったんだ。あの店はのんびり過ごすには静かでいい店だからな、今回も滞在している。まぁ、最近は誰かさんが突っかかってくるからあまり静かではないが」
「ぐっ…………」
隣を歩くロットの背中がどんどんと丸くなっていき、ついには俯いたまま立ち止まってしまった。さすがにいじめすぎか、とアルバが嫌味を言ったことを謝ろうとすると。
「――おっさ――いや、アルバ師匠!!」
――師匠!?
突如顔を上げ、意を決したかのような鋭い目付きをして、ロットがアルバの目を真っ直ぐに見て、何かめんどくさそうな呼称で呼んだ。
面食らって何も言えないアルバに、ロットは畳み掛けるように言葉を続ける。
「俺を弟子にしてください!!」
上げた顔を今度は勢いよく下げた。それを見て、アルバは実にめんどくさそうな顔をした。
どういった心変わりだろうか。つい先程まで自分のことをおっさんと呼んでいた奴が、突然弟子にしてくれ、とは。
「俺、今回のことでわかったんです。まだまだ未熟だな、って。自分は強いと、なんでもできると思ってました。でもそれはただの自信過剰でした。さっき師匠が来てくれなかったら、ロッカを助けることもできなかったんです。だから、ロッカを助けてくれた師匠みたいに誰かを助けられるように、俺は強くなりたいんです。これまでの態度は謝ります。だからお願いします!」
頭を下げたまま、ロットは必死な様子で懇願してくる。それを見て、アルバはやれやれと溜息を吐く。
弟子にしろと言われても、そもそも扱う武器が違う。自分には長剣は扱えない。短剣と長剣では戦い方も異なる。師匠になる意味はないのではないか。
そんなことを告げてみるが、
「剣の師匠になってほしいってわけじゃないんです。冒険者として師匠になってほしいんです」
「……俺はまともな冒険者じゃないって言ったはずなんだが」
そう言ってみるものの、ロットは顔を上げない。どうしたものか、とアルバが思案していると、首に回されていたロッカの腕に力が込められ、それまでよりも強く抱き着かれた。胸当てが強く押し付けられて、背中がちょっと痛い。
「……私も……アルバさんと一緒にいたい、です……」
――お前もかロッカ!?
ロッカに耳元でそんなことを囁かれ、アルバは肩を落とす。姉に弟を止めてもらおうとしたのだが。
落胆するアルバは、ロッカの言葉の気色がロットとは違うことに気が付かない。
背中のロッカと、頭を下げたまま動かないロットを交互に見て、アルバは頭をがしがしと掻くと、特大の溜息を吐いた。
――頼むよ! 俺もあんたみたいに、人を助けられるようになりたいんだ!
今のロットは、もう随分昔のことのように思える過去の自分だった。
自分も同じようなことを頼んだ記憶がある。それが認められたから、自分は今こうして冒険者をやっている。誰かを助けることができている。あの時断られれば、きっと今の自分はなかった。
だから、あの時の
「……好きにしろ」
その言葉に、ロットがようやく顔を上げる。その表情は見たことがないほど晴れやかで――
「――ただし、条件がある」
――アルバが迫力を込めて放ったその言葉で、警戒したかのように表情が固まる。背中のロッカが身体を震わせたのが伝わってくる。二人とも息を呑んでいる。
「何、難しいことじゃない。さっきのネペンテスとの戦いで見たことを口外しない、それだけだ」
「……見たことを……? 魔術ですか……?」
「いや、魔術は別にいい。そもそもロッカはそれどころじゃなかっただろうから見えていなかったはずだが、ロットは見たな?」
「何を……――あ」
アルバが何を指して言ったのかを理解したのか、ロットがはっとする。
宙に浮いていたロッカのさらに頭上に忽然と出現したアルバ。そのことを言われて思い出したようだ。ロッカも背中で、そういえば急に……、と呟いている。
「そうだ。ロッカに巻きついていた触手を斬った時のことを口外するな。あの力は人に知られたくない。緊急事態だったから使ったが、本当はお前らにも見せるつもりはなかった」
【転移】――魔法が使えることは他人には知られたくなかった。だからパーティを組まずに一人で冒険者をしているのだ。【転移】があるからこそ、自分は様々な依頼を達成することができている。【転移】がなければ、自分はそこらの普通のシーフとなんら変わらない。
アルバの提示した条件に、二人は頷いた。
契約成立である。
アルバはもう一度だけ溜息を吐くと、止まっていた足を動かして歩き始める。
「ほら、さっさと行くぞ。弟子になったのなら荷物持ちくらいちゃんとやれ」
「……は、はいっ!」
嬉しそうに返事をして、背後から小走りに追いかけてくるロットの足音を聞きながら――
さらに強く抱き着いてくる背中のロッカの胸当ての痛みを感じながら――
アルバは思わざるを得ないのだった。
――どうしてこうなった……。
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