依頼:素材採集

「――火炎よ、弾けて爆ぜろ中級爆破魔術!」


 順手で構えた右の短剣で、こちらに向かって伸びてきたを斬り下ろすと、乾いた音が響いて、。それとほぼ同時に詠唱を終えると、アルバは左手に構えた刃を投擲とうてきした。

 標的へと真っ直ぐに飛んだ刃は、その胴体――樹の幹に小気味よい音を立てて突き刺さる。


 一瞬の間。


 刃の柄頭に添えつけられた、赤く細かな石から紅い光があふれ――爆発した。

 相対している魔物の破片が、爆発に巻き込まれないように距離を取っていたアルバの足元まで飛んでくる。それは木片だった。


 爆発によりその身体を構成している物質――木の破片を飛ばした魔物は【ウィロー暴木】だ。アルバの身長の二倍程はある高さ、大木と見紛うその太い幹の胴体。幹にはほらのような暗い目と口。いくつもに分かれた根は地には埋まらず移動するための足となっている。葉がついていない乾いた枝々は獲物を捉えるための腕だ。


 刃が刺さり爆発した部分では炎が踊っていた。洞の口から怨嗟の声の如く、低く昏い音を鳴らしながら枝の腕を伸ばすウィローだったが、アルバへと届く前にその動きを止めた。揺らめいていた炎が消えていく。炎に焼かれた部分は炭化し黒くなっており、それは幹のそこかしこに見られた。


 再び動き出さないことを確認して、アルバは一つ息を吐いた。その顔は涼し気だ。鈍重な動きのウィローは、素早い身のこなしを武器とするシーフにとって、別段苦戦する相手でもない。ただしその生命力は並外れており、アルバは爆破魔術の触媒を仕込んだ投刃を五本も使用する羽目になっていた。これ以上使用するのは、依頼料に見合わない。打ち止めだった。


 その投刃――アルバは【爆撃刃ばくげきじん】と呼んでいる――は、アルバの攻撃手段の中でも特に威力の高い物だった。中級魔術であるため魔力をそれほど多く必要としないにも関わらず、高い威力を誇るそれを、魔力量が少ないアルバは気に入っていた。爆発という現象故、使い捨てになってしまうため少々値は張るが。

 爆撃刃は、相手に刺さらずとも一定の威力が見込め堅い相手に有効な武器である一方、発動の際に盛大な音を立ててしまうのが難点で、隠密には向いていない武器でもあった。そのためアイリ救出の際には持っていかなかったのだが、これがあればレッサードラゴンを討伐することも可能だったはずだ、とアルバは思っていた。あの時ほど、準備を怠った自分を呪ったことはない。


 漆黒の外套のフードを被ると、爆発音で他の魔物が寄ってくる前に、アルバは足早にその場を離れた。依頼対象の魔物を探してはいるが、自分はいつものように一人である。魔物に囲まれる状況は避けたかった。

 

 アルバは現在、聖都ルフォートの西に広がる【幽暗ゆうあんの森】、その深部にいた。森を通り抜けるために整備された細い道の両脇は鬱蒼うっそうとしており、迂闊に足を踏み入れれば戻って来られなくなりそうな気配が漂っている。その闇の向こうからは時折、魔物の鳴き声と思われる音が鳴り響いてきていた。


 幽暗の森、その外縁部は弱い魔物ばかりな上に、薬草が取れるということもあり、駆け出しの冒険者にとって魔物討伐にせよ薬草採集にせよ、経験を積む場であった。その反面、深部になればなるほど魔物は強くなっていく為、注意が必要な森でもある。西へ通り抜ける細い道が整備されてはいるが、中レベル以上の冒険者の護衛なしで通り抜ける者はまずいなかった。


 アルバがこの森を訪れているのは、依頼クエストを受けた為だ。

 ラナが友人の【錬金術士】から頼まれたというその依頼は、この森に棲むとある魔物から取れる錬金術用の素材採集だった。その魔物は一ツ星の店に来るレベルの冒険者では太刀打ちできる魔物ではない為、ラナが自分、もしくはセリアにこの依頼を受けさせるつもりだったことは明らかだった。アイリを匿ってもらっている、という甚大な貸しがある自分が、どうして断れようか。

 また拗ねられても面倒だし、とアルバはセリアを連れてくるつもりだったが、一緒に市場に行ったあの日以来、セリアは店に来ていなかった。兄が帰ってきたということなので、家で過ごしているのだろう、とアルバは勝手に推測していた。アイリが寂しそうにしているので、少しは顔を見せて欲しいのだが。


 空気が重いようにすら感じる森の深部、その小道をアルバは進んでいく。ひとまずはこの小道沿いに目的の魔物を探し、見つからなければ道の脇に入って探す。

 今は昼時。まだ時間はある。特に期限が差し迫った依頼でもない為、アルバは日が暮れ始める前にルフォートに戻るつもりだった。幽暗の森からルフォートまではそう遠くない。

 

 ――そろそろいてもおかしくないんだが……。


 遭遇した魔物の中で、今のウィローが一番強い魔物だった。森の深部にいるとされる魔物なので、同じく深部に生息している目的の魔物もこの辺りにいるはずだ。アルバは仄暗い森の奥へと目をこらし――


 その時だった。 


「きゃああああぁぁぁぁ――――!!」


 ――近い。


 聞こえた悲鳴ははっきりと聞こえる程の声量だった。

 こんな鬱蒼とした森の深部で聞こえる悲鳴。

 どういう状況なのかを想像するのは容易く、聞かなかった振りをするのは困難だった。

 

 ――厄介な魔物じゃなければいいんだが……。


 そう思いながらも、アルバは短剣を抜くと小道の脇、木々の奥――悲鳴が聞こえた方へと駆け出した。

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