二年前の約束
ブルボ村を出発したアルバたちは、なるべく安全な街道沿い、その上で最短距離を通ってルフォートを目指した。
レッサードラゴンの主を気にするならば、街道から離れた方が良いとは思うのだが、街道から離れれば離れるほど魔物と遭遇する可能性も高まる。そのことを考慮するとそれはできなかった。アイリを連れたまま戦闘することは避けたかったからだ。
移動速度も、アイリのことを考えてゆっくりとしたものになった。自分と一緒に乗っているとは言え、馬に乗るには体力を使う。ラナとセリアも馬に乗ってきていたが、徒歩とほとんど変わらない旅となった。
現状、何をするにもアイリ中心に物事を考える自分に気が付いて、アルバは密かに苦笑した。でも、アイリに辛い思いをさせたくなかった。アイリがいた小部屋の様子や、助けに来たと告げた時のアイリの顔を思い出すと、自然とそう思ってしまうのだ。絶望の中から、誰かに救われることの嬉しさを自分は知っている。だから、あんな目に遭っていたアイリには優しくしてあげたかった。
ゆっくりと、しかも途中途中で細かく休憩を取りながら移動していた為、ルフォートに着くまでに日が暮れてしまった。ルフォートまでもう少し、といったところだが、夜には門が閉まってしまう。仕方なく、野営することになった。街道から少し外れたところに小高い丘があり、そこに生えていた大木の下が良さそうだったので、そこで夜を明かすことにする。
持ってきていた保存食で簡単に食事を取った後、アルバは焚火の前で見張りをしていた。見張りの順番は、アルバ・セリア→セリア・ラナ→ラナ・アルバで、ラナは見張りに備えて既に寝ている。その隣には、身体が毛布で包まれ、アルバの外套を羽織ったアイリが静かに眠っていた。今のアイリの痩せ細った姿は正直、人目に晒すには忍びない。それに、街道を通る他の旅人や冒険者に見られて余計な誤解を与えたくなかったので、体型を隠す苦肉の策だった。
今夜もまた月明かりが降り注ぐ、静かな夜だった。
アルバが小さく弾ける火を見つめていると、馬の世話をしていたセリアが戻ってきて、アルバの左隣へと腰を下ろした。その距離は、肩が触れてしまいそうなほど近い。外套をアイリに貸しているアルバとは違い、セリアはちゃんと丈の長い外套を着ていた。
隣に座ってしばらく、黙っていたセリアだったが、思い出したかのように声を出すと、寝ている二人に気を使ってか潜めた声で、
「――忘れてた。これアルバのでしょ? 返しとくね」
と、アルバに短剣を手渡した。
それは、アルバがレッサードラゴンの腹へと突き刺したままだった、麻痺魔術の触媒用の短剣だった。手の中のそれをアルバはまじまじと見つめる。これをセリアが持っていたということは、レッサードラゴンを倒したというのは本当のことのようだった。実はちょっと疑っていた。二年前、初めて会った時のセリアは、やる気だけはあるが、腕が追い付いていない冒険者だったから。
短剣を鞘に戻すと、アルバも声を小さくして、
「……よくわかったな。これが俺のだって」
「この前の依頼の時、使ってたの見てたからね。前に、アルバに教えてもらったじゃんか、どんな些細なことでも気に留めろ、ってさ」
「いや、それは依頼を受けた時の心構えのつもりで――まぁ、いいか。……ありがとな」
「ア、アルバがボクにお礼を言った……!? え、えっ、明日は雪だったり……?」
そんなにも礼の言葉が意外だったのか、セリアが目を丸くする。その驚きっぷりに、アルバはセリアを半目で睨み、
「お前……俺のことをなんだと思ってるんだ……?」
「えっ? いっつもえらそーに酒飲んでる低レベルのシーフ?」
思わずこめかみを潰しそうになった。
セリアの顔先まで広げた右手を近付けると、慌てたようにセリアは顔を離す。昼間受けた痛みを思い出したらしい。
「じょ、冗談っ、冗談だって」
舌打ちして手を引っ込めると、アルバは小さく溜息を吐いた。セリアから視線を焚火へと移して、ぽつり呟く。
「……俺だって礼くらい言うさ」
「……ボクにありがとうって言っちゃうくらい大事なんだ? その短剣」
「そうじゃねぇよ――」
いや確かに大事ではあるが。貴重な短剣だし。
とアルバは思ったが、話の腰が折れるので口には出さずに、
「――……レッサードラゴンから助けてくれて、ありがとな。……強くなったな、セリア」
その言葉に、セリアが息を呑んだのが聞こえた。そして、ややあって、鼻を啜る音が聞こえてくる。泣いているようなその様子に、アルバは二年前のことを思い出す。どうやら自分が言ったことをちゃんと覚えていたらしい。
――強くなったら、一緒に連れてってやる。
二年前、旅立つ自分についていきたいと駄々をこねるセリアを諦めさせるための、その場しのぎの約束だった。しかし、きっとセリアはそれを信じたのだ。一月前の依頼で、セリアがまだまだ未熟だった二年前よりは強くなっていることに気付いていたつもりだった。でもまさかここまで強かったとは。自分との約束の為に、一体どれだけ努力したのだろうか。それを思うと少し胸が熱くなると同時に、その場しのぎに適当な約束をしたことを申し訳なくも感じた。
だから、ラナと一緒だったとはいえ、レッサードラゴンを倒せるほど成長したことはちゃんと認めてあげよう――そう思って、アルバはありがとう、と口にしたのだった。
「……っ、へ、へへっ、でしょっ? ぐすっ、ボ、ボク、っ、ちゃんと、強くなったっ、んだから……ひっく、」
泣いているのが丸わかりな声でセリアが嬉しそうに言うのを、アルバは黙って聞いていた。
認められたことを喜ぶ少女の涙は、なかなか止まらなかった。
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