『リンドバーグさん』
かきはらともえ
下手なりに。
『よく書けていると思います! 下手なりに!』
小説の執筆で生計を立てることを夢に思うおれは、最近話題のAIをパソコンに導入した。
『リンドバーグ』と呼ばれている『それ』は、必要なことを調べてくれるし、加えてはスケジュールの管理さえも行ってくれる。リンドバーグを導入してからというもの、おれの執筆活動はずいぶんと快適なものになった。おれは普段からワードで小説を書いている。文字数のレイアウトや、傍点を振ったとき、ルビを入れたときの並びを見ることができて、自由にカスタマイズができるからである。
カタカタ、と。ストレスなく、それでいて、この日は実に快適に執筆が進んでいた。そんな様子をリンドバークは画面右下から、ひょっこりと姿を見せて読んでいる。
「――――よし!」
『お疲れさまです、作者さま』
リンドバーグは画面いっぱいに出てきた。
「どうだ、リンドバーグ。感想」
『そうですね――』
と言った末に述べたのが、最初の言葉だった。
おれは傷ついた。
すぐにそのワードを閉じて、ネットサーフィンに移行した。
『そ、そんなに落ち込まなくてもいいじゃないですか……』申し訳なさそうに、ひょっこりと現れるリンドバーグ、『作者さま……。あれからもう一週間も書いていませんけれど、スケジュールのほうは』
「いいよ、どーせ。おれには才能がないんだ。おれはもう、二度と書かないよ」
『そんなことありません! それに、作者さま……もうすぐ、カクヨムのほうで三周年記念の――――』
リンドバーグが何かを言おうとしたが、言い訳がましいことを言われるのだと思って、電源を落とした。知っている。初日のお題が『切り札はフクロウ』であることは、わざわざリンドバーグに言われなくともわかっている。
がんばろうと、リンドバーグと約束していたことだったけれども、もう、そんな元気もない。そのままベッドに移動して、寝転がった。
いったい、どうしてこんな思いをしなければならないのだろうか。
辛くなってきたので、眠りについた。
おれが、いったいどんな夢を見たのか。それは憶えていない。
しかし、ふとした拍子に目が覚めた。
「…………」
待ってくれ。これは、これはいい案なんじゃないだろうか。何も思いついていなかった頭に『書けそうだな』という気持ちが、浮かび上がってきた。
時間を確認する。
これは、まずい――お題ひとつ目の締め切りだ。あと六時間も経過すれば、募集が終わってしまう。パソコンの電源を点ける。
デスクトップ上で退屈そうにしていたリンドバーグがこちらを見て、たいそう驚いたという顔をした。
『さ、作者さま! ど、どうされたんですか。突然――』
「書くぞ、リンドバーグ」
『――――』
あっけにとられた、という顔をする。あるいは呆れているのかもしれない。あんなことを言っていた奴が、突然何を言っているのだと。
それでも。
リンドバーグは、引き締めたいつもの表情に切り替わった。
『――はい!』
元気のいい返事だった。それからすぐにひとつの短編を書き上げた。普段はプロットをしっかりと練ってから作るのだが、今回は一切プロットなんてなかった。
「よし! 完成だ!」
『あとはお任せください!』
リンドバーグが投稿の手続きを行った。タイトルから説明文まで、おれがあらかじめ伝えておいた通りに整えてくれた。
『無事、投稿完了です』
「よしっ!」
安堵して、椅子にもたれかかる。あと三時間の余裕はあるけれど、なかなかどうしてこれはこれは。かなりギリギリだった。
「間に合ってよかった」
『本当によかったです。作者さま、やればできるじゃないですか』
「どうだ、リンドバーグ。面白いだろう? 今回の」
『はい!』リンドバーグの力強い返事だ。
『よく書けていると思います! 下手なりに』
『リンドバーグさん』 かきはらともえ @rakud
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