聖都ルフォート

 夜が明けてしばらく、アルバたちはようやく聖都ルフォートに辿り着いていた。


「――じゃあねっ、後で行くからねーっ!」


 そう言って手を振り振り、セリアは市場の人波を縫って軽やかに走っていった。去るセリアの背中には、布に覆われた何か大きな物がある。その中身は、自身の背丈と同じほどの長さがある幅広い刀身の大剣で、そのことを知っているアルバは、よくそんなものを背負って軽快に走れるものだと感心していた。


 セリアが走っていった方角へ目を向けると、壮大な建物が見える。街のどこからでもその存在を視認できるほどのそれは、イシオス聖教の大聖堂だ。

 イシオス聖教は【創世神イシオス】を唯一神とした宗教で、大陸全土にその教会がある。その為、大陸各国には中立の立場を取っており、聖都ルフォートはどこの国にも属さない、宗教都市になっている。


 その聖都ルフォートは、イシオス聖教の総本山であり、多くの巡礼者が訪れる大都市だ。その護衛として冒険者が雇われることも多いため、冒険者が集う街でもある。

 街の周囲は高い城壁で覆われている。街の中央を南北に流れる河が街を東西に二分しており、その東側、北東部の広大な敷地に大聖堂がある。河の傍は東西どちらも多くの人が行き交う大通りとなっていて、その通り沿い、街の中心部には市場がある。河に掛けられた橋で東西の市場は繋がっており、いつも大勢の冒険者や商人で賑わいを見せていた。


 アルバたちは出た時と同じ南の門から入ってまずは馬を返し、そのまま河沿いの通りを北上、市場の入口でセリアと別れた。そこから、東へと続く小道に入ると急激に人気がなくなる。そのまま進むと、城壁際の区画に辿り着いた。その中のやや手狭な一軒が赤い小鳥亭だ。冒険者の店であることを示す看板には、小さく星の形にかれた穴が一つ開いている。


 荷物を持ってくれているラナが先導して店の中へ入り、寝ているアイリを抱き抱えたアルバが続く。そこへ、


「――おかえりなさい、ラナさん!」

「やーっと帰ってきた! おっせーよーラナさん!」


 まだ幼さを感じさせる元気な声が、耳に届いた。店主であるラナが不在だったのだから、誰もいないはず、と思っていたアルバは、そのことに少し驚く。

 そう広くない店内に並べられた椅子と机の中の一組に、その二人は座っていた。アイリよりも少し大きいくらいの姿を見て、なんだ子供か――とアルバは思いかけるが、その二人の身体のとある部位を見てそれを思い直した。長く尖った耳に猫のような目。【エルフ】だ。エルフは人間より寿命が長く、その分、身体の成長がなだらかなので、幼く見える目の前の二人は恐らく自分よりも年上だろう。

 アルバはその二人が、ブルボ村へ行くためにここを出た時に、入れ違いになった冒険者だと気が付いた。となると、レッサードラゴンを見たと言ったのはこの二人か。口にした言葉から察するに、留守番でもしていたのか、初々しい冒険者姿だったあの時とは違い、楽な服装をしている。


「すまないねぇ。その分、依頼料は上乗せするから勘弁しとくれよ」


 ラナがその二人に近付いていき、懐から袋を取り出して銀貨を渡しているのを横目に、アルバは店のカウンターの中へ入る。勝手知ったる何とやら、壁に掛けられていた部屋の鍵を手に取ると、階段を上がっていく。レッサードラゴンを見た時のことについて話を聞いてみたくはあったが、それより何より、まずはアイリを寝台で寝かせてあげたかった。


 やはり薄明るい、自分が借りている部屋に入ると、アルバは静かにアイリを寝台へ横たわらせた。外套を脱がせてやり、毛布に包まれたその身体にキルトケットを掛ける。

 枕元にしゃがみこんで、アイリの顔を見つめる。頬は痩せこけ、目も窪み、髪はちりぢり。それでも安心しているのか、安らかな寝顔を見せているアイリに、どこか安堵している自分がいた。

 恐る恐る手を伸ばして、その頭を優しく撫でながら、アルバは今後について思いを巡らす。

 どうにか無事に戻ってくることができた。ここならば、しばらくは静かに暮らせるはずだ。その間にアイリの身体が良くなればいいのだが。

 ただ、アルバにとって気がかりなのは、アイリ救出を頼んできた依頼主のことだった。思えば依頼書に書いてあった期限である『次の日の出まで』というのを超過している。そもそも救出した後のことも書かれていなかった。いつもなら、依頼完了の数日後にふらっと現れて報告を受けるだけで帰っていくのだが、今回はアイリがいる。その時、アイリをどうすればいいのか。


 ――考えても仕方ない、しばらく様子を見よう。


 アルバがそう思ったのを見計らったかのように、


「――やれやれ。期限は次の日の出まで、と言ったはずですが?」


 アイリと自分以外、他に誰もいないはずの部屋に、男の声が静かに響いた。

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