セリア襲来
――それが夢だとわかるのは、数えきれないほど何度も何度も見たからだ。
――何度も何度も見た、源泉。
――あちこちから煙が上がり、燃える村。
――絶叫し、鬼気迫る形相で逃げ惑う人々。
――腕の中で事切れた女の子。
――そして、その後を追わせるように、刃が迫り、
「――――ッッ!!」
全身、汗まみれになってアルバは飛び起きた。いつもの夢を見た後の、いつも通りの目覚め方だった。しかし、いつもとは違う身体の異変。頭痛がひどく、動けないほどではないものの身体全体が重い。着ていた服はそのままだったが、胸当てや剣帯など、つけていたはずの装備は外されていた。
一瞬、自分がなぜそんな状態なのだろうか、とわからないアルバだったが、
「……すぅ……すぅ……」
自分の隣の寝台で、毛布に包まって眠るアイリを見て、昨夜のことをすぐさま思い出した。
――あれから、俺はどうなったんだ……?
ここはどこだろう、と部屋を見回してみる。窓からは陽が射しており、部屋を明るく照らしていた。この、粗末な寝台が四つあるだけの部屋に見覚えがあった。ブルボ村の宿屋だ。向かい側の二つは空になっている。
こうして寝ているということは、ひとまずレッサードラゴンからは逃れられたということだろう。もう一度、アルバはアイリを見やる。その顔に昨夜のような苦悶の表情はなく、安らかに眠っていた。こうして明るいところで見ると、頬が痩せこけてはいるものの、あどけないその顔がよくわかった。
良かった、とアルバは安堵する。アイリが助かって良かった。
しかし、どうして助かったのだろうか。自分はもはや動けず、レッサードラゴンが迫っていたはずだ。そこから助かるなど、ありえない――考えるアルバの耳に、
「――アルバ! 起きたっ!?」
扉が唐突に勢いよく開いて、そこから現れた一人の若い女の元気な声が、昨夜、気を失う直前に聞いたような気がする声と重なった。
その声がただでさえ痛む頭に響いて、アルバは顔を
「……うるせーよ、セリア」
扉を開けたのは、腰まで伸びた青い髪の女、セリア――【セリア・セラ・ヴァンホーグ】だった。セラは中間名で、中間名があるということが【イシオス聖教】の神官であることを示している。聖都ルフォートで中間名が使えるのは聖教に仕える者だけだ。しかし、セリアはヴァンホーグ家の末っ子であるためか割と自由に育てられていて、神官よりも冒険者になりたがっていることをアルバは知っていた。というか無理矢理聞かされた。懐かれてしまっていて、
そのセリアが、丈の短いひらひらのスカートから覗くすらりとした足を大股で運び、寝台の上で上体を起こすアルバの下へやってくると、腰に両手を当て、
「もうっ、またボクを置いてったなっ!?」
頬を膨らませて抗議した。綺麗な形の細い眉が吊り上がっている。すっと通った鼻梁といい、せっかくの美形が台無しだなと思いつつ、怒っている様子のセリアにアルバは肩を
「時間がなかったんだからしょうがねーだろ」
「しょうがなくないっ! ちょっとくらい待ってくれてもいいじゃんかっ!」
「お前がいない方が、依頼が遂行できると思ったんだよ」
「なんだよそれっ!? 倒れてたくせにっ! ボクがいなかったらどうなってたか――」
口論が白熱しかけたその時、
「――それくらいにしときなよ、セリア」
そう言って、赤い小鳥亭の店主、ラナが落ち着いた様子で部屋に入ってきた。いつもの赤いエプロンドレスではなく、ゆったりとしたローブを纏っている。趣味なのだろうか、やはりそのローブも赤い。
「なんでラナさんまで……」
その姿を見て、思わずアルバは呟く。
自分についてきたがっているセリアならまだわかる。しかし、ラナは店があるはずだ。それがどうして。
呟きが聞こえていたのか、それともその疑問が顔に出てしまっていたのか、ラナは呆れたように息を吐いて、
「私もついてくるつもりはなかったんだけどねぇ。だけど店に来た子たちから、妙な話を聞いちまってね」
「妙な話?」
「ほら、アンタが出ていく時に来た二人組の冒険者がいただろ? あの子らがね、ブルボ村近くでレッサードラゴンを見かけたって言うんだよ。こんなところにいるはずもない魔物だ、私もまさかとは思ったんだけどねぇ……でももしそれが本当だとして遭遇しちまったら、セリア一人じゃ倒せないだろうしね。しょうがないから、アンタを追いかけて飛び出したセリアについてきたってわけさ」
うちに通ってるこの子に何かあったら、ヴァンホーグ家にうちの店が潰されちまうからね――と冗談なんだか本当なんだかわからないことを言うラナに、ボクの家はそんなことしないよ! とまだ頬を膨らませているセリアが食って掛かっていると、
「――ん……、……ぅる、さい……」
昨夜よりは元気な、だがそれでもまだ弱々しい小さな声で、アイリが喋るのが聞こえた。全員の目がアイリへと向けられる。セリアもラナも口を
「……ここ、どこ……おじさん……?」
不安そうな声を出したアイリは目を擦ると、寝たまま首だけをゆっくりと動かした。そして、隣の寝台にアルバの姿を認めると、
「――よかった……いた……、おじさん……」
ぎこちなく、でも本当に嬉しそうな笑顔を浮かべた。
アルバは重い身体を動かして、アイリの枕元へと
「だから、おじさんじゃねーっつーの」
「……むー……。おじさんは、おじさん……」
「おい、おじさんおじさん連呼すんな」
からかっているのか、本気なのか、アイリが小さく笑う。顔を渋くするアルバだったが、アイリの頭を軽く撫でると、
「まだ寝てろ」
「……うん…………」
素直に言うことを聞いて、アイリは目を閉じた。少しして、可愛らしい寝息が聞こえてくる。
アルバのその様子を、セリアとラナが奇異の目をして見ていた。言いたいことはわかる。わかるが、今はとりあえず。
――部屋の外に出ろ。
と親指をクイクイと外に指して、連れ立って部屋を出たのだった。
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