そうだ! 小説を書こう!

ちかえ

そうだ! 小説を書こう!

 カタリはとても虚しかった。

 やっている事はいい事だと分かっているのに、何故か彼の心にはどこか寂しさがあふれていた


「……ボクは何も生み出せない」

「はぁ?」


 カタリのつぶやきに、隣にいたトリが呆れたように言った。


「何言ってんだ、オマエ。だからオレサマが手伝ってやってるんだろう? オマエだって『詠み人』として満足してると思ってたのに」

「うん。『詠み人』としてはこれ以上ないくらい満足してるよ」


 それだけ言ってカタリは下を向く。


 カタリことカタリィ・ノヴェルは、フクロウのような形をした生き物、トリに選ばれた『詠み人』だ。ちなみにトリは『オレサマはフクロウではない!』と言っている。


 『詠み人』の仕事というのは、左目にある『詠目』という能力を使って人の心の中にある物語を見いだし、彼らに気づかれないように小説として書くように彼らの心にアプローチする事である。


 導く場所はインターネットの中にある『カクヨム』というサイトだ。そこに行けばいろんな物語を書く『書き手』達がそれぞれの楽しい物語を『小説』という形にして投稿している。その仲間になるように導くのが彼の仕事だ。


 そこに導いてからは同僚のAI、バーグさんことリンドバーグの出番だ。


 バーグさんはカクヨムに小説を書いている人に、アドバイスというか、助言というか、サポートをする役目だ。なのに、空気の読めない発言ばかりするので、作者を落ち込ませてしまう事がある。


 でも、カタリが落ち込んでいるのはそのせいではない。


「みんなが楽しく書いているのを見ると、何か……嬉しいんだけど……」

『どうしたんですか?』


 その時、カタリが持っているタブレットから声が聞こえる。見ると、バーグさんがいつもの笑顔を見せていた。


「バーグさんこそ珍しい。忙しくないの?」

『休憩です。さっき連載作品がなかなか進まない作者様がいたのでお尻を叩いて来た所です。最後には力強くキーボードを叩き始めたので大丈夫ですよ。やる気が出たんですね。あの方があんなに素晴らしい文章を書けるなんて……』

「あ、そ、そう……」


 作者様を怒らせているじゃないか、と言いたくなるがやめておく。それの反動でいい作品が書けているのなら注意する必要もないからだ。


『それでカタリ様はどうしたんですか? カタリ様を落ち込ませるような駄作があったんですか?』

「そうじゃないよ」


 突然ぽんと出て来た毒舌に苦笑する。バーグさんは相変わらずだ。


「そうじゃないけど……結局、ボクは何も生み出せないんだなって思っただけ」

「でもオマエは『詠み人』としてたくさんの作品を世に送り出す手伝いをしてるじゃないか」

「でもそれを書いてるのは『作者様』達だ! 送り出しているのは『作者様』の作品だ! ボクのじゃない!」


 いきなり怒鳴るカタリにトリもバーグさんも呆然とした。いつもは素晴らしい作品を読んでこの作品は楽しいとか泣けるとかワクワクするとか、いろんな事を楽しそうに語ってくれるカタリがどこか悔しそうなのだ。


 いつもとは違うカタリの姿にトリは言葉を失っている。何か言ってあげたいのだが、何を言ったらいいのか分からないのだ。


『つまりカタリ様は『作者様』になりたいのですか?』


 バーグさんの言葉にカタリは動きを止めた。それとは逆に心のなかでは何かがぽとんと落ちた気がした。


「そう……だね。ボクは……」


 カタリは絞り出すように声を出す。


「小説が書きたい」

『だったら書けばいいじゃないですか!』


 バーグさんはあっさりと結論を出した。彼女には何の迷いもない。


『そうですね。近い所では今日からイベントが始まります。その応募作を書いてみませんか?』


 バーグさんは妙にうきうきとしている。お手伝いAIの本領発揮だからだ。


 でも、それはとても面白そうだ。カタリは身を乗り出す。


「それはどんなイベント?」

『「カクヨム3周年記念選手権」と言うんです。月、水、金にお題が出されて、そのお題にそった小説を二日以内に書くんです。お題は全部で十個。最初のお題は「切り札はフクロウ」だそうですよ』


 それは面白そうだ。

 カタリの目がキラキラと輝く。彼の頭の中ではもうどんな話にしようかという構想が練られているのだ。


 何せ彼は『詠み人』。今までいろんな物語を読んで来た。そのため、知識も豊富にある。


『……』

「……」


 バーグさんとトリは無言でそれを見ていた。その時のカタリはいつも物語を読む時よりずっと輝いて見えたのだ。


「幸せそうだな」

『幸せそうですね』


 何故か一人(?)と一羽の心の中にもやもやが沸いてくる。


『よしっ! ワタシも参加しましょう!』

「え? バーグさんも参加するの? 楽しそうだね。どっちが星をたくさん取れるか勝負する?」

『いいですけど、負ける気はありませんよ。カタリ様も全力でかかって来てくださいね』

「手強そうだね。でもいいよ。乗った!」


 わいわいと盛り上がるバーグさんとカタリ。


 その様子をトリは満足そうに見ていた。これで一件落着。そう思ったのだ。


 だが、ここにいるのはバーグさんである。そんなに簡単には終わらない。


『何で他人事のように見ているのですか、フクロウ様。アナタも参加するのですよ。ほら、一回目のお題もフクロウ様にぴったりじゃないですか!』


 そうしてバーグさんの口からとんでもない言葉が出てくる。


「はぁ? 何でオレサマが! てかオレサマはフクロウじゃなくてトリ……」

『さっきワタシと一緒にカタリ様を羨ましそうに見ていたじゃないですか。素直じゃないですね』

「人の話を聞けー!」

『分かりました。「人」の話は聞きます。でもフクロウの話は遮ってもいいんですよね』

「だからオレサマはフクロウじゃねーし! つーか揚げ足とるな!」


 バーグさんとトリのやり取りをカタリは楽しそうに見ていた。


 そうしてトリはあっという間に選手権参加メンバーに入れられてしまったのだった。



***


 そうして第一回の参加作品が出来上がった。


「まさかトリさんがそう来るとは……フクロウのトランプでばっさばっさと悪人を切り捨てる鳥の話って……」

「お題間違ってはいないだろう」

『間違ってるような気がするんですけどね。でも発想はとても面白いです』

「バーグさんの作品はとても『らしい』ね。小説にからめる所がいいと思うよ。フクロウの役目がバーグさんみたいでかっこ良かったよ」

『ありがとうございます。カタリさんのも下手なりに面白いと思いますよ。筋もありきたりでしたけど』

「それ全く褒めてない! で、次のお題は何?」

『二番目だそうですよ』

「よし! フクロウが二番目に人気の鳥だという話を書いてやる!」

「何でトリさんはそんなにフクロウを目の仇にするんだよー!」


 そんなふうにわいわいと盛り上がる彼らの目は本当に幸せそうに輝いていた。

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