ロッカとロット

 階下に降りると、店に入ってきた時にいた、ラナの知り合いだという二人組がカウンターの席で、何かを手に盛り上がっていた。

 それを横目に、アルバはいつものように店の片隅の小さな席へと腰を下ろす。ラナがカウンターに入っていく。

 机に頬杖を突いて、カウンターの中で揺れるラナの髪と胸と尻を何となく眺めながら、アルバはイレとの話を思い返していた。一度に色々な情報が得られたせいで、少し混乱している。状況を整理する必要があった。思考に没入していく。



 ――まずはアイリの今後のこと。今はその心と身体を休ませることが最優先だ。そして、旅に耐えられるほど回復したら、どこか違う大きな街にでも行くべきか、それとも辺境の地で静かに暮らすべきか。とりあえずここよりも落ち着ける場所に行きたい。魔法のことは隠しておけば機関には見つからないだろうし、敵も簡単には手出しできないだろうと思って、近かったこともあり聖都にアイリを連れてきたが、まさか敵が聖教と繋がっているとは思わなかった。虎の穴だったとは。


 そのアイリに、魔法使いだということは内緒にさせておく必要がある。あの時が初めての魔法の行使だったようだし、まだその発動の仕方もわからないだろうが、使わないようにも言っておかなければ。


 イシオス聖教が『研究所』なる施設を作って不穏な動きをしているのは、悔しいが今は傍観するしかない。イレの組織の力を借りたとしても、さすがに聖教と正面切ってはやり合えない。裏から崩すにしても、情報が必要だ。それにはイレの調査を待つ他ない。


 聖教で思い出した。セリアにも口止めをしておかなければならない。あのセリアが機関と関わりがあるとは思えないが、聖教内でアイリのことやレッサードラゴンのことを言ってしまわないように言い含めておかないと。


 アイリの存在を知っていると言えば、ブルボ村の宿屋の主人や聖都に入った際の門の衛兵もそうだが、主には口止め料、衛兵には袖の下を握らせたし、そちらは問題ないと見ていいだろう。随分と金貨が減ってしまったが。


 それにしても、ラナさんには感謝してもしきれない。アイリを匿ってもらうことによる損失の補填はもちろんのこと、何か個人的にお礼も考えておかなければ。


 ――よし、こんなところか。



 やるべきこと、考えるべきことを頭の中でまとめあげたアルバは、ふとカウンターに座っていた二人組がこちらをじっと見つめていることに気が付いた。視線が絡む。なんだ? と思っていると、二人組が立ち上がって近付いてくる。


 片や、丈が短い濃紺のチュニックにズボンを合わせた、深碧しんぺきで短髪の少年。

 吊り上がった眉をしており、あどけない顔立ちも相まって、どことなくやんちゃな印象を受ける。


 片や、淡い水色で丈が長いチュニックを着た、同じく深碧でおさげ髪の少女。

 やはりまだあどけなさを感じさせながらも、少年とは違い、どこか上品さを受ける温和な顔立ちをしている。

 

 二人とも、長い耳の先端が尖っていて、その瞳は猫のようだ。

 やはりエルフだった。


 エルフは人族の一種族で、同じく一種族である人間よりも寿命が長い。その分、身体も精神も成長がなだらかなので、二人は恐らくアルバよりも年齢は上だろうが、実感としては年下になる。エルフは長命故か、あまり年齢を気にしないので、外見通りの扱いをされることの方が多かったし、エルフ自身も相手の外見に沿った対応をすることが多かった。


 そのエルフの少女が、にこにこと朗らかな笑顔でアルバに声を掛けてくる。


「はじめまして。私、ロッカって言います。こっちは双子の弟のロットです」


 アルバを年上だと感じているのだろう、ロッカと名乗った少女が礼儀正しく腰を折ってお辞儀する。それに、礼儀としてアルバは軽く会釈を返す。ロッカの半歩後ろにいる、ロットと紹介された少年は、ども、と頭を動かしただけだった。


