vs.レッサードラゴン①

 ――邪魔と言ったが、セリアを連れてくるべきだった……!


 レッサードラゴンの突進を大きく跳躍して回避し、追撃の牽制けんせいとしてその際に目を狙って刃を投擲とうてき、態勢を整える時間を稼ぐ。降る月光の下、洞穴前の広場で戦闘が始まって以降、それを繰り返しながら、アルバは歯噛みする。

 身体は鈍らせていなかったが、仕事をしていなかったせいか、勘が鈍っていたのかもしれない。正直に言う、全くの想定外だった。『少女の救出』なのだから、いるであろう見張りは【人族】だろうと高をくくっていた。隠密に事を運ぶつもりだったため、大仰な武器は持ってきておらず、手持ちの武器で有効打を与えるのは至難の業だった。


 ――クソッ、厄介な仕事を押し付けやがって。


 心の中で悪態を吐きつつ、アルバは思う。

 こんな大物を見張りにつけている『少女』とは一体何者なのか、と。

 

 大物――レッサードラゴン下等竜

『下等、と付くが立派な竜種であり、並の冒険者では歯牙にもかからない。遭遇してしまった場合、逃げることが推奨される。

 四足歩行。暗視。大きい個体は全長10mにも及ぶ。腹部を除く全身が硬い鱗で覆われており、生半可な武器ではその鱗を貫くことあたわない。背には翼を携えてはいるものの、飛行できるほど発達しておらず、跳躍の際に補助に使う程度である。他の竜種が放つようなブレスがないことが救いではあるが、それでもその巨躯に加え、牙と爪、尻尾は十二分に脅威である。知能が高く、幼生の頃から育てれば、従えることができるようだ』


 ――なんて、書いてあったか。


 一度見た覚えのある図鑑。アルバはそこに書かれていたことを思い出していた。

 それなりに冒険者生活を送ってきたが、レッサードラゴンと戦闘した経験はない。そもそも自分のような一人でいる冒険者が、こんな大物の討伐依頼クエストを受けることはない。本来なら、一人で挑む魔物ではないのだ。腕の立つ冒険者が複数人組んで、ようやく討伐を果たすような魔物である。よって、戦闘経験がないのはむべなるかな、と言う他なかった。

 アルバが初めて相対するはずの、レッサードラゴンの攻撃をかわし続けることができているのは、ひとえにこれまで経験した他の魔物との戦闘に依るところが大きい。確かにレッサードラゴンは強大ではあったが、その攻撃方法は体当たり、噛みつき、爪の振り下ろしなど、他の四足歩行の魔物で見たことがあるようなものばかりで、避けるだけならばそう難しいことではなかった。この個体が大きくはなかったのも要因ではあっただろう。もっとも、大きくはないとはいってもそれはレッサードラゴンとしてであり、他の魔物に比べれば十分な大きさではあったが。


 しかし――


 体勢を整え距離を取っても、すぐさま繰り出される突進に、アルバの息が続かなくなってくる。さすがは竜種と言うべきか、無尽蔵とも思えるほどの体力。このままではいずれ回避できなくなる、そう判断したアルバは、それまで一本ずつ放っていた刃を両の手に閃かせ時間差で投擲し、離脱の時間を稼ぐと背後に飛んだ。広場から引き下がり、森の中へとその身を潜り込ませる。

 造作もなく尻尾で刃を叩き落としたレッサードラゴンは、アルバを追い打ちせずに、その長大な体躯たいくを洞穴の前に置く。警戒しているかのように喉から響く重い唸り声が、周囲の空気を震わせている。

 仄暗い森の中、闇に溶け込むように樹にもたれかかって、アルバは息を整える。口の中は戦闘による緊張で完全に乾いていた。今は避けられているとはいえ、牙でも爪でも一撃もらえばそこで終わりなのだ。外套の下に革の胸当てを装着してはいるが、そんなものは何の気休めにもならなかった。

 腰に提げた水袋を傾けて喉と口を潤すと、一息吐いて、アルバは思考を巡らす。

 

 戦闘を続けていて、わかったことがある。


 あのレッサードラゴンは、本当に見張りらしいということだ。もしかして洞穴に棲み着いた野良では、と思ったがそうではなかった。何者かに恐らくは『少女』を見張れと命令されているようだった。その証拠に、今のように洞穴から離れてしまえば、それ以上は襲ってこない。洞穴の入口を塞ぐ方が大事らしい。そのことに、洞穴から転がり出て、森へと誘い込もうとした時に気が付いた。おかげで遮蔽物のない広場で戦わざるを得ず、回避に専念せざるを得なかった。そして、洞穴から離れないということは、倒さなければ洞穴の中に入れない、ということでもあった。


 そう、倒さなければならないのだ。

 今のまま、レッサードラゴンの攻撃を避け続けているだけでは事態が打開できない。


 しかし――問題は、こちらからの攻撃だった。


 聞きしに勝る、ドラゴンの鱗の硬度は伊達ではなかった。手持ちの武器ではその護りを全く突破できない。最初に投刃した際にアルバはそれを悟った。以降は、鱗に覆われていない部位である、その縦長の瞳孔をした水晶のような瞳を狙ってはいるが、いかんせん的が小さい。巨躯の癖に俊敏なその身を少しでも動かされれば、刃が逸れる。鱗に覆われていないといえば腹もそうだが、相手は四足歩行の魔物である。普通にしていては狙えない。爪を振り下ろすために立ち上がる時ならば狙えるが、その場合、腹部に刃を命中させる前に自分が切り裂かれるだけだ。

 攻撃は一向にレッサードラゴンに届かず、いたずらに時間と武器を浪費していた。

 セリアがいれば、とアルバは思う。セリアの剣であれば、レッサードラゴンの鱗の上から傷を負わせることも可能なはずだった。連れてくるべきだったか、と思うものの、もし見張りがレッサードラゴンではなく人族だった場合、やはり邪魔になるので、結局はどっちもどっちだと気付いて、アルバは心の中で苦笑した。

 とにかく、いないものは仕方がない。今は自分だけしかいないのだ。自分でどうにかしなければならない。

 武装を確認すると、投擲用の刃が三本、近接戦闘用の短剣が二本あるだけだった。あとは本来の用途とは違うが、松明も武器としては使えるか。【魔術】もあるにはあるが、自分が使える魔術の中で、あれだけの大物に効果がある魔術は現状では一つしかない。しかしそれには条件を満たす必要があった。

 刃が残り少なく、追撃の牽制用途にはもう使えない。地面に落ちているはずではあるが、それを拾っている暇があるかといえば……恐らくないだろう。

 何にせよ、いつまでも避け続けているわけにはいかない。

 これだけ派手な戦闘を行っても(派手な原因はほぼレッサードラゴンだが)、他に何かが参戦してくる様子は今のところないものの、時間をかければどうなるかわからない。不利になることはありさえすれ、有利になることはないのだ。


 もはや覚悟を決めるしかなかった。


 アルバは右手に残りの刃を、左手に短剣を逆手に構えると、死地に躍り出た。

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