戻りたい理由
「ひとまず、急いでルフォートに戻りたい」
部屋の外、狭い廊下に出たセリアとラナに、アルバは開口一番、声を潜めてそう告げた。
アルバをおじさんと呼ぶ、見たことのない少女について説明してもらえると思っていたのか、セリアはアルバに噛み付いた。
「はぁっ!? なんでっ!?」
「ちょっと、落ち着きなよセリア」
ラナがセリアを
「ここを離れた方がいいってことかい?」
「あぁ――俺がこうして生きてるってことは、ラナさんたちが倒してくれたんだろ?」
レッサードラゴンを、とアルバが言おうとするよりも早く、アルバより身長が頭一つ分小さいセリアは、目の前でぴょんぴょんと手を挙げつつ跳ねて、
「はいっ! はいっ! ボクが! ボクがトドメを刺しましたっ!」
褒めて褒めてと言わんばかりのセリアを、アルバは冷ややかな目で見つめたあと、視線をラナへと向ける。無視すんなーっ! との声は聞こえていないことにする。
「倒したんだからいいんじゃないのかい?」
「……こんなところにレッサードラゴンがいるって、おかしいとは思わなかったか?」
「そりゃあ驚いたけどねぇ……本来ならもっと険しい山奥に棲んでいるような魔物だし。まぁでも野に下ってきたって考えれば――」
「――いや、あのレッサードラゴンは恐らく【テイマー】の命令を受けていた。アイリ……あの少女を見張るように」
テイマー――動物を使役し、己の代わりに戦わせる者。優れた者ならば、魔物すら使役できるという。レッサードラゴンの主として、近くにそのテイマーがいるかもしれない。昨夜、あの場にいなかった理由はわからないが、それでも夜が明ければ様子を見に戻ってくるはず――そう、アルバは考えていた。
――アイリの状態。あの劣悪な環境にアイリを拘束していたこと。その見張りにレッサードラゴンという大物をつけていたこと。そして、そもそもこの依頼を出してきた依頼主。
それらを総合して考えると、まずまともな相手ではないことは想像に難くなかった。あいつが依頼を出してくるくらいだから、恐らくこちらに是があるだろうが、相手から見ればこちらはただの人
アルバの言葉に、ラナは息を呑んだ。
「……レッサードラゴンを見張りに? ……あの子一体何者なんだい? アンタが受けた依頼って――」
ラナの険しい表情がさらに険しくなる。美人だが、ただでさえきつい印象を受ける顔がもはや怖さを感じるほどに。
「おおよその見当はついているが……はっきりとはわからん。ただ、このままここにいれば厄介事に巻き込まれる可能性がある。レッサードラゴンは倒してそのままなんだろ?」
「あ、あぁ、ルフォートに戻ったら処理を頼もうと思ってたんだよ」
「恐らく、主が見つける方が先だろうな。そいつが犯人をブルボ村に探しにこないとも限らない。だから、早くルフォートに戻りたい」
「それはわかったけど――」
「ねぇねぇ」
そこまでラナと二人きりで話していて、ほったらかしにされたことで膨れていたセリアだったが、突如として会話に口を挟んだ。
「むしろ、そいつおびき寄せちゃえば?」
それも考えなかったわけじゃない。戻ってくるであろう主を捕まえ、アイリのことを訊く。普段の自分ならそうしていたかもしれない。
しかし――
「――いや、それはなしだ」
「えーっ、なんでっ!?」
セリアが不満げに声を上げるが、アルバは意に介さない。
「相手の素性も戦力もわからないし、俺も正直、まともに戦えるほど体調が良くない。ラナさんだって店があるし、お前だってヴァンホーグ家の一員だろ。余計な恨みは買わない方がいい。それに――」
アルバは、アイリが寝ている部屋の閉じた扉に目をやって、
「――アイリを早く、落ち着ける場所で休ませてやりたい」
それが一番の理由だった。
ルフォートまでの旅で無理を強いることにはなってしまうが、ルフォートに辿り着ければひとまずは安心できる。ルフォートはイシオス聖教の総本山だけあって大きな街だ。紛れてしまえばそうそう見つかりはしないだろう。
アルバのその答えを聞いて、諦めたようにセリアが溜め息を吐いた。ラナはラナで、アルバを意外なものを見るような目で見ている。
二人のその様子に、アルバはたじろぐ。
「な、なんだよ……」
「べっつにー? アルバがそんなこと言うの、珍しいなーって。普段、他人なんかどうでもいい、みたいな醒めた顔してるくせに」
「確かにねぇ」
二人揃ってにやにやとした表情をされて、アルバは自分の顔が紅潮するのを感じた。思わず舌打ちする。
照れる様子を見せるアルバに、笑いを堪えてさらににやけ度が増した顔のセリアがからかうように、
「懐かれて可愛くなっちゃった? ……お・じ・さ・ん」
「……戻ったら覚えてろよお前」
「いたたたたたっ!! いまっ! いまもうしてるじゃんっ!」
セリアのこめかみを片手で締め付けながら、アルバは心の中でひとりごちた。
――俺はまだおじさんじゃねーっつーの……。
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