vs.レッサードラゴン①
――邪魔と言ったが、セリアを連れてくるべきだった……!
レッサードラゴンの突進を大きく跳躍して回避し、追撃の
身体は鈍らせていなかったが、仕事をしていなかったせいか、勘が鈍っていたのかもしれない。正直に言う、全くの想定外だった。『少女の救出』なのだから、いるであろう見張りは【人族】だろうと高を
――クソッ、厄介な仕事を押し付けやがって。
心の中で悪態を吐きつつ、アルバは思う。
こんな大物を見張りにつけている『少女』とは一体何者なのか、と。
大物――
『下等、と付くが立派な竜種であり、並の冒険者では歯牙にもかからない。遭遇してしまった場合、逃げることが推奨される。
四足歩行。暗視。大きい個体は全長10mにも及ぶ。腹部を除く全身が硬い鱗で覆われており、生半可な武器ではその鱗を貫くこと
――なんて、書いてあったか。
一度見た覚えのある図鑑。アルバはそこに書かれていたことを思い出していた。
それなりに冒険者生活を送ってきたが、レッサードラゴンと戦闘した経験はない。そもそも自分のような一人でいる冒険者が、こんな大物の討伐
アルバが初めて相対するはずの、レッサードラゴンの攻撃を
しかし――
体勢を整え距離を取っても、すぐさま繰り出される突進に、アルバの息が続かなくなってくる。さすがは竜種と言うべきか、無尽蔵とも思えるほどの体力。このままではいずれ回避できなくなる、そう判断したアルバは、それまで一本ずつ放っていた刃を両の手に閃かせ時間差で投擲し、離脱の時間を稼ぐと背後に飛んだ。広場から引き下がり、森の中へとその身を潜り込ませる。
造作もなく尻尾で刃を叩き落としたレッサードラゴンは、アルバを追い打ちせずに、その長大な
仄暗い森の中、闇に溶け込むように樹にもたれかかって、アルバは息を整える。口の中は戦闘による緊張で完全に乾いていた。今は避けられているとはいえ、牙でも爪でも一撃もらえばそこで終わりなのだ。外套の下に革の胸当てを装着してはいるが、そんなものは何の気休めにもならなかった。
腰に提げた水袋を傾けて喉と口を潤すと、一息吐いて、アルバは思考を巡らす。
戦闘を続けていて、わかったことがある。
あのレッサードラゴンは、本当に見張りらしいということだ。もしかして洞穴に棲み着いた野良では、と思ったがそうではなかった。何者かに恐らくは『少女』を見張れと命令されているようだった。その証拠に、今のように洞穴から離れてしまえば、それ以上は襲ってこない。洞穴の入口を塞ぐ方が大事らしい。そのことに、洞穴から転がり出て、森へと誘い込もうとした時に気が付いた。おかげで遮蔽物のない広場で戦わざるを得ず、回避に専念せざるを得なかった。そして、洞穴から離れないということは、倒さなければ洞穴の中に入れない、ということでもあった。
そう、倒さなければならないのだ。
今のまま、レッサードラゴンの攻撃を避け続けているだけでは事態が打開できない。
しかし――問題は、こちらからの攻撃だった。
聞きしに勝る、ドラゴンの鱗の硬度は伊達ではなかった。手持ちの武器ではその護りを全く突破できない。最初に投刃した際にアルバはそれを悟った。以降は、鱗に覆われていない部位である、その縦長の瞳孔をした水晶のような瞳を狙ってはいるが、いかんせん的が小さい。巨躯の癖に俊敏なその身を少しでも動かされれば、刃が逸れる。鱗に覆われていないといえば腹もそうだが、相手は四足歩行の魔物である。普通にしていては狙えない。爪を振り下ろすために立ち上がる時ならば狙えるが、その場合、腹部に刃を命中させる前に自分が切り裂かれるだけだ。
攻撃は一向にレッサードラゴンに届かず、
セリアがいれば、とアルバは思う。セリアの剣であれば、レッサードラゴンの鱗の上から傷を負わせることも可能なはずだった。連れてくるべきだったか、と思うものの、もし見張りがレッサードラゴンではなく人族だった場合、やはり邪魔になるので、結局はどっちもどっちだと気付いて、アルバは心の中で苦笑した。
とにかく、いないものは仕方がない。今は自分だけしかいないのだ。自分でどうにかしなければならない。
武装を確認すると、投擲用の刃が三本、近接戦闘用の短剣が二本あるだけだった。あとは本来の用途とは違うが、松明も武器としては使えるか。【魔術】もあるにはあるが、自分が使える魔術の中で、あれだけの大物に効果がある魔術は現状では一つしかない。しかしそれには条件を満たす必要があった。
刃が残り少なく、追撃の牽制用途にはもう使えない。地面に落ちているはずではあるが、それを拾っている暇があるかといえば……恐らくないだろう。
何にせよ、いつまでも避け続けているわけにはいかない。
これだけ派手な戦闘を行っても(派手な原因はほぼレッサードラゴンだが)、他に何かが参戦してくる様子は今のところないものの、時間をかければどうなるかわからない。不利になることはありさえすれ、有利になることはないのだ。
もはや覚悟を決めるしかなかった。
アルバは右手に残りの刃を、左手に短剣を逆手に構えると、死地に躍り出た。
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