緊急依頼②

 ――嫌な予感は当たっていた。


 書かれた内容を読んで、アルバは深い溜息を吐いた。その表情は、呆れているようにも何かを諦めたようにも見える。

 アルバが皮袋をあらためると、金貨が十枚入っていた。一枚取り出して、テーブルの上に置く。


「……ラナさんこれ、依頼クエストの仲介料」


 覇気が感じられない、すっかり力を失った声音でラナにそう告げて、アルバは依頼の準備をするために、借りている部屋がある二階への階段を上っていこうとする。その背中に、事態を把握しきれていないラナが慌てて声を掛ける。


「ちょ、ちょっと、急になんだい。それに仲介料が金貨一枚って……いくらなんでも多すぎる。アンタ、ここが【一ツ星】の店だってこと忘れてないかい?」


 階段に足をかけたまま、首だけをラナに向けたアルバは、大仰に肩をすくめて、


「……依頼だよ依頼。わざわざ俺をご指名でな。店の星がいくつだろうと、依頼料の一割が店への仲介料だろ?」

「それはそうだけどねぇ……でもそれはアンタ個人宛の、うちを通してない依頼じゃないか。仲介料を取るわけにはいかないよ」

「細かいこと気にすんなって。取っといてくれよ、ラナさん。いつも世話になりっぱなしなんだし」

「ハァ……その分のお金はもらってるんだけどねぇ……」


 渋々といった様子で金貨を受け取るラナを見て、アルバは話は終わったとばかりに、踏み板を軋ませながら階段を上っていった。

 上がった二階には、左手側に二つ、右手側に三つ、扉がある。その中の右側一番奥の部屋へと鍵を開けてアルバは入る。簡素な寝台と背の低い書き物机、小ぶりなワードローブがあるだけの狭い部屋。それが、アルバが借りている部屋だった。窓が小さいせいで取り込める光が少なく、日があってもなお薄明るい部屋で、アルバは依頼書にもう一度目を通した。

 ――依頼内容。報酬。期限。目的地。

 それらが簡潔に書かれているだけの依頼書に、思わず溜息が洩れた。文字にも、この無駄のない依頼書の書き方にも、アルバには見覚えがあった。それに加えて、先ほど感じた気配。こうして依頼を受けるのは何度目だろうか。

 断ることはできない。報酬が前払いされていることもあるが、単純にこの依頼主には逆らえないのだ。その人物の憎たらしい笑顔を思い出して、アルバは盛大な舌打ちをする。

 とにかく期限まで時間がない。急なのはいつものことだが、今回はさらに火急であった。目的地までの所要時間を考えるとギリギリといったところか。

 アルバはワードローブを開けると、出立する準備を始める。


『依頼内容――少女の救出、保護

 報酬――金貨十枚

 期限――次の日の出まで

 目的地――ルフォート南東【ブボン村】近くの洞穴ほらあな


 依頼書に書かれていたのはそれだけである。いくらなんでも情報が少なすぎるとアルバはいつも思うのだが、改善される兆しはない。

 今から出れば、ブボン村までは早馬で日暮れ前に辿り着けるか、といったところだった。

 近くの洞穴、という目的地が大雑把すぎて村で訊くしかないな、と考えたところで、もしかして、とアルバの脳裏に閃くものがあった。ブボン村近くの洞穴。もしかして、あそこだろうか。

 それは、一月ほど前にこなした、ブボン村からの依頼だった。半ば無理矢理に同行してきたセリアと訪れたその洞穴は【ゴブリン狡猾鬼】のになっていて、ひと暴れして退去願った。ゴブリンだけなら自分が受ける依頼ではなかったのだが、そのゴブリン共が【オーガ悪鬼】を使役していたのと、緊急を要していたこともあり、引き受けた依頼だった。

 どうやらそこに少女がいるらしい。『少女』としか書かれていないが、どうせ厄介な訳アリなんだろうな、とアルバは内心諦観する。面倒なことにならなければいいが。もっとも、依頼主を考えればその結果になることは、これまでの経験で痛いほどわかっていた。そう書かれれば放っておけない自分のことをわかっていて、わざわざ『少女』と書いてくるような奴だし。

 身体に剣帯けんたいを巻いて武装し、身体全体を覆うフード付きの漆黒の外套を羽織り、必要な物を詰めた背嚢はいのうを携え、アルバは部屋を出た。足りない物がいくらかあるので、街を出る前に調達することにする。

 階下に降りると、ラナがカウンターの中で作業をしていた。声を掛けて振り向いたところに鍵を投げる。機敏に反応したラナは鍵を掴むと、お返しだよ、とばかりに林檎を投げてきた。難なく受け取る。


「――で、どこへ行くんだい?」

「あぁ、ブルボ村だよ。明日には戻れるはずだ」


 ブルボ村、と聞いたラナの細い眉がぴくりと動いた。アルバと同じことを考えたのかもしれない。

 しかし、ラナはそれを口には出さず、アルバを案ずる声色で、


「……一人で大丈夫なのかい? もう少し待てばセリアも来るだろうし、一緒にいったらどうだい?」

「アイツ向きの依頼じゃねぇし、一人の方が楽なんだよ。むしろ邪魔」

「ふーん……ま、そう言ってたことをセリアに伝えといてやるから、安心して行ってきな」

「おいバカやめろ」


 焦った様子のアルバに、ラナが大声をあげて笑う。

 その笑い声に引き寄せられたわけではないだろうが、見るからに初々しい二人組の冒険者が店に入ってきた。

 その冒険者たちと入れ違うように、アルバは赤い小鳥亭を後にしたのだった。

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