幕間①――アイリ

 赤い小鳥亭に戻ると、ラナが怒っていた。

 平謝りするセリアを横目に、客がいるから、とアルバに部屋に戻るように促され、アイリは二階へと上がった。

 誰もいない部屋に入ると、アイリは寝台に腰掛けた。フードを脱ぐと、その脱ごうとした手に、硬い物が当たった。を髪から外して手のひらに乗せ、アイリはまじまじと見つめる。


 ――おじさんがかってくれた……うれしい……!


 花を模した、小さな髪飾り。アルバに初めて買ってもらった自分の物。それを大切に胸に抱えて、アイリは寝台に勢いよく寝転がった。


 目を閉じると、アルバと出会ってからの日々が思い起こされた。

 それは、これまで自分が過ごしてきた日々の中で、とても輝く日々だった。こうして暮らせていることが、今でも信じられない。


 ――ラナも、セリアも、ロッカもやさしい。ロットはちょっといじわるだけど、たまにやさしい。でも、おじさん――アルバが一ばんやさしい。


 アルバはいつだって自分のことを考えてくれている。

 普段の口の悪さを気にすることもなく、アイリはそう思っていた。

 初めて会った、助けてもらった時からそうだった。 

 

 初めて会った時のことを、アイリは思い浮かべた。

 松明が照らす洞穴の中、フードを取ったアルバを『おじさん』と呼んでしまった。

 今ではかっこいい男の人だと思っている。でも、その時はおじさんにしか思えなかった。ちゃんと顔が見えなかったのもあるけれど、どことなくそう思ってしまったのだ。

 そんな場合じゃなかったはずなのに、ついからかってしまうと、アルバの反応が面白かった。笑ったのは本当に久しぶりだった。


 今も『おじさん』と呼んでいるのは、そうすればアルバが構ってくれるから。それに『おじさん』と呼んだ時の困ったような、怒ったような、そんなアルバの表情を見るのがアイリは好きだった。


 アルバに助けてもらえなかったら、とアイリは思って怖くなる。

 自分はまだあの何もない、暗い部屋に閉じ込められたまま――


 『こわいこと』を思い出しそうになって、それを追い出すようにアイリは頭をぶんぶんと振ると、たのしいことをかんがえよう! と気持ちを切り替える。


 そうすると、やはり思い出すのは今日の市場でのことだった。


 ――はじめて、おそとにだしてもらえた。


 それがすごくアイリは嬉しかった。

 店の中で過ごすのも嫌いじゃない。この店は温かいから。

 でも、初めて目にする物がたくさんの市場は見ているだけで楽しかった。それだけでも十分だったのに、アルバはせっかく来たんだから、と髪飾りを買ってくれた。

 それが本当に、本当に嬉しかった。大切にしようと思った。


 寝転がっていると、瞼が重くなってきた。はしゃぎすぎて疲れたのかもしれない。

 寝ている間に失くさないように、アイリは髪飾りを髪に着け直した。


 

 目を閉じるアイリは、思う。


 ――きょうもたのしかった。


 嘘のような、平穏な毎日。それが。


 ――ずっとつづけばいいのに。


 アイリはそう願わずにはいられなかった。

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