平穏な日々②
「――おじさんおじさんっ、あれ食べたい!!」
市場は今日も活況を
人の波でごった返す市場ではしゃぐアイリを見て、アルバとセリアは顔を見合わせて苦笑した。赤い小鳥亭を出た時から、アイリはずっとはしゃいでいる。その様子を見て、連れてきてよかったな、とアルバは思う。
ルフォートの市場は河沿い、街の中心部にある。街を二分する河に掛けられた橋で西の市場と東の市場は繋がれており、一つの大きな市場となっていた。石畳の上には所狭しと露店や屋台が広がり、多種多様、雑多な物が取り扱われている。
市場には様々な人族がいた。一番数が多いのは人間だが、エルフもそれなりにその姿を確認できる。背が低く小柄だが筋骨隆々の【ドワーフ】、人間の幼児程の大きさでその背に透ける翅を生やす【フェアリー】、身体の一部に動物の特徴を宿す【獣人】といった、同一種族で暮らすことが多い故、あまり衆目にその姿を見せない種族も見受けられた。こうして街に出てくるような彼らは、そのほとんどが冒険者だ。
繋いでいるアルバの手を引っ張るようにして、アイリが一つの屋台へと近付いていく。そこまで身長が高くないアルバの腹付近に頭が来る程度の身長しかないアイリ。その二人の身長差といい、手を繋いでいることといい、どう見ても親子にしか見えない二人を背後から見て微笑ましく思ったのか、セリアは柔らかな笑みを浮かべると、その後に続いた。
「――そろそろ帰るぞ」
屋台で物を食べ、露店を冷やかし、目に映る何もかもが新鮮なのか、アイリはたくさんはしゃいだ。
ある程度回ったところで、アルバはアイリに声を掛けた。西の市場には行けていないが、東の市場は一通り回った。そろそろいいだろう、と判断してのことだった。セリアは一足先に赤い小鳥亭へと戻っている。
しかし。
「えー……」
だろうな、とは思っていたが、案の定、フードの奥から不満げな声が聞こえてきた。自分としてはもうかなり回ったつもりである。だが、アイリにとってまだまだ足りないらしい。初めて店の外に出られたのだから、その気持ちはわからなくもない。
予想できていたことだったので、アルバは用意しておいた言葉をアイリに投げる。
「また連れてきてやるから」
その言葉にアイリは大きな声で、
「ぜったいだよ! やくそくだからね!!」
それにはいはい、と答えて、アイリの手を引いて赤い小鳥亭へ戻ろうとしたアルバは、その視線の先にあった一つの露店に目を止めた。その、石畳の上に広げた敷布の上には、女の子が喜びそうな装身具が並べられている。
気付かれないように、目だけを動かしてアイリを上から見る。今日アイリに買った物といえば、最初におねだりされて買った、昼飯替わりの串焼きだけだ。それからあとは冷やかしのみで、アイリは何かを買ってほしいと言ってくることはなかった。遠慮しているな、とアルバは気付いていた。何でもかんでもおねだりしてくるのは困るが、おねだりされないというのも困る。まだ子供なのに、遠慮なんて覚えなくてもいい。
その露店の前で足を止めると、アイリはアルバを不思議そうに見上げた。
「おじさん?」
「せっかく来たんだし、なんか買ってやるよ。どれがいい?」
「えっ」
アイリは露店に並べられている物と、アルバの顔とを何度も交互に見ると、ぶんぶんと首を横に振った。
「いっ、いらない」
初めの頃のはしゃぎっぷりが嘘のような反応に、アルバは軽く舌打ちすると、
「ガキが遠慮してんじゃねぇよ。ほら」
押し出すようにして、敷布の前にしゃがませる。それでもまだ遠慮しているのか、しゃがんだままアルバの顔をちらちらと見ていたが、
「……いいの?」
「買ってやるって言ってんだろ」
軽く叩くようにアイリの頭の上へ手を置くと、その表情が輝いた。視線を戻して、並べられている商品を真剣に物色し始める。
やがて、アイリが指を指したのは、花を模した、銅でできた小さい髪飾りだった。
「これ、ほしい……」
まだ微妙に遠慮しているのを感じる選択だったが、この辺りが妥協点だろうと、アルバは露店の主に値段を聞いて支払いを済ませる。受け取って、早速その髪へと着けてやり、露店から離れた。
「ありがとう……だいじにする!」
そう言うと、よっぽど嬉しかったのか、アイリは繋いでいる手を大げさに振って歩き出した。つられてアルバの手も大きく振られている。
市場の入口まで戻ってくると、なぜか人垣ができていた。その最後方に、アルバは先に戻っていたはずのセリアの姿を見つけた。不思議に思って、その背中へと声を掛ける。
「先に戻ったんじゃないのか?」
「――へっ!? な、なんだ、アルバじゃんっ。いきなり声を掛けられたからビックリしちゃった」
「あぁ、悪い。で、なんだ? この人垣」
人垣は同じ方向を向いていた。阻まれて何があるのかは見えない。そしてその人垣を構成しているのは、一様に同じようなローブを身に纏った人間だった。どうやらほとんどが巡礼者や聖教の関係者のようだった。冒険者とは振る舞いや出で立ちが違う。
それに気付いたアルバは、アイリを抱き抱えると、フードから覗く顔を隠すように自分の胸へ当てた。自然な様子で人垣から離れる。
そのほとんどが聖教関係者の集団。一般の信徒ばかりだろうから、アイリのことは知らないにせよ、さすがに危険だった。
そんな動きを取ったアルバに首を傾げつつ、ついてくるように人垣から離れたセリアは、
「お兄が帰ってきたみたいだよ」
「あぁ言ってたな。それでこうなってんのか」
「うん。お兄って実は高位の神官だからねっ。みんな一目見ようとしてるんじゃないかな」
――高位の神官。
そう聞いて、アルバはその姿を確認したくなったが、抱き抱えている重さを感じて軽く頭を振る。アイリを危険に晒すわけにはいかない。高位の神官とあれば、機関の存在を知っていてもおかしくはない。
それに、やめようと決めたはずだ。
「――お前、戻らなくていいのか? ラナさん怒ってるぞ、多分」
「やばっ! あぁでもお兄も早く見たい……」
「家帰ったら見れるだろ。ほら、いいから戻るぞ」
アルバが歩き始めると、やや遅れて小走りの足音がついてきた。
赤い小鳥亭を目指すアルバの足は、無意識に早くなっていた。
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