自分の足と目と耳と

ぶらっくまる。

体験してみよう

 一人の少年がひとしきり唸っていると、少女がポンと肩に手を置いた。


「う、うわっ!」


 ギョッとなった少年は、木組みの椅子からけ上がるように立上り、振り返った。


「な、なんだ、バーグさんか……」


 振り向いて、見知った顔だということに気付き、ホッと胸を撫でおろす。


「そんなに驚かなくてもいいじゃないですか、カタリ。そんなことより、難しい顔してどうしたんですか?」

「あ、そうだった。バーグさんに聞きたいことがあったんだ」

「聞きたいこと、ですか?」

「うん」


 カタリは、バーグさんに自分が考えていたことを説明し始めた。


 カタリの任務は、色々な物語をそれぞれ必要としている人々へ届けること。

 トリから授かった能力、「詠目」を行使して役立てているが、中々至高の一篇に未だ出会えていないこと。


 それなら、異世界転生や転生ものでよくあるそれを、自分が体験した方がより生き生きとした物語を皆に届けるのではないかと、考えていたことを説明した。


「え? どうしてカタリがそんなことする必要あるんですか? もしかして死にたかったのですか?」


 コテンと小首を傾げ、意味がわからないとバーグさん。


「ち、違うって! 何でそうなるんだよ!」

「いえ、ただそう思った理由を知りたいだけです」

「理由?」

「はい、理由です」


 真面目なバーグさんらしいや、とカタリは思いながらもそれを説明しようか逡巡する。


「どうしたんですか? 私はこのあと作者様のところへ行かないといけません。早く」

「うっ……」


 声音は優しいが、無性に圧力を感じるバーグさんの瞳に見つめられ、口を開く。


「いや、単純に心を覗き見てその物語を届けるより、ドキドキワクワクするような冒険をして、その話をバーグさん経由で作者の皆さんに伝えてもらった方が良い物語が生まれるかなーと、思ったんだけど、どうかな?」

「方向音痴なのに?」

「それは、今は関係ないでしょ!」


 カタリの突っ込みなど気にした風もなくバーグさんは、目を瞑り何やら思案している様子。


「で、どうかな?」


 しかし、未だバーグさんは名目している。


「おーい、バーグさん」


 カタリは、顔の前で手を振ったり、ぴょんぴょん飛び跳ねて大声を出したりしても、うんともすんとも言わない。


「ど、どうしちゃったんだよ……」


 今までこんなバーグさんの姿を見たことがないカタリは、急に不安になった。


 そして、バーグさんの肩に手を置きながら顔を窺い見たら、パっと目が見開いた。


「うわぁ!」


 急なことで思わずカタリは、尻もちをついてしまった。


「どうしたんですか?」


 当然、それを不思議そうに見つめながら聞き返すバーグさん。


「どうしたんですか? じゃないよ! そっちこそ何があったの?」


 バーグさんの口真似をしながら、今まで瞑目し微動だにしなかったことの説明を求めた。


「え、何です今の? もう一度やってください。似てませんけど」

「なんだよ、わかってるんじゃん!」


 もう一度と言われ、一瞬頬が緩んだカタリだったが、肩をがっくし落とす。


「ええと、何をしていたかですね。アップデートしてました。済みません」


 勝手に話が進むのはいいが、終始ペースを握られっぱなしで、カタリはもうどうでもよくなっていた。


「そこは、AIなんだね」

「はい、AIですね。それと、さっきの話、いいと思いますよ」

「え、ホント!」


 バーグさんに賛成されて嬉しくなったカタリは、直ぐに思い知る。


「では、作者様のところに行きますので、勝手にどうぞ」


 そう言って、バーグさんは姿を消した。


 いいと言いつつも、それは、単なる時間切れであり、バーグさんなりに考えて出した答えではなかった。


「そ、そんなぁ……」


 カタリは、一人項垂れるのであった。

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自分の足と目と耳と ぶらっくまる。 @black-maru

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