 顔を上げたロッカは、アルバにとって眩しく思えるほど、その表情を期待に輝かせていた。

 それは、これからの冒険に胸弾ませる、駆け出しの冒険者特有の表情だった。もっとも、自分にこんな表情をしていた時期はなかったな、とアルバは思う。


「私たち、冒険者になったばっかりで、仲間を探してるんです。見たところ、お兄さんはお一人のようですし、もし良かったら私たちとパーティを組みませんか? これ、私の冒険者証です」


 ロッカが小さな長方形で硬い質感のカードを差し出してくる。正直言ってパーティを組む気など全くないのだが、アルバはまだ真新しいそれを反射的に受け取ってしまい、仕方なく目を通した。見るべきところはレベルと【クラス】。ロッカのレベルは6、クラスは弓術士だった。

 外見の若さから判断するに、そんなもんだろう、というのがアルバの感想だった。むしろ駆け出しとしてはなかなかレベルがある方だ。自分が初めて冒険者証を作った時、そのレベルは5だった。結局、それ以来一度も更新していない。


「このお店にいるってことは、私たちと同じようなレベルなんですよね?」

「あー……」


 返答に困って、アルバは呻いた。確かに冒険者証のレベルだけを見れば、自分はこの赤い小鳥亭の格である一ツ星に相応しい冒険者である。しかし、高レベルの冒険者やその高レベルに見合うほどの難解な依頼クエストが集まる五ツ星の店に行っても、引けを取らない実力はあると自負はしている。


 ――さて、困った。


 この流れで自分の冒険者証を見せないというのも、何かを隠しているかのようで展開的に苦しい。

 かと言って、見せてしまえば、自分はただのレベル5のシーフである。レベルが近いとわかったロッカの勧誘がさらに激しくなるかもしれない。


 どうやって断ろうか、アルバが頭を悩ませていると、


「――アンタたち、そいつはアンタたちと組むようなレベルじゃないよ、諦めな」


 その大きな胸が仕切りで潰れるのもいとわず、カウンターの中から身を乗り出したラナが、助け船を出してくれた。その声に、それまで黙っていたロットが振り向く。


「えー? でもこのおっさん、全然強そうに見えないぜ?」


 ――お、おっさん……。


 まさかアイリ以外に自分をおっさん扱いする奴がいるとは――アルバはショックに打ちひしがれる。


「見た目で判断すんじゃないよ。そいつは、アンタたちが二人で束になって挑んでも勝てない相手だよ。わかったらとっとと諦めな」

「ほんとかよ……」


 ラナの言葉が信じられないのか、ロットが首を傾げつつ、アルバへと視線を送ってくる。そのまま一歩前へ出てロッカと並ぶと、自分の冒険者証を差し出してくる。嫌な予感。


「じゃあ、ちょっと冒険者証を見せてみろよ。俺のも見ていいからさ」


 嫌な予感が的中して、アルバは嘆息した。

 助け舟かと思ったラナの発言は、むしろ藪蛇やぶへびだったようだ。 

 こうなっては見せる他ない。仕方なく懐から取り出して、ロットと交換する。

 目を通してみると、ロットのレベルは7、クラスは剣士だった。自分をおっさん扱いして、偉そうな態度を取るだけのことはあるようだ。見立てでは成人したばかりだろうが、それでこのレベルは十分だと言える。


「なんだよ、レベル5じゃん。ラナさんの嘘つき」

「……だから更新しろって言ってんのに、あのバカ……」


 ラナがぼそっと呟くのが聞こえて、アルバは身を小さくした。仰る通りです……。

 

 はぁぁぁ、とアルバの席まで届くような特大の溜息を吐くと、ラナはカウンターから出てきた。その手には湯気立つ木製のボウルがあって、やはり木製の匙が刺さっていた。

 それをアルバがいる席に置くと、顎を階段の方へとしゃくった。ボウルの中身は重湯だった。


「ほら、できたよ。さっさと持ってってやんな」

「あ、あぁ、ありがとうラナさん」


 離脱の好機とばかりに、アルバはロットの持っていた冒険者証と、自分の手の中にあった冒険者証を、スリの如く一瞬の手技で入れ替える。

 その速さに、呆気に取られる双子を放置し、ボウルを手にするとそそくさと階段を上がっていくのだった。

